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共に歩むもの6*

******



 『世界機構』が不文律で運用している暗黙の規約がある。


 すべての国家元首は告発・拘束しない、というもの。


 逆に言えば、国家元首でさえあれば『世界機構』の告発と拘束を免れることができる。


 それならば……私が取れる手立て、持てる武器は、これしかなかった。




 トゥリンクスに、ホルバンからの言伝としてこのことを聞いたとき、漆黒の闇の中に投げ出されたような気持ちになった。


 婚姻関係を結ばない間柄でいるしかないと、彼に話したばかりなのに。

 彼も私の考えを認めてくれて、私を『わが女王陛下』と呼んでくれたのに。


 その彼を救う手立てがこれだなんて。

 彼が聞いたらどう思うだろう。


 この手立てを使ったからといって、本当にあの人を助けられるとは限らない。

 そのうえ、フォーハヴァイの前国王マレイ・アス氏やペトロルチカ、『世界機構』の武闘派の勢力を削げるかどうかも心配だし、後世の人々への影響の大きさも考えると不安でならない。


 だけど、国家元首としてこんな考えをしてはいけないとわかっていても、どうしても止められない思いがあった。


 私にとって一番怖いのは、あの人が私の判断をどう思うかということだった。


 私なんかが、あの人を勝手に配偶者にして、勝手に国王の地位に就けて、勝手に共同統治の権利を授けて、いいはずがないのに。

 重臣たちやキアラさん、クラウス皇帝の前で偉そうに宣言しても、その思いは少しも消えないばかりか、どんどん膨らんでいた。やっぱり私には一国の君主でいる資格なんてない。


 それでも……取り消すことはできない。この決断は、彼のいない今しなくてはいけないことだった。


 彼とこの国の国民みんなを守るためには……


 この気持ちを閉じるしかない、今は。




 クラウス皇帝が息を飲んだ音が聞こえた気がした。


 息を飲む音なんて、そうそう本人以外に届かないと思う。

 だから、私が勝手に聞こえたと思い込んだだけなのだろうけど、そのくらい、部屋の緊迫度が増したように感じた。


 私の心の糸はもう張り詰めすぎて切れる寸前だったけど、たった今口にしたことを現実にするなら、糸を切らせている暇はなかった。切れそうなところを結ぶなりなんなりして、どうにか持ちこたえなくてはいけない。


 ここからが本当の勝負だった。

 あの人だけでなく、センチュリア国民のみんな、世界中の人々、そして未来の人たちを守るための。


「……アレク、私はね、正直あなたがこの策を採るとは思っていなかったんだ」


 時間にすればほんのわずかだろうけど、私にはとても長く思えた沈黙が破られた。

 今日ほど会話をしていない時間が長く感じたことはない。



「それはなぜですか」

「あなたはフリッツの言うことを、是が非でも守ると考えていたからだよ」


 クラウス皇帝の声は相変わらず重く沈んだものだった。

 もしかすると、自分が誤った選択をしてしまったのかと不安になるほどに。


 ローフェンディアのご威光におすがりするように頼まないといけなかったの? クラウス皇帝に頭を下げて、協力をお願いした方がよかったの? そんなことまで頭に浮かんでしまうくらいだった。

 だとしても、今回卑屈なことは決してできない。


 というか、私が何があってもユートレクトの言ったことを守るって……どうしてクラウス皇帝はそう考えたんだろう。もしかして彼とそこまで話したの?


 こんなことばかり頭に浮かんできて、どうお答えしていいか言葉を選ぶのに集中できないでいると、


「つまり、率直に言うと、私はあなたをかなり過小評価していたということだ」


 クラウス皇帝は、そうおっしゃると私に向かって頭を下げた。

 慌てて、どうか頭をお上げくださいと懇願した。


 やがて頭を上げてくださったクラウス皇帝は、私が見たことのない種類の笑みを浮かべていらした。

 重々しい中にも、いたずら好きの少年が見せるわんぱくさの混じった笑顔だった。

 厚かましい想像だけど、信頼する重臣に思いついた名案を語られるときは、こんな顔でお話されるのかもしれないと思わせる、純粋な色が見えた。


「あなたが先ほど言っていた、司法大臣に検討させている特例法は、あいつを共同統治者にしても、後世よからぬことが起こらないようにするためのものだろう?」

「はい」

「それは後から発布するとしてもだ、あいつを配偶者、国王にするための法的手段はどうなる……つまり、最短何日であいつはあなたの夫かつ共同統治者になれる?」

「わが国では国王……つまり私が宣言し、『センチュリア最高貴族選定結晶会議』という王族と貴族の会議で承認が得られれば、その時点で法的には配偶者となります。共同統治についても、この会議で承認されれば認められます」

