第110話 私にもやれる(愛依)#2
―――――氷月愛依 視点―――――
現在の状況として3対1という不利な人数差だけど、別にそこは問題じゃない。
問題なのは太っちょと細長の後ろにいる一人だけ目深にフードを被った人間。
あいつだけ二人とは明らかに存在感が違う。
それは顔が見えないから警戒しすぎてるだけなのか、それとも全く違う理由からか。
とにもかくにも、あいつの動きを注意しつつ、他の二人を撃破すれば問題ないこと。
「行くぞ、智也!」
「ああ、源次!」
そう私が思考を固めてからすぐに太っちょと細長がやって来た。
二人はこっちに向かってなりふり構わず走っていき、まずは太っちょが大きく拳を振り下ろしてくる。
「衝撃拳!」
「穿つ氷弾」
太っちょの動きはわかりやすい。まだ能力に慣れたばかりなのか動きが大きく、強い一撃を当てようと大振りに衝撃波を撃ち放ってくる。
その衝撃波は確かに当たれば防御不可避の攻撃とも言えよう。
しかし、逆を言えば当たることもなければ、その攻撃は大きな隙になる。
そして、私は衝撃波によってやや歪んでいる空間の位置をハッキリと視認すると軽く避けて、代わりに銃弾ほどの氷の破片を飛ばしていく。
太っちょは大きな動きから体を戻すことが出来ず、直撃......とは当然いかない。
それはあっち側には絶対的な有利な人数差というものが存在しているから。
「粘着盾」
太っちょの横にいた細長が一度合わせた手のひらを上下に開くとそこにビニールテープのような半透明の薄い膜を作り出した。
その膜に直撃した私の氷はそれを突き破るまでに至らず、わずかに後ろへと膜を引き延ばしたところで受け止められた。
しかしまあ、受け止められたこと自体には問題ない。むしろ、これで誰がどの能力を使えるのかがハッキリしたから。
それに、私が常に後方へと下がって相手との一定距離を保っているというのに、テープの能力を持つ細長は私の攻撃を防いでもすぐに捕まえにやってこない。
そのことに僅かながらの疑問が生じる。細長がテープを飛ばせることはわかってるから、すぐに飛ばせばどこかしら掴む部分があったかもしれない。
しかし、そうしなかったということはそこまでの能力を使えていないからか、もしくは.....何あの二人はニヤついてるの?
もしかして、私がフードの男から注意を外して攻めてくると思っているの? 無理よ、だってずっと視界の端で動きを―――――っていない!?
私は咄嗟にマギ探知を行った。しかし、その探知から反応がない。いや、今すぐ背後からわずかなマギの干渉が!
「取った」
「なんの.....!」
「っ!?}
私は咄嗟に上半身を折りたたむように両手を地面につけるとすぐさま勢いよく右脚を振り上げた。
その瞬間、右足のかかとに何かがヒットして、逆立ちの状態から背後を見た。
フードの男がいた。しかも、その男の右手は恐らくナイフが持たれていたのだろう。空中にそのナイフが飛んでいる。
刃渡りからして約10センチほどで、形状はサバイバルナイフ。立派な銃刀法違反ね。
まあ、私達特務にケンカを売った異能力集団の時点で立派な違法アストラル所持ってことになるけど。
「そらああああ!」
「くっ!」
私は逆立ち状態から右手を放すとその右手に氷の剣を作り出した。
そして、それをそのまま振り下ろす。しかし、フード男のフードを僅かに切り裂いただけで避けられてしまった。
あの状況から咄嗟に避けるとは大したものね。普通なら振り上げた足が再び振り下ろされることを警戒するのに。けど......
