第153話 カーロストという人物#1
大方目星はついた。レベル3のネームプレートもゲットしたし、そろそろ......いや、もう少し何かないか調べたらにしよう。
俺は仮眠室から出ると引き続き、手当たり次第に部屋を物色していく。
その中で多かったのは全体的にこの事件の黒幕であろうカーロストという人物による暴走に対する恐怖が綴られた文章であった。
とりあえず、頭の中の恐怖を少しでも文章として出して感情のはけ口を探している感じであった。字体が酷く乱れてるなんてザラに見かける。
そして、またその文章の中で多かったのは「ニルヴァーナ計画」というものだった。
ニルヴァーナ計画の全容を知る研究員はあまりいなかったのか詳しいことを書かれている者は少ない。
まだ操作できるパソコンからいろいろ探ってみたが、どれもこれもがパスワードで厳重にロックされていて俺では調べることは不可能だった。
しかし、そのニルヴァーナ計画なるものが今回の違和感の正体ということは理解できる。
これが終わってもすぐにまた大きな事件が起こりそうな予感がしてならない。
......いや、それを阻止するために俺達はここにいるんだ。
そして、俺がレベル3でしか入れない特別な部屋に入ると僅かにうめき声のような声が聞こえた。人の声だ。
辺りを探してみると壁に寄り掛かり、血に染まったわき腹を手で押さえる研究員の姿があった。
「大丈夫ですか!?」
咄嗟に体を支えて声をかける。痛みのせいか酷く汗をかいていて、呼吸も乱れている。
その研究員は俺を見る。すると、一瞬目を見開き、そしてすぐに状況を理解したような顔になった。
にる
恐らく、自分を助けに来た人ではないことを理解したのだろう。しかし、こちらに敵意を見せる姿勢がないことから、話せばわかる人かもしれない。
「何があったんですか? カーロストという人物は今どこに?」
「......あいつは世界を滅ぼそうとしている。このままあいつを野放しにしちゃいけない。ニルヴァーナ計画が始動するよりも早く!」
その研究員は血濡れた手で俺の肩を掴むと振り絞った声でそう告げてくる。
ニルヴァーナ計画は世界を滅ぼすほどの何かなのか? まあ、ここがARリキッドの研究じゃない何かという時点でそういうことも予想できたけれど。
「早く!......早くあいつを止めてくれ! じゃないと大変なことになる!......あいつはきっとこの奥の制御室にいるはずだ。だから......はや......く」
振り絞った声は正しく命を絞ったようにその研究員はこと切れた。
話を聞く限りじゃ有益なのはまだカーロストがここにいるということだけだろう。
ともあれ、目の前で人が死ぬ場面を見るのはやはり辛いな。たとえどんな人であろうと。
だけど、それの道に自分がやるべき使命があるのだとしたら、迷わず行動しなければいけないということだろう。まさか高校生やってた俺が......ってこう思うのも何度目だろうな。
『お主達がコソコソとここまでやって来たネズミどもか』
「......!」
突然聞こえてくる声。だけど、近くにいる気配はない。咄嗟に向いてみると部屋の角に設置されたモニターから一人の老人の顔が映っていた。
白髪で細く長く目がややくぼんでるような人物。見た目からして健康的な生活を送っていなさそうに感じる。
まさに研究にしか興味がないといった印象を受けるその顔は妙に嫌悪感を感じさせた。
『お主達は特務のものであろう? まさかこんな若い連中をワシのところへ持ってくるなど随分と舐められたものじゃな』
「お前がカーロストか? お前はどこにいる? ニルヴァーナ計画とはなんだ?」
『矢継ぎ早に質問してくる奴じゃな。物事には論理というものが......む? お前の顔立ちをどこかで......なるほど、フェッフェ、そうかそうか。これは何という好機じゃろうな』
顔立ち? それは俺のことを言ってるのか、それとも結衣のことを言ってるのか。どちらにせよ、この場にカーロストが知っている人物がいるというのは問題じゃないか?
