第137話 俺の意思決定権は?
「――――というわけで、いい物件が見つかるまでここに住まわせてください!」
「いや、いいけど」
もう今更一人増えたところで俺の生活は大して変わらないし。だから、土下座はやめてくれ。
しかし、問題なのはその土下座している相手が俺ではないということだ。じゃあ誰かって? そんなの決まってる。
「お願いします!――――結衣さん!」
「......」
ソファで足を組んで腕組みをし、圧力をかけるような視線で見下ろす結衣に、その結衣に対して土下座する愛依ちゃん。もちろん、マイホームでだ。
なんかものすんごい修羅場現場にいるような気がする。俺、何もしていないのに。
「ゆ、結衣? もう土下座はやめるように言って――――」
「凪斗は黙ってて」
「......はい」
この状況をやめさせようとすぐこれだ。まるでとりつく島すら感じさせてくれない。っていうか、俺の家なのにね一応。
なんで部外者二人が一番この中で権力持っちゃってるのかね? この時点でもういろいろと間違ってね?
......それにしても、結衣は怒ってる時だけ感情がわかりやすくなってきたな。
「言い分はわかった。期限付きでここに住まわせてってことは。別にそれぐらいなら許可しないこともない」
「それじゃあ!」
「だけど、本当にそれだけ?」
「.......っ!」
......なんだろう。このある意味コテコテのやりとり。つーか、今の結衣ってどういう立場? 宿主の俺より偉い立場ってもはやなに?
それに今の言葉のやり取りで愛依ちゃんはどうしてそんな衝撃を受けた顔をしているのだろう。二人しかわからない世界が広がってそうだな......ここの家の主俺なのに。
「あの事件が開始されるまでの約二週間の間、あなたは凪斗とバディとして連携を取るために所長の計らいでここに住むことになった。そうよね?」
「はい、その通りです」
「最初はトゲトゲしかったあなたも心の変化があって凪斗とは気兼ねなく話せるほどまでに仲良くなった。この家で」
なんで最後ちょっと語気を強めたんだ? なんで浮気現場を目撃されて堂々と相手の女性を折檻しに来た妻のような雰囲気だせんだろう。ここどこの昼ドラ?
「そ、それは私にもいろいろと思うことがありまして.......凪斗先輩に風当り強くしていることがバカらしくなったり、筋違いであったとわかったり......」
「筋違い? 愛依ちゃんは俺に先にホルダーとして越されたから恨んでたのでは?」
「あ、いえ、その......そ、それは言葉の綾というやつでして、他意はないです」
今すごいごまかされ方されたような気がするけど気のせいだろうか。まあ、愛依ちゃんにだって言いずらいことはあるか。
「私は凪斗先輩に失礼なことを幾度となく繰り返してきました。にもかかわらず、凪斗先輩は優してくれて、そもそも宿無しの私が家を住まわせてもらってるという恩義も忘れてあの二週間は過ごしていました」
「いやでも、最後の方は拙いながらも返してくれたし――――」
「凪斗先輩は黙っててください!」
えぇ、俺は当事者なのに......。
「それに加え、掃除や洗濯。料理に至るまであらゆることを私が住みやすいように環境を整えてくれました」
まあ、それは俺も氷月さんと仲良くなるというためであって。いわば、好感度稼ぎというものを俺も愛依ちゃんには内緒で恣意的にやってたわけだし。
俺個人としてはお互い様のような気がするんだよな。それに愛依ちゃんが部屋に閉じこもって姉さんに関して情報を集めているというわけだったし。
「私は自分の身勝手な理由で恩義に報いることを放棄し、あまつさえ戦いの時には一人で決着すらつけることが出来ずに助力を受けてばっかりでした」
「そうなの?」
「いや、さすがにそこまでは――――」
「そうです!」
せっかくのフォローを愛依ちゃん自身がカットしちゃったよ。もう俺にはどうしようもできんぞ。
「私はどれほど時間をかけてもこの恩義に報いるために精一杯働かせてもらう所存です。どうかこの家に住まわせていただけないでしょうか!」
愛依ちゃんの誠意に対して結衣は一体どうこたえるのか......。
「それだけ言うということは、物件が見つかるまでという言葉自体建前であったように感じるけど気のせい?」
「......」
「沈黙は肯定と捉える。いい物件を探すことも本当だったのだろうけど、それ以上に感じられた誠意......ただ飯食らって住みたいだけじゃないみたいね」
「はい。それは私のプライドにかけてもそんなことはしたくありません」
言い切った。さすがは意識高い系。まあ、もともとお姉さんを助けるために強くなろうとする向上心はあったしな。さすがに結衣にも伝わったはず―――――
「そう。だけど、まだダメ」
「......は?」
結衣の言葉に思わず声が漏れた。いや、待て待て待て。今のはどう考えてもOKする流れであったでしょうが!?
結衣が全く考えなしにこのような判断をする奴じゃないことは理解してるけど、それでももう納得してもいい理由だったろ?
「結衣、さすがに結衣にも今の誠意に対して断る権利を持っていないはずだ。なんらかの意図があると思っていたけど、さすがに今のは横暴だ」
「凪斗は黙って――――」
「いや、黙らない。もとよりこの家に住むかどうかの決定権は俺にあるはずだ。こんなことで完全に嫌いにはならないが......今ので少し嫌いになった」
俺の言葉に結衣はただ黙って視線を向けるだけ。なにも言い返してこない。どうして? なんの気持ちがそう判断させる?
「勘違いしてるところ悪いけど、この子はまだ内に隠している本音を出し切っていない。だから、“まだ”ダメなの。本当のことを話してくれれば認めるつもり。もちろん、話してさえくれれば」
「そう......なのか?」
俺が結衣の言葉を信じて愛依ちゃんの顔を見ると愛依ちゃんの顔は赤くなっていた。図星で恥ずかしくなったってところか?
よくわからないが、今の結衣の一言で愛依ちゃんに何か変化が起こったのは確かだ。
先ほどまで真剣だった目つきがどうにも恥ずかしさを隠そうと睨みつけたような目に変わってるだけだ。
「......本音で言えばどうなりますか?」
「どうにもならない。ただまあ、私達の繋がりに勝てるのならばだけど」
「私達」? それって一体なんのこと? その中に俺って含まれてる?
すると、愛依ちゃんは「わかりました」と告げて立ち上がると結衣に近づいていく。そして、俺に聞こえないように耳打ちしていく。
その言葉の内容で結衣が一度だけ目をハッとさせたところ以外は特に目立った変化はなかった......もとより変化は少ないけど。
「なるほど......ね。よく話してくれた。でも、凪斗が......野獣の凪斗が」
「おい、なんで言い直した?」
「愛依ちゃんを襲わないとも限らないし、その逆もないと限らない」
俺ってどんだけ節操ないと思われてるの? そこの信用ってそんなになかったっけ? っていうか、その逆って何? さすがにそれはないでしょう。
「っていうことで、私の管理下に置かれることでこの家に住まわせてあげる。しっかりと観察してるから」
「ありがとうございます」
まあ、なにはともあれ万事解決......ん? 今、「私の管理下」って言ったよな? それってまさか......!?
「結衣もここに住むつもりか!?」
「そういうことになる。節操のない幼馴染とむっつりツインテの手綱はしっかり握っててあげるから」
「なんだってええええええ!?」
「誰がむっつりですか!」
というわけで、一人増えるどころかもう一人増えてきました。
読んでくださりありがとうございます(*'ω'*)




