第104話 全力で不可抗力と言いたい
「それで私達の次の仕事は何ですか?」
「違法ホルダーの案件だな。東月宮町にある建設中の建物内で怪しい連中がいた所を警察が目撃。
そして、職質をかけたところで中に倒れている人を見かけ、緊急逮捕に移ろうとしたところを攻撃を受ける。
警察がひるんでいる間にその間に逃亡。犯人はあり得ないものをあり得ない速度で飛ばしていたそうだ」
「ありえない武器って何ですか?」
「鉄パイプ。それも大人でも持つのに苦労するそれを投げたそうだからだ」
「なんかそれだけでこっち回ってくるのておかしくないですか?」
「こっちにも働けってことだろ? ファンタズマや違法ホルダーの仕事がなければ暇と思われてんじゃないか?」
「それってもし東京都内ほぼ全部の安全を管理してる状態で言ったのなら激しく腹立ちますね」
俺は氷月さんと軽快に会話をしていく。やはりあの日以来少し砕けたような会話になった。
それはあくまで仕事の話だからだろって思うかもしれないが、もう一つ確かに変わったことがある。
「俺のプリンをまた無断で食ってるだろ?」
「食わない方が悪いんですよ。それに6個入りの内1つぐらい食べたっていいじゃないですか。ケチ臭い」
「一つじゃないから言ってるんだよ。それと俺の近くでプリンを食うな。取って食うぞ」
俺がそう言うと氷月さんは「間接キスとか狙ってる感じですか? 気持ち悪いのでやめてください」と容赦ない言葉を返してくる。
しかし、俺が座ってタブレット端末を見ているソファの後ろから離れようとはせず、わざとらしくプリンを美味しそうに食べながら覗き見る。
そう変わったのは距離感だ。いつもなら冷蔵庫から勝手に持ち出したプリンを自室にわざわざ持っていって食べるのだが、今や俺の後ろで食べている。
それに、氷月さんの行動範囲が増えた。大体リビングか自室にいたにもかかわらず、最近はソファにも居座るようになった。
俺の安住の地が増々奪われていることは否めないが、これは目に見える氷月さんが心を開き始めた証拠なのではなかろうか。
なんだかそう思うと無性に感動を感じる。頑張って話しかけてきて良かったな、俺!
俺が自画自賛していると氷月さんはカラになったプリンの容器を渡し、代わりにタブレット端末を奪われた。
「なにこれ、俺に捨てろと?」
「冷蔵庫見るたびに思ってましたけど、相当甘党らしいですからね。少しでも摂取すればと思っただけですよ。
まあ、私の使ったスプーンを舐めるほどの変態でなければですけどね」
「はあ、要するに捨ててこいってことだろ」
とはいえ、その代わり生意気さが増した気がするのはなぜだろうか。
いっそのこと反撃のためにやってやろうかと考えもしたが、それをした時にはもう埋まらない溝が出来るとともに俺の精神的地位が終わる気がするのでやめておこう。
俺は何とも言えないため息を吐きながら、そのカラのプリンの容器と使用済みのスプーンを洗面台へと持っていく。
すると、遠くからソファに前かがみに寄り掛かりながらタブレットを覗いていた氷月さんが告げる。
「この事件の捜査資料? みたいなの読みましたけど、完全にこっち側の仕事に回すような言い回しで書かれてますね」
「ああ、そうだな。さっきも言ったが仕事を回したいんだろうさ。
警察の仕事は俺達が相手するファンタズマや違法ホルダーの人数を全て足しても手に余るほどだ。だから、少しでも負担を減らしたいんじゃないか?」
俺はスプーンを泡立てたスポンジで洗い始める。
その一方で、氷月さんは軽く足元をばたばたさせながら、返答する。
「それって一般的な殺人鬼よりもやばい人や何かを相手にしてるってちゃんと理解してるんですかね? 訓練学校時代から思ってましたけど、実際に仕事についてより強くそう思いましたね」
「どうだろうな。俺もそうだったが、大半の人は俺達の存在をほとんど知らない。それは恐らく警察の人間だってそうなんだろうな。
いや、警察に入ればある程度は教えられるだろうけど、信じる人が少ないってのが正しいか。加えて、俺達も隠密行動が常だから......ってことだと思う」
「理解はできました。ただ一度に何十人と殺せる相手に対してこの扱いって言うのが気に食わないんですよ。
私達の相手は現代兵器でもっても殺せないとされてる存在です。違法ホルダーはどうか知りませんけど、ファンタズマは銃じゃ殺せないんですよ?」
