第122話 面倒な戦闘狂
「あ~あ、連れてかれちまったなお前のツレ」
「くっ......!」
ヤガミはヘラヘラしたような態度でまさしく他人事のように言い放つ。
正直、氷月さんのことは無茶苦茶心配だ。格上の一対多数だし、所長からの連絡もない。助けに行けるとすれば現状俺だけだ。
俺がもっと強ければこんなことにならなかったってことか? ほんとつくづくヒーロー願望からかけ離れた位置に立っているな俺は。
しかし、嘆いたって仕方ない。あまり遠くへ行ってないと信じて、この男をさっさと倒すしかない。
「あ、そうそう。いいこと教えてやるよ」
ヤガミは突然話しかけてくると自分の首元に指をさした。
「それ確か特務専用のチョーカーってんだろぉ? いわば特務を近くに置くための首輪。それで恐らく外部と連絡とってんだろうが無駄だぜ。なんせ今は結界内だからな」
「結界......!?」
それって確か、理一さんが一度見せてくれたマギを使った自己領域展開......自分が有利で戦いやすくするための空間だったはずだ。
なるほど、それが邪魔して所長達と連絡が取れないのなら納得がいく。しかし、いつの間に?
周りを見る限り風景は何も変わっていない。ってことは、ただ結界を張っただけということか?
いやいや、ただ結界を張っただけにしてもそれには多少なりともマギを感じるはず。俺と氷月さんが二人揃って気づかないなんて......。
待て、一体冷静になれ。相手は格上。少なくとも、氷月姉とあのエンテイって奴は確実に。ならば、自分よりその力に長けていてもおかしくない。
「お前らは」
「あぁ?」
「お前らは何がしたいんだ? なんのためにずっとここにいたんだ?」
俺は思わず疑問に思ったことを聞いた。いや、俺以上にこの事件に駆り出されていた人達は全員聞きたいだろう。
すると、ヤガミは鼻で笑うと投げやりに答えた。
「お前、漫画とかゲーム見てだいたい察しつくだろぉ? お前ら特務にとって俺達みたいな悪役はなぜこの世界で一部だけが力を持っているのかを疑問に思ってるだけだ」
「疑問? お前らはその力で新人類とでも名乗って一般人を支配したいだけじゃないのか?」
「そんな考えの奴もいたなぁ。まあ、今頃は土に還ってるだろうけど」
なんだ? 何が目的なんだ? 少なくとも違法ホルダーはその手にした力で異能を持たない人々を支配したいとかそんなんだと聞いていたが。
俺が疑問に思っているとヤガミは大きく両腕を広げて答えた。
「エンテイが言うには俺達は“平等主義者”であるそうだ」
「平等主義者? まさか.....お前らがARリキッドを強奪する理由って」
「そ、この世界の全人類を異能力者にすることだそうだ」
全人類を異能力者に!? そんなことをして何のメリットがあるというんだ? 少なくとも俺が考えていたのは異能力者の国を作るとかそんなのだったが、それ以上に話がでかい。
正直、未だに目的がハッキリと見えてこないが、今はそれ以上になんでさっきからこいつは他人事のように聞いてるんだ?
「お前はその考えに賛同してそっち側にいるんじゃないのか?」
「あ? あー他人事みてぇに言ってるからか。別に賛同なんかじゃねぇよ。利害が一致してるだけだ」
「利害が一致?」
「あいつらは異能力者を増やすために必ず特務が運ぶARリキッドを盗む必要がある。しかし、生半可な相手じゃ勝てるわけねぇ。そのための俺達だ」
「傭兵もしくは用心棒みたいなものか」
「ま、そんな感じだ。いいか覚えてろ。あいつらは平和主義者なんか謳ってるが、ぶっちゃけ俺にはどうでもいいんだよ。俺はただツェー奴と戦いたくて、ぶっ殺したくてゾクゾクしてるだけだ。そして、その敵は特務ってことをな!」
ヤガミはそう叫ぶと一気に飛び出してきた。
「もうしゃべるのはここまでだ。今は口動かすより体動かしてぇんだよ!」
「くっ!」
高速接近してきたヤガミの右ストレートを後方へ跳びながら腕を揃えてガードする。
攻撃自体はそのガードで防げたものの、相変わらず骨に直接金属バットをぶつけられてるみたいな衝撃で瞬間的な激痛が走る。
くっそ、マジ痛てぇ。しかし、幸い骨にヒビが入ることもなさそうだ。それにしても、なんだあいつの異常な攻撃力は。筋力増加的な異能か? そんなゲームのバフみたいな異能があるのか?
