第119話 潜入前日
「手掛かりなしか~。まあ、知ってたけど」
現在、俺は事務所の入ってすぐにあるソファでタブレット端末とにらめっこしていた。
これは一応お仕事用なので、本来私的に利用するのはまずいが、まあ過去の事件のことを探っているんだしまだ大丈夫だと思う。
それで、俺が今調べているのは昨日氷月さんから聞かされた内容についてだ。
五年前に愛知で起きた大規模な事件。違法ホルダーとファンタズマ、特務が入り乱れるという激戦地であったらしい。
その戦いによってファンタズマは全滅。残りの特務と違法ホルダーでも多くの人が亡くなったらしい。
そして、その戦いに加わった人達の名前で「氷月刃那」という名前があった。恐らくこれが姉であろう。
しかし、わかったのはここまで。すでに氷月さんが洗った過去の取り逃しを見つけることもなく、ただその事件の概要を知っただけに終わった。
やはり過去のことを知るとなると所長か理一さん、もしくは金剛さんなんだろうけど......
「ダメだったな~」
正直なところ、俺がこうして洗う前に率直に聞いてみたりしてた。
しかし、結果はお分かりの通りNOである。普段何気ないことでも気軽に接してくれる二人がそのことには頑なに答えてくれなかった。
その時の顔はかなり暗かった。俺自身も完全に地雷を踏んだかと思うぐらい。
となると、残りでその当時の現場を知ってそうなのは所長になるわけだけど。あの参加者リストにも名前にも載っていたし。
でも、その人が一番教えてくれなさそうなんだよな~。そこら辺は特に厳しく取り締まってそう。
それに特に気になるのが、その事件のまとめで一番取り上げられていたのが「エースの死」であった。
そのエースに関して名前を探ろうとしても、このタブレット端末ではアクセス権限でどうにもならなかった。
もしこのアクセスを破れるとしたら礼弥さんなんだろうけど、そこまでしてこっちの都合で勝手に首を突っ込ませるわけにはいかないしな~。
「うーん、どうしたものか」
「どうしたの?」
俺が思わずソファでだれていると相変わらずジト目がデフォルトな結衣がやってきた。
そして、結衣は俺の横に腰かけると左手に持っていたペットボトルのお茶を小さな口でゴクゴクと飲んでいく。
そんな姿を横目に見つつ、俺は先ほどの問いかけに返答していく。
「少し気になったことがあってさ。結衣は五年前の愛知に起きた三すくみの戦闘のこと知ってる?」
俺はあえて氷月さんのことを伏せた。氷月さんが一人で解決しようとしていたぐらいのことだ。本人が結衣に話すのはまだしも、俺が勝手に話すのはダメだと思う。
「知ってるよ。有名だったしね」
まあ、ここまでの反応は想定内。結衣も氷月さんと同じ訓練学校出身であるから当然知っていると思ってた。
「それで、その時にエースと呼ばれてた人がいたらしいんだけど、その人の名前がわからなくて知りたいんだ」
「......どうして知りたいの?」
「どうしたらって、そりゃあ特務のエースとなれば知りたいじゃん。それに、調べてみればそのエースって人は先生.....金剛さんの弟子で、理一さんと所長の師匠みたいだし」
これは俺が金剛さんと理一さんに尋ねた後に知った情報だ。
俺が二人と組んだ時、二人はエースのことをとても誇っていたような感じであった。
まあ、そんなわけでなぜ言えないのかはわからないけど、深いつながりがあることはわかった。
そういう意味で考えると、所長も十中八九無理。無理よりの無理。
というわけで、エースがどういう存在かは知らないけど、名前ぐらいなら有名だから知ってるはず。それで結衣に聞いてみたのだ。
とはいえ、ただ名前を知りたいというだけの気軽な質問のはずなのに、思っているよりも結衣の口が重そうだ。
見た目に大きな変化はないが、目がいつもより少し見開いている。まるで「どうしてそんな質問を!?」とでも言わんばかりに。
「それはどうしても知りたい?」
ん? なんだ? その奇妙な確認は? エースの名前を言うことはタブーなのか? けど、ここまで来て引くつもりはない。
「ああ、どうしても知りたい」
「......わかった。その人の名前はあま――――」
「おー、ちょうどいいところにいるじゃないか。ん? 二人で密談中だったか?」
やってきたのは所長と氷月さんであった。そして、氷月さんは疑わしそうな目でこちらを見る。
「天渡先輩、二人っきりで何しようとしていたんですか? セクハラで留置所にぶち込みますよ」
「勝手な憶測で俺を裁かないでくれ」
フレンドリーになってもこういう口調は変わらないか。まあ、すげー今更だけど。
「それでちょうどいいところっていうのはどういう意味で?」
「ん? お前まさか作戦のことを忘れてないだろうな? ただ仲良くさせるために愛依をお前の家に住まわせたわけじゃないぞ?」
「わかってますって」
「そういえば、これまでの報告がまだだったね」
やべっ、飛び火!