俺は水でスプーンの泡を流すと「水道オフ」と告げる。すると、水道は自動で放水を止めた。
止まったことを確認するとスプーンの水気を取って、スプーンを食器棚にしまう。
「ま、ロケランや核ミサイルを街中に落とすわけにはいかないし、銃で無理なら俺達が倒すしかないってこと......って何喰ってるの?」
「む?......シャリシャリ、ごくん、アイスですけど?」
「いや、この人何言ってんの? みたいな反応はやめてくれ。俺は間違っていない。なぜ人のアイスを食っている。プリンはまだ良いが、それは最後の夏限定品だったんだぞ」
「夏なんて来年待てばいいじゃないですか」
「......はあ」
俺は落胆しながらも言い返さずただため息を吐いた。
最近この家の主導権をどちらが握っているかわからなくなってる。
このままだとケンカした時に家を出ていくのは俺になってしまわないか? 俺の家なのに。
心が開いてくるとこういう弊害も出てくるのか。
まあ、アイス一つ食われて何言ってんだという話だろうけど、少しは思ってもいいはずだ。
だって、俺の家で俺が買ったアイスだもの。給料で電気代払ったのも俺だし。
俺はとりあえずソファに向かうと氷月さんに「貸して」と言ってタブレット端末を受け取る。そして、資料を見返していく。
あんまりうじうじしていても仕方がない。ここは1年人生の先を行っている先輩として寛大な心で受け止めようじゃないか。
「それじゃあ、明日にでも所長に言ってこの事件の調査するつもりだから、そのつもりで」
「わかりました」
「......」
「......」
「......なんでまだいるの?」
「いちゃダメなんですか?」
「別にそんなことないけど......」
「なら、いいじゃないですか」
「......」
「......」
空気が気まずい。最近は出てこなかった野郎がここにきて急にひょっこり顔を出しやがった。
それに氷月さんはほんとに何? どうして自室戻らないの?
確かにさ、戻るか否かは氷月さんの勝手だけど、俺の気分理解してるよね? それでなおいるとか鬼か! メンタル最強か!
いちゃいけないわけじゃないけど、ここは俺の気持ち察してくれ!
そんなことを俺が思っていると氷月さんはソファを回り込んで俺の隣に座った。
な、なんで!? どうして座りに来たの!?
すると、氷月さんは顔をそっぽ向けながら、食べかけのアイスを突き出す。
「そ、そんなに食べたいなら一口ぐらいいいですよ。私は、別に? 何も気にしませんし、微塵も意識してませんから!」
強気にそんなことを言ってくる。え、ほんと、急にどうしたの?
俺がいつまで経っても行動しないとしびれを切らした氷月さんが動き始めた。
「あーもう! 食べたいなら食べればいいじゃないですか! ほら、口を開けて!」
「なんだ!? ほんと何なんだ!? 口を無理やりあけて食わせようとすんな!」
俺に覆いかぶさる勢いで片手で口を掴み、アイスを食わせようとする氷月さんとそれを体にのけ反りながら抵抗する俺。
氷月さんもやはりホルダーなのか力が随分と強い。しかし、ここは負けられない。早く異常な状況から打破しなければ。
「一旦離れろって!」
「きゃあ!」
「わあ!」
俺が氷月さんをどかそうとした時、体勢を崩した氷月さんがソファから転げ落ち、その瞬間に服を引っ張られ同時に俺も落ちた。
落ちた瞬間に顔全体に柔らかい感触に包まれて痛みはほとんどなかった。
それに幸いソファのすぐ近くにあったテーブルに頭をぶつけなかったようだ。
俺は鼻頭を抑えながら上体を起こす。そして、思わず固まった。
「......これは」
「~~~~~~!」
俺が視界を開くとすぐ近くには氷月さんの顔があった。
目が大きくやや釣り目で、鼻筋がしっかりと通っており遠くから見れば可愛く、近くで見れば美人とも思える顔。
体勢から言えば、俺が氷月さんを押し倒したような形だ。立派な事案ものである。
「さっさと離れてください!」
「うぉお!」
俺は氷月さんが起き上がると同時に思いっきり両手で押し飛ばされた。
そして、氷月さんは顔をうつ伏せたまま2階へと上がっていく。
これは......やっちまった気がする。
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