執事の日誌
私は第四王子であるリアム様の個人的なお屋敷の執事となりました、
ジュールと申します。
本日は、ほほえましい日常を少しばかり記しておこうと思います。
当家には現在、今代の神の愛し子と呼ばれる方が滞在されておいでです。
愛し子様はその時代にお一人だけ降臨され、その存在は瘴気を払い魔物を退け、
国に平和と繁栄をもたらすとされています。
今代の愛し子様は女性でしたので、王家より選ばれた後見人が我が主である第四王子のリアム様でした。
「だから!自由にさせて!ってなんべん言えば分かるんだぁぁ!」
今日も愛し子ナツ様はお元気でいらっしゃいますね。
リアム様と仲睦まじくされているようで何よりです。
天気がいいので、美しく整えられた庭でのお茶を提案したかいがあったというものです。
「ちょっ…ナツ様!落ち着いて!」
「止めないでリュカさん!もう我慢ならん、あの変態を一発殴らせろー!」
どうしたのでしょう?ナツ様の専属護衛騎士であるリュカ殿が慌てて、リアム様にじゃれ付こうとしているナツ様をお止めしているようです。
なにやら淑女らしからぬ言動があったように思いますが、わたくしもういい年なので気のせいでしょうな、
とても仲が良くほほえましいですね。
「せっかくナツからご褒美が貰えるかもしれないのに、邪魔するなよリュカ」
「は?ご褒美?!ホントその性癖どうにかならんの?」
「くそっ!この変態王子っ!蹴っても殴っても何しても全部ご褒美になってしまう!」
リアム様はナツ様のことが大切で仕方ないようで、それがナツ様には窮屈に感じるようです。
この屋敷にほぼ軟禁されているようなものなのでお気の毒ではありますが、
王族の方々の大切なお相手への執着の強さは、他国でも有名でございます。
これはもう耐えていただくしかありません。
そういえば、前回ナツ様とリアム様のじゃれあいの末、この一帯にそれぞれ設置してある
魔術陣が全て無効化されて使えなくなった事がありましたね。今回は大丈夫でしょうか?
「ナツ様は魔術を全部無効化してしまうんだぞ!こんな感情が高ぶったらまたコントロール出来ずに…ああっ言わんこっちゃない!」
「え?え?またやっっちゃった?リュカさん、ごめん!」
おや?屋敷を覆っていた魔術結界が消失したようですね。
リュカ殿が心配していた事が起こってしまったようです。
近くに控えていた従僕に目配せをして、屋敷の警戒レベルを上げるようにこっそりと指示を致しました。
後ほど結界を張りなおさねばなりませんね。
さらにもう一人の従僕に各所への連絡を指示しました。
「ああ、もう!どれだけ後始末が大変か、わかってるのか?この上級町一帯の各屋敷の守りの結界が消失するって事は、復旧まで騎士団が警備に駆り出されるってことなんだからな!?それに結界構築の為に宮廷魔術師達も不眠不休になるんだぞ!?」
「たかが防御結界が消失しただけで政敵に暗殺されるようなボンクラ共は、淘汰された方がいいんじゃないか?」
リアム様がさも当然の事を今更?といった顔で言い切っておられます。
その通りだと心の中で同意します。
「さすがは戦闘民族国家…リアムは見た目を裏切る脳筋よね…。そんな私は銭湯民族です。あえて行くスーパー銭湯とか大好きだったな~。」
「私はナツ様の仰っている事がほとんど理解できませんよ」
頭を抱えるリュカ殿、お気の毒です。
そういえば愛し子様は毎日お湯に浸かりたいとおっしゃっていましたね。
先日この国には温泉というものはないのかとも聞かれましたな。
「ナツからの平手の褒美も貰えないのに、リュカから叱られるだけなんて本当に理不尽だな」
「リアム王子、いい加減にしてくださいよ…」
「変態に何言っても無駄だから、気にしないほうがいいよ。っていうか結界壊しちゃってごめんなさい」
リアム様がとても残念そうなお顔をしておられます。
元々はリアム様の近衛でもあり、幼い頃よりの腹心でもあるリュカ殿の胃が近頃非常に心配です、
後で胃薬でも差し入れるとしましょう。
「くっそ、このドMの変態王子が…、それは置いといてとりあえずテオを呼びつけるか」
「テオ?ナツなんで兄を呼ぶんだ?」
リアム様の兄君である第三王子のテオ様のお名前が愛し子様の口から出た途端に、
リアム様がわずかに眉を寄せておられますが、愛し子様は気づかず続けられます。
「テオに無効化しちゃったこの一帯の屋敷の結界張る手伝いを頼もうと思って。テオどうせ魔術師団からの依頼でも無視してしまうから直接おねがいしようかなぁって…」
そういい終わる瞬間、愛し子様のすぐ近くに赤い魔力光の魔術陣が現れました。
「愛し子様!俺にお願いっていうから来たよ!さあ俺の胸に飛びこんでおいで!」
魔術陣から飛び出して来たのはやはりテオ王子でした。
愛し子様に抱きつこうとしておりますが、リアム様に物理で阻止されておいでです。
これもいつもの光景です、本当に皆様仲の良い方たちです。
「テオ!なに気軽に私のナツに触ろうとしているんですか、しかも屋敷に監視魔術仕込んでたな!?」
「何が、『私の』だ。減るもんじゃないのに相変わらず心狭いね、お前」
「監視魔術ってなに!?のぞきに盗聴なの?国一番の魔力何に使ってんだよ!ここの王子は変態しかいないの!?」
「テオ様、リアム様!ナツ様が危険なので、もっと向こうでやってくださいよ!!!」
リュカ殿がとっさにナツ様を庇って叫んでおられます。
少し離れて拓けた庭で、テオ王子とリアム様が久しぶりに会話(主に肉体言語での)を
楽しんでおられている所ですが、その間にお茶の準備が整えましょう。
ナツ様はきちんと安全圏であるテーブルにリュカ殿が誘導しており、
私の方を向いてニコニコしておられます。
「私、執事さんの入れてくれるお茶大好き、あの2人はしばらくいがみあってるから放っておこう」
お好きと言っていただけるとは、とても嬉しく思いますね。
「今日はナツ様がレシピを提供してくださったアップルパイをご用意しておりますよ」
無邪気なナツ様を見ると、とても心が安らぎます。
焼きたてのアップルパイを厨房から運んできたメイドから「侵入3、捕縛3」と小声で報告を受けました。
後で礼儀知らずな輩共に、お説教をしないといけないですね。楽しみ…ごほん、腕がなります。
と、少しばかりのトラブルはありましたが、愛し子様の「美味しいものを食べて幸せ」になるお顔を堪能することができました。
捕縛した賊はきちんとお仕置きをして、今晩にでも飼い主に躾け直しを進言する予定。
明日も愛し子様が健やかにお過ごしいただけるように励むとしましょう。