第130話 圧倒的な強者
背後から伝わってくる静かな威圧はまるでこちらの隙をいつでも狙えるぞといった感じで、とても心が休まらない。
顔に巻かれた包帯から覗かせるその目はこちらの心臓を射るような鋭い眼光で、少なからず俺達よりも圧倒的な修羅場の数をくぐってきたとわかる。
やっとのことで氷月姉を倒し、さらに俺はヤガミからの連戦でまさに満身創痍って感じだ。もうさすがに集中力が持たないが、下手に切ると死ぬ。
左右からピンと張った糸がさらに引きちぎれるんじゃないかというぐらい引っ張られてるほどの緊張感が今だ。
乱れた呼吸を整えつつ体力を回復させようとするも、神経がすり減っていく感覚だけは回復させることができない。
だが、弱気になっちゃいけない。明らかに相手よりも自分が劣っているとわかっていても、心まで負けてしまえば本当の意味で負けになってしまう。
「次はお前が相手してくれるのか?」
「それもいいが、その前にお前のような無鉄砲ぶりは見たことあるな。
どんな苛酷な状況でも余裕だけはあるように見せる口調といい、圧倒的な戦闘センス。それは父親譲りのような感じだな」
急に何を話し始めたと思ったら、俺の親父のことを聞いてるのか? だが、俺の親父は普通の警察官で殉職したと聞いている。
「誰かと勘違いしてないか? 俺の親父はただの警察官と聞いてるが」
「嘘をついてる感じではなさそうだな......となれば、ただの勘違いかはたまた聞かされてないだけか」
「勘違いに決まってるでしょ。そんなことのためだけに駆り出された私達はとんだはた迷惑よ」
会話に飛び込んできた氷月さんは俺を擁護するように発言する。
だけど、その表情はわずかに焦りを抱いているような感じがし、結論を急がしている気がする。
その氷月さんの表情を見て包帯野郎はわずかに目を鋭くさせる。
「そういえば、刃那がお前の顔を見て妙なことを口にしていたな。確か『何かを隠した』と」
「......」
刃那......氷月姉の下の名前であろうか。そして、この質問は恐らく俺が氷月さんの戦闘に来る前の会話だろうな。
氷月さんの顔色が悪い。確かに、緊張の糸が緩められない状況であってもすぐさま戦闘が始まるというほど相手は殺気立っていない。
当然、その殺気を隠してるだけかもしれないが、もし違うとすれば氷月さんの顔はその尋常じゃない汗の量はいつもの冷静さをもった氷月さんんとは違う気がする。
そして、包帯野郎は静かに告げると同時に死を幻視させるような猛烈な殺気を出した。
「そうか。お前が天渡凪斗か」
「―――――っ!?」
突然目の前から奴が消えたと思ったら、見た光景を認知するよりも早く眼前に手が迫っていた。
そして、その手は俺の顔面を掴むとそのままどこかへ連れ去っていく。
わからなかった。見えなかった。自分がやばい状況になったとわかったのはすでに掴まれた後。事象を認知し終わる前に相手の攻撃は始まっていた。
俺の自慢であった速さも足元にも及ばないほどの速さで仕掛けられた攻撃はまさに現状相手との絶望的な戦力差を見せつけられているようで、たとえ万全でも勝てないと瞬時にわからされた。
だが、このまま引き下がるのはダメだ。逃げ切れた後のことを考えるな。もう残り少ないありったけの集中力をここに当てろ!
