今年のクリスマスプレゼント
「メリークリスマス!!」
「お姉ちゃんサンタだ♪」
ラーゼルン国のとある孤児院。
クリスマスを祝うのに、カトリナ・アルブ・レゼントと彼女の専属執事ファールはサンタ衣装で子供達にプレゼントを配っていた。
「ひつじサンタさん」
「羊ではありません。執事です」
「しつじ? ひつじさんとはちがう?」
「はい。お嬢様の――こら!! お嬢様の取り合いはしなくていいですから!!!」
レゼント家が管理する孤児院と言うのもありカトリナは、この時期になるとクリスマスプレゼントを渡しに回っている。
クリスマス衣装の出来も凄く、本当なら1度きりと思っていたが……本人が楽しそうにしていた事と、子供達が楽しみにしていると聞けば必然的にイベントと化していた。
「やー、お姉ちゃんはぼくのお嫁さんになるの!!!」
「ちがうの。おれの!!!」
「わたしのー!!!」
「あたしのだってば!!!」
カトリナは、今日も子供達に人気だ。
絵本に出てくるサンタクロースの衣装。赤と白の布地、普段はしない膝丈までのスカート。寒そうな見た目とは裏腹にフワフワの素材を使ったのと、使用人達のお手製マフラーをして暖かそうだ。
寒さで赤くなった顔も、子供達が喜ぶ表情を見れば頑張れる。そう思い、プレゼントを渡そうと大袋に手を入れると――袋がなかった。
「あれ?」
「へんないぬーー!!!」
「いぬ、くちゃくちゃだ」
隣を見ればいつの間にか大袋を持った、大きな犬。正しくは犬の形をした着ぐるみだ。しかも、顔と首の間に顔を覗かせる穴があり、ひょこりと顔を出したのはルーカスだ。
(えっ!? ルーカス、様!!!)
「はーはっはっ!!! カトリナサンタのプレゼントは全て貰ったぞ。さあ、取り返してみせろーー!!!」
「わたしたちのー!!!」
「かえせ!!!」
「やっつけろ!!!」
プレゼント泥棒を退治しようと子供達は、ルーカスを追いかけて孤児院に入る。呆然としたカトリナは、ポンポンと肩を叩かれる。しかし、気付かない程、放心状態だったが名前を呼ばれて振り替える。
「ラ、ング……」
「毎年お疲れ様。事情を話すから、中に入ろうか」
彼は何やら大きな袋を2つ持っている。
これもプレゼントかな、と思いながらルーカスと来た訳を聞く。
ファールに災難が来たのはその後だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ひつじさん!!!」
「フワフワ、モコモコ~」
「ひつじサンタだぁ~」
「………」
そこに居たのはひつじにサンタの衣装を着せた、着ぐるみを着たファールだ。誰が入っているか分からない仕様のものではなく、ひつじの首下には微妙な表情のファールが覗かせている。
普通は誰が入っているか分からないようにしているのだが、子供達はそれに構わずに大はしゃぎし、モコモコの肌触りからかぴったりと離れない。
ファールは引きつる顔をしながら、元凶の事をしっかりと睨んでいた。ルーカスはその衣装に大爆笑し、ラングは達成感に満ち溢れた顔をしていた。
「が、頑張って」
「はい。お嬢様の、命とあれば……」
言ったあとで、ラングを睨みながらも子供達の相手をする。
カトリナがルーカスにはっきりとした好意を示してから、既に3ヶ月は過ぎた。2人はそれまで以上に過ごす時間を増やし、学園の中でも仲睦まじい。
ラングが密かに護衛を続けながら、騎士団長の息子も変わらずカトリナの護衛をしていた。毎年のクリスマス。この時期になるとカトリナは施設を回り、プレゼントを配り終えるまでという過ごし方。
ならば、とルーカスは手伝いをしたいと言い出した。彼はこの日の為にと今まで以上に、取り組みこの日という時間を空けてきた。
「カトリナと過ごしたいからって、手伝いに来たんだ」
「そう、だったんですね」
ラングが持ってきたのはルーカスの犬の着ぐるみとファールが着ているもの。ファールに羊を着せるのは決めいたらしく、ラングからそう聞き納得した。
カトリナと違い、ファールは恨めしい目をラングに向けている。が、そうしながらプレゼントを渡せば喜ばれる。
「ひつじサンタさん、高い高いしてー」
「はい。こうですか?」
「ふわぁー、高い。空、とんでるー」
動きにくそうな服装の割りに、普段と変わらない動きをするファール。ラングが言うには動きやすいようにと計算されているらしく、騎士団の人達にも好評だった。
ただ、サンタ衣装だったから、クリスマスだろうと思いつつ誰が犠牲になるのか。と、密かに思ったが口には出さなかった。
(来年、ラング様を参加させる……!!!)
