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第164話 所長の思惑

――――二斬結衣 視点――――


「蒸し暑い......」


「一体梅雨はどこに行ったんでしょうね~」


「もう七月だってのに.......サウナでもいるみたい」


 現在、私と来架と愛依は月宮区の西にやって来ている。そこで何をやっているかというと、何もやっていないということをやってる。


 つまりは待機命令だ。しかも、私服。近くの公園の東屋で日差しを避けながら涼んでいるが、浴びるのは熱気を伴った風ばかりで結局暑い。


 とはいえ、ここに来たのは明確に理由がある.......所長にだけ。


「ここって、ファンタズマ化現象の中でも比較的被害者が少ない地域ですよね?」


「そうね。一番多い東区とは真逆ともいえる。しかも、広く見える場所で待機ってどういうわけだか」


「でも、所長が意味もなく私達をこんな所に待機命令を出さないはずがない。何か意味があるはず」


「その意味を教えてくれないのは察しろってことなのか.......はあ」


 愛依があからさまにため息を吐く。まあ、早く仕事を終えて涼みたい気持ちは非常にわかる。私もアイス食べたい。


「どうせ暇なら推理してみませんか? 所長の意図を」


「それもそうね」


「うん、いいよ」


 ということで、私達は三人で所長のこの待機命令に対する推理を始めた。


「まず整理しますとここ西区は人がファンタズマになったいわゆる“ファンタズマ化現象”の発生件数が少ない場所ですね」


「さらにそのファンタズマ化は自然発生では起こりえない。

 ワームと呼ばれる幼体? の状態のファンタズマが体内に侵入することでファンタズマに変化。

 つまりは第三者による人為的発生ということね」


「そして、そのことを知っているのは黒丸製薬社長であったカーロスト......及びその部下達。それにカーロストが言っていたスパイという言葉」


「一番根拠になりそうなのはやっぱり結衣先輩の言った『スパイ』じゃない? それって特務に密かに敵と繋がってる人物がいるということでしょう?」


「所長はその誰かに心当たりがある......もしくは、その人物の動きを予想しての行動ってことですかね?」


「心当たり......」


 その言葉で引っかかるのはやはり先日の所長が加里奈さんに取ったやや高圧的な質問だ。

 あの時は所長が疑心暗鬼になってるとか思ったけど、所長は皆を信頼していてたとえ誰かがスパイだとしてもそう簡単には疑わない。


 でも、加里奈さんの時だけは違っていた。同じ訓練学校を卒業した人なのにまるで探るようなあの口ぶり。


 もしかして、加里奈さんが? でも、だったらこの二年もの間ずっと協力していたのは私達にスパイであることを悟らせないため?


 ダメ、根拠も証拠もない。憶測も憶測だ。はあ、こんな時凪斗だったらどう考えるんだろう。凪斗のことだから疑わないかな? でも、意外と聡い所もあるし何か気づいたりするのかな?


