第162話 新たなる事件の幕開け
――――二斬結衣 視点――――
『――――渋谷駅のハチ公前付近で深夜23時ごろに殺されたとみられる被害者が発見されました。
発見したのは近くをたまたま通りがかった男性で、110当番によって事件が発覚されました。被害者の男性は頭部を激しく損傷していて、ファンタズマによる影響と――――』
「もうあの事件以来、すっかり広まっちゃってますね」
「まあ、仕方ねぇさ。もはや隠す方が無理があったともいえるしな」
愛依と理一さんがそんな言葉を交わしながらソファに座ってお昼ご飯を食べている。
そして、私はタブレットを片手に天井角に置かれているテレビを見ながら、突っ立っていた。
あの黒丸製薬の事件から二年が経った。そう、気がつけば二年が経ってしまった。その間にこの世の中は大きく動いた。
一番大きく動いたのはやはりあの事件をきっかけに、この世界にファンタズマという異界生物が現存しているということを国民に知られてしまったことだろう。
黒丸製薬の地下で起きた爆発はその周辺一帯を大きく陥没させるほどの被害を起こし、その事件の説明責任を問われ日本政府はあえなくゲロッた。
その情報が広がってからの一年間は酷く動乱した世の中だったことを覚えている。当然、ファンタズマという存在を国民が認識し始めたことにある。
といっても、その認識は私達というよりもファンタズマ側からの行動である感じが大きかった。
その理由は最初はファンタズマはホルダーにしか見えないものだったからだ。
しかし、その事件をきっかけに突如としてホルダー以外......いわば国民に見えるようになって、日中問わず出現するようになった。
突然、人を食い、銃弾でも倒せない存在が現れると人々はパニックになり、加えて下手な正義感を持ったマスコミが日本政府の特に警察組織について罪を言及したせいで一時警察の機能が低下。
警察機構の一部である私達特務も当然簡単に身動きが出来なくなり、その間に日中に現れた数体のファンタズマが十数の人間を食らったという事件が起きた。
警察が動けない代わりに自衛隊が来たが、その自衛隊でも多くの犠牲が出て辛くも討伐に成功したという。
そして、私達の存在を重く見たマスコミが特務の機能を解除して一年の忙しない時を経て現在と至る。もっとも、私にとってはあの事件以来時も感情も止まってしまった気分だが。
「皆~、このうら若き乙女をどうにかして~。特に、そこで今きつねうどん食べてるそこの野郎のことよ!」
「俺か!?」
玄関の方から声が聞こえてきた。最近警察庁に入り浸りでぐったりしている所長の肩を担ぎながらやって来たのは緩いカールがかかったピンク髪の【語瀬 加里奈】さんだ。
凪斗が入る前から特務専門の病院看護師として働いていた加里奈さんは所長と同期らしくて何かと付き合いが長いらしい。
そして、事件で凪斗がいなくなってからメンタルケアとしてこうして今はメンバーの一人となっている。
そう、あの事件以来凪斗は帰って来ていない。事件があった周辺は大きく形を変えてしまっていて、どこにいるかもわからない凪斗を探すのは困難とされている。
二年間もずっと地下施設の撤去作業が行われているが、未だ凪斗らしき遺体が発見された報告はなし。当然だ。だって、凪斗は生きているんだから。
凪斗は言ってた「俺は死なない」って「信じてくれ」って。だから、きっとどこかで生きている。ただ、さすがに二年も経ったのなら連絡ぐらい欲しい。
「所長はまた疲れてるの?」
「なーんか、また頭の固い上層部に無理難題を押し付けられたらしいよ。早く東京都だけでもファンタズマを相当しろとか」
「まあ、アリがちな我が身可愛さだろうな」
「相変わらず偉い立場になるほど腐っていきますね~。昔は同じように現場にいたでしょうに」
愛依も言うようになったね。理一さんと一緒に腐敗した上層部に対して毒づいている。
まあ、その意見は概ね正しいから議論の余地もないけど。
「あれ? 来架ちゃんとおじいちゃんは?」
「二人で別任務だ。もうじき帰って来ると思うが......」
「たっだいま~」
「ただいま帰った」
理一さんの言うとおりに玄関から来架と金剛さんの声がしてくる。本当はもうおじいちゃんは現役引退してもおかしくないのに未だ最前線にいるなんてね。
来架の姿が見えると加里奈さんは自分の子供のように抱きついて頬ずりしていく。私もたまにやられるがんというか暑苦しい。来架はよくまあ嬉しそうにできる。まあ、犬っぽいし。
二人はとりあえず理一さん達の反対側のソファに座ると疲れたように息を吐いた。すると、愛依が二人に尋ねる。
「今回の事件もやっぱり......でしたか?」
「ああ、そうじゃの。どこの誰がやってるかはわからんが巧妙にワシらの範囲を抜けて行動していると考えられる」
「しかも、出現場所はバラバラ。いくら私達の身体能力が優れていようと起こった現場からシュバッと数キロ先の現場まですぐにはたどり着けませんよ~凪斗さんでもあるまいに」
「こら、来架!」
「え、あっ!」
思わず来架がついて出た言葉に愛依が指摘する。そして、二人は私の顔色を窺うようにこちらを見る。
考えなくてもわかる。二人が気を遣ってることぐらい。
幼馴染である私は両親も失い、凪斗も失ったと思っているのだ。私が凪斗にやや依存していたは誰の目からも明らか。
だから、凪斗が消えたあの日からこの事務所では「凪斗」の名前はタブーとなっている。私のメンタルを壊さないように。
「大丈夫、私は平気」
そう、平気。だって、凪斗はきっとどこかで生きているから。私のヒーローは絶対に死なない。そう約束してくれたから。
しかし、私の表情にあまり感情が現れないせいか二人には結局気を遣われたような表情をされてしまった。まあ、元から上手く表に出なかったけど、さらに出にくくなってしまったからなぁ。
すると、所長席に座っている所長が空気を変えるように手をパシンと叩くと礼弥を呼んだ。
相変わらずのクルクルテンパの髪形でやって来た兄さんはノートパソコン片手にソファの間にある机までやってくる。
「礼弥、これまでの事件現場を記した地図を見せてくれ」
「わかりました」
兄さんはポケットから小さめの円柱を取り出すとそれにスイッチを入れてプロじゃクターのように机に地図を映し出した。
その少しの準備の間に私達はカーテンを閉めたり、電気を消して見やすいように部屋を暗くした。すると、そこにより鮮明に月宮区の地図が表示されている。
そして、その地図には点々と赤い点が表示されている。その点が今まで私達が追っているとある事件だ。
赤い点の数は二十三件。忌々しい事件だ。
兄さんは準備を終えるとノートパソコンの画面を閉じてこれまでの事件の詳細を話し始める。
「それじゃあ、これまでの事件をサラッとおさらいすると最初に僕達に出動がかかったのは去年の十二月五日。街中にファンタズマが現れたという事件だった」
兄さんは特殊なペンで机に表示された地図の右上ら辺にある赤点を囲った。すると、そこは青色で線がつけられている。
「この事件はただの野良ファンタズマが人を求めて現れたと思われたが、そのファンタズマに関して一人だけが奇妙な証言をしていた。
その証言というのは――――人がファンタズマになったというものだ」
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