第138話 新たな任務
「ハハハ、それで結局二人ともお前の家で住むことになったのか」
「笑い事じゃないですよ」
俺が真面目に相談しているというのに目の前に座っているこの女上司はあろうことか随分と楽しげに笑いやがる。そんなに後輩の苦難が面白いかこの悪魔め。
「誰が悪魔だ」
「な、なんですか急に」
「顔に書いてあった」
いや、だからなんで読み取れるの。とまあ、そんなことを今更考えても無駄か。
ここ最近、長らく感じなかった平和な日々が訪れている。それはもちろん大きな事件をなしにしての話だが、意外とゆっくりできる時間が増えるのは嬉しいものだ。
しかし、悲しいかな。家に帰っても安らぎが感じられないのは。憩いの場が魔物の巣屈になってしまったような気分は。
現在、俺の家では愛依ちゃんが家政婦のようなポジションでせこせこと働いている。そして、稼いでいるのだ結衣の好感度を。
結衣は結衣で我が物顔で使っている。もうあの家は誰が主だかわかったものじゃない。
ラブコメとかで家に女子がいる環境ってとかでなんだかんだで嫌がる主人公がいたけど、それは何かわかるかもしれない。
まず第一に気を遣う。一人で使い放題とかではなく、二人の様子も鑑みなければいけない。
第二にいろいろな境界線がある。今まで服は俺一人分だったのに、女子が増えたことで別々に洗うことになり、水道代と電気代がいつもよりかさむ。
まあ、普段一人で動画とかテレビとかを見るだけの生活だったから、会話をするというのは新鮮なものだけど、本当に落ち着かないんだよね。女子が家に住みついてるって感覚。
「もう俺はどうすればいいんですか~。なんかもうあの家って俺の家って感じしないんですけど」
俺は疲れたように背もたれに持たれると目を瞑る。なんかしばらくぼーっとしてたいな。
しかし、そんなことを所長がさせてくれるわけがない。
「何を言う。世の男達は喉から手が出るほど臨んだって、あれほどの美少女と一緒に住む権利すら得ていないのだぞ?
加えて、違法的に得たらその時点で犯罪者。そんな天文学的数字に等しい確率で得た幸運を、それも自分の努力なしで得た幸運をみすみす捨てるとは!」
「誰目線なんですか。ていうか、その本音はなんですか?」
「そんな面白い状況を私が面白がらないはずがない。そういうわけだ、お前は住め。所長命令だ」
「職権乱用が過ぎる」
所長はブラックコーヒーを飲んでいく。その口元はカップに口をつける前から釣り上がったように口角が上がっていた。
もうこの人に何を言っても無理なのだろう。かといって、所長に話す前に理一さんに言ったら「そんな自慢聞きたくなかった」って言ってどっかいっちゃうし、先生に至っては「苦難を乗り越えた先に道は開かれる」とか仙人みたいなこと言ってたし。
俺は思わずソファでゴロン。すると、頭のあたりからムニッとした感覚がする。
......なんだろう。スベスベで柔らかくて少しもちっとする。それにその感覚が二つ......どう考えてもソファの触り心地じゃない!
パッと目を開いて天井を見ると無機質な表情で見つめる結衣と目があった。なにごと!?
「結衣!? いつの間に隣に!?」
俺は結衣に膝枕してもらってたことに気付くと急いで起き上がる。
「凪斗が所長に愚痴ってる時に普通に。凪斗は安らぎが欲しいの?」
「え、何で知ってるの?」
「言葉に出てたから」
嘘......俺ってどんだけ欲してるのさ。しかもそれを結衣に聞かれるなんて。これは怒られるパティーンか? 最近まで俺が愛依ちゃんに手を出したんじゃないかってカリカリしてたしな。
そんなことを思っていると結衣が不意にちょいちょいと手招きする。なんか怖いな。何言われるんだろ。
そして、恐る恐る頭を近づけていくと両手で頭をガバッと捕まえられ、そのまま膝に強制的にゴロンさせられる。一体何事!?
