第100話 俺達(特務)が来たわけ
「被害者が二人? それって殺された岡島さんが佐藤さんを殺したっていうことですか?」
「そういうこと。ちょっとこっちに来て」
俺はタブレット端末を操作しながら、氷月さんを呼びつける。
そして、そばに来たところでそのタブレット端末の画面を見せた。
その画面には事件と同じ現場にて半透明の男女がベッドにいる。
そして、女性がナイフのようなもので男性ともみ合ってナイフを男性に突き立てている。
これはいわゆる3Dシミュレーター映像だ。
警察が事件捜査のために作った資料の中に入った映像で、大まかなこうであっただろうという事件の推測の一つである。
これを利用するならば......
「佐藤さんが凶器のグリップを握ったでしょ? そうなるとグリップの末端には佐藤さんの指紋が取れる。となれば、それを防ごうとしていた岡島さんがグリップに触れたなら、グリップの末端には小指の指紋が付かないはずなんだ」
「ということは、凶器には本来ならあり得ない位置に岡島さんの指紋が付いていたと.......でも、それって普通に殺される前に触れたということになりませんか?」
「いや、それこそ普通に考えてそんな物騒なものこんな場所にはいらないだろ。凶器は刃渡り6センチのサバイバルナイフ。店側が何らかの意図で用意、もしくわ置忘れだったとしても銃刀法違反でしょっ引かれる。必要のないものをおいてわざわざリスクを背負う必要はない」
「となれば、ナイフを持ってきたのは佐藤さんの可能性が高い......でも、それって矛盾してませんか? だって、さっき『二人は恋仲で愛し合っていて、交際関係も良好』みたいなことを言ってましたよね?」
「ああ、言ってたな。というか、資料には少なくともそう書かれている。それを証言したのは会社の同僚やその二人を知る知人らしいが、嘘はついてないだろうな。警察に嘘をつくとは思えないし、仮についたとしても佐藤さんの奇妙な殺され方には何の因果関係もない」
「偽装工作という線は? 佐藤さんは岡島さんを殺すためにナイフを持ってきたと言ってましたが、例えばここのホテルマンが二人をもみ合って殺したように見せかけたとか」
「それはどうだろうな。ここの扉は基本オートロック式でこの部屋の専用に鍵がないと入れないらしい。マスターキーの存在があるけど、ホテルマンに二人を殺す動機もないからな。それに全員にアリバイがあるというし」
「やはり警察も念入りに調べてるんですね。なら、最後の可能性。佐藤さんに共犯者がいた場合はどうですか? 佐藤さんは岡島さんを殺した後、死体処理のために部屋に共犯者を招き入れた。しかし、その共犯者に佐藤さんは裏切られ殺された」
「う~ん、それも期待薄かな。資料を覗いた限りだと、二人のそれぞれ親しかった人物の経歴も調べているらしいけど、どれも動機に繋がりそうなものはなかった。何より、俺達より人間相手の捜査のエキスパートがお手上げ状態なんだ。だから、警察がお手上げで俺達に回ってきた事件解決の可能性は2つ」
「ファンタズマ、もしくは違法ホルダーの仕業ということですね」
「そういうこと。どちらにとっても動機がなくて殺せる。ファンタズマは人を食い、違法ホルダーは私欲のために人を殺す。そのどちらももはや当たり前のように振舞っているせいで動機があるという判断すら怪しい」
俺はタブレット端末を氷月さんに渡すとその場で大きく伸びをした。
そして、ふと肩の力を抜いて事件現場を自分の目で確かめてみる。
まあ、俺がわかることなんて、大抵のことは警察が気づいている。
警察学校を卒業した専門の人と一般ピープルから成り行きで特務に入った俺とでは捜査の技術なんて月とすっぽんレベルだ。
故に、素人目で気づけることなんてほぼないので、その事件の概要についてはそれでほぼ間違いないのだろう。
しかし、それでも俺が警察よりも唯一上回れるところがあるとすれば―――――
