第107話 逮捕開始
俺達は鉄柵を超えた工場の敷地内に侵入するとざっと辺りを見回した。
それなりに大きい工場で駐車場もバカでかい。しかし、この工場は稼働していないためにある一つを除いて何も見つけられなかった。
そう、俺達の要ともいえるある一つを除いて。
「見つけました。恐らくあのパトカーでしょうね」
「案外あっさりと見つかったな。相手がホルダーだとすれば、最悪バラされていてもおかしくなかったんだが」
氷月さんが指を指している先には特徴的な赤いランプに白と黒のフォルムのパトカーがあった。
俺が思わず言葉をついて出したようにホルダーは基本的に常人を超えているので、たとえ鉄の塊であるパトカーでも能力次第ではどうにかできる。
しかし、それをどうにかしなかったということは単純に破壊できるほどの攻撃を持った能力ではないということか。
はたまた、あえて壊さないことで自分達をここへおびき寄せるための罠と言うべきか。
どちらかといえば、鉄柵のことも踏まえると説明がつくのは後者だ。
一先ず、結論を先送りにしながら氷月さんと放置されているパトカーに向かっていく。
そして、パトカーに近づくと丁度と鍵の部分に手を触れた。
これが今の鍵の解除法なのだ。
指紋認証で警察・特務関係者ネットワークから同じ指紋の人物を見つけ出し、その情報と鍵に触れた指紋を照合して警察関連のものだけ中を開けられる。
鍵を必要としなくなったので鍵を落とす心配もないし、一度ドアを閉めれば警察関係者にしか開けられないという優れモノだ。
とはいえ、本人が閉め忘れていれば今回のように乗って逃げられてしまうのだが。
デジタルがいくら進歩しようとも使用者がミスればこうなるんだから、より人側のミスが大きくなったのがとても否めない。
とまあ、そんなことはどうでもよく、一先ず鍵のタッチパネル部分に触れているのだが反応がない。
本来ならば内部電源とかで触れればつくらしいのだが(理一さん情報)、これは......バッテリーが死んでるのか?
「開きませんか?」
「ちょっと待ってて」
氷月さんにそう返答すると俺はタッチパネル部分に触れている手に電気を流し始めた。
パトカーが壊れないように徐々に電圧を上げていくとある電圧に達した時、タッチパネル部分のライトが点灯した。
『指紋認証。指紋照合......特殊任務警察 東京支部 天渡凪斗様の指紋と一致。開錠を許可します』
ガチャッとドアの鍵が鳴る音がした。そのままドアを開けると俺は運転席に座る。
「氷月さん、あれ出してくれない?」
「わかりました」
そして、氷月さんが渡してくれたのは簡易鑑識セットだ。まあ、出来ることとすれば、指紋の発見ぐらいだがこれでも十分に役に立つ。
俺は鑑識でよく使われている特殊光学機器を使ってハンドルを照らしていく。すると、そこに人が握った指紋がくっきりと浮かび上がってきた。
そこにホルダーを識別するための白~い粉を振りまいていく。それをしたら、しばらく放置。
「色が変わってきましたね。識別反応は青。異質ですね。それに赤色の発光が弱いことから、ホルダーになってあまり日が長くないようですね」
氷月さんがだいぶ説明してくれたが、つまりはそういうことだ。
白い粉はホルダーの本人しか知らない情報を浮き彫りにすること。わかるのは能力タイプとその能力をどれぐらい使いこなせるかだ。
一般的に青が異質、黄が自然、赤が真理となっている。
そして、今回の場合が異質。まあ、大概こうなるのだが、それが黄や赤だった場合、俺は軽く卒倒するね。
それから、浮き彫りになった指紋は蛍光塗料のようにその色に合わせて発光する。
しかし、その光の強さは本人の練度――――つまり能力をどのくらい使ってきたかが大まかにわかるのだ。
その光が強いほど熟練の域に達しているということ。つまり、どんなに相性のいい能力相手だとしても負けることは十分にあり得るということ。
一先ず、この運転手に限っては自分達でも対処できるということがわかった。
この車に何人乗っていたかはわからないが、それは地道に調べておく必要があるな。
俺が調べている間には氷月さんに周囲の警戒をしてもらおう。