「ど、どうした?」
「凪斗が安らぎが欲しいっていうから。膝枕でもして癒してあげようと思って。ダメ?」
「ダメじゃないけど......」
むしろ、嬉しいのは確かだけど、それ以上に恥ずかしいんだ。
「凪斗は頑張ってくれてる。何にも知らない状態でこの世界に入ってきたのに、危険な目に何度も会おうと必死に食らいついて私のそばにいてくれる。
だから、そんな凪斗が安らぎを求めているのなら、私がその安らげる居場所になってあげたい」
「......結衣」
頭を優しく撫でられる。すげー恥ずかしいんだけど、同時にすげー安心するのはなんでなんだろう。
頭を撫でられるっていつぶりかな。両親が生きてるうちに最後にしてもらったのはいつだっけ? もう結構小さい頃の話だからあんまり覚えてないや。
なんか今なら少しぐらいは甘えてもいい気がする。まあもちろん、しばらく膝枕させてもらうって意味だけど。
ああ、今の俺ってすげー恥ずかしく映ってそうだな......ああ、そうだ。所長のにやけっぷりでもう羞恥心マッハなんだわ。
「結衣、もういい――――」
「いやまだ」
「なんでそっちが強情!?」
「いいじゃないか。今は好きなだけさせてあげてやれ」
「いや、俺が恥ずかしいんだけど」
「「(お前/凪斗)の恥ずかしさなんて知ったことじゃない」」
「えぇ......」
なんでここの女性陣は基本的に俺の意思決定を無視するのか。もう俺の意思を素直に聞いてくれるのは来架ちゃんぐらいだろうな。
......来架ちゃんも毒されてたらどうしよう。
すると、所長はソファに置いてあるタブレット端末を手に取ると何かを操作しながら話し始める。
「そのままでいいから聞け。お前らに新たな任務だ」
「任務?」
「俺と結衣がですか?」
「正確にはお前ら二人と来架と愛依を加えた四人だな。理一や善さんにはまた別の場所で担当してもらうことになってる」
「「?」」
「お前らに先に話すから後で来架を凪斗の家にでも集めて愛依と二人で説明しとけ。二度手間は面倒だ」
「わかった。それでその任務ってのは?」
「簡単に言えば破壊工作だ」
急に不穏な言葉をぶっこんできたな。しかも、俺達に逮捕や討伐ではなく率先的に「破壊」という言葉を使うあたりいつもの任務と少し違うかもな。
「それが主な仕事と言ってもいい。だがまあ、場合によっては捕縛したり、ぶちのめしたりしてもいい。それは各々の判断に任せる」
「それで何を破壊すればいいんですか?」
「千葉県にある黒丸製薬。そこは表向きには真っ当な薬を浮くっている研究施設だが、一部の研究者達は地下にある研究施設でファンタズマの研究をしてるらしい」
「「!?」」
「その研究施設が国から認められたものなら全然構わないのだが、何しろ国から認められてるのは本部の地下にある研究施設だけだからな。
加えて、非合法で作り上げたARリキッドモドキでもってどこぞから拾ってきた身寄りのない子供で実験しているらしいんだ」
実験!? それってネズミーランドで戦ったヤガミが言っていた最強のホルダーを作るための研究施設のことなんじゃ......!
「ま、火のない所に煙は立たない。色々と黒い噂があってそのシッポを掴んだから叩き潰そうってわけだ。
その研究施設は一つが壊れても研究が続けられるように複数ある。少なくとも他に二つは見つけ、それぞれに理一、善さんと向かってもらうつもりだ」
「俺達は四人ですけど、その二つは一人ずつですよね?」
「なんだ心配か? お前らが束にかかっても理一ならともかく、善さんなら恐らく負けないぞ?
......言いたいことはわかる。お前はエンテイのようなバケモノがいるかもしれないと言いたいんだろ?」
「......はい」
「その可能性は否定しきれない......が、お前らが一緒じゃない方が逃げ切れる確率が高い。要は経験値の差だ」
確かに、俺と理一さん、先生と比べたら俺なんてひよっこもひよっこだ。俺が心配する方がおこがましいって話か。
「そういうわけだ。詳細は追って説明する。とりあえず、残りの二人に話しておけ」
読んでくださりありがとうございます(*'ω'*)




