第116話 死にかけの二人
「何やってるの.....?」
最初に言葉を漏らしたのはそれであった。いや、今朝からいろいろと不可解な現象はあったけど、まさか俺がシャワー中に入ってくるとか普段の氷月さんからしたらあり得ない。
「大丈夫? 熱でもあるの?」
「なんでそんな哀れみの目で見られなきゃなんないんですか。そ、それよりも私がここにいることに驚きはしないんですか?」
「いやまあ、驚いたには驚いたけど、すぐに心配の気持ちの方が上回っちゃって」
主に氷月さんの態度と俺の立場であるけれど。こんなところ見つかったら1000パーセント殺される。誰にって? そりゃあ、結衣にだ。
とはいえ、現状が現状なので羞恥心が込み上がってきた。
さすがに氷月さんが水着でいるからといって、ふろ場にほぼ裸(俺は全裸だけど)の男女がいるというのは......いや、こう考えるから不健全になるのか? いや、考えなくても不健全か?
とりあえず、反射的に体を洗っていたタオルを足元にかけて見られてはいけない場所を隠せたものの、現状はすこぶる悪い。俺の心臓にも、精神にも悪い。
というか、仮にも俺は男だぞ? そこを意識していないとは考えにくいが......氷月さんが一体何を考えてるかわからない。
一先ず深呼吸して冷静に。俺が主導権を握ればなんとか退散してくれるはず。
「それで? 氷月さんはどうしてここに?」
「それは当然奉仕ですよ。日頃の感謝を込めてですね、このくらいのサービスはしてやろうかと」
いやまあ、サービスといえばサービスだけど。氷月さんの水着姿似合ってるし。思ったより着やせするタイプとか思ってしまったし。そこは否定しない。だけれども.....
「サービスしすぎじゃない? 仮に日頃の感謝としてもそこまではしないでしょ?」
「う、うるさいですね! こっちがやってやろうって言ってるんですから、黙って言うこと聞いてればいいんですよ!」
「押しが強い!」
氷月さんは顔を真っ赤にさせながら、俺の左腕を背中側へと思いっきり伸ばして関節技を決めてきた。
待って、待って! それ以上左腕回らないから! 脱臼する脱臼する!
そして、その隙に氷月さんは俺の背中で立ち膝になって手に持っていたタオルを濡らしてボディウォッシュで泡立てると背中を洗い始めた。
俺は関節技が決まっていた左肩を気にしながら、仕方なく氷月さんの奉仕を受け入れることにした。
こんな無理やりの奉仕があるのかって感じなのだが、今ここで立ち上がれば大事なものを失いそうなので本当に仕方ないのだ。
「あ、ちなみにむ、胸で洗うとかしませんからね!」
「わかってるよ」
そんなことされれば、今度こそ社会的に抹殺されるし、なんなら俺の肉体もこの世に残ってる可能性が少ない。
どんなに説得しようと結衣には「してもらった事実」があるだけで、私刑執行の動機になるし(来架ちゃんの時もそうだったし)、所長も今回は任務だからある程度は許していても基本的に結衣や来架ちゃんを妹のように見ている節があるからきっと氷月さんもそうだ。
最悪、公然わいせつ罪として取り締まられる。どっちの耳に入っても駄目だ。もう1回結衣に氷月さんの裸をチラ見(当然、偶然だけども)してしまったことを不問にしてもらってる。2度目はない。
良くて、執行猶予付きの私刑か。最低の場合はその場で八つ裂きになるだろうな。
「はぁ~~~~」
「!......何か洗い方に問題がありましたか?」
「いや、そうじゃなくて。どうバレずにいけるかな~って思ってただけ」
「?」
不用意に後ろ向けないけど、恐らく氷月さんは何もわかっていないだろうなぁ。いやまあ、それでいいんだけどね。
氷月さんは几帳面なのか背中のまんべんなく洗うと気づけばそのまま右肩、右腕へと洗う範囲を広げていった。
そこまではとりあえず、許容範囲だ。それにそこら辺もさせてあげないと氷月さんが満足しなさそうだし。
そして、右腕が終わると左肩に左腕。よし、終わりかな。うん、終わらせよう。さすがにもう精神が持たな――――ホワァ!?
「ひょ、氷月さん!? 何をしてらっしゃいますの!?」
「ま、前もした方がいいと思いまして......」
「ストップ! ストーップ!」
氷月さんの両腕がわきの下を手が胸まで届いている。そして、それは当然ながら密着しないといけないわけで......あたるわけですわ、柔らかお2つが。
俺はとっさに両腕を振り払って、目の前のシャワーを手に取ると背後に水圧強めのシャワーをぶっかけた。
温度は適温にしてあるが、突然の放水で顔が濡れて驚いたのか背後でドテッと音がした。恐らく尻餅をついたのだろう。
俺はついでに背中と胸の泡を洗い流すとゆっくりと背後を振り向く。すると、そこには案の定尻餅をついていた氷月さんがいた。
水着を着ているとはいえ、濡れて水滴が滴る髪や湿った肌が妙な色気を醸し出す。つまり、こう、“エロい”のだ。
なんだか大人の階段を何段か上った気分だ。考えてみれば、高校を中退することになってこっち来たけど、今の方が随分とアクティブな気がする。不可抗力が多いけど。
「落ち着いたか?」
「は、はい......」
弱弱しく返事をする。まさに冷や水を被せられた感じだ。まあ、冷や水じゃないんだけどね。
とにもかくにも、この場からは一刻も早く非難せねば。よくあるラブコメ事故を引き起こさないように。
俺はここが死地の戦場であるかのように腰にタオルを巻き、足元を滑らせないように気を付け、慎重に氷月さんの後ろにある浴室の扉を抜けていった。
そして、扉を抜けると扉に寄りかかりながらゆっくりとしゃがんでいく。
「はぁ、(精神的に)死ぬかと思った」
*****
――――氷月愛依 視点――――
私は天渡先輩にシャワーのお湯をかけられてから、天渡先輩が横を通り抜けていくまでしばらくボーっとしていました。
それは突然の放水に驚いたというより、自分の想定外の暴走について。
どうしてあんな行動に出たのかわからない。とりあえず、言えることはかなり恥ずかしかったということだけ。
あ、あと少しだけムカついたのもあったっけ。
こっちが散々羞恥心を押し殺してやってあげているのに、天渡先輩は私に対する反応がこれまでかってぐらいに薄い。
最初の登場、の時の驚きもそうだし、その後の洗ってあげているときも全く恥ずかしさを見せる様子がなかった。
こっちがこんなに恥ずかしい思いしてやってあげてるんだからもう少し恥ずかしがれよ、とか思っていたらあんな行動に繋がったみたいな。
正直、あんまりにも頭が湧いていたせいであんまり思い出せない。思い出してはいけないフォルダにでも脳が無意識に保存してしまったのだろうか。
ともかく、天渡先輩は浴室にはいないわけだしさっさと出ちゃおう――――
「ってちょっと待てー!」
私は急に熱くなる顔にシャワーの冷水をぶっかける。そして、それを頭からかぶり続けるも熱は冷めやらない。
あんなことした後にどう顔を合わせればいいの!? こんなことになったのが初めてすぎて全然わかんない! やばいやばいやばい! これはやばい!
落ち着け! 冷静になるのよ氷月愛依! こっちが気にしてないとすれば、天渡先輩も気にしないはず.....。
「やばい! (精神的に)死んじゃう!」
そして、私が浴室から出てくるのに30分かかった。
読んでくださりありがとうございます(*'ω'*)




