第15話 初出勤#2
「はぁ~、チェンジだ」
「.......解せぬ」
どこがだ。
俺と二斬はそうそう所長に呼び出されていた。
まあ、その原因は明白で二斬が俺の仕事をどんどん奪っていくのだ。
所長は「俺がここに慣れるのが早くなるだろう」ということで二斬が教育係を買って出たのも承認したらしいのだが、結果は散々だ。
俺がやるべき仕事の先手先手を打たれて出勤から3時間経っての現在お昼時、俺の存在はもはや空気と変わりない。
そのことに所長は頭を抱えてため息を吐く。まあ、当然の反応だな。
「どうした二斬? いつものお前らしくないぞ?」
「私はいつもと変わらない。むしろ、本来の仕事を全うしているに過ぎない」
「.......ああ、なるほどな。そう言うことか。なら、尚更教育係から外れてもらう」
「どうして?」
「お前の言い分はわかる。だが、こうして来てしまった以上は仕方ないだろう。報酬は仕事があってのものだ。お前は凪斗を飢え死にさせたいのか」
え、何? 今どういう話?
「だったら、私が―――――――」
「結衣!」
所長は握った拳で机を強めに叩いた。多少雑音があったこの室内の音が一瞬にして静まる。
俺と二斬は前方から一気に解き放たれた19歳とは思えない威圧感に体をビクつかせる。心なしか空気も冷たいような........。
「お前は少し頭を冷やせ」
「.......」
所長は原因について叱ることはなかった。むしろ、優しく諭すようにそう言った。
それに対し、二斬はどこか感情を抑え込むように歯を食いしばった表情をすると無言で立ち去ってしまった。
その後ろ姿を視線で追い、事務所を出ていくのを見届けると所長へと顔を戻す。
すると、所長は苦笑い気味で答えた。
「悪いな。結衣も結衣で色々抱えてるみたいなんだ。今はそっとしておいてやれるか?」
「それは構いませんが、俺は何をすればいいですか?」
正直なところ、結衣がどうしてあんな態度を取ったのか気になった。
あの態度から結衣が俺に対して何かを隠していることは明白だ。そして、原因が俺であることも。
しかし、たとえ俺が原因でああなったとしても、その事情を聴いていいのか躊躇われた。
それは二斬がそれだけひた隠しにしたいものだからだ。いたずらに暴こうとするのは良くない気がする。
でも、問題を解決しなくてもいいわけでもなく、現時点では踏ん切りがつかないだけだ。
「それじゃあ、来架のところへ行って来てくれ。きっと人手がいると思うからな」
「わかりました」
俺は所長に背を向けると歩き出そうとする。するとその時、所長に一つだけ質問された。
「なあ、凪斗。一つだけ聞いていいか? お前は過去に親しくしていた少女はいるか?」
「過去ってどれぐらいですか?」
「小学生の時だ」
その時なら一人いたな。ちっちゃくて引っ込み思案な子が。
「いましたね」
「その少女は銀髪だったか?」
「いいえ。普通の黒髪の女の子でしたよ」
「そうか。ありがとう」
「?」
その質問の意図がわからず疑問符を頭に浮かべたまま。目的の場所に向かった。
***
「にゃはは、助かります。今丁度いつも手伝ってくれる人がいないので」
「別に構わないよ。こんなことで良ければな」
俺は今銃器を組み立てている―――――――少女の隣で言われた工具を渡している。
彼女の名前は【創錬 来架】。俺の一つ年下の八重歯と大きなリボンをつけた茶髪のポニーテルが特徴的な女の子だ。
そして現在は彼女の雑用をしている。
また来架ちゃんは床に直座りしている。これが一番やりやすいらしい。
それにしても、周囲を埋め尽くすほどの金属の破片の山々はいつ雪崩が起きてもおかしくなさそうなんだが。
「やっぱ銃ってかっこいいですよね! ロマンがあります! 特にスナイパーライフルとか一撃でズバンッと相手を仕留めるところが痺れますよね~」
来架ちゃんは手元に置いてある金属の板を手に取るとそれを手のひらで変形させていく。
そして、必要なパーツを作ると別のパーツ同士をくっつけ、溶接することもなく指でなぞるだけでつなぎ目を塞いでいく。
これが彼女のアストラルであらゆる金属を自在に変形させられる【錬金術】の能力だそうだ。
とはいえ、細かい作業は苦手らしいので、そういう部分は工具を使っている。
ちなみに、来架ちゃんに対してタメ口なのは本人の指示で、その本人が丁寧語なのは癖らしい。
「へぇ~、それが錬金術かすげーな。金属をどんな形にも変形できるんだ」
「にゃはは、どんな形にも変形できますけど、限度はありますよ。例えば、厚さがある金属を曲げる時とか、巨大な金属の板とかを曲げる時とか。いくら感情で力を増幅できると言っても疲れると思います。それに曲げる前に心が弱気になってたら無理かもですからね~」
「無理そうなときはどうするんだ?」
「めいいっぱい楽しいことを考えます! それはもうたくさんの良いことも! 元気が無くてはやっていけないですからね!」
そう言って来架ちゃんは二カッと笑う。ま、まぶしい。こんな所にも太陽があるなんて知らなかった。
全くなんて笑顔をするんだこの子は! 世の中には出会ったら危ない人がたくさんいることを教えてあげたい!
