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無明抄  作者: 輪形月
第四章
25/27

困惑

本日も拙作をお読み頂きまして、ありがとうございます。

 どーするよ、と馬盗人たちは途方に暮れた顔を見合わせた。

 肝心の盗み出した六頭はというと、とうにすべて根津丸と茜に預けて売りに出し、手元にはおらぬ。

「轟天の馬はないわいな」

「途中で仕掛けを抜けたはおれだ。そりゃかまわんが」

「何を言うておる。こちらは大いにかまう」

 じろりと右近が白い目の一閃に、馬盗人たちはうへえと首を縮めた。

これでは、何をどこにどう持ち込んでも分が悪すぎる。

 この場で右近が四人を馬盗人と呼び、ののしり騒げばどうしようもない。

 ここで争い騒ぎをなさば、淡墨(あわずみ)の衆まで敵に回すか逃げ出すか。いずれにしても八方塞がり。

 ならば、せめてもの落としどころを探っておかねばならぬのだが。


「……轟天よ。女の好みが変わったか?」

 疑わしげにひそひそと雉丸が訊く。

 轟天丸は喜怒哀楽よろずはっきりしたのが好み、手強いおなごならもっとよい、とは長のつきあい、よく知っている。

 なれど、緒宇摩の姫は明らかに、あの祭りで見た破天荒さも消え失せて。あるのは(ことわり)のみの冷ややかさ。


「影が、ないのう」

 (かんなぎ)がぽつりと呟くは、幽世(かくりよ)との境に近き依童(よりわら)ならではの目敏さよ。

 (かげ)(かげ)。生気や精気と言い換えてもよいが、思いの根幹を支え、五体をも揺るがす力が、いまの右近にはない。


「天動衆の術者にやられた」

 いまいましげに呟いた、その轟天丸の言葉に三人は目を剥いた。

「お前がついていながらか」

「ああ。毒と薬と心術の三重がけでな」

何人(いくたり)だ」

「一人だ。そいつは()ったが。くそ、こっちもまったくもってしてやられた。おれも同じ術喰らったが」

「……そりゃまあ轟天じゃものなぁ」

 笙哉(しょうや)も雉丸も頷いた。轟天丸が重瞳(ちょうどう)なことも、重瞳がいかなるものであるかも、仲間の身ゆえ、術者でなくともよく知っている。

「毒と薬はまだしも心術がおれには効かぬ」

「効かぬからわからんというのも難儀だの」

「おう。ぱたりと錠でもかったのか、姫さんは心魂を我と我が手で(とざ)しておるようだ」

 三人は顔を見合わせた。

 ようまあ遠慮も会釈もなく観月衆をぺしゃんとやっつけにかかった相手が心魂鎖した身であるとは。

「じつはこれでも少しはようなった方だ。我から口をきけるようになったは風野のあたり」

 ほっておけば全く口も開かぬ、毒消しはおとなしく飲むが、操り手が離れた舞々人形のようなさまに、いかばかりかじりじりしていたことか。


「そもそもなぜに観月の(おさ)に会わせろと」

「用があると言う。直接言う、とのことだが」

 困ったように轟天丸は言をつないだ。

「その用が何であったか覚えておらぬと言うておる」

「なんだそりゃ」

 兄がぱかりと口を開けたのを閉じさせて、巫は問うた。

「轟天は知っておるのだろ」

「ああ。ンで、姫さんの喰えねえ叔父上殿も知っている」

 今頃緒宇摩は(おうま)熊に襲われた蜂の巣だ。どえらい騒ぎの種が飛んでったもんだと轟天丸は頭を搔いた。

「で、姫さんは覚えておらん用のため、(じい)に会って何を言う」

「おそらくは、叔父上殿との顔合わせにまで引きずり出す気でいるのだろうが」

 問題は。毒に(くた)された右近の心だ。

 なそうとすべき芯が折れ、己に課したつとめをなさねばならぬという考えで動いているだけでは、とうてい観月衆の長は動かぬ。

 人動かすは人の心。

 それを知るがゆえ、我身を賭料にするほど思い(こご)らした右近を知れば、おのがしくじりでその機を失わせるは業腹だ。たとえそれが、おのが得とはまるでつながりのないところにあるとしてもだ。


