第120話 演技?
「さて、いっちょやってやるか」
「天渡先輩、気合入ってますね」
「違うな。こうでもしないと普段通りでいけないだけだ」
俺は緊張を隠すように虚勢を張りながら用意された服に身を包む。
見た目は一見ただの私服であるが、俺が勤務中に来ているスーツと同じで特殊な繊維で作られてるものらしい。
というわけで、動きやすさと防御を兼ね備えているすぐれもの。その代わり値段は破格なため、現状俺と氷月さんの二着しか存在していない。
まあ、要するにそれだけ気合入ってるってことだ。チャンスはこの一回限り。恐らく失敗したときは死ぬときなんじゃなかろうか。
正直、死ぬとかあんまり実感わかねぇけど、死にかけたことは何度もあるから......加えて、あらかじめ危険な任務であることは伝えられていた。
もうすでに所長達は別場所で待機中だ。全ては俺達の活躍次第。やべぇ、今までにないほどに緊張してきた。
「せ~んぱい。緊張してるんですか~?」
「うぉ!?」
突然、氷月さんが俺の腕に抱きついてきた。普段見せたことのない満面の笑みで、下からこちらを覗いてくる。
氷月さんはもう演技に入ってるのか? まだ入場してすぐなんだけど。いや、もう入場してるからこそか。
ここはもう敵のテリトリー内といっても過言ではない。その敵は自分より格上のホルダーである。些細な違和感も逃さない可能性が高い。なら、もう演技に入るのは妥当と考えるべきだな。
「ああ、こういうの初めてで。正直、戸惑ってる」
「先輩が緊張してる姿なんて初めて見ましたよ。なんというか、可愛いですね」
「かわっ!?」
「な~に照れてるんですか。ほら、さっさと行きますよ」
「あ、ちょっと待って氷月さん!」
「付き合っていつまで苗字呼びなんですか~。いい加減、愛依って呼んでくださいよ~」
そんな俺の制止もなんのその。氷月さんは俺の腕を引きながらどんどん歩いていく。
なんつーか、すげー押しが強い。あれか、氷月さんの設定的にはグイグイ系後輩って感じなのか?
するとその時、氷月さんからチョーカーからの通信が入る。
『ちょっと、天渡先輩! 付き合ってるのに苗字呼びとかどんだけですか! 童貞ですか!』
『最後の言葉は余計だろ! 仕方ねぇだろ、付き合ったことがないんだから。どうするかもわからないし。とりあえずバレないように徹底するなら、任務を忘れる勢いで楽しんだ方がいいとは思ってる』
『その意見には賛成です。私達が費やした時間はあくまで心を通わせる時間ですから、本来付き合ってる人達にそんな手間をかける必要ないですし。
それにしても、先輩もやりますね。私の演技に対して、押しに弱い先輩を演じるなんて。この調子でいきますよ』
そう告げて通信は途絶えた。とりあえず、言えることとしては......あの反応はただの素です。
ともあれ、何とか客に紛れて中に入ることは成功した。自分の体から漏れ出るマギもなし。
氷月さんが上手く回してくれようとしているのなら、下手に干渉しない方がいいかも。しなさすぎるのもダメだけど。
にしても、氷月さんはさすがだな。完璧な演技で全く恥じらった様子がない。不謹慎だが、なんか本来通っていた高校で歩んでいたかもしれない青春を謳歌してる気分だ。
そんな気分にさせてくれるなんてさすが技巧派.....とも思ったけど、氷月さんの耳が赤かった。体は正直ってところか。
「そういえば、ひょ.....愛依ちゃんは何か乗ってみたいものある?」
「めっ! そ、そうですね......私はあれに乗ってみたいです」
そして、指さした先は「恐怖の館」と称されるタワー・オブ・テラーであった。
え、初手からそれ? ま、マジでそれ? それ、小さい頃に唯一恐怖を刻み付けてしばらくネズミーランドに行きたくないと豪語させた代物だぞ!?