「ところで、その服は何?」
俺はふと気になったことを聞いた。
それは来架ちゃんが着ている白衣のこと。研究職の人が着るイメージがあるので、絶賛工具イジリ中の現在はミスマッチだし、邪魔だと思うんだが。
すると、来架ちゃんはその質問に「待ってました!」と言わんばかりの表情で立ち上がると割と大きめな胸を主張するように胸を張って、両手を腰につける。
「にゃはは、 マッドサイエンティストみたいでカッコいいでしょー!」
いいえ、むしろその自信満々の態度が可愛いです。
そんなことを思っていると来架ちゃんは楽し気にクルクル回りだす。
.......ふむ。白衣の下が黄色のネクタイに水色のワイシャツが意外に合うな。
黄色いネクタイはさながら太陽のような自分を表しているのだろう(きっと好みで選んでいるだけだろうけど)。
それでいて紺色のミニスカートが白衣とともに目の前でヒラヒラと――――――あ、白パンが。
俺は咄嗟に顔を背ける。先日冤罪わいせつ事件があったばかりなのに、ここで本物のわいせつ事件を起こすわけにはいかない。それがたとえラッキースケベであっても!
そんな行動に来架ちゃんは気づくが、怪訝そうな顔で小首を傾げるだけ。
いや、そこは気づこうよ。あ、違う違う気づいちゃいけない。だが、どうしてだろうか。この子には一度反面教師として教えてあげたい気が.......うん、たぶん勝てねぇな。
俺は一つ咳払いすると話題を変えた。
「そういえば、さっきは悪かったな」
「何のことですか?」
来架ちゃんは銃の組み立てを一段落させるとそれを部屋の隅に置くと今度は別の材料をかき集め始めた。
だから、そこ! スカート短いんだからしゃがんで取りなさい!
そんな思いを抱えつつ話を進めていく。
「ほら、さっき所長怒鳴ってただろ? あれって俺が原因らしいんだ」
「あー、気にしてないですから大丈夫ですよ。珍しいとは思いましたけど。カルシウムが足りてないのかも?」
それ聞いたら恐らく所長は怒るよ。
来架ちゃんはひとしきり空の段ボールに金属の破片を入れるとそれを少し移動させて置き、その横に直座りする。あ、こらスカートであぐらかかない!
.......と言うことも出来ず、視線を下に向けないようにしていく。
「それで凪斗さんが原因ってどういう理由からですか?」
「俺も詳しくはわからないんだが、どうやら二斬先輩は俺を守ることに固執しているようなんだ」
「あー、なるほど。そういえばそうでしたね。了解です」
「何かわかったのか?」
「はい。それは要するに結衣さんが――――――――」
不意に扉がガチャリと開く。
「凪斗、次の仕事だ」
「え? あ、はい」
現れたのは所長で来架ちゃんの言葉を遮るように訪れた。そして、背後を指すように親指を掲げている。
.......あの鋭い目線。来架ちゃんの言葉を意図的に遮ったのか?
断言はできない。しかし、そんな気がする。
一先ず俺はその指示に従うことにした。
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