俺は右拳にアルガンドを装備すると左手で顔面を掴む手首を掴んで逃げられないようにしてから、全力で振りかぶった右ストレートを当てる。
当たりはクリティカルヒットという感じだろう。しかし、あくまでそう思っているのは俺だけで、顔面から直撃したその一撃を包帯野郎は平然と受け止めている。
「がっ!」
そして、包帯野郎が手を下に向けると俺の体も揃って動いていく。それからそのまま、地面にクレーターができる勢いで地面に叩きつけられた。
固いコンクリに自分の体が埋まっていくのを感じる。即死してもおかしくなかったが、なんとか生き残れたのは背後前面にマギを集中させたおかげだ。
しかし、それは物理的なダメージを抑えられても衝撃までを抑えられるわけではない。
背面から前面にかけて衝撃が全身を駆け抜けていく。肺にあった空気も血とともに吐き出されていく。
痛いなんて言葉で収まるレベルではなかった。もはや何も考えられない。ただ激痛に意識を囚われ、辛うじて動く思考で判断するのみ。
すると、包帯野郎は俺の頭から手を放すとその場に立ち尽くし、大きく右足を上げる。
俺は全身に鳴り響く警戒音に従うままに夢中で距離を取ろうと横に転がっていく。
わずかに見えたかすむ視界の中では氷月さんが氷を当てて攻撃しているようだが歯牙にもかけられていない。
そして、包帯野郎は足を思いっきり踏みつけてきた。その瞬間、地面はさらに砕かれ、固いコンクリは折りたたまれるように立ち上がる。
それからすぐに踏みつけの衝撃で周囲のコンクリは一つ一つが銃弾に勝らずとも劣らない速さで散らばっていき、俺の体も巻き起こった粉塵とともに飛んでいく。
とはいえ、これは包帯野郎から距離を取るチャンスだ。相手は粉塵で一時的にこちらの姿を見失っている。
いや、だからといって、本当に距離を取れるのか? 相手は距離を一気に詰めることが出来る能力を持っている。それで詰められたらおしまいだ。
だからといって、ここで立ち止まっているのか? それはできない。しかし、相手のスピードを見てわかっただろう。どんなに距離を取ろうとさらに圧倒的な速さで捕らえられる。
ああクソどうすればいいんだ? 逃げずに撃退する? そんなことが出来るのか? わからない。だったら、やれることをやるだけだクソッたれ!
「俺の残りのマギ全部使って食らいやがれ!――――超放電!」
俺はその場にしゃがむと両手を地面につけて俺の全身から周囲に向けて激しい電撃を放った。
粉塵で姿が見えない状態で、さらに雷の貫通力はさすがに無傷とはいかないはず。
正直、こちらの負担があまりにも大きく、特に発生源の手のひらはわずかなマギで保護膜を張っても火傷している。
あと所長達はどれくらいで来るんだ? 結界は壊す以外で突破するには張った本人が解除するか気絶させるかしかないと聞いているが、この様子だと張った本人は包帯野郎ってことか。
あの包帯野郎を気絶させることは不可能。解除することも狙いが俺である以上絶対にしない。残すは壊すのを待つのみか。いつまで耐えられるんだかな!
「心地よい痛みだ。あいつとの戦いを思い出して仕方がない」
「!?」
この野郎、俺の放電食らって平然と近づいてきやがる。「痛い」とか言っておきながら全然平気そうじゃねぇか!
「なら、これでも食らいやがれ!」
俺は放っていた放電を一気に手のひらに収束、圧縮させると指向性をもたせるようにして両掌にある紫電を纏う球体を包帯野郎に向ける。
咄嗟に考えた新技。名前は当然まだない。だが、恐らく威力は過去最高。
「おらあああああ!」
「!?」
俺は手のひらから圧縮した球体を一気に解き放った、その瞬間、巨大な砲撃となってほぼゼロ距離にいた包帯野郎を襲った。
大地を抉り、どこまでも突き進んで建物を壊し、結界にまで威力が弱まることもなく届いていく。
その砲撃は十数秒と持たなかった。もともとのマギの量が少なかったせいだろう。
しかし、大地がマグマのように赤くなっている地面で包帯野郎はその包帯をわずかに焦がしながら立っていた。
だけど、俺は自然と笑みがこぼれていく。
「遅いですよ」
包帯野郎を拘束するように茨の鞭が絡みつく。さらに炎を纏う巨大な剣に、殺気を宿らせる巨大な鎌。加えて、後方からは狙いを定めるスナイパー。
そう――――所長達だ。
「よく耐えた」
「はい、先生」
俺の肩を持ちながら声をかけてくる金剛さんに対して、ようやく俺の役目は終わったのだと肺に溜まった息を吐いた。
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