「さすがにこれは無理よね」
「がぁっ!」
私は振り上げた足を床につけて一度体勢を直すとそのまま再び跳躍して、空中で回転しているサバイバルナイフめがけてオーバーヘッドキックよ。
こんなことやったのは訓練学校以来だけど、案外普通に行けるものね。
私が蹴り飛ばしたそのナイフは後退しているフード男の右肩に刺さった。
その痛みのせいかフード男は痛々しい声を上げ、背後からは「辰ぅ!」と太っちょと細長の声が聞こえてくる。
とはいえ、何とか危機を脱したとはいえ、正直なところ違和感は残ったまま。
それは私がどうしてあのフード男から注意をそらしたのか。
私は残り3人を視認してから真っ先にフード男を警戒した。
そして、襲ってくるのは太っちょと細長で当然対処するために多少の注意は割くけれど、それでも見失うわけがない。
一対多数というのは訓練学校で散々鍛えたものだ。私でも最大5人までだったら全員に注意を割きながら戦うことが出来る。
にもかかわらず、あの男は平然と見逃した。単なる技量の問題か、それとも私の干渉外へとなること自体があのフード男の能力か。
少なからず、あのフード男だけがまだ唯一能力を視認できていない。
それにあいつは私の探知にほぼ同じのマギで干渉して自分の位置を隠すのに長けている。
この3人の中では一番出来る奴......そんな奴を見逃すのは実に厄介ね。
「てめぇ、辰を傷つけやがって許さねぇ!」
「死ぬ方がよっぽどいいと思える痛みを与えてやる!」
「外野は黙ってなさい!」
今あんたらに構ってる暇はないっつーの!
そう思って私は背後から突撃してくる太っちょと細長に向かって両腕を振るって高速で氷壁を飛ばした。
地面から連なるようにできていく2本の氷は周囲に冷気を漂わせ、真っ直ぐと標的に向かっていく。
太っちょは衝撃波で壊し、細長は天井にテープをつけて避けようとするけど正直言って甘い。
衝撃波に壊された氷はすぐさま修復して襲わせ、避けようものなら氷を横に大きく広げて範囲を増やしてやればいいだけ。
「「がっ!」」
「いっちょあがり」
そして、うるさい外野は氷漬けっと。
その瞬間、背後から何かが飛来してくる気配がした。咄嗟に氷で壁を作り、後ろを振り返るとそれはナイフであった。
先ほど私がフード男の右肩に刺した血濡れたサバイバルナイフ。
まただ、また注意が外れた。探知にも引っかからないし、周囲の気配を探ってもまるで自分一人のように感じる。
でもね――――あんたは決定的なミスを起こしてる。
「なっ!?」
「どうしてバレたと思ってるでしょうね?」
私は背後に回し蹴りして、フード男の蹴りを上段蹴りを受け止めた。
その行動にフードを男は驚いたように僅かに声を漏らす。まあ、それも当然よね。
「あんたは恐らく私から意図的に注意をそらせるのでしょうね。ゲームで言うステルス状態。暗殺者にはもってこいね。
でも、あんたは当然ながら暗殺者じゃない。本物ならば絶対に自分の痕跡は残さないしね」
「!.....ちっ」
私が左手の人差し指で右肩をちょんちょんとするとフード男も致命的なミスに気付いたようで思わず舌打ちした。
簡単に言えば、私が右肩に怪我を負わせたことで流れた血だ。
サバイバルナイフが刺さったのだ。簡単に止血なんかしないし、加えて動いてれば血はむしろ溢れてくる。
ホルダーは常に馬鹿力を起こした状態で代謝がものすごくいい。普通の人よりも血の巡りがよく、普通の人ならやばい出血量でもギリ生きれたりする。
今回はそれが決め手となったってわけ。
しかし、その男は僅かに悔しそうな顔から一変してニヤッとした顔をすると右手でフードを外した。
すると、その男のは金髪で短髪でありながら、顎から首にかけてハッキリとしたカラスの刺青が彫られてあった。
そして、その男は憎たらしく告げる。
「それで勝った気になったなら、さらさら甘ェ。俺が一人ならもう注意を外さないということ自体が見当違いだ」
「.....!?」
そういって、フード男は右手を私に向かって振った。すると、指先についていた血の滴が飛んでくる。
しかし、それだけで注意を反らすはずがない......そう思っていた。
「え!?」
けれど、そこはもう男の姿がなくて、すぐさま背後からゾッとする気配がしてきた。
咄嗟に背後に向かって思いっきり氷を飛ばした私であったが、そこにも男の姿はない。
「おせぇな。さっさとタイマンでやればよかった」
「......!」
聞こえてきたのは再び背後。すぐに動いた視線が捉えたのは天井でコウモリのように逆さになって降りかかってくる男の姿。
これはまずい。さすがに間に合わな―――――
「おせぇ。俺より早く動いてみろ」
「ぐふぇっ!」
そして、私が咄嗟に瞬きするよりも速く現れたのは男の顔面を横から思いっきり蹴り飛ばす天渡さんの姿だった。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




