プロローグ ――フェイの場合
オレは、とある海運商の一人息子だ。
きょうだいは居ない。
その代わりとしての玩具と本なら余るほど持ってる。
女中もオレの顔色をうかがう。
オレはそれさえ――――腹が立つ。
「ぼっ・・・ちゃま。おかえりなさいませ。どちらへ行かれていたんですか?」
「チッ」
及び腰で接してくる女中には、舌打ちで返してやった。
さっさと部屋に戻ろう。
そうやって廊下を足早に進んでいると・・・
「フェイちゃん。帰ったのね。お腹は空いてない?」
母親に見つかった。
「・・・空いてねえけど」
睨み返しても、この母もオドオドするだけだった。
オレは余計腹が立つ。
どうしてもっと堂々としないんだ。
オレの顔色があんたらの全てなのかよ。
外はもう日が落ち始めていたが、この屋敷の中は明るい。
足元がすべて見えるように、ろうそくが灯されている。
特に居間などは、扉から光が差し込むくらい明るい。
天井のシャンデリアがその役目をしているからだ。
「・・・フェイちゃん。今、お客様がお見えになっているの。
お着替えしたら、ご挨拶しましょ?」
「誰だよ」
「バレアス海の治安を保持している自治団の、代表さまよ」
「海賊の代表か」
「まあっ ・・・いい?フェイちゃん」
「着替えろ、ってか。ヘッ」
「ご挨拶するのよ」
細い声で母が言う。
なにがそんなに怖いんだ。なぜそんなに弱いんだ。
でもそれ、”ふり”だろ。
※
オレは好きで着ているチュニックやコットンパンツを脱いで、
ボタンと襟の着いているシャツに着替えた。
悔しいからカフスもつけて、襟にタイも巻いた。
靴は、まだちっとも履き慣れていない硬い革靴に履き替え、
これも悔しいから油を塗って光らせた。
髪――――母と同じ、絹のような黒い髪質が気に入ってて伸ばしている。
その自慢の髪をグシャグシャにまとめていたが、油を使って丁寧に漉いた。
※
「こんばんは。僕は息子のフェイです」
やや胸を張って、力の抜いたスマイルを作り、とある海域の自衛団の代表とやらに挨拶をした。
オレは相手に対して、快活そうだが落ち着きがあって、抜け目がなさそうな印象を作る。
「わたしの自慢の一人息子だ。フェイ、握手させて頂きなさい」
久しぶりに顔を合わせた父が、そう”演じた”。
「よろしく」
オレはお客人を熱い握手を交わす。
「フェイくんか。どうもよろしく。いくつになるんだい?」
「14歳です。後二ヶ月で15になります」
※
オレはその後、部屋で蒸留酒をチビリとやった。
――――息苦しい・・・
なんて、息苦しいんだ。
部屋の明かりを消して窓を開ける。
空気は冷たいが、体が火照るので寒くはない。
月明かりが差し込む。
「だ、旦那様!」
屋敷の2階にあるオレの部屋の近くからだった。
壁に強くぶつかる音が一度響いて、女中の悲鳴。
「な なんだよ・・・」
冷静になろうとつぶやくも、心臓がバクバクなる。
親父?が、どうした?酔っ払っているのか?
一度航海に出ればしばらく家を空ける父とは、本当に他人のような関係だ。
「フェイ!!」
部屋のすぐ前の廊下から怒声が聞こえる。
「なんだってんだ・・・」
オレは景気づけとばかりに、ゴブレットの蒸留酒を一口煽って、
部屋の扉を開けた――――。
「今日は帰るのが遅かったが何をしていた」
だいぶ酔ってるな親父。
しかも機嫌が良くない。
あの海賊になにか言われたりしたのか?
「勉強をしてたんだよ」
そうだ。
「勉強・・・だと・・・。お前!まだここから出ていこうとしているのか!」
「なんだよ、学ぶことを悪く言うのはおかしいんじゃねえか」
「なんだと・・・」
「子どもの学びを邪魔する親なんて、ロクじゃないな」
「なんだと!!」
「ヘッ」
「フェイ!!お前が志望している大学がある国の領主とうちが友好関係にないのはわかっているだろう!お前が向こうへ行くとなったら・・・うちは人質を取られたも同然なんだ・・・わからんか!?」
ヘッ・・・。
「なんだその、大人の都合」
オレは駒か何かなのか。
オレはあんたらの手持ちカードのひとつなのか。
「フェイ!!生意気だぞ!!!」
「親父、今日は降参するよ・・・」
なんかもう悲しくて。
オレは、自分の部屋に入って扉を締めた。
女中が親父を慰めているの声が聞こえる。
母親はどうしたんだ。まったく使えねえ。
オレはベッドに潜って布団を被った。
「誰も尊敬できねえ・・・誰も頼りにならねえ・・・」
孤独。
こんなところ、誰にも見せられねえな。
かっこ悪ぃや。
「いつまでこんな気持で・・・いればいいんだ・・・」
人は周りにいるのに、どうしても孤独。
わかり合えない人たちと接して抱く悲しさ。
「・・・出よう」
出ていこう。ここを。
そうだ。
オレは、この家のレールから外れたい。




