第102話 少しだけ距離を詰めれた気がする
「ふぅー、疲れた」
ファンタズマ事件が終わって所長に報告してから、家に戻った俺はソファでだらけていた。
時間は午後五時頃でやや茜色の空から段々日が短くなったことを感じた。
とはいえ、いつもより早い帰りはなんだかすごく申し訳ない気がする。
まあ、これも早急に氷月さんと息を合わせた行動が出来るようにとのことだが、正直何も進展していない以上この状況にかこつけてただだらけてるようにも思えなくない。
故に、妙な罪悪感を感じる。
自分が実力も知識も判断もまだまだ素人同然の半人前にも関わらず、このようなことになってしまっていることが。
氷月さんは相変わらず部屋にこもりっぱなしだ。
いろいろと試してみたのだが、天岩戸の天照のように楽し気なことで誘い出しても通用しない。
難易度激ムズの攻略ゲーをしてる気分だ。
もっとも時間がリアルタイムで流れるし、やり直しはきかないというお墨付き。
「はあ」
もはやため息が漏れるのは勘弁してくれ。こうでもしないと胸の中に何か嫌な感じがこもりっぱなしなきがするんだ。
にしても、あの事件を通して気になることが2つあった。
まず人間になりたがっているファンタズマがいること。
人間を食べることで自身を強化するファンタズマはまず人間を標的にしたら食料にしか見えていないと聞く。
となれば、この地球というのは奴らの豊富なエサ箱でしかない。
圧倒的に数が多い俺達人間はいくら食っても数が減ることはない。
全体的なファンタズマの数を知っているわけじゃないが、比べるまでもなく人間の方が多いだろう。
そんな環境の中でどうして人間になりたがったのか?
人間になるという事はエサと思っている存在に自身の地位を貶めることと同じだ。
その考えに至るには上級種以上に変わりない。
しかし、上級種は知能が高い故にプライドも一丁前に高いと来た。そもそも自信をエサと同じ立場に考えることがおかしい。
俺達人間であっても魚を見て「魚になりたい」と思うのはごく稀な人しかいない。
となれば、そのような変異体とならば倒す以外の選択肢はあるのだろか?
仲間意識が薄く独立行動が目立つファンタズマでも遠征任務のように集団でいる場合がある。
もしかしたら、さっきの考えを持っていたファンタズマだって存在するかもしれない。
とはいえ、存在するからなんだという判断になるだろうな、今は。
ファンタズマによって家族や友人、恋人が殺された人は多そうだ。
人間じゃないからといって倒さなければいけないという判断もどうかと思うが、それでもそうしないといけないのかもしれない。
もどかしいものだ。きっと他の道もあるはずだと漫画の主人公のように善人ぶった行動がしたい。
しかし、事実人間を殺して食ってる以上、野放しにしていればまたただ当たり前の幸せを過ごしていた日常を壊される人がいるかもしれない。
もはや何かあると思うことも諦めることも、この特務に入った覚悟の一つなのか。
こう考えてる時点で俺の覚悟もまだまだ半人前ということか......なんだか少し泣けてくる。
ユウトは汗をかいたコップに入っている麦茶をゴクリと飲み干す。
乾いた喉がそれによってうるおい、やや火照った体や考え過ぎて熱を帯びた脳を冷ましていく。
すると、トントントンと階段を下りてくる音がした。
もちろん、氷月さんだ。部屋にこもりっぱなしと言っても、最近ではお風呂以外にも行動範囲を広げ様子で時折1階にある冷蔵庫に入れたプリンを食べにくる。
言っておくが、それは俺のプリンである。俺が食うために買ってきたのだが、気づけば食われている。
段々この家にも慣れてきたのか実家感覚で過ごしているみたいだ。
それはこちらとしても接しやすくて大変助かるのだが、さすがに無断でプリンを食うのはやめて欲しい。
そして、時折別のデザートがお詫び代わりに置いてあることがあるので、それはありがたく頂戴している。
氷月さんがキッチンに現れてガチャッと冷蔵庫の中身を物色する。
そして、何喰わぬ顔ですぐそばのテーブルに腰をつけるとそのプリンを食べ始めた。
リビングにいる俺はその光景をテレビを見てながら、時折観察していた。