「おら、さっさとかかって来いよ!」
「このっ!」
俺は構わず追撃して思いっきり飛び蹴りしてくるヤガミを横に移動して避けるとすぐに後ろを振り向いて、その勢いとねじりを活かして拳を振るった。
しかし、その拳はヤガミの後ろ蹴りでピッタリと防がれ、さらにヤガミは反対の足でかかと落としをかましてくる。
すぐにその場から避けると地面がバギンッとひび割れて凹んだ。相変わらずあいつの一撃一撃はどれも強攻撃だ。ってことは、まともに当たればひとたまりもない。なら――――
「お、来るね! そうこねぇとな!」
「余裕ぶってんのもそこまでだ!」
ならば、俺が先にあいつに強攻撃を当て続ければいいということ。
俺はヤガミがかかと落としをして未だ不安定な状態の時にヤガミの間合いを詰めに行く。
すると、ヤガミはなぜか興奮している。戦闘狂ってやつか。時間かけるほど不利になるのはこっちだな。
「おらよ!」
ヤガミは反対の足で回し蹴りをしてきた。だが、俺はそれをくぐって避け、ヤガミの脇を取る。
「まだ来るぜ!」
「!?」
そして、避けた瞬間向かってきたのは三本目の足。いや、先ほどかかと落としをして地面に打ち付けた足であった。
いや待て、おかしい! あの体勢で回し蹴りをしてから、こんな早く後ろ回し蹴りが来るはずがない!
しかし、現に今まさにこっちに向かって来ている! 筋力増強にしてもこんなに体の反応が速いわけがない!
それに何より、俺より速く動いてたまるかよ!
「!」
俺は体に雷を纏わせる。そして、ヤガミが入ると思っていたその攻撃をくぐって避けるとヤガミの背中を取った。
その突然の身のこなしにヤガミもさすがに目を見開いたようだ。よし、確実に虚を突けた。攻撃のチャンスは今しかない。
もし次に攻撃が来るとすれば、ぶん回し気味の裏拳。そして、避けるとすれば思いっきり体を反らすか。
まあ、どっちにしろ。それはさっきまでの俺の速度基準だがな。
「雷拳っ!」
「がはっ!」
俺のボディブロー気味の内角を鋭く狙った拳はヤガミの背中を突き上げる。
その瞬間、ヤガミの全身には俺の拳を通して感電し、拳の衝撃とともに体を大きく逸らしていく。
そして、俺はそのまま雄たけびを上げて勢い任せに殴り飛ばした。今のは確実に入った。俺の雷も前よりもパワーアップしていてそうそう立ち上がれないはず―――――
「ぺっ! そう、それだぁそれ。それを待っていた」
地面に伏したヤガミは平然と地面に両手をつけて立ち上がろうとする。まあ、どうせ言わなくても勝手に立ったフラグは回収されると思ってたけど。
「お前は一度、俺が完全に当てられると思った拳を異常な速さで躱して、反撃までして見せた。その状態のお前を待っていたんだ。まあ、一発もらっちまったのは痛かったが仕方ねぇ」
「ってことは、お前.....まさかまだ全力じゃないと」
「あたりめぇだろ。そして、それはお前も同じだ」
ヤガミは立ち上がると左手で首を抑えてゴキッと関節を鳴らす。そして、嬉しそうな笑みを浮かべて告げる。
「やっと始まるな。俺とお前の殺し合いがよぉ!」
「ちっ、面倒な戦闘狂だな!」
思わず吐き捨てた愚痴を合図に俺はヤガミに突撃した。
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