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無明抄  作者: 輪形月
第四章
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邂逅

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

 遙か彼方を見晴るかせば、うねる畔田(あぜだ)の上にもほのかな陽炎(かぎろひ)の立つ。

 ぼんちんじゃらんと賑やかな鈴鉦太鼓(すずかねたいこ)の舞拍子、見渡すほどの平らかな稲原野に流れ。

 それにあわせて田楽を踊る姿が二つ。


 白い雪峰に蒼く稜線の際立つように、遠く霞める山より降り来る田の神の扮装をしているのは、なんと子どもほどもある舞々人形(まいまいにんぎょう)である。

 鼻高ながらそのおもては品の良い柔和な翁のものであるものの、胴より太い棒と巨大な木の珠二つ、股間にぶらさげた姿がなんとも珍妙である。

 背後についた操り手が、えいサえいサと声を張り上げるごとに、田の神がひょい、ひょいと上下に腰を振りたてる。

 そのたびぶらぶら躍り上がるものに、(はや)し田植の手を止めた畔土手上の早乙女たちが風に乱れる花野の風情。

 田植歌はいつしかどこへやら。きゃあきゃあと笑い崩れるその上に、桜の花が散りかかる。

 その前を。稲穂飾った御幣をかざす人は顔を白布(しらの)に隠した巫女姿。

 腰をこちらはくい、くいと。なんとも艶めかしく左右に揺り動かす。

 豊饒を祈る神事であるが、巫女追う田の神の剽げたしぐさには、辻に(つど)った淡墨(あはずみ)の者たちも一斉に腹をよじらせた。


 淡墨は合ふ住みの謂である。

 往来は人を留めずというが、山近に立つ十六夜(いざよい)は、日限の市以外にはただの街道辻にすぎぬ。

 どの邑にも近すぎるゆえ、どの邑にも属さぬがゆえに市として成り立っているのだ。

 かえりみすれば、この淡墨の里は、いつしか市に集まってきた人によってできた、市を成り立たせるがための里である。そこに寄る辺を見いだすは、陸の道を行くものばかりではない。

 三春滝河も滝失せて流れは緩み、ここは山陽、西海、南海の三道を往来する旅人のみならず河渡を往く舟も行き交うからこそ、人も物もはげしく往来する。

 雪融けの水かさは恐ろしいほどの勢いではせ下り。浅瀬どころか普段は舟の通る深みにも白兎の群れが跳ねているように波がしらしら立っている。

 河は南や北の邑々を眺めつつ、幾筋にも別れて蜘蛛手(くもで)に海へと向かい。

 川を下れば下るほど、低湿地はやがてじわりと豊かな潟をはらむ。


 川下からは海からは鰯や鰊の干物、鮭の塩漬け、塩物、海藻などの海産物に酒、塩、茅や荻の製品などが登り舟。これ以上河上にゆくなら、牛に曳かれることもある。

 川上からは米、木炭、(ぜんまい)などの干し山菜。木地師に漆かきなども下り舟ではやってくる。

 ここは山と川の接点であるのだ。


 山の流れは谷底でも滝が無い限り、よほどの深みにはならぬ。緒宇摩を出る前は、日陰の雪はすっぽりと山を覆ったままぎりぎりと谷へ庇を張り出していた。いまだ残雪は岩陰に残るのだろう。

 右近は川を飽かず眺めた。

 後ろを見やれば、青く翳める彼方の山々は雪帽子のままであるが、木の芽晴れのこの陽気には桜の蕾も結びかね。

 小楢(こなら)(くぬぎ)、ところどころに山桜がうち混じり、端近な里山を美しい萌葱と鶸色に染めている。

 四方(よも)より春風木々の花を誘い、(ひる)の街道辻は華やかであった。


 昔はその里の者がしのけた田楽も、今や田楽法師という道々の者の芸となる。

 並みの邑なら田植えの忙しさに物売りにかまう暇とてないが、田植えの祭りの賑わいに、一区切りつくと物売りどもの口上までもが(けん)を競うのが淡墨の祭りというもの。

 邑の者らは田植えの合間の飯すらも、(かし)ぐ手間を惜しんでか、物売りたちから買うという。

 十六夜とはまた別種の華やかさが匂い立つのは里そのものが豊かゆえなのだ。


 その豪勢な売り手の間を巡っていた轟天丸の肩に、不意に荒く手がかかった。

 ばっと足下をすくわれ、自ら前に受け身をとったところをごたごた積み上げた籠箱荷の物陰にぐるりと蹴り込まれる。これほど多くの物売りがいたのに、誰の目にも留まらぬすばやさだ。

 見上げた轟天丸を、険悪な顔の傀儡師(くぐつし)は、心配掛けやがってと景気よくどつきまわしにかかり、鉦太鼓の拍子を取る鳴方は、それはそれはおもしろそうに笑った。

「いでででで、手加減しろや雉丸」

「やかましや、おのれのせいで散々だ。ここまで来るのにいかい苦労もかけやがって」

 ぐりぐり拳でなで回されては顔が歪む、いや少し歪んだ方がちった男前が上がるだろうがとやりとりはとうにじゃれ合いに変わっていたが。

「仲間か、轟天丸」

 背後からの声にびく、と背中が跳ねた。


「ああ、緒宇摩(おうま)にも共に行った者どもだ」

 華衣(はなごろも)はとうに畳隠し、着古した(つるばみ)小袖に山行きの筒袴(つつばかま)、その上に毛皮の袖無しを羽織った右近の姿に雉丸も笙哉も首を傾げた。

「で、こちらさんは」

見慣れぬ者へと怪訝な顔でさぐりを入れたは先ほどまで踊っていた巫女か。曳牛の山吹のような知り合いかと思えば。

「右近と申す。おぬしらがようもひっかきまわしてくれた緒宇摩の邑長が娘じゃ」

皮肉混じりに名乗られて。観月の者どもは、げっと一斉に固まった。


直後、驚愕から立ち直った三人に、轟天丸はよってたかって締め上げられた。

 女のことで仕掛けを抜けるとは言われたが、まさかに緒宇摩の総領姫を、攫ってくるとは誰も思わぬ。聞いた時には三人とも目を剥いた。

 それもやや落ち着けば、轟天らしくもあるので納得いくのが恐ろしい。

 なれど、しかもこのようなところまでやつした姿で連れてくるなど、法外にもほどがある。


「どういうつもりだ、轟天よ?」

「それよか根津丸と茜はどうした。一緒じゃねえのか」

「話をそらすんじゃねえ」

「まぁまぁ雉丸も落ち着け。あいつらは高砂(たかさご)へ向かいやがった」

 なだめながらも笙哉の言うことにはさすがの轟天丸も驚いた。

「なんと、まぁ。えらいことを」

「笑い事じゃねえ。それよか轟天丸よ、おのれのこった、酔狂で何をやらかす気だよ」

「酔狂なのは俺じゃねえ。この姫さんの方だ。聞いて驚け、なんと観月の長に話があるとよ」

 手短に緒宇摩の追っ手から逃げ延びてみせろという賭の話を語って訊かせば、三人ともに顎の落ちそうな顔になる。

「……とんでもねえ姫さんだな」

「俺もそう思う」

「真顔でうなずくな。それでは我が手のつけられんじゃじゃ馬のようではないか」

「そのとおりじゃねえか」

 雉丸は頭を抱え込んだ。笙哉は思いっきり己が額を叩き、巫はしゃがみ込んでぶつぶつ言い出す始末。

 すでに頭を抱える段階を通り越している轟天丸としては、ただただ笑うしかなかった。

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