「そういえば、私達が出払ってる時に新たに発生するファンタズマって大体私達からかなり距離がある所か真逆の所で発生しますよね?」


「そう言えばそうね。まるで私達の居場所を常に把握してるみたいな。まあ、私達の場合だと身バレしてもおかしくないしね。なんせ半分人辞めてるんだから」


「確かに......」


 来架と愛依はそんな会話をしている。それをただ聞いていた私であったが、愛依の言葉が鮮明に残り頭の中では加里奈さんのことを考えてしまう。


 「常に把握している」そんなの事務所にいるメンバーに限られる。

 確かにSNSによってすぐに私達なんか特定できそうだけど、たとえ私達をどこかにファンタズマを作って呼び出した所でその作り出した人が一般人ならばすぐに捕まえられる。


 人間のリミッターを常に開放してる状態なのだ。到底逃げ切れる速さなど出せないし、一般人だから人ごみに紛れようともむしろ一般人だから見つけやすい。


 ワームはファンタズマの最初の状態。ファンタズマは私達と同じようにアストラルによって作り出されるマギを帯びている。


 そして、一般人も生まれながらに持つマギがあるがそれは非常に小さく、故にワームが帯びるマギを体に纏った一般人は周囲の人よりも不自然にマギが体から溢れてる状態。


 マギは行使しなければたとえ体表にこびりつくものだとしても減ることはない。つまりは一般人ならマギを帯びてることが何よりの証拠となる。


 後はそれを目印に見つけ出せば終わり。でも、私達が毎回探しても見つからないということはもともとマギをたくさん保有してる人物......つまりホルダーということになる。


 とはいえ、その推測だと特務にスパイがいるということになり、所長が疑っている加里奈さんに対する疑惑が増えてるだけ。う~む、他にもっと何かないのか―――


――――ギャア"ア"ア"ア"ァァァァ!


「愛依さん、結衣さん今のって!」


「ええ、人がファンタズマになった時の最初の雄たけびよ」


「二人はすぐさま現場に急行して。私は高い所から怪しい人がいないか探ってみる」


「わかりました。さ、ビューンと行くよ!」


「そうね、行きましょう!」


 二人は東屋のベンチから飛び跳ねるように立つと一気に声が下方向へ走り出した。

 その二人をしり目に私は現場近くの高い場所を探りつつ、目星をつけた場所に向かって走り出した。


 やって来たのは現場から三十メートル離れた路地。そこに人がいないことを確認しつつ、跳躍して壁キックしながらアパートの上までやってくる。


 屋上に立つとより感じる熱風をよそに現場が見える方向を探した。すると、ファンタズマと戦っている二人の姿が確認できる。


 ......数は二体。つまりは二人で並んで歩いていた人が標的にされたかもしれない。許さない。

 ふぅ......落ち着け。相手がホルダーであると仮定するなら、ここで感情を増幅させたらマギによって位置がバレる。


 ここまで感情が表に出るようになったのは凪斗のせい。昔なら何も考えることなく任務に移行できたのに.......でも、不思議と力が溢れてくるようで嫌な感じはない。


 それよりも、今は敵が近くにいないか確認しなきゃ。恐らく、今までファンタズマ化現象を引き起こしていたのがその人だったら、遠くから観察していたりするかもしれない。


 近くにいすぎれば私達の探知圏に入ってしまう。されど、観察するためには見やすい方がいい。となれば、私と同じようにここ辺の建物の上で高みの見物を決めてるはず.....いた!


 斜め右上の事務所の屋上でこんな厚さなのに明らかに全身を白く覆っている人物がいる。相手はこちらに気付いていない。奇襲をかけるなら今。


 私は助走をつけて一気に走り出す。そして、アパートの屋上の手すりに足をかけるとそこに向かって大きく跳躍。同時に右手に鎌を作り出す。こちらに気付いた。


「くらえ!」


「っ!」


 思いっきり鎌を振り下ろした。しかし、僅かに相手のフードを掠めただけで躱される。でも、奇襲の甲斐はあった。突然の攻撃に大きくバランスを崩している。


 私はすぐさま間合いを詰めて鎌を横薙ぎに振るおうと構えた。しかしその瞬間、相手の方が先に()()が届いた。


「止まれ!」


「......っ!」


 その言葉を聞いた瞬間、私はその場に一時的に動けなくなった。腕も脚も視線すらピクリとも動かない。

 その間に白装束の人物は路地へと降りて逃亡。くっ、捕まえられなかった。


 決定的なチャンスを逃した落胆い苛まれる。これで相手は慎重に動かざるを得なくなった。

 つまりは足取りが追いづらくなり、こちらにとって不利になったということ......ん?


「これは......っ!」


 私はふと来架と愛依の二人の様子を確認しようとすると地面にあったものに気付く。その瞬間、私はとても辛い気持ちになった。

読んでくださりありがとうございます(*'▽')

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