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第161話 研究所脱出戦#3

「コロス! コーロースー!」


 ファンタズマはバカの一つ覚えのように「殺す」という言葉を連呼しながら俺達を追ってくる。

 あんなでかいのとは戦ってられない。逃げるしかない。


 にしても、この研究所に入ってからもはや隠密とは? と思いたくなるほどに走ってばっかだな。まあ、それもこれもカーロストのせいなのだが。


「凪斗、次の角を右」


「わかった」


 俺は高速で飛ばしながら角を曲がっていく。その方向はより室内へと入っていく方向。つまりは巨人型ファンタズマから距離を取る方向である。


 どうにも俺達を目の敵にしている様子にも見えなくないが、ただ理性なく標的を見つけたから狙っただけだろう。

 さて、このまま残り少ない時間内に脱出を――――っと!?


 突如として地面が跳ねるように大きく揺れた。そのせいか俺の体は思わずバランスを崩し、結衣とともに宙を浮かぶ。


 その時、俺は僅かに目の端で捉えた。まるで執着するかのような背後から見えたファンタズマの瞳を。

 ファンタズマは大きく口を開けて唸り声を上げる。一見ただの雄たけびかと思えば、それは衝撃波となって俺達を襲った。


「「ぐっ!」」


 全身を揺さぶられるような激痛が一瞬にして体を駆け巡る。まさに空気で殴られたかのように直撃した箇所は痛みが走る。


 咄嗟に結衣を離さないようにしっかり両腕で結衣の足を固定すると地面についた脚から蹴って無理やり前に進んでいく。


 甘かった。ただ標的にしてるだけじゃない。明確な殺意を持ってこっちを追ってきている。つまりは相手はこっちを知っているということ。


 ただ逃げるだけじゃダメだ。もっと俺達の存在が視界に入らないように遠くへ。くっ、足が軋んで痛てぇ。


 あのデカブツは俺達を追うように無理やり体をねじ込ませていく。そのせいで当然背後から床と天井が崩れ始め、再びデカブツは廊下に蓋をするような巨大な手を近づけてくる。


「結衣、大丈夫か!? 結衣!」


「うっ、大丈夫......正面にエレベーターがある。そこを上に登って」


「了解!」


 弱々しい結衣の声が聞こえてくる。いくら結衣が鍛えていようと衝撃波は防御無視の攻撃。小さい体には堪えるだろうな。

 結衣をここから出すためにも俺は絶対に逃げ延びなければならない。


 デカブツの迫りくる手を避けるように俺は走りながら、エレベーターの入り口に向かって思いっきり飛び蹴りしていく。


 そして、エレベーターの扉を破壊するとそのまま頭にヘッドギアのようなアルガンドを装着して、エレベーターの天井を破壊していく。


 ゴツンッと鈍い痛みが脳天から響いてくるが今はそんな痛みを気にしている場合じゃない。そのまま少し壁昇りするとそのまま壁蹴りで上へと昇っていった。


「コーロースー!」


 唸るような声が聞こえるとともに真下にあったエレベーターがぺしゃんこに押しつぶされた。

 そして、壁なんかお構いなしに頭まで突っ込んでいくとまるで昇るかのように壁に爪を立てていった。


 クッソ、しつけぇ奴だな! いい加減諦めて.......って、なんだこの感覚。何かここであったことを忘れているような。


 そうだ、確か筋肉だるまのファンタズマに追われてる時にエレベーターを使って撃退したファンタズマが

いた――――


「ガアアアアァァァァ!」


「「うぐっ!」」


 俺の記憶とリンクしたように巨人型ファンタズマは吠えた。過去一番の怒号を。

 すると、そいつの叫び声はとてつもない衝撃波となって迫っていく。周囲の壁を抉りながら、それらのがれきを空気の層で持ち上げたまま俺達を襲った。


 一瞬、体が浮いたかと思うと今度は明確に打ち上げられた。空気の砲弾が腹部から思いっきり直撃していき、内臓がぐちゃぐちゃにされたような感覚になって口から血が噴き出す。


 さらに周囲から持ち上げられたがれきが俺達を容赦なく襲い、腕や足を掠めたり刺さったりしながら通り抜けていく。


 真下から鋼鉄の雨を浴びているようだ。なんとか頭は防いだが、脳が揺れてバランスが保てない。視界が霞んでいる。俺は今一体どこを向いている。


 聴覚も叫び声で一時的に聞こえなくなった。どのくらいで回復するかも目途が立たないし、全身がめちゃくちゃ痛てぇ。


 その霞む視界の中で僅かに見えたのはデカブツが壁に指先を食いこませながら登っていく光景。あぁ、ここ最近しっかりと思うことはなくなったけど......これは、怖いなぁ。


「......と! ......して、凪斗!」


「......っ!」


 僅かに聴覚が回復した。そして、最初に聞こえてきたのは結衣の声だ。一緒に衝撃波食らったけど、結衣は無事なのか。俺が消波ブロック的役割でもしたのかな。


「凪斗、死なせないから!」


 結衣が俺を小脇に抱えるようにして、もう片方の手で鎌を手に持ちながらそれを壁に刺して落ちないように留まっていた。


「すまん、下手こいた」


「凪斗のせいじゃない。謝るのは後。あと少しだから頑張って」


「あぁ、そうだな」


 衝撃波を二回食らっただけで満身創痍。しかし、見ればあのデカブツも体力を消耗しているように登ってくるスピードが遅い。


 あのデカブツがもし元筋肉だるまのそれと同じだとすれば、何をしてそうなったかはわからんが相当無理をしているはずだ。


『爆破完了まで残り三分』


 残り三分......その時点で俺はまだエレベーター通路にいる。脱出経路だとしても、脱出はどこでどのくらいの距離があるんだ?