『アレにはまだ素体が足りないと言っていたな。それも体に適合する素体が。幾度となく試し、ダメにした被検体も多かったが、ここで同じ血を使ってみるのもアリじゃな。
あやつの子であるならば恐らく適合することは間違いないだろ』
独り言のようにしゃべるカーロスト。否定しない時点でそう判断する方が良いだろう。
しかし、こいつとの会話がまるで成り立っていないのはこいつが俺達を人とも思ってないからか?
とにかく、こんな所にいてはラチが明かない。一刻も早くカーロストがいる場所に向かわなければ。
「そこで待っていろ、カーロスト! 今すぐお前を捕まえに行ってやる!」
『威勢がいいことじゃ。まあ、来れるものだったら来てみればいい。せいぜい足掻いてみせることだな』
それだけ告げるとカーロストがモニターから消える。まるでこちらを挑発するためにモニターから現れたようなものだ。
とはいえ、ここは一旦冷静になれ。向かうことは変わらないとしても、怒りは視野を狭める。ここはカーロストの根城のようなもの。油断は命取りになる。
「まずは一旦結衣と合流だな」
そして、俺はその部屋を出ると奥へと続く扉の方へと向かっていく。すると、その途中で結衣と合流。
「何か見つかったか?」
「カードキーらしきもの。だけど、使えるかはわからないけど」
「まあ、それは試してみればいいさ」
「それにさっきの老人の話を聞いた? あの明らかに自分の都合でしか動かなそうな偏屈老人」
まさか結衣の口からそんなディスが出てくるとは......とはいえ、やはり感じてることは一緒で結衣もカーロストのことを嫌っている様子だ。
まあ、当然か。たとえARリキッドを作り出していないとしても、ファンタズマを従える技術を作り出してから被害が甚大化するのは否めない。
所長が言っていたようにファンタズマv.s違法ホルダーv.s特務だったのが、ファンタズマと違法ホルダーv.s特務と勢力図が変わることになってしまうのだから。
今がまだ早期発見だからそれほどの事態がない。だけど、ここで取り逃せば絶対にこの時を後悔する時がやってくる。
最悪捕まえられない時は殺すことを視野に入れとかなければいけない。
殺す......言葉で言うのは簡単だが、そんな上手くいくものなのか? わからない。実感が伴わない。でも、わかることはあの目の前で死んでいく人を見た時の感情を自ら作り出すということだ。
そんな覚悟は今すぐできることじゃない。けど、いつかはその時がやってくるのかもしれない。その時俺は動けるのか? 全然わからないな。
「凪斗、気負わなくて大丈夫。一人じゃない」
「......ああ、そうだな」
気を遣ってそう言ってくれたのだろう。しかし、その言葉がとても暖かい。僅かに震えていた手すら止まらせるほどに。
きっとこの先にカーロストとの戦いが待っている。半端だが覚悟はその時にでも決めればいい。今はただ出来ることを。
俺と結衣は入り口に辿り着く。電子パネルにくっついているハッキング装置はほとんど機能していないのか二つ目の鉄杭が途中まで動いて止まっていた。
俺はハッキング装置を外してレベル3のネームプレートをかざす。
『認証中......萩野陽介様のアクセス。カードキーの提示をしてください』
どうやら俺のだけでも結衣のだけでもここの扉は開かないらしい。
そして、機械アナウンスに従うように結衣がカードキーをかざすと扉の前にあった三本の鉄杭が横にスライドしていき、ガタンッと扉が開く音がした。
俺と結衣は意を決してその中に入っていくと――――目の前にあるのは上から下まで真っ直ぐ伸びる柱に、そこを繋ぐ十字に伸びた猫渡橋。
そして、周囲を埋め尽くすようなカプセルにはいったファンタズマの光景であった。
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