魔獣封縛書
ユラギは、ウバリをおいて魔獣たちをどんどん魔獣たちを本に封じていく。
魔物たちを次々と封じていくと次第に数も少なくなっていき、冒険者たちが魔物を相手にする音も徐々に聞こえてくるようになってくるほどに時間が過ぎた。
ここまで来ると魔物たちの動きも広範囲なものとなっており、ウバリもその役目を発揮し魔物たちを次々に倒していく。
ガーディアンたちが動きを止めて、ウバリがとどめを刺す。
「おーい!こっちは粗方片付いたぞ!」
「こっちもだー!魔物の死体は後から解体するしかないな。」
冒険者たちの奮闘もあり、魔物たちを倒し続け『魔物の反乱』は終わりを見せた。
長く感じていた戦いが終わり、各々が徐々にウバリの元に集まりだす。
「ウバリさん!なんとかなりましたね。歴史に残る偉業ですよ!!!」
冒険者の一人が自分達のなしたことの大きさを具体的にしたことにより、疲れ切っていた冒険者たちの目に再び光が宿り元気を取り戻した。
「ユラギ!お前がこの戦いで一番の功労者だ!」
ウバリの周りに集まっていた者たちも、ユラギのガーディアンを見て同意を示すように声を上げる。
今さら雄たけびを上げてどうするのかと、ユラギは思ったが静かに最後の魔物を封じ込め、本を閉じた。
「お疲れ様でした。マスター!ガーディアンたちはこのまま屋敷に帰らせ休息を与えつつ通常通り警護に戻らせます。」
「ありがとう、ノーム。あなたの力がなかったら、被害を抑えて魔物の反乱を食い止めることなんかできなかったわ。」
ノームは今、姿を消してユラギと話している。
もともと、精霊は人間をあまり好いていない。今回、ノームが力を貸してくれたのは、私が命令したからだ。ノームが人間を嫌う理由は簡単。それは、人が鉱物を求め土を荒らし、木を刈り、自然を荒らす動物だからである。
「ノームは姿を現さないの?人が嫌いなことは知っているけれど、みんな感謝しているわよ。」
「私はあくまでもユラギの契約精霊。見えるのはユラギだけでいいんです。」
ノームは断固として姿を見せる気はないようだ。
ユラギも無理強いをさせるつもりはないのでこの話はここまでと切り上げ。
ウバリの手招きに答えて、集団の中に入っていった。
「よくやった!ユラギ!!これは国の歴史に残る偉業だ!この街も有名になるだろうし、反乱を退けた冒険者ギルドとして名も広まり、今まで以上にギルドに依頼も来ることになるだろう!wwwwwwww」
今までに見せたことのないほど機嫌よく笑うウバリに、周りに集まる冒険者たちも大声で笑いにぎやかな場となる。
「ところで、お前の持つ「その本」どうするつもりだ?」
急に笑いが止み、冷たく思い雰囲気をも取ったウバリの低い声があたりの空気を凍らせた。
口を開けたまま冷や汗をかき、固まる冒険者や顔を青くしているものまでいる。
ウバリは殺気にも似た雰囲気を解き、通常通りの口調で再び話をしだした。
「お前は強い。その本がどんな物なのかは近くで見ていた俺が一番よくわかっているつもりだ。・・・その本の中に魔物を封じているのは知っている。しかし、お前は何匹の魔物をその中に入れた?100か?1000か?いや、お前は万に近い数の魔物をその中に入れただろ?そんな危険なものをお前に持たせておくわけにはいかない。だから、その本を渡せ。ギルドで管理し、必要があれば処分する!」
ウバリの言葉に冒険者たちの視線が、腰に抱えている金の装飾が施されている本に向く。
「魔獣封縛書」この本を作ったのは、何を隠そうユラギ自身だ。
ユラギに与えられた神の土地たる屋敷の魔力と自らの血を持って文字を記し、ドラゴンの皮や魔封18金などの希少な素材を使って作り出したものだ。
作るためにかかったお金は、街一つが数十年単位で生活できるだけの額になる。そればかりか、魔導書という今では失われ、ごくわずかに発見される希少な物に形を変えさせたのだ。付加価値を含めれば国家予算でも足りないだろう。
そんな思い入れも、価値も計り知れないものをたやすく渡すことなどできようか?
