第160話 研究所脱出戦#2
巨人だ。一目見た瞬間、そう思い、思わされた。
中央廊下を粉砕しながら現れる巨大な図体はぱっと見でも20メートルほどある。
そして、その図体から伸びる両腕は更に長く、太く、大きかった。まるでこの場にある全てを握り潰すかのように。
体が震える。心が震える。でかい。デカすぎる。心が恐怖で押しつぶされそうになる。どれだけ理性的に保とうとしても、絶望が具現化したようなその存在に圧倒される。
「おい、なんだあのバケモノは!」
「......」
衝動にも似た気持ちでカーロストに声をかける。しかし、カーロストはそのファンタズマを見たまま放心状態だ。
そのことにイラ立ち、カーロストの胸倉を掴むとそのまま持ち上げる。
「おい、聞いてんのか! クソッたれ野郎!」
「......しい」
「は!?」
「素晴らしい......」
カーロストのその言葉に、そして表情に思わず次の言葉が出てこなかった。
このイカレ野郎は泣いていた。歓喜に打ち震えた様子で。あのファンタズマにどんな感覚を持ってそのように見れるのか理解できない。
常に大きな地震が襲っているかのように振動が伝わってくる。ほとんどの場所で天井が崩れ始め、あらゆる所で火の手が上がっている。
俺はカーロストを捕まえた。そして、脱出経路を探さなければいけない。そのためにはカーロストが吐かなければわからない。
しかし、そのカーロストがこんな調子だ。焦りも怒りも思考を乱してぐちゃぐちゃにしていく。恐怖と混乱が心を乱していく。
俺の......次に......取るべき行動......は......
「凪斗、落ち着いて」
するとその時、冷たく小さな何かが頬を挟み強制的に下に向けられる。その手は結衣であった。
結衣はこんな状況にもかかわらず清らかな目で俺を見る。まるで心を見透かすようにじっと。
そんな結衣を見てか俺の心も落ち着いてきた。一人じゃないという安心感が出てきた。全く、相変わらず結衣がいなきゃダメだな。
胸倉を掴んだまま持ち上げていたカーロストから手を離すとそっと頬から感じる結衣の手に触れる。うん、思考も正常に巡るようになってきた。
「ありがとう、結衣。すげー取り乱してたみたいだな、俺」
「無理もない。私だって混乱したし、恐怖した」
「その割には落ち着いてるじゃん」
「凪斗が近くにいると思ったから。それに混乱しまくってる凪斗を見て逆に落ち着いたというか」
「あー、うん。なるほどね」
ホラー苦手な人を見ながらホラー見るとその人の怖がり方を見て落ち着くってやつと一緒か。それにしても、恥ずかしい。結衣がいながらあの取り乱しようは......。
とにもかくにも、今俺達がやるべきことはここからの脱出だ。いくらあのファンタズマの図体が大きかろうとここは地下だ。しかも、深い。
それに今は自爆カウントダウンが始まっている。天井も崩れていることだし、そのがれきによって圧死するのは時間の問題。逃げるが勝ちだ。
そのためにはこの放心しているカーロストを目覚めさせないと。とりあえず、あんなバケモノを隠し持っていた......いや、その割には様子がおかしくなかったか?
すると、結衣はカーロストの白衣を探ってポケットからUSBのようなものを取り出した。それをハッキング装置につけると何やら操作していく。
そして、そのハッキング装置から腕時計に転送したらしく、転送したメッセージを見てみると脱出経路までの地図であった。
「これは.......」
「何か入って無いかなって思って見てみたら運よくここからでも脱出できる経路が乗った地図が乗ってた。
恐らく、もしものための地図だったんだろうけど、それが私達のために使われるとは思わなかっただろうけどね」
「ま、一番大きな問題がクリアしたならそれでいいさ。後はこのクソ野郎を抱えてこんな所おさらば――――」
そんな言葉を言いながらふと様子見のためにファンタズマに視線を移す。その瞬間、体がゾッとする感覚に襲われた。
「......コロス」
目が合った。その巨人型ファンタズマがこちらを見ていたのだ。そして、大きく振り上げた左腕をそのまま俺達に向かって振るう。
「あぶない!」
咄嗟に結衣の手を引くとそのまま後ろに向かって跳んだ。どのくらい距離を取ればいいのかわからなかったので、とにかく思いっきり後ろに跳んだ。
その直後、先ほどまで立っていた位置に巨大な筋肉の手が突っ込んでくる。轟音と衝撃があっという間に広がり、俺達を襲うようにして通り抜ける。
風の壁を感じながら押されるようにして背後のドアに叩きつけられた。強く鈍い衝撃が体を駆け巡るが、とにかく結衣を抱えるように努めた。
ホコリ臭い。思わず咳が出る。僅かにかすんだ薄目で結衣を見てみるとどうやら無事のようで、座る俺の膝の上で猫のように丸まってる。
そのことに一先ず安心すると次は状況を確認した。
吹き飛ばされてる最中に見えたのは壁がまるでせんべいかのように簡単に砕かれ、そのがれきが砲弾のような勢いで横に流れていく光景。
当たればさすがに一溜りもないことは明らかだった。俺達だって結局は人間。大砲をまともに食らえば即死する。
そして、周囲に広がる砂煙が晴れてきて見えた光景は一言で言えば陥没であった。
先ほどまで立っていた床がものの見事に崩れ落ち、壁は廊下部分の窓から部屋のあった方まで余裕で貫通している。
そこには当然カーロストの姿はない。血すら残ってない。しかし、カーロストは生身だ。それに防御姿勢も取っていない。まあ、取っても無駄だろうが。
あの攻撃を直で食らって生きていると考える方がおかしいか。それよりも今は逃げることを最優先で考えないと。
『爆発完了まで後七分』
館内アナウンスが響く。残りはそれだけか。間に合うだろうか。近ければなんとか俺の足も生きてることだし、行けそうだが。
「結衣、大丈夫か?」
「うん、凪斗のおかげで。状況は......」
「御覧の通りさ」
結衣に問いかけに指をさして方向を指示する。俺の膝上で体を捻りながら後ろを向いた結衣はそのまま目を見開き固まった。
恐らく、さっきの俺と同じようなことになってんだろうな。今いるファンタズマはまともに戦う相手じゃない。さすがにあのデカさじゃロケランでも難しいだろうな。そもそもねぇし。
「結衣、逃げるぞ。立てるか?」
「大丈夫」
結衣が立ち上がると俺も立ち上がる。いててて、ちょっと腰を強く打ったみたいだ地味に響いてくる。
けど、動くには支障ない。後は......っ!
「コロス」
晴れた煙の先からファンタズマがこちらを見据えているのがわかった。そして同時に、右手が大きく曲がっていることも。
俺は再び結衣を肩に抱えるともう片方の肩にアルガンドで肩パットを作りながら爆発的勢いで踏み込み、背後の扉をタックルでぶち壊した。
そして、そのまま高速で真っ直ぐ伸びた廊下を駆け抜けていく。その直後には、ファンタズマの巨大な手が俺の後を追うように迫ってきている。
この速度、結衣じゃ逃げ切ることが出来ない。ならば、結衣を出来るだけ安全に抱えながら逃げなきゃいけないってことか。
「結衣! 道案内を頼む!」
「わかった!」
結衣も後ろから追いかけて来ている巨大な手を実際に目の当たりにしたのか従順に言うことを聞いてくれた。
クソッたれ、ハリウッドもびっくりの大脱出シーンを演じさせようとしてくれちゃってんじゃねぇか。絶対に逃げ切ってやるからな!
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




