文房具少女 豆田夏奈
「これで4本目……」
鈴本静葉がジトーとした目で夏奈を見つめてぽつりとつぶやいた。
「へっ?」
夏奈は友人が言ったその言葉の意味が分からなかった。
「夏奈ちゃんが今学期に入って燃やしたチョークの本数……」
静葉がまたぽつりとつぶやくように答えた。
「そんなん数えなくていい!」
夏奈は先ほどの出来事を思い出し、顔が熱くなった。
「ごめん、ごめん……ちょっとからかっただけ……」
静葉はこれまたジトーとした目をしながら微笑んだ。
「ム~、さっきのこと蒸し返さないでよ、恥ずかしかったんだから」
別に静葉のジト目に他意はない。もともとこういう目つきなだけである。友人同士のじゃれあいとしてからかっただけで別に悪意はないだろう。夏奈もそれはわかっていたので軽く流した。
「まあ夏奈の能力が不安定なのは今に始まった事じゃないけどさ。それより明日のテストよ、ヤバイよ、アタシ。まだ何もやってないもん。」
そう静葉の隣でぼやくのは短めの髪をツインテールにしている夏奈より少し座高が低い丸顔の少女は、星川いのりだ。
夏奈、いのり、静葉は三人で机をくっつけランチタイムの談笑を楽しんでいた。
鈴本静葉、星川いのりは能力者ではなく普通の人間である。そもそも3、4年に一人か二人程度能力者が入学してくるが大鈴中学校はただの公立中学校である。実際現在の在校生で能力者なのは豆田夏奈だけだ。最近、能力者専用の学校がようやく増え始めた。とはいえ、土地の問題や経営方針がなかなか定まらないなどの理由からなかなか浸透せず95パーセント以上の能力者が今なお普通の人間と同じ学校に通っているのが実情である。
「そうね……特に最近の数学は難しいもんね。明日のテストすごく不安……」
静葉がいのりの言葉にポツリと反応した。
「またそういうこと言って! シズ、あなた前の期末全部80点超えてたじゃない!」
夏奈はふざけんなという意味を込め反論する。
「そうだ、そうだ。こういうこと言う奴に限って成績いいのよ!」いのりもそれに賛同した。
「いや…社会79だったよ、確か……」
「大差ないわ!! このバ……秀才め!」いのりは静葉を指差しながら反論?した。
「え、褒めてくれるの? いのちゃんツンデレ……?」
静葉は少し嬉しそうに言った。
「いや……バカって言おうと思ったんだけど、静葉がバカだったらアタシら犬のフンになるなぁって……」
「ちょっと待て、私を巻き込むな。私、多分あなたよりは頭いいわよ?」
「上等、なら今度のテスト勝負よ! 負けた方は罰ゲームね。さてとそうと決まれば、早速課題を終わらせなきゃね。そういや範囲どこだっけ?」
「あなた、その状況でよく勝負しようとおもったわね……。80から108ページまでよ。」
夏奈はいのりに呆れつつ教えてやる。
「えっ?じゃあ夏奈ちゃん108ページまでしかやってないの?」
静葉はその夏奈の言葉に驚いたように反応した。
「までしかもクソも108ページまでだし。」
「……範囲表見てごらん……118ページまでだから」
「えっ、嘘……」
そう言われた夏奈は範囲表を見て青ざめた表情になった。
こうしてランチタイムは過ぎていった。
「ただいまぁ」
夕方帰宅した夏奈はいつものようにそう言った。
「おう、帰ってきたか。夏奈」
リビングでテレビを見ながら片手間に夏奈を出迎えたのは母方の祖父の春川歳三だ。
「明日テストだからちょっと夕飯の準備おそくしていい?」
「そういうことならコンビニでなんか買って勝手に食っとく」
「……いいけど、お酒買い過ぎないでよね」
「わかった、わかった。気ィ付けるよ」
釘をさす夏奈に歳三が面倒くさそうに返し、財布を手に持ち外へ出かけていった。
(どうしよう……あと10ページか……)
夏奈は今日の昼判明した自らの勘違いに対する対処法を考えながら自分の部屋のベッドに寝転がっていた。
(うーん、普通にやっても一晩で終わる量じゃないし……、今回の範囲難しいから、まともにやったら、確実に暴発するよなぁ……、机が穴だらけになるかもしれないし……、明日持っていく消しゴムがなくなったりするのもやだなぁ……。しょうがない、答え写すか……。)
そう決めた夏奈は、重い腰を上げ机に向かうと机の上に何やら書き置きがあるのを見つけた。
(お姉ちゃんからだ)
〈夏奈へ
お姉ちゃん、11月1日ちょっと帰れそうにありません。
あなたの誕生日なのに祝ってあげられなくてごめんね。
一歩〉
「また……誰も祝ってくれないのか……」
夏奈はポツリと呟いた。
夏奈には両親はいない。現在は姉の一歩と祖父の歳三と三人暮らしだ。
父は夏奈が1歳のとき、友人と行ったスキー旅行で雪崩に巻き込まれ行方不明。母は夏奈が9歳だったときに交通事故で死んでしまった。
姉の一歩は高校を卒業してすぐ働き始めたが、仕事ひとつでは稼ぎが足りず、アルバイトを二つ掛け持ちしているため、帰りが遅くなることが多かった。
祖父の歳三は、誕生日という日を祝うという概念がない。要するに、誕生日?んなもん普通の日と何が違うんだという考えの持ち主なのだ。夏奈の母が子供の頃から一貫しており今更変わるものでもないだろう。
夏奈の友人たちは、皆何らかの文化部に入っている。大鈴中学校の文化祭は11月の中旬にある。11月1日はその2週間前といったところだ。この時期、彼ら、彼女らは凄まじく忙しいため、他人の誕生日など祝ってなどいられないのだ。
皆、様々な理由があることくらいは夏奈も分かっているつもりだ。
「…………勉強しよ…………」
明日はテストであり課題も終わっていないのでそんなこと考えている場合ではない。夏奈は机に向かい問題集を開いた。