第159話 研究所脱出戦#1
「......え?」
俺の言葉に結衣は驚いた様子であった。当然だ、こうなったら任務続行は不可能に近い。たとえカーロストを捕まえても無事に帰って来れる保証はない。
しかし、ここでカーロストを捕まえられなかったとすれば、もっと事態は大事になる気がする。いや、あいつが自由に移動できてる時点でそうなるんだ。
だから、ここで俺はなんとしてでも奴を捕まえに行かなければならない。それがたとえ特務の意向に逆らうことだとしても。
結衣は俺の目を見て押し黙る。恐らく、俺の目が本気であることを理解したのだろう。そして、昔から俺を知っているからこそ、俺を止められないはず。無論、止まるつもりもないが。
「凪斗......なら、私も行く!」
「いや、一人でいい。結衣は皆と一緒に無事に帰って来てくれることを願っていて――――」
――――ドオオオオォォォォン!
昇降台が大きく揺れるような爆発がターミナルに起こった。その爆発はまるで始まりを告げるように周囲から爆発音が至る所から鳴り響き、自分の体は小刻みに振動する。
時間がない。昇降台が登りきるまでにもこの施設の自爆カウントは進んでいる。
俺だけならば跳躍で上に上がっていくことも出来る。しかし、それで結衣が追って来る事態になればそれは問題だ。
できれば結衣を説得したいが......あの強い眼差しで俺がどうやって言い負かせれるのか。
「結衣、頼みたいことがある。結衣には俺が帰るための道をマッピングして置いて欲しい。そうすれば探す手間が省けて帰って来れる」
「ダメ、それで凪斗が帰って来れる保証がない。それにそのままここから脱出させようとしている魂胆が見え見え」
バレたか。とはいえ、これ以外で俺が「ここは危ないんだ!」と言ったところで全てブーメラン。自己犠牲野郎として怒られるかもしれんな。
「私はどんなことをしてもついていく。そして、凪斗を守る。それが私はホルダーになった理由だから」
「意思は固い、か......礼弥さんでもそこまで固くないと思うぞ?」
「それは凪斗譲り」
「血の繋がり関係ないんかい」
そんな風にツッコんでみて俺の張りつめた気持ちを紛らわそうとする。多少は......ほぐれたかな? まあ、もうこうなった時点で焦り一直線だけど。
結衣の目をもう一度見てその意志が変わりないことか確かめる。ちょっとした揺らぎもなく俺の瞳を貫くような強い視線で見つめる。はなから説得は無理だったらしい。
「わかった。二人で無事で生き抜くことを考えよう」
「そのためには時間を意識しながら」
「そうだな」
もうどのくらい経っただろうか? すでに数分は経過していそうだ。となると、残された時間はもう十分そこらしかないのか。
俺は結衣に背を向けてその場にしゃがみ込むと声をかける。
「結衣、乗ってくれ。この昇るペースじゃ間に合わない。カーロストを見つけるまで最速でいく」
「ん、任せた」
結衣の小柄な体が背中から感じる。背中から伝わる熱と両腕で固定している太ももの感触に思わず意識が持ってかれる。いかんいかん、任務に集中しなければ。
そして、俺は全身に電気を纏っていくと昇降台を思いっきり跳躍してターミナルへと近づいていく。
それから、そのままターミナルを垂直駆け上がりしていきながら、上の階へと続く通路を結衣が見つけ、そこに向かってターミナルを蹴りながら移動していった。
自爆コードが開始されたせいか本来なら明くはずのない扉のセキュリティが解除され、俺が通るタイミングで扉が開らいていく。
そして、俺は廊下を走りながら階段を見つけては駆け上がる。その間に結衣にはカーロストの気配を探ってもらっている。
奴のことだ、自爆コードをが起きたとなると生き延びるために上の階へと行ったに違いない。まあ、もとより下の階に行ったら俺達の身が危険になるから行かないだけだけど。
だから、上の階だけに絞って施設をとにかく走る走る。
今は知っているマップはない。道も高速移動出の中での一瞬の判断で決めているに過ぎない。つまりは正解はわからない。
それに爆発が連鎖し始めたのか至る所で爆発が起こり、施設全体も自身のように揺れて天井が崩れてきたり、突然横の壁が爆発してドアが吹き飛んできたり。
それによって、通行箇所が防がれることが度々あった。そうなれば、やることは他の通行できる道からどうにか上に上がる方法を模索するしかない。
そんなこんなで走っていると大きな廊下にやって来た。その廊下を走っているとすぐそばの窓からは先ほど俺達がいたターミナルと昇降台が見えてくる。
ということは、ここは大きな施設と施設を繋ぐ中央廊下ということになるのか? ってなると、俺達が向かってる場所はカーロストを追うためにやって来た最深部施設から近いどこかってことか?