とはいえ、話しかける内容がなにも思いつかないのが悲しいところ。
今日もまた無言で自室に戻るんだろうな......と思っていたら、氷月さんが話しかけてきた。
「あのファンタズマはどうして人間になりたがったんでしょうね」
その内容は俺が考えたことと一緒だ。やはり氷月さんも気になっていたということなのか。
「わかんないな。あのファンタズマは『有限ある命で人と人が愛し合う姿がすばらしい』みたいなことを言ってたから、やっぱりそこに理由があるんじゃないか? ほら、ファンタズマは基本群れないし」
「ないものねだり......ってことでしょうか。ファンタズマはその正体は未だ不明ですが、どのような行動を取るかはわかっています。私達と違って社会性のある集団行動はないし、集団でいたとしてもそれはあくまで強者による支配で助け合ってという感じとは違います。そして、ファンタズマには食欲に対する感情しかほとんど構築されていない。誰かを愛するなんてもってのほか」
氷月さんの言いたいことはわかる。ファンタズマと戦ってきた経験があるから理解できることだ。
だからこそ、あのファンタズマが気にかかる。
もしあのファンタズマが仲間を求めていたのなら、あのような言葉を使うはずがない。
となれば、言葉としてはこっちの方が正しい。
「あのファンタズマは家族が欲しかったとか?」
「家族.....ですか」
氷月さんは思いつめた表情で俺の言葉を繰り返す。
その表情は怒りというよりも、悲しみに近いものがあった。
そして、氷月さんは少し小さな声で言葉を続ける。
「人になるために家族を得ようとするのならそれは間違ってますよ。同じ家族でさえ分かり合えないというのに......ファンタズマが人間を理解することなんてありえないですね」
俺はその言葉に返す言葉が見つからなかった。
その意味が理解できないほど自分はバカじゃない。
それは要するに家族の間でトラブルがあったという事だ。
そして、氷月さんは訓練学校からそのまま特務に入っている。
ということは、家族もまたそういった特務関連で仕事をしていることになる。
それで何かトラブルがあったとすれば、単純な互いの考えの食い違いかもしくは―――――家族の誰かが違法ホルダーになったかのどちらか。
しかし、その言葉を直接聞く気にはなれなかった。
たとえ確かめるためであっても、そのワードは明らかな地雷だ。
踏み抜いたらこの先の仕事の達成率にも大きく関わる。
正直、聞いてみたいのは山々だ。しかし、その行動はたとえ気を付けていたとしても、相手のプライバシーに土足で踏み込んだのと同じ。
ここは来架ちゃんの時と同じで本人が話す気になるのを待つぐらいが一番妥当だ。
いつ話すのか、それはわからないし、もっとも話さない可能性だってあるが、それ以上はむやみに聞かないのが一番だと理解している。
そして、同時にわかったことがある。それは氷月さんの「焦り」についてだ。
氷月さんは何かと「自分一人で出来る」と主張することがあるが、それはきっと身内で方をつけるために実績が欲しいというところもあるのだろう。
実績が増えれば行動範囲も増え、自分のできる権限も増えてくる。
そして同時に、実績によって自分の能力も向上してるはず。
だから、出来る限り自分がやりたい。そういうことなのだろう。
俺はソファから立ち上がると冷蔵庫に向かった。
そして、プリンを取り出すとそれをそっと氷月さんの目の前に置いた。
「プリン、好きみたいだからあげる」
「それキザですね。でも、嫌いじゃないです」
バレてた。若干カッコつけてる感じもなくはなかったが、相手からそう言われると余計に恥ずかしい。
とはいえ、初めて氷月さんの表情がまともに柔らかくなったのを見た気がした。
自分の恥ずかしさの見返りにその笑みが受け取れれば大きなものだろう。
そして、俺はソファに戻るとテレビを見始める。その一方で、氷月さんは2個めのプリンを食べ始めた。
無言の時間が続いていく。しかし、今までで一番居心地が良かった時間だった。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




