第131話 最後の悪あがき
「さあ、形勢逆転......なんて甘いことはないよな。だが、少なくとも貴様をこの場から退けさせる力はあるぞ?」
所長が鞭で拘束した包帯野郎に話しかける。全員が武器をエンテイ一人に向けていて、呼吸が苦しくなるほどの圧縮した殺気が満ちている。
それに対して、エンテイは拘束されているにも限らず、その目はとても涼しげだ。こんな拘束はすぐに解ける、とでも言いたげな目だ。
それに所長がこの人数差で「捕まえる」という言葉を使わないことに多少なりの驚きを感じたが、同時に納得した。
自分が戦った.....,いや、一方的に攻撃し続けた相手は所長達クラスであっても“退けさせる”のが精一杯のだというのだから。
どうりで手も足も出ないわけだ。ほぼ死の瀬戸際で編み出した超火力の新技も平然と耐えられた。なんなら、多少火傷を負わせた程度だ。
所長の言葉に対して、エンテイは俺の時よりも穏やかに返答する。
「そうだな。だが、それだけしかないということでもある。そんな状態で俺とやるというのはもはや自ら『殺してください』と懇願しているようなものだぞ?」
「そうかもしれないな。貴様が張った結界を破るためだけにかなりの労力と時間をかけてしまった。そのせいで大事な部下がこんなにもボロボロだ。それだけの貴様との差があるというわけだ」
「なら、そこの小僧だけを俺によこせ。そうすれば、お前らにも温情の余地をくれてやろう」
エンテイが返答した瞬間、空気が変わった。ピリついていたこの場は一瞬にして大嵐の海原のごとく激しい殺気の渦に飲まれていった。
先ほどよりも明確に殺そうとしていることが伝わってくる。その殺気を漏らしたのは所長であった。
「温情? はっ、そんなもんもらうだったら自ら命を絶ってやる。
私はな、もう二度と大切なものを失うわけにはいかないんだよ! たとえ、この命が貴様によって消えようとも!
貴様の狙いが天渡ということは、あの時の生き残りということだ! ならば、あの人の恨みをここで晴らすもの悪くない!」
「......なるほど。どこかで感じ取った気配かと思ったが、あいつの忘れ形見の一人か」
「おいおい、俺のことも忘れんなよ」
「弟子の敵はワシがとる。二人は下がっておれ」
理一さんと金剛さんが二人して名乗りを上げる。ということは、この二人も5年前の事件に関わっていたのは本当だったのか。
前に調べた時に二人の名前があった。そして、所長達3人はエースの死を知っている。
どうしてエースの死のことを固く口閉ざしているのかはわからないが、聞いてる限りじゃ因縁はかなり根深そうだ。
先生は俺から離れるとゆっくりとエンテイに近づいていく。そして、エンテイの胸倉を掴むと今まで見たことないような怖い表情で尋問する。
「さて、お前がいくら強かろうと拘束されている今すぐに力を発揮できるわけではないであろう? あの時のことやお前の仲間の情報を洗いざらい話してもらおうか」
「あんまり、手荒なことをするな。お前の死を早めるだけだぞ?」
「この老いぼれが残り短き時間でもってその真実が明かされるのなら、ワシはどれだけでも早めてやろう」
先生の強い意志を感じる。もはやてこでも考えを変えることはないだろう。
それにしても、なんだろうか。妙に嫌な予感がする。それは誰かが殺されるのか、はたまた自分が殺されるのか。
どちらにせよ、身の危険を感じる。虫の知らせのようなそんな感じ。
体はもうめちゃくちゃに痛いが、座ってるままじゃ動けない。とりあえず、立とうか。
「先輩、大丈夫ですか? 肩貸しますよ」
「ああ、悪い」
氷月さんが近くにやってきて、肩を貸してくれた。どうやら氷月さんは目立った外傷はない。まあ、エンテイに狙われていたのは完全に俺だけだったから当然か
「姉さんとの戦いでケガしてないか?」
「私はなんとも。結局、先輩に尻拭いさせてしまいましたから。これぐらいはさせてください」
「なら、今回は甘えようかな」
「今回だけじゃなく、これからずっとでも大丈夫です」
氷月さんが掴む俺の腰に握られたような感触がした。チラッと氷月さんを見ると視線は真剣そのものだが、耳がやや赤い。
今の言葉は氷月さんなりの緊張しすぎている俺に対して、緊張を緩めるためのジョーク的な何かだったのか? それに対して、俺が反応しなかったから恥ずかしく感じてるのか。
それは申し訳ないことをした。しかし、実のところ痛みが全身を回っててこの緊張感の中でも唯一警戒態勢でいれていないと思う。
恐らく違法ホルダーの大将的な存在がこんなところにいるのだ。もう少し頑張れ、俺! すげー痛いけど!