 肩越しに振り返れば、無機的な目で右近は馬たちの世話をしていた。心配そうに長い顔を寄せる馬たちにも気づかぬように、ただ絡繰りのように手を動かしているが声もかけぬ。

 轟天丸たちには見覚えのありすぎる目だ。

 河原に捨てられた子らの、観月衆らが拾った直後の顔である。

 信じる者は消え失せて心許せる者もなし、ただまだ身体が死なぬから生きながらえているだけの、心が失せた子らの目だ。


「ここで逃げ出すわけには……いかぬかなぁ」

 笙哉が苦笑して顎をなでた。

「どうする気かい、轟天よ」

「それよ。おのれらと出会ってめどがついた。いやあ、二重三重におのれらとおうて助かった」

 賭けを成り立たせるには、右近をこのまま観月衆の者どもが集う境へ連れていかねばならぬ。

 それも、緒宇摩を立った時の右近をだ。

(かんなぎ)よ。おのれなら持っとるんではないかいな」

「何をだよ」

「知れたこと。八汐(やしお)の酒のありったけ」

 ゆっくり三人が真顔になった。


「そこまでするか、轟天よ」

 笛吹きの声に轟天丸は頷いた。

「とっくり思案はしたが、他に手はない」


 八汐の酒は、観月衆に伝わる、振るべき魂の薄れた者を揺り動かす薬酒である。

 八塩折(やしおり)という秘伝の法で(かも)しに醸したきつい酒、それに種々伝来の薬草数多(あまた)搗き混ぜて、寝かせて漉して作り上げるもの。

 普通の用途は瀕死の者に気をはっきりと持たせたり、傷の手当てに痛み止め。

 身体が正常な者に与えることはほぼない。酔うほど呑めば薬草の効能ゆえに必ずや身体は不動金縛り、。動くは舌のみという恐ろしさ。

 心の閂がったり外れ、あらゆることをしゃべり散らすという剣呑な効能ゆえに。

 どんなに秘し隠す思いも内証事(ないしょうごと)も、腹の底からすべてみな、白状させうる危うさだけではない。

 厄介なことに酔った当人の記憶は確かときているから、恨まれ憎まるる恐れも十二分にあるというもの。


 しかも、轟天丸は、ひそかに人の心を種とせで、おのが心を種となし、さらに呪歌を詠みかける気でいた。

 道行く呪歌師が己の心を種として呪歌を詠むなどまずありえない。

 天然自在に遊ぶ心をきりきり言霊の理で縛り上げ、術師が技によってうたにする、さような事が人一人にたやすくできることではないからだ。

 疲労困憊するのは道行く者にとり、それだけでもひどく危うい。一人旅ならおのれがくたびれ果てて寝込んでいても、誰も賊だの病だのから助けてくれることはない。

 そのまま路傍に行き倒れ、はかなく髑髏(されこうべ)となるもありえる。

 だが、雉丸らがともにいる今ならば、(たす)けとなってくれようとの轟天丸の腹づもり。

 それでも呪歌が効くか効かぬかはわからぬが。


「真名がわかればとも思うたがなぁ」

「いくらなんでもそりゃ無理な相談じゃろ」


 真名は呼び名と異なりて、その者の魂の鍵ともなる。

 知れば呪歌詠みも言霊使いの端に連なるもの、なんとしてでもあの天動衆の女術者がせいで、鎖された右近の心魂をこじ開けてみようと思えるが。

 緒宇摩の姫ともあろう右近が、そうそう真名を明かすわけもない。知るすべもない。

 頭抱えて唸る轟天の姿に、三人はこっそり目を見交わした。

「おぬしも存外人の好い男よの」

「言うな。おれも今しがた思っておったわ」

「そこまで惚れたか」

 惚れるようで惚れもせぬ、その場の喜怒哀楽一夜仮寝の恋しか語らぬ轟天丸が、ここまで女に尽くすとは。

 からかい混じりに雉丸が問えば、轟天丸は思いもかけず難しい顔になった。

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