第117話 うーむ、難しい
氷月さんが浴室から出てこない隙に朝食を食べ終えた俺は正直戸惑っていた。
それは当然、氷月さんのスタイルのいい容姿もなくはないが.....それ以上に行動がいかんせん。
あれはもはや許容できるレベルを超えているような気がしてならない。
氷月さんは「日頃の感謝を込めて」とか言っているが、日頃の感謝を込めるとしてあそこまでやるか普通?
感謝を軽く素通りして明らかに事案になりかけたけど。俺の寿命があと少しでカウントダウン始まるところだったけど。
これ以上はさすがに付き合いきれない。正直、俺の身が危ない。
ということで、氷月さんが上がってきたら話をしよう。
――――と、決心をつけてからあれやこれやで半日経過
「天渡先輩、夕飯作りますけど、何かリクエストありますか?」
「そうだな。冷蔵庫の中身的には――――」
「そういうのいいんで、好きなやつでお願いします」
「あ、はい。それじゃあ、親子丼で」
「わかりました。それじゃあ、買い物行ってくるのでテレビでも見てゆっくりしててください」
そういって、氷月さんは俺の背中を押してソファに座らせるとメイド姿のまま買い物に出かけた。
なんという鋼のメンタル。しかしそれ以上に、俺のご近所付き合いでよからぬ噂が立ちそうだな.....はあ。
俺はテレビをぼんやりと見つめながらも、内容は全く入ってこない。
そして、背もたれに寄りかかると姿勢を崩して天井を見上げてはボーっとする。
俺は一体何をしているのだろうか。朝には決意したのにもかかわらず、氷月さんの「挽回させてください!」という強い意気込みに臆して結局今も話ができず仕舞い。
氷月さんも氷月さんでなんとなく俺にしゃべらせるターンをくれていない気がする。
それに、普段ほとんど部屋から出てこなかったにもかかわらず、食事、洗濯、乾かし、掃除とそれ以上に俺があまり気にしないところまで家事をし始めた。
さすがに年末の大掃除ぐらいしかしない窓の冊子の部分の掃除をし始めたときは思わず驚いたけど。
とはいえ、掃除中でも話しかけるタイミングはあったのではないかと思うが、意外や意外にそうではない。
もう話しかけるなオーラが半端ないのだ。例えるなら、半ギレで掃除してる感じ。
別に俺に対して怒っているわけではなさそうな感じであったけど、もはやその空気を無視して話しかける余裕は俺にはなかった。
しかし、話がしたいのに出来ないというのはこっちの居心地も悪くなるので、結衣に相談しようかとも思ったさ。
でも、正直なんて言ったらいいのかわからなかったんだよ。
少なからず余計なことは言わないにしても、ある程度の事情は放さないといけない。「氷月さんが家事を手伝ってくれるようになったけど、全然話そうとしてくれない」とか普通に聞いたらよくわからない。
だから、そこまでの経緯を放さないといけないわけだけど、なぜか結衣は俺が色々と隠した話方をしたり、嘘をつくと見抜いてくる。
ちょっとぐらいなら大丈夫だけど、現在の氷月さんの事情は全然ちょっとぐらいじゃ済まなそうなので、あえなく断念。
来架ちゃんや所長にも相談しようとしたが、来架ちゃんはついポロっと言葉を漏らしてしまいそうな感じだし、所長に至っては面白がってバラす。あの人はそういう人だ。
「ただいま帰りました」
玄関のベルの音ともに氷月さんの声が聞こえてくる。
もうすでに気づかぬうちに昼の買い物も出かけていたので、夕飯の時も今更と思って止めなかったのだ。
にしても、考え始めて気づけば20分も経ってる。意外と時間が早く進んでるな。っていうか、20分で買い物済ましてきたの? 本当に必要なものしか買ってない感じだよな? その時間って。
氷月さんはすぐさまリビングに向かうと夕食の支度にとりかかる。休みも入れずに間髪と。まあ、よく頑張るね。