「断固!拒否します!!!!これは私の生み出したもの。私の子と言ってもいいほどの価値ある物よ!それに、この本の力を見ているウバリさんならわかるでしょ?これほどの物を管理するには到底力が足りないって・・・。」
「わかっていても、やらなければいけない時がある!!!」
ウバリは鬼人役を「くいっ」と一気飲みにした。
すると、筋肉が瞬く間に膨張し体から蒸気が上がりだす。そして、冒険者を含めユラギが反応するよりも早く体をきしませ反動をつけると駆け抜けた。
そして、ユラギの手から魔導書は消え、蒸気を吹かし荒い息を立てるウバリがその本を片手に持ち構えていた。
「この本は今すぐにでも処分する。俺は、領主からこの件の責任者として自由にしていいと許可をいただいているので反論は認めない!」
ウバリは本を合掌する手の間に挟み魔力を練り上げた。いつもよりも早く、強く・・・。
ウバリの手が瞬く間に焼けた鉄のように赤くなり、本の表紙が「じゅー」と悲鳴を上げだす。段々と熱は上がり、すかさず止めようと入るユラギであったがウバリからあふれ出す熱気と抵抗のために僅かばかりに発動させた風魔法が熱風となって近づこうとするユラギを拒んだ。
「シルフ!風を退けて道を作って!ノーム!今すぐ本を焼くのを妨害して!ヴルカン!炎を全力で沈めなさい!!!!」
ユラギの鬼気迫る指示に精霊たちは必死にこたえようと動き出した。
ユラギを守るために熱風をそらし、岩を投げつけ、あふれ出す炎を抑えつける。
自分たちの姿が見られるかなどと気にすることすらしなくなったみんなは、ただ必死に力をふるった。
「それが、ユラギの契約精霊たちか。中級精霊たちとは言えなかなかの力だ。しかし、俺はこの本を燃やし尽くす!!!!!」
精霊たちが必死なように、ウバリまた必死であった。むしろ、ユラギたちよりもはるかに力を込めていた。
ウバリは恐れてしまった。襲い掛かる幾千の魔物たちに・・・。
見てしまった。魔物たちが本に飲み込まれ消えていく瞬間を・・・・。
そして、知ってしまった。その本の正体を・・・・。
「なあ、ユラギ。この本に宿っている力ってのは何だ?」
「・・・・魔を封じる力を込めた本よ。」
「答えになってないな・・・。お前はたいそうな名前を付けてあたかも善なる物のように言ってはいるが・・・俺は見た。あれはこの世ならざるものだ!だから消す!!!あんな、人が手を出しちゃならないものが宿っている「「「この本を!!!!!」」」」
いきなり膨れ上がった炎が、火の精霊であるヴルカンと風の精霊;シルフをはじき返した。すると、お構いなしにあふれ出した火が森に燃え移り熱風があたり一帯の気温を上げあちらこちらから火の手あ上がりだす。
「おい、やべーぜこれ。」
「サブマス!!!どうしちまったんだよ!」
「あんたらしくもねーじゃねーか!しっかりしろよ!!!」
冒険者たちの大半はその場から逃げ出してしまったが、ウバリと親しかった者たちはその場に数名残っており、ウバリの凶変ぶりに声を荒げる。
祈りにも似た、ウバリを思う気持ちにこたえることはなくひたすら本を燃やし続けるウバリ。
「ウバリさん、ダメだ!それ以上やったら、ウバリさんが死んじまう!!」
「黙ってろ!てめーら!!俺はいいんだ。この本さえ消えれば・・・。「!!!!!」」
ウバリは気が付いた。これだけ強い火で本を焼こうとも、少しも焦げていないことに・・・。
「うそだろ!!!」
ウバリの全力を持ってしも、手の中で火に包まれている本に火が移ることはなかった。それを知ったウバリは、心の中で恐怖が少し膨れたのを感じた。
自分の手にあり、全力を力をぶつけている本が、どれだけあがこうとも手が届いていないことを示してくる。
「ふざけるな!!!!!今すぐに燃え尽きてしまえ!!!!」
ウバリは両手で抑え挟むことを止め、本を開き引き裂こうと指をかけ力を込めた。
普通本を開くときにかける力ではないが、破壊、処分することが目的なのでお構いなしに本を開いた。
その瞬間、中に保管されていたはずの魔物たちが再び本からあふれ出した。
わずかに残っていた冒険者たちは、あふれてきた魔物を見て剣を抜き戦う構えを示したが、魔物たちは本を出た瞬間ウバリの纏う超火力の炎にまかれて焼かれてしまった。
炎や熱から逃げようとするあふれた魔物たちの姿、その状況はまさに地獄絵図。
剣を構えた者たちの手から、次々と抜け落ち力なく地面に座りだしてしまった。
「ウバリさん・・・。あんた、本当にどうしちまったんだ・・・・。」
力のこもっていない、恐怖におびえ勇気を振り絞って出した言葉。
冒険者の見つめる先には、折り重なった死体の山に炎に包まれながら佇むウバリの姿。いや、すでにウバリとすら見ることも難しい。
血をかぶり火に焼かれ、黒く焼き付き人の形をした別の物のような姿。
「すでに、すでに取り込まれているの!?」
「ど、どういうことだ!?ユラギさん!」