「氷月さん、周囲の警戒を――――――おぉ!?」
「伏せて!」
氷月さんは運転席のドアを開けると俺に抱きつきながら、そのまま押し倒した。
運転席から助手席に跨って寝転がりながら氷月さんの突然の行動にあたふたしていると直後にバリィと何かが割れるような音がした。
その音の方向に視線を向けると運転席の防弾ガラスに大きくヒビが入っていて、銃弾が止まっている。
それだけですぐに理解する。たった先ほど自分は攻撃されたのだと。
「とりあえず、助手席から出ますよ!」
「あ、ああ」
氷月さんは俺を押しつぶしながら助手席のドアに手を伸ばすと開けて転がり落ちた。
そして、俺も出来る限り身を低くしながら、助手席から出てパトカーを壁にしながら地面に座る。
「はぁ、やっぱりいたか」
「いることに気付いていたんですか?」
「なんとなくだよ。状況からしてこんなバカ広い駐車場にパトカーを放置して、鉄柵に鍵を閉めるとかおかし過ぎる。
それで考えてみてたんだよ。例えば鉄柵に鍵を閉めたのは逃げた時にまだここにいるとこっちにミスリードさせるためだとか、そもそもこの状況自体罠なんじゃないかとか」
「それじゃあ、鉄柵をわざわざ超えて行ったのって......」
「その鍵を開錠した瞬間、爆発したらさすがの俺達でも生きてる保証はない。その可能性を踏まえての行動。それと付け加えるのなら、もしかしたら犯人がここに戻ってくる可能性も考えたから。
もし開錠されずにそのままであれば絶対に不審に思うはず。それで俺達がパトカーを調べた形跡を残していたらそれだけで待ち伏せされていると解釈するはずだ。
だが、ここは犯人グループにとって身を隠すには理想的な場所。取り返すに決まってる......とかなんとかいろいろ考えてはいたんだが.......」
「なるほど、大体理解できました。つまりはどれも推測ばかりで根拠に欠けるから私に黙っていたわけですね」
「そうハッキリ言われると返せる言葉もないな」
俺は苦笑いして答えながら、フロントの側面から僅かに顔を出して工場の建物を見る。
その瞬間、何かが飛来してくるの気配を感じたので咄嗟に身を隠すとフロントに弾丸が着弾した。
「厄介だな。スナイパーがいる。けど、精度はそこまで高くないみたいだ。つーか、どこでそれ手に入れたんだか」
俺は咄嗟に愚痴交じりに言葉を吐きながらも、氷月さんに情報を伝えていく。するとその時、俺の袖がグイグイと引っ張られた。
咄嗟にその方向を見るとやや顔を逸らした氷月さんが言葉を告げる。
「その考え、言ってくれれば信じないこともなかったですよ」
「......ああ、そうだな。俺と氷月さんは仮にもパートナーなんだしな」
「そ、そうですよ。ともかく、この状況を一刻も打破しましょう」
こんな状況でありながら、氷月さんとまた少し距離が近づいたことに嬉しさを感じる。
とはいえ、先ほどからバンバンとフロントに向かって銃弾が放たれている。
覗いていないのにどうして狙うのか。そう撃つことで他に相手にメリットがあることろすれば......‼
「氷月さん! 俺に合わせて、このパトカーを思いっきり建物に向かって蹴り飛ばしてくれ!」
「!?......わかりました!」
そういうと俺は立ち上がって、その動きに合わせて氷月さんも立ち上がる。
そして、互いに片足を上げて俺の「せーの」という掛け声に合わせてパトカーを力強く蹴飛ばした。
それによって、大きく転がっていくパトカーのフロント部分からは煙が流れ出ている。
それから、パトカーが建物に叩きつけられるとその衝撃で大爆発を起こした。
まあ、要するに水素自動車が普及しているこの世界ではパトカーも当然水素自動車なわけで、相手の目的は水素に酸素を触れさせてそこに火をつけることだったのだろう。
しかし、間一髪それに気づいたおかげで助かった。それに建物を攻撃したおかげで一時的にスナイパーの追撃を抑えることも出来た。
「それじゃあ、とっ捕まえに行こうか」
「ええ、そのつもりです」
そして、俺達は工場内へと走り出す。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