まあ、もとより責任感は強い人であったし、「自分が一度こうする!」って決めたことにはどこまでもまっすぐだな。
ああいうタイプにはどこかで止めてあげるストッパーか、もしくは最後まで一緒に駆け抜けるタイプの方がお似合いだったりするよな。
「となると、氷月さんは意外と尽くす? タイプっぽいから、無理させないように家事とかできるタイプの旦那の方が合ってるよな......」
いわばカバーできる存在っていうか。きっと何かを決めたらとことんで、やり遂げるまでって感じだから、まあ言葉はその気持ちの裏返しとでもいう感じかな。なんだ典型的なツンデレタイプか。
「痛っ!」
「ん? 大丈夫?」
「え? あ、は、はい! 大丈夫です!」
ひどくしどろもどろした声が戻ってくる。うーむ、家事の時に完璧だった氷月さんがミスとは珍しい。
けどまあ、ミスは誰にだってあるか。
「ともあれ、よくよく考えたら氷月さんって家事出来て高給取りってかなりスペック高くね? しかも、若いと来たら、普通なら彼氏とかいない方がおかしいよな」
「......」
「あれ? そもそもそういう話って意外としてないよな。まあ、そもそも聞いていいものかどうかも怪しかったし、そこまで仲良くなかったっていうのもあったし」
「.........ごほん」
「もしいたら今の状況ってやばいよな。特務の相手ってことは普通じゃありえないし.....ってことは相手も特務? もしかして、違う部署に配属されてどこかで顔見知りになる場面が出てくるんじゃ」
「ごほん、ごほん!」
氷月さんが大きな咳ばらいを二回ほどした。そろそろ乾燥する季節だからかなーと思っているとどうやらそうではないらしい。
というのも、チラッと見た氷月さんにギリッと睨まれたのだ。
その耳は真っ赤で......っと、なるほど。どうやら考え事が思わず外に出ていたらしい。
恐らく、俺が言葉にして氷月さんを褒めていたからだと思われるが......正直なところ俺に褒められても嬉しいのだろうか。
氷月さんとの仲は俺的な評価で言えば悪くもないが良くもないという感じだ。いわゆる普通って感じで、氷月さんが耳を赤くするまでには至らないと思うんだが。
なんせ俺とのこの同居生活は氷月さんの俺に対する評価はマイナスから始まったのだ。本来がゼロ値であれば、今頃はもっと気軽に接しられていたのだろうけど。
マイナススタートだから今頃がゼロで、だから「日頃のお返し」と言いながらも俺に全く何もやらせないのは一人の方が効率がいいからとかそんな感じだろう。
となると、今朝の言動がよくわからないって結論に至るが、まあもう過ぎたことだし。ともかく、作戦に支障が出なければ問題ない。
別にこれは俺は氷月さんと本当に恋人になるわけじゃなく、恋人のフリをするための仲良くなろうよステージなのだから。
俺はぼんやりそんなことを考えながらテレビを見ていると氷月さんから「そろそろできますから座っててください」と言われる。
なので、従うようにテーブルに移動していくと氷月さんがドシドシとこっちにやってきて、俺の目の前でサラダが盛られた皿と箸をわざと音が鳴るように置いた。
そのことに驚いて思わず氷月さんを見ると恥ずかしさを押し殺したような目で見つめ告げてくる。
「これ食べて黙っててください! それと食事の後、話があります!」
「あ、はい」
なんとも怒られそうな雰囲気であった。あれー? 俺、どこかで地雷踏んだか? 彼氏の話の件か?
「それと――――」
氷月さんはキッチンに戻る途中で立ち止まると振り向かずに告げた。
「私に彼氏なんていませんので、勝手な憶測をつけないでください」
「はい、すみません」
俺は素直に謝るとサラダを食べ始めた。そして、俺はふといじられすぎて逆ギレした友達のことを思い出した。
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