あー、脳内マッピングもさすがに限界あるな。しかも、問題なのが今どこにいるかわからないってことだ。
「凪斗! 反対側の窓見て!」
「窓?」
結衣が突然俺がターミナル見ていた方と反対側の窓を指さした。咄嗟に俺はブレーキをかけてその窓によって覗いてみる。
「ほら、あの廊下」
「どこ......っていた!」
結衣が指さした場所を目に追っていくと開けたドーム状の空間の二階部分に廊下を走っているカーロストの姿があった。
丁度窓側にいたおかげか位置が特定できた。しかし、もっと先に移動していてもおかしくないはずと思ったが、それはすぐにカーロストの状態を見て理解した。
カーロストは左腕をケガしていた。白衣を身に纏っているのだが、その左腕部分が赤く血濡れていて、指先から滴らせた血が廊下に点々と跡を残している。
しかも、よく見れば歩き方も変だ。若干右足を引きずるようにしながら歩いている。
恐らく、爆発の影響で施設が崩れてきて、その破片に当たったり、爆発に巻き込まれたりしたのだろう。
なんとも痛々しいと思うが、追うこっちとしてはなんとも好都合だ。カーロストは暴れるほどの元気がないという意味だからな。
「位置は特定できた。結衣はしっかり掴まっててくれ」
「ん」
結衣を背負い直すとカーロストのいる方向に進んでいく。まずはこの長い中央廊下を速攻で抜けてドアを通過して左側に曲がっていくことだな。
中央廊下のガラスをぶち壊してショートカットして進んでいく方法もあったが、あのドーム状のまるで実験生物を戦わせるための施設のような感じがして嫌な予感がしたからやめておいた。
そういえば、実験生物と言えば先ほどからファンタズマの影を見てないな。
俺達が戦ったファンタズマは昇降台に落ちていったとしても、この爆発に乗じて脱走したファンタズマとかいそうだが.....まあいい。いないことに越したことはないからな。
そして、階段を下っていくと大量の血の跡を発見。そこを見てみると壁が爆発したらしくて、辺りにガラスが飛び散ってる。
なるほど、ここであいつは怪我をしたわけだ。となれば、後はこの血の道筋を追っていけば辿り着く。
それからはもうノンストップ走っていった。結衣には少し酷だと思うが、我慢して欲しい。
「凪斗、見えた」
「ああ、わかってる」
そしてついに、俺達は再びカーロストの姿を捕らえた。一方、相手の方はこちらに気付いていない様子だ。
バレてないならそのまま追いかけるのみ。さらに加速して壁を走り、カーロストを追い抜くとそいつの前に降り立つように跳躍。
空中で方向転換しながら、カーロストの正面に降り立つ。すると、カーロストはまるで絶望したように顔を真っ青とさせた。
「サルども.......生きていたのか!?」
「しぶといのが取り柄なんでね。もうここまでだ。その傷じゃここから脱出は不可能だろう。俺に大人しく捕まって、脱出経路を教えれば助かるが?」
「ふざけるな! ワシの研究の偉大さに気付けない愚か者の手を誰が借りると!?」
「だったら、力づくでもそうさせる。少なくとも、生身の人間であるお前じゃ俺達には勝てないと思うが?」
俺は威圧するようにそう告げるとカーロストは強く歯ぎしりした。そして、何も答えないまま沈黙の時間が過ぎる。
「凪斗、急がないと」
結衣からの催促だ。まあ、確かにこのまま無駄な時間を過ごすわけにはいかない。
「もうお前に選択肢は無い。ここで大人しく――――」
―――ドゴオオオオォォォォン!
再び聞こえる巨大な爆発。それは俺達が先ほどまでいた中央廊下の方で起きた。少し遅かったら危なかった......なんだあれは!?
その中央廊下を覆い隠すような煙の中から見えな巨大な影に思わず言葉を失った。
その煙から伸びてくる巨人のような巨大な手腕は皮を剥いだ筋肉が剥き出しになったような状態で伸びてきて、中央廊下の壁に指を引っかけながら這って進んでくる。
そして、やがて見えてきたドロドロに溶けたような巨大な顔はそれだけで恐怖させるに十分だった。
うなり声が大気を軽く震わせる。進むたびにドンッと大きく体が上下するような振動に襲われる。
特務の俺達だからこそわかる。そのバケモノの悍ましい気配が。一気に鳥肌が立つような恐怖が。
そいつは様々なファンタズマが合体した――――巨人化したファンタズマであると。
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