俺が痛みを堪えながらエンテイの方を見ていると少し動きがあった。
「そういえば、そこの女が『もう二度と大切なものを失うわけにはいかない』と言っていたが、そんなに大切ならばどうして手元に置いておかない?」
「何が言いたい?」
「単純なことだ。俺の狙いがそこの小僧であるということを知らなかったにしろ、それほどまでに大切ならそもそもこんな任務に就かせる方が酷というものだろう。
まあ、ずっとそばに置いておけないから、多少の自衛も兼ねての任務だったのだろう。しかし、お前は事前にどのくらいの危険であるかを承知していたのだろう?」
「回りくどいことばかり言いうな.....ハッキリ言ったらどうだ?」
所長との会話を聞いていた先生がエンテイの胸倉を上げて軽く首を絞めつける。普通なら呼吸がしづらくなって苦しそうな表情をしてもおかしくない。
しかし、エンテイはどこまでも涼し気な表情であった。そして、所長に向かって告げた。
「なら、言ってやろう。そばに置かないから死ぬのだ」
「「「「「!?」」」」」
その瞬間、エンテイの姿は消えた。胸倉を掴んでいた先生の手には布の一部だけが風にひらひらと揺らめいている。
所長が拘束していたエンテイの体に絡みついた鞭はとぐろを巻いて地面に落ちているだけ。ということは、透明になって消えたふりをしているわけじゃないらしい。
となれば、どこに? エンテイが高速移動したときは常に闇のワープみたいなのを使っていたはずだ。だけど、今さっき見ていた時には何も現れなかった。
......いや、待てよ? もしその闇の一部がただのブラフであれば? そうと思わせる演出であれば? 消えた今誰を狙う? 決まってる―――俺だ。
「違うな。お前は次だ」
まるで俺の考えを読み取ったように現れたその声と何もない空間から突如現れた手は手首、腕と体の一部を増やしていく。
そして、俺と氷月さんが思考で認識できた時にはエンテイの右半身が空間からはみ出ていて、伸ばした右手は俺ではなく、氷月さんの鼻先数センチと迫っていた。
このままでは氷月さんが死ぬ。脳裏に顔面を掴まれて頭だけが吹き飛んで、首なしの氷月さんの体が横にある光景を見た。
そのせいか、俺の動きは思考を経由するのをやめて、脊髄反射で動いていた。
まるで風が自然と吹いてくるように体に雷を纏わせ、その風で水が揺らぐように右拳を握り、もはやそれが自然の摂理とでも言わんばかりの自然体からの超高速モーションでエンテイに殴りかかっていた。
そして、その拳はエンテイが氷月さんを掴む前に顔面に迫る。それを視認したエンテイはなぜか一瞬動きを止めた。
それによって、俺の拳はエンテイの顔面を鋭くえぐるようにして吹き飛ばした。
殴り終わってエンテイの体が宙に吹き飛んでいく辺りで思考が追い付いてくる。しかし、今の攻撃を自分自身でしっかりと理解してなかった。
簡単に言えば、衝動的に反撃していた。
読んでくださりありがとうございます(*'ω'*)




