第142話 ミッションスタート
任務決行日当日、時間は夜七時を回ったところで、俺達は黒丸製薬のすぐ近くまでやってきていた。
といっても、現在いるのは俺と結衣と来架ちゃんだけだ。愛依ちゃんは近くの建物で身を潜めてもらっている。
すると、チョーカーから脳内へと愛依ちゃんの言葉が送り込まれてくる。
『準備はいいですか? 改めて内容を確認しますけど、まず来架ちゃんが陽動班、先輩二人が突入班になります。
そして、陽動班の方がリスクが高いので、基本的に入り口までは自力で行ってもらいます。あらかじめ、場所は伝えてあるのでわかると思いますが、そこはすでに敵の陣地。
特に突入班は何があるかわからないので、慎重に行動してください。では、任せました結衣先輩』
『うむ、任された』
『俺の信用度ってそんな低いの?』
『『低い(です)ね』』
何故、それほどまで信用してもらえていないのか......解せぬ。
これまでだって、一応無事に生きて帰って任務を遂行したというのに。そこの評価は一切なしか。
そんなことを思っているとそれが表情に出ていたのか、来架ちゃんは笑って告げる。
「違いますよ。凪斗先輩は基本無茶してるんで心配なんです。言うなれば、九死に一生を四回連続で一生を取ってる感じなんです」
「俺って初任務の時からそんな綱渡りして生きてたの?」
逆に十分の一の確率をそこまで引き当てるのもすごいと思うが......ってきっとそういうことじゃないんだろうな。
まあ、心配されるようなことをしてる自覚はある。正直、何度同じ病院でお世話になったことか。
エンテイの件で入院した時なんか看護婦さんや医師の先生から「また入院ですか? ただ飯食わせる場所じゃないんですよ?」とか「よ! 常連さん!」とか言われてたし。
とはいえ、そういう人は昔俺以外にもいたそうなので、しかも任務の苛酷さもわかっているそうなので決して酷い扱いをすることはないが。
しかしまあ、俺の予想では今回も俺の無茶が響くというか......無茶しなきゃいけない場面に出くわすというか......まず無傷で帰れる保証はないな。
なんたって、今から行く場所は違法ホルダーとファンタズマが同時にいるかもしれないって場所だ。
加えて、その違法ホルダーはただの違法ホルダーじゃない。実験の末にできたような存在だ。
俺達のように国が安全性を認めたわけでもないARリキッドを注入されて正気な奴がいるかどうか。
『そういえば、所長から追加案件来てたよな? できればって言ってたやつ』
『ありましたね。今回の最低限達成する目標としては情報の奪取及び施設の破壊ですが、違法ARリキッドを作成、使用していると思われる黒丸製薬会社社長【黒丸 収蔵】を捕縛すること』
『ま、捕縛が簡単にできたなら苦労しないけど』
『そのための“できれば”ってわけです。作り出した本人を直接尋問するのが情報を搾取するのに手っ取り早いのは当たり前のことです。
ですが、相手が自分が違法に手を染めてるとわかっているでしょうから一筋縄じゃいかないってわけです。なにもしてないはずがない』
『やっぱり、私はパパッと製薬会社の方を制圧したら応援として向かった方が良いんじゃないですか?』
『それはその時に判断した方が良いかと。少なくとも、今回は私達の人数に対してあまりにも敵が多いし、その中には民間人も含まれてることをお忘れなきよう。
むやみな戦闘は時間のロスや達成率にもかかわってきますし、民間人が巻き込まれる可能性だってあります。
よって、“なにがあっても”隠密厳守ですよ! 特にそこらへん分かってますか!? 凪斗先輩!?』
『俺にだけ圧が強いな』
『ヒーローを目指すものであるからして、弱気を見捨てられないからだろうけど。そこら辺は私が上手くコントロールするから大丈夫』
『俺は犬か』
『ワンワンって言ってる先輩ってなんか想像すると面白いですよね。別のやばさが出てるというか』
『はい、もうこの話終わりいいいいーーーーーー!』
これ以上続くと女子会男子みたいになってしまう。しかも、いじられてる男がその女子会にいる男って感じでまさに地獄。
このまま聞いてると任務より先に俺の心がやられそう。もう聞きたくない。男子より女子にいじられる方がよっぽど心に来るんだからね!
『最後に確認。そこにいる研究所の子供達は救ってもいいのか?』
『なにがあってもっていってすぐにこれですから......特務の方は問題ありません。そういった話はすでに通っていて、受け入れるための施設も確保してるとのことです。
ただし! あくまで任務の片手間で行ってください! 任務そっちのけで助けたり、危機的状況に陥ってまで助けたりはしないでくださいよ』
『.......わかった』
『なんですか今の間は? これだから信用ならないんですよ。帰ってきたら特務のなんたるかについて説教ですからね』
年下に説教とか心がやられそう。とはいえ、もう説教することが確定なのはきっとその質問をした時点で助けに行くことが俺の中でなくて事項であると判断したからだろう。
俺に対して呆れながらもそう言ってくれるのは素直に嬉しく感じる。
すると、きっと今頃愛依ちゃんも同じような目をしているだろうジト目の結衣が俺の袖を引っ張る。
「凪斗、あくまで優先事項は見誤らないで。最優先なのはこれ以上、敵を増やさないようにすることだから」
「わかった。それは約束する」
結衣の言葉に深く頷くと結衣は軽く口角をあげた。珍しく自然な笑みを見たような気がした。
『そろそろ時間です。移動の準備を始めてください』
愛依ちゃんがそう告げる。突入時刻は八時ちょうど。それについては愛依ちゃんが合図してくれるので、俺達はそのための戦闘準備を済ませる。
まず履いてきた靴は今回のために特別に作られたアシストシューズだ。
見た目は普通のスニーカーのようにも見えるが、安全靴のような感じであり、走ったり跳んだりの脚力を割り増しで地面に反発し、さらにその反発を割り増しで伝えて推進力を与えてくれるものらしい。
加えて、手に付けた黒いグローブ。これも見た目は皮手袋だが、手の表面にはナノサイズのハッキング危機が搭載されているようで、電子ロックがほとんどを占める現代では手触れただけで鍵が開くという優れモノだ。
そして、最後に左手に巻き付けたアッ〇ルウォッチのような画面付き腕時計。
それには道案内のためのマップがホログラムのように空中に投影されたり、近くにいる敵意のない人のバイタルを読み取ってマップに表示させてくれるらしい。
どれも聞いてるだけでやべーって思うほどの優れた最新機器の数々だ。一体いくらかかったのかとか聞きたくない。
本当はアシストシューズだけでもエンテイの事件で実装される予定であったが、ギリギリ製造が間に合わなかったとのことだ。
まあともあれ、手にも足にも最新鋭の装置を身に纏って挑む今の俺は機械か何かのような気持ちだ。
もっとも機械のように使い捨て出来ないし、なんなら人格まで持ってる始末であるが。
俺はグローブを握ったり、開いたりして感触を確かめる。まるで昔に映画で見たスパイの潜入ミッションみたいであると少しだけワクワクしているのは内緒の話である。
「それじゃあ、来架ちゃん。そっちは任せたよ」
「無事を祈ってる」
「はい、シュパッとやってきます」
俺はマンホールのふたに手をかけて開けていく。少しそばに置くと頭に暗視ゴーグルをつけてマンホールを覗く。
『時間です。突入してください』
愛依ちゃんの合図に来架ちゃんは製薬会社に走り出し、俺と結衣はマンホールの中へと落ちていった。
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