「あ、それについては私が報告しますよ。私が受けた数々の恥辱を」
「おまっ、いつそんなことした!?」
氷月さんがニヤニヤとした表情でこちらを見てくる。あれー? 仲良くなったのはまやかしだったのか?
っていうか、所長と結衣の視線が痛い。すこぶる痛い。あんにゃろう、結衣に飛んだ火に油ぶっかけやがった。
「ごほん、凪斗の処分は追って伝えるとして」
「そんな!?」
「ここからは真面目な話だ。今から3日後、お前らの潜入作戦が決定した。正直、もう少し早めにならなかったのかと上からはえらく叱られた」
それについては誠に申し訳ないと思っています。
「だが、私としても大事な部下を失うリスクが減るのであれば、こちらがどれだけ上から言われようと関係ない。それよりも、お前らももう大丈夫なんだよな?」
俺は氷月さんを見た。すると、氷月さんも同じようにこちらを見返してきた。その目に曇りを感じなかった。
「「はい、大丈夫です」」
「よし、具体的な日時だが―――――」
それから、あっという間に二日が過ぎた。作戦前日だ。
その日は所長から「万全の体調にしておけ」と言われ休みを取らされた。
やること自体は簡単だ。こっちはカップルを装いながら適宜相手の様子を監視し、情報を送る。それだけ。
しかし、相手の懐に潜るということはそれだけ死ぬリスクが高くなっていく。
加えて、周りの客を迷惑を巻き込まないことを視野に入れなければいけない。
なぜ客がいる状態じゃないといけないのかは犯人側の行動にある。
犯人は一時的にその目的地のテーマパークを封鎖したら現れなかったらしい。しかし、もう来ないと思って一度開放するとやってきたのだという。
それ以来、封鎖して現れないぐらいであれば解放した状態で乗り込むということだ。
そのための俺と氷月さんの潜入班。
「緊張してるんですか?」
「あ、ああ。氷月さんの方は大丈夫そうだな」
氷月さんは少し温めたココアを持ってくると俺の分と自分の分を机に置き、ソファに座っている俺の横に腰かけた。
そして、先ほどの俺の質問に答える。
「正直なところ、そうでもないですよ。今も若干足が震えています。確かにいろんなところに行った経験から言えば天渡先輩より多いですが、それでも最低で死ぬかもしれない相手の懐へ潜入なんて震えないはずがないです」
「それでも声は割と落ち着いてるように感じるけど」
「これはただの虚勢ですよ。今まで天渡先輩に見せてきた意地っ張りな私です。でも、何とかなりそうな気がします。温まります」
そう言って、氷月さんはココアを飲む。
「俺も何とかなると信じてる」
それだけ返答すると同じくココアを飲んだ。わずかに震えていた体はその温かみで止まった。
――――そして、当日がやってきた。
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