「それじゃあ、俺達もそろそろ捜査を始めようか」
俺はバッグからパラボラアンテナのような先に突起があるアストラル探知用広範囲放射線銃を取り出した。
ファンタズマ捜索用のそれは依然来架ちゃんと組んだ時にも使ったやつだ。
今回の事件は発生時からあまり時間が経っていないので、恐らくファンタズマの特殊なオーラが残っていると思われる。
まあ、わかりやすく言うならば目に見えない犯人の足跡を可視化できるようにするという感じだ。
俺はその正式名称がやたら長い銃のグリップについている氷月さんが持っている端末にセットさせた。
「端末の使い方わかる? わかるなら、俺が銃を周りに当てていくから、どこに跡が続いているかその見てくれ」
「それぐらいわかりますよ。あなたと違って特務の基礎的な知識はありますから」
うーむ、さっきまではいい感じだったけど、あくまで仕事での形式上の受け答えだったか。
やはりまだツンというよりトゲなんだよなぁ~。
とはいえ、それから何も言葉が思い浮かばず、とりあえず「任せる」と告げると周囲のスキャニングを始めた。
俺はその銃にマギを流し込んでいく。
相変わらず1回のスキャニングで結構なマギを持ってかれる。前よりは総量も増えているだろうに。
そして、銃の横にあるメーターが最高地点まで達するとトリガーを引いて、銃の先からマギを放った。
放たれたマギはすぐにフラッシュのように周囲を一時的に明滅させる。
「ありました。そのままドアまで続いています」
「わかった」
氷月さんの言葉を聞いて俺は歩き出す。
この銃は気づかぬうちに改良されていたみたいで、狭い場所であれば前みたいにドローンで周囲を3Dマップの地形をタブレット端末に表示するみたいな動作は必要ないらしい。
先ほどやった1階のフラッシュで壁に跳ね返ってきたマギをパラボラアンテナの先で回収して、その回収角度を計算して割り出して......といろいろと小難しいが、要するに魚群探知機と一緒で飛ばした超音波で距離を測ってるみたいな感じだ。
俺は扉を抜けると廊下の左右に銃を向けてフラッシュを放つ。
すると、右側の方から反応があった。その方向は俺達が向かってきた道だ。
「この痕跡から犯人がファンタズマであることは変わりないんだが、このファンタズマは随分と律儀だな。わざわざ階段のある方を帰っていったのか?」
「知能が高い可能性がありますね。二人の死亡時刻が確か23時49分でしたから。窓を割って不審がられるよりも、バレずに帰ることを選んだのでしょう」
俺は階段とエレベーター前の廊下の2か所を調べた。
すると、階段の方からファンタズマの痕跡の反応を捉えた。
そして、階段を下りながら会話を続ける。
「だとしたら、疑問点がある。そのファンタズマはどうしてその二人しか襲わなかったかということだ。他にも客がいたらしいし、それになによりファンタズマは人を食う。襲われたら死体なんて残るはずがない」
「その根拠で続けていくならば、やはり何かファンタズマ側で事情があったのかもしれませんね。どういう事情かはわかりませんが、さすがに私もファンタズマが人を襲わなかったことに関しては疑問が残ります」
「それに他にも疑問があるとすれば、どうしてファンタズマはナイフなんてものを使って殺したか。ファンタズマは銃弾でもかすり傷一つつかないほど強靭な肉体をしている。それに腕力も当然人以上だ。使う必要がない。足跡の痕跡が一つから、来た時には被害者のどちらかに憑依していたんだろうし......」
「不可解なことは多いですが、それも調べて行けばわかることです。さっさとこの事件の犯人の居場所を突き止めましょう」
そして、俺達のファンタズマの痕跡探しはホテルを出て、残暑が続く日中の住宅街にまで及んだ。
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