「あっれ~? 先輩、もしかしてビビってる系ですか?」
ニヤニヤしながらこっち覗いてくんじゃねぇ。こなくそっ。リベンジじゃ!
「んなわけねぇだろ。いくぞ」
「え?」
「え?」
ん? なにその反応? 言ってきたの氷月さんだよね?
「本気で行く気ですか?」
「行かないの?」
「行きますとも! 本当は先輩の情けない姿を見るために言っただけなんですが、先輩がどうしても乗って欲しいならやぶさかではないですし」
今さらりと俺の発言が氷月さんの建前として使われてない? いや、嫌ならやめていいんだけど。むしろ、やめて欲しいんだけど。
でも、なんかここまで来たら引くに引けないじゃん。だって、カップルがここに来て初手から乗り物をどれにするかケンカするっておかしいし。
そんな言い訳を心の中で並べて、俺は氷月さんとともにややぎこちない足取りで進んでいく。
そして、中に入るとなんとも久しぶりな気持ちと過去に大泣き記憶がしたフラッシュバックしてきた。
多くの人が並んでいて皆楽しそうに話している。そんな中、俺たち二人はどうしてここにいるんだという気持ちになっていた。
「先輩.....やめません?」
「なら、なんで誘ったし」
氷月さんが生まれたての小鹿みたいに見える。もしかしなくとも、絶叫系が苦手なのだろう。かく言う俺も苦手である。
しかし、一度列に並んでしまったらもう後は押し流されるようなもので、氷月さんの提案も虚しく俺達はどんどんと流されていった。
そして、周囲の湧きたちと明らかに異質な空気を持っている俺達はアトラクションを楽しむための設定アナウンスをガン無視しつつ、トボトボと進んでいく。
すると、階段を上がってる途中で絶賛フリーフォール中なのだろう。「キャアアアアア!」という絶叫が聞こえてくる。
絶叫系アトラクションが楽しめる人にはたまらないのだろう。しかし、俺の隣にいる氷月さんは.....若干野生に戻りかけている。
まるで檻に閉じ込められた野生動物だ。目は黒々と絶望感を抱いていて、両手で俺の袖をギュッと握っている。
もう後には引けない状況なので、進むしかない。にしても、最初からこの調子で大丈夫なのか。
いや、演技という面に関しては問題ないのだが、なんか別の問題が発生している気がしてるような......
「なんというか......愛依ちゃんは学校とかで高所訓練とかやらなかった? なんかやってそうなイメージはあるんだけど」
「やりましたよ。しっかりと」
「なら、普通は大丈夫なんじゃ――――」
「拘束された状態の落下でなければです。拘束されて落ちるなんて正気の沙汰じゃない」
「いや、それ安全面を考慮した仕方ないことだから。それ他の客は本当の意味でフリーフォールだから」
そんなこんなで俺達の番。エレベーターと称された席に座っていき、安全ベルトをしっかりつける。
さすがに氷月さんもそこは守ってくれたようだ。しかし、隣からがっしりと腕を拘束されてる。
むしろここまで怯えているとなんだか冷静になってくるよな。あ、上昇してきやがった。やっぱこわぁ。
座席はアトラクショントップクラスの高さまで上昇していき、上昇した先には外の光景が伺える。
その時、俺の刺客は確かに捉えた。正面方向にある観覧車の一部に立つ人影を。
「愛依ちゃん、今の見たああああああぁぁぁぁぁ!」
「キャアアアアアァァァァ!」
すると、いきなり座席は真下に急降下。ホルダーになって感情が鋭敏になっているせいか、恐怖という感情がダイレクトに伝わってくるようで、体にゾゾゾッと寒気が走る。
それと同時に、俺の片腕は氷月さんの抱き着き、もとい締め付けによって今にも折れそうな痛みが走ってくる。
そしてそれから、アトラクションを終えて外に出た俺達はぐったりした様子で「もう二度と乗らん」と誓い合った。
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