 その距離で俺達は間に合うのか? 満身創痍の俺ではもうまともに加速して走ることは難しい。でも、結衣だけならばまだ行けそうだ。


 結衣が俺を抱えながら、鎌と両足を上手く使ってクライミングしていき、エレベーターが止まる階層までやって来た。


 そして、少し高く鎌を壁に刺しながら、僅かに歪んだドアに向かって振り子で勢いをつけながら思いっきり蹴破った。


 しかし、上手く着地とまではいかなかったのか俺と結衣はバラバラになって床を転がっていく。その時も絶え間なく振動が伝わってきて、どこかが爆発する音が聞こえてくる。


 非難を促すようにアラートがけたたましく鳴り響き、緊急を知らせる赤いランプがグルグル光を回転させている。


「凪斗、立って」


「ああ......」


 俺のそばにやって来たボロボロの結衣が何とか俺を立たせようと腕を取る。そして、その補助をもらいながら全く力が入っていない足を無理やり立たせる。あぁ、腹がズキズキと痛いし、すげー寒い。


「凪斗......お腹が......」


 立った俺を見た結衣が思わず青ざめた様子でそう告げた。

 その珍しい表情に促されるように視線を自分の腹部に向けると十センチほどのガレキが刺さっていた。

 そして、その周辺には血が染みわたっている。あぁ、そりゃ寒いし痛いわけだ。


『爆破完了まで残り二分』


 あぁ、ここらで潮時だな......

 俺は覚悟を決めると結衣に笑って告げる。


「結衣、先に逃げろ」


「嫌だ!」


 結衣の言葉は即答だった。説得の余地もないほどに。そして、俺の肩を担ぐとゆっくりながら着実に歩みを進めていく。


 しかし、そのスピードはどこかもわからない出口に対しては絶望的に遅い。その原因になっている俺がそばにいるから。


「結衣」


「嫌だ」


「結衣.....」


「嫌だ!」


「二人とも死んじまうぞ」


「それでも構わない!」


「ダメだ!」


 俺は痛む腹から声を出して結衣を正面に向けさせた。そして、両手で結衣の肩をしっかりと掴みながら、目を合わせて告げる。


「結衣は人々を守る存在だ。言わば、ヒーローだ」


「それは凪斗だって......!」


「あぁ、そうだ。ヒーローは死なない。悪を滅ぼすまで。だから、俺は死なない。だって、ヒーローだからな。

 でも、ここでヒーローを二人も失うことにはなっちゃいけない。敵は一筋縄じゃ行かない相手。一人でも多くの方がいい」


「だったら、私も――――」


「どうせなら、最後までカッコつけさせてくれよ」


『爆破完了まで残り一分』


 そう言って結衣の体を思いっきり押し飛ばした。そして、結衣がその俺の突然の行動に尻もちを着くと俺と結衣を分かつように天井が崩れ通路を塞いだ。


 いつか見たゲームでもこんな演出があったが、まさか俺がこっち側になるとはな。でも、結衣がこっち側より数倍良い気分だ。


「凪斗!」


「結衣! 俺は死なない......信じてくれ」


「凪斗......っ」


「走れ!」


 怒号でもって結衣に指示を出した。すると、結衣は走り出したのか気配が遠くなっていく。あぁ、それでいい。それが一番最高だ。


 「死なない」......なんて気休めにもならない言葉だろう。結衣をここから逃がすためにしても、結衣にはどうしようもない傷を作ってしまった気がするな。


 両手にマギを集中させていく。俺が今放てるフルパワーを両手にかき集め、限界まで圧縮していく。そして、それをエレベーターの入り口に向かって構えた。


『爆破完了まで残り三十秒』


「コ.....ロス」


 ドゴッドゴッと壁を這って上ってきたデカブツの顔がエレベーターの入り口に現れる。距離として十メートルもない。


 相変わらずデカいな。まあ、遠目から見てみデカかったんだから、デカいに決まってるか。なら、そのデカさで俺の全力を受け切ってくれよ!


「コロス!」


「うっせぇな! その口に俺の特大の一発撃ち込んでやるよ!――――豪雷砲!!」


 両手から放たれた紫電を纏う特大の砲撃は通路を全体を埋め尽くすような太さでもってデカブツに直撃した。


 そして、俺の視界はその砲撃による白い光に包まれた。

読んでくださりありがとうございます(*'▽')

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