「なんで敬語・・・・。私の作ったあの魔導書には、その本を象徴する「力持つ存在」とのパスがつなげてあるの。そいつが、蘇ろうとしている。もしくはすでに・・・・。」
「魔獣封縛書」をはじめとする、この世界に存在している魔導書には、「力ある存在」とのパスがつながっている。
そのほとんどは、神話に登場する天使や悪魔、精霊や偉大なる先人たちをさす。
本来、存在するともわからない存在から力を受け取ることは非常に難しい。しかし、そこに存在していると定義し信じる者たちが多ければそれは形を持ち存在するものとなる。
またそれは、信じる者の数だけではなく知っている・信じている者の強さも反映され構築される。
「魔獣封縛書」は、ユラギが屋敷の魔力と自分の血を使い、古い歴史に存在したとされる悪魔を象徴として作り出した。
象徴としている悪魔は、「古の大悪魔:パペット・マスター」。
古い伝承として語られている恐るべき力を持った悪魔だ。
「私が象徴とした悪魔は、昔、1000年栄えたといわれる国を一夜にして滅ぼした大悪魔です。その力の本質は、動物を操る力。生きているものはもちろん、ゾンビのようなアンデットも従え国を滅ぼしたと伝承には残っています。私は、なみの冒険者よりは強いと自負していますが、それ以上の力はありません。私を殺すことができる存在が多く存在していること知っている。だからこそ、力を欲しあの本を生み出した。何物にも邪魔されることなく引きこもるために・・・。」
真剣な場面に、ネタのような理由を述べるユラギに突っ込みを折れたくなった冒険者であったが、その目は本気であることを示しているような力強いものだったので出そうになった言葉を飲み込んだ。
「炎が取れます。皆さん、気をしっかりと持って!ウバリさんはすでに救うことはできません。今は蘇ろうとしている悪魔を再び消し去ることに集中してください!!」
ユラギの言う通り、だんだんと火の威力が弱まっていき赤く染まって朧気に見えていた輪郭がはっきりと見えだす。
背中から延びる身の丈の倍以上ある長く太い腕が五本。それぞれの腕には、腐りかけの肉や皮膚、目玉などが垂れ下がり、神経と思われる細い肉線でつながっている。
まさしく「ゾンビ」をイメージさせる見た目だが、基盤となっているウバリの体はその体格や肉体を残し焼け爛れた状態で棒立ちしていた。
「あれが、パペット・マスター・・・・。完全な復活は出来ないようね。でも、すでにウバリさんを取り込んで仮とは言え体を持った。これ以上自由にさせはしないわ。」
ユラギは精霊たちを悪魔を囲うように配置すると、取り出した封魔18金のインゴットを4つ放り投げた。
悪魔の視線が投げられたインゴットに自然と向き、隙ができた。
「パンッ!囲え!!!」
力強く手をたたき、放り投げたインゴットがいきなり溶け悪魔に降りかかる。
灼熱の雨と言えるような、どろどろに溶けた「金」を浴びた悪魔は、ピクリとも動かず普通に浴び、「なんだこれは?」というような動作をしてユラギや周りを囲う精霊を睨みつける。
そして、腐りかけの腕が一本ずつ精霊やユラギに向かってすごい勢いで伸ばされ掴まれそうになった。
そう、ユラギの目の前10cmのところで腕は止まった。
降りかかった金が大地に根を張る樹木のように体中に走り動きを止めたのだ。
ユラギの顔から、すーと汗がしたたり落ち体の自由が奪われ暴れる悪魔を見て腰が抜けるように地面に座る。
「だだ、大丈夫、、、で、ですかかか!!!。」
心配して声をかけてくれた冒険者も、恐怖で歯をガタつかせている。
それもそうだろう。こんな経験普通はしないのだから・・・・。
しかし、これで終わり。何もかも。
「すーー、はーー。ウバリさんには悪いけど、このまま封じさせてもらいます。こうなってしまっては、そうすることもできない。もとはと言えば、ウバリさんが私の本を奪おうとしたことが原因ですからね。」
そう言い終わると、深呼吸をして地面に仕込んでいた魔法陣を発動させる。根のように張った金たちが悪魔の体ごと無理やり飲み込まれるがごとく一点に小さく集まり押し固められていく。
肥大していた体に埋もれていたようで本も姿を現し、本の中に流れ込んで行っていることが分かるようになった。
すべてが入り終わると、本の装飾が前と少し変わっていた。
表紙の中央に血のように赤く闇を示すように暗い、ドギツイ色の宝玉がはめ込まれ、それを封じるかのように黄金の剣が四本、四方から切っ先を向けている。
そして、本を開かせまいと金具と錠がつけられ、鎖が装飾の各所につながっている。
前の物よりも、はるかに禍々しさの増してしまった本がゆっくりと地面に降りると。炎が森を焼く轟々とした音だけが響き続けるのであった。
「ごめんなさい。ウバリさん。」
ユラギは小さくつぶやき、合掌をすると本を拾い上げた。
【インベントリ】に本をしまい、中にあることを再度確認するとユラギは何も言わずにその場を去っていた。
残された冒険者数名は、しばらくの間佇むことしかできなかった・・・・・・。