表面上では普通だが、心の中でこう思っている。順番を待つ子供達は綺麗に並び、今か今かとひつじサンタを見ている。期待された瞳はキラキラとしている為、1人では終わらないなと覚悟しながらもチラッとカトリナとルーカスの事を見ている。
「あの、ルーカス様。お城を抜けてきて良かったんですか?」
「ん。影武者を置いてきたから平気」
「へっ……」
食堂で皆とくつろぎ、ケーキを食べていた時にカトリナがコソッと聞けばルーカスの解答に思わずラングを見る。彼は頷き、実行しているのがカトリナを護衛していた人だと聞く。
「彼、学園でカトリナを守れずに怪我をさせたのを悔しがってね。バカ犬……じゃない。ルーカス様の代わりに部屋に立てこもってるんだ」
仮病だよと言い、護衛の騎士も世話係りも寝ているのならと部屋に入らないのだと言う。
あとでその方用に、プレゼントを渡そうと思ったカトリナはケーキが足りなくなったからと買いに行く。ラングが付いていくと言い、ルーカスも行こうとしたが――ガシッ、と。犬サンタには沢山の子供達がひっついていた。
「へんだけど、可愛い」
「あそんでぇー」
羊も気に入ったが、犬も良いらしい。ルーカスの行動は分かりやすかった。
「よーし、遊ぼう♪」
「「「わーーい!!!」」」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ふふっ……」
「どうしたの、カトリナ」
ケーキを買った帰り道。
さっきのルーカスの行動を思い出して笑うカトリナに、ラングは不思議そうに問いかける。
「あ、いえ……。今年は賑やかなクリスマスだなって」
「いつもファールと過ごしてるものね。私達は年が明ける前に、終わらせないといけないの多いし……今年はいい思い出になるよ」
「次はプレゼントを用意しますね」
「楽しみにしてるよ」
楽し気に話していた2人の前に、ざざっと現れたのは数人の男達。しかも、何人か刃物を持っており思わずカトリナはラングを見る。ラングはカトリナと男達の間に入り、「酷い夜だな」とのぼそりと言った。
「おーおー、可愛らしいサンタさんじゃねえか」
「俺達にもプレゼントを恵んでくれませんかねえ」
げへへっ、と下品な笑みをする男達にカトリナはさっとラングの後ろに隠れる。剣は持っていないが、格闘術ならと思案していたラングは視界の端で横切る影を見て思わず「あ」と言った。
「あ? 怖気——」
「止めろワン!!!」
ぐほっ、と男がぶっ飛ばされ近くにいた者達も巻き込まれドミノのように倒れていく。そこに割り込んできたのは茶色の毛色をした犬……ではなく、犬の着ぐるみを着たルーカスだ。
クリスマスだからとサンタ衣装。しかし、ここに飛び込んできたのは当然1人ではない。
「……メェー」
やる気のない鳴き声の割に、正確に男達を気絶させていくのは羊のサンタ衣装を着たファールだ。ただしその表情は物凄く不機嫌であり、睨んだだけで「ひっ」と数人の男達は下がっていく。
(あ、ダメ。これ……笑える。バカ犬もだけど、あのファールが……!!!)
普段はお嬢様と言い、カトリナの世話をしつつルーカスをあしらう筈の執事。それが羊となって男達を叩きのめしていようとは普段からの彼からでは、とてもではないが想像できないのだ。
「サンタのプレゼントを奪うとは命知らずな、連中だワン!!!」
「そうだ……メェー」
「もうちょっとやる気出してよ! もっと羊らしくさ、ね?」
「うるさいメェー」
文句は普通なのに語尾の「メェー」がとてもやる気がない。カトリナが心配そうに見ている事も知らずに、ルーカスとファールは男達を叩きのめした。
盗みを働こうとした男達は速攻で倒され、連絡を受けて縄で取り押さえられた者達を見た警備隊が不思議そうに首を傾げた。
「だから、変な犬と羊が襲ってきたんだよ!!!」
「あのへんなサンタ衣装の!!!」
そう訴えるが退治した者は名乗り出ないまま。盗みを働いたとして男達は、夢にうなされた様に「犬……羊……」と言っていた。この日を境に、毎年現れるようになった犬サンタと羊サンタは子供達のヒーロー? となってるなど、カトリナ達は知らない。
「ファール。また来年もやろうよ♪」
「良いですよ、ラング様もなら」
「げっ」
「良いよ。どうせ私と一緒に行動するしかないんだし、カトリナも楽しいクリスマスでしょ?」
「はい。ありがとうございます♪」
「ふふん、もっと褒めて良いよ!!!」
「「調子に乗るな」」
痛い痛い、とルーカスを絞め上げるラングとファール。2人は後に、このクリスマス騒動についてどういう事かと、カトリナの父親とラングの父親に問われるなど知る由もないままとなった。