「つまり、最速なら明日には可能だと」

「はい」

「恐ろしい速さだな。羨ましいよ。私がリースルを皇太子妃にするのに何年かかったと思う? 三年だよ、信じられないだろう?」


 クラウス皇帝はそうおっしゃって笑ったけど、センチュリアは小国で、たまたま今まで怪しい女性が王妃に選ばれなかったから、昔からのやり方でできているだけだと思う。

 ローフェンディアほど国が大きくてお妃候補も多かったら、選んで翌日に王妃として承認! というわけにはいかないだろう。


 当時のクラウス皇帝とリースルさまのもどかしいお気持ちはよくわかる。さぞかし面倒な会議みたいなものがたくさんあったんだろう。

 リースルさまは貴族出身といっても、お父上は爵位の低い子爵だと資料で見た。

 爵位の低さはローフェンディア皇家との繋がりが低いことも表す。ローフェンディア皇家に縁遠い貴族の娘が皇太子妃になるなんて、有力な貴族たちが全力で止めただろうというのは私でもわかるし、リースルさまも相当なご苦労があったと思う。


 そのあいだあの人は、軍隊で死ととなり合わせの生活を送っていたんだ……


「しかしねアレク。私は法律の専門家ではないから確かなことは言えないが、一つ気になる点があってね」


 大切な人の異母兄の台詞に、いやな予感がして頬がこわばった。

 トゥリンクスからこの案を聞いたときにも、釘を刺されていることがあった。

 私が不安に思っているのと同じことを、クラウス皇帝も懸念しているのかもしれない。


「それはなんでしょう」

「仮に明日、二人の婚姻関係が正式に認められたとしても、通達が出されたのはそれよりも前だ。

 通達を出される以前に二人が婚姻関係にあり、フリッツが国王となっていたなら、確実に『世界機構』のあれが適応されるが、通達の後となると適応されるかどうか」


 そう。

 クラウス皇帝が『あれ』とおっしゃったのは、『世界機構』の不文律……『国家元首であれば告発・拘束されることはない』のこと。

 トゥリンクスに釘を刺されたのもこのことだったし、私もクラウス皇帝と同じように思っている。

 だけど、取れる策がこれ以外にないのなら、やってみるしかないだろう。


「私もその可能性は高いと考えていました。ですが、私にこの策を勧められたということは、やはりこれしか彼を救う方法がないということですよね」

「その通りだ。他に抜け道……というとよからぬことをしているようだが、『世界機構』の規約の穴がないか、ピアスカ司法官が躍起になって調査しているそうだね。ネフレタ教授に言わせると無駄な努力らしいが」


 キアラさんが山盛りの資料に埋もれながら調べているところに、ネフレタ教授はちょうど訪れたんだろう。

 無駄な努力と言われても手を止めないキアラさんの執念に、敬意を表したい。本当なら、他の手立てが見つかればそれが一番いいのだから。


「ネフレタ教授もそのようにお考えなのですか」

「そうだ。今頃、文句を言いながらピアスカ司法官を手伝っているだろう。

 ピアスカ司法官の調査の段取りがまどろっこしすぎてたまらん、と言っていたからね。なんだかんだ言いながら優しい人だよ」

「そうですね、お二人とも本当にありがたいです」


 ネフレタ教授がユートレクトやキアラさんに恐れられている理由が、いまだにわからない。

 人見知りだけどお優しいし、見た目も愛嬌のあるおじさんって感じの方なのに。ご自分の生徒にはものすごく厳しいのかしら。


 それにしても。


 改めて思うのだけど、クラウス皇帝はどうしてネフレタ教授をこの行幸に連れて来られたのだろう。


 思い上がったというか、うぬぼれた考え方をすると、やっぱり最初からユートレクトを助けてくれるおつもりで連れていらしたのかと考えてしまう。

 でも、それなら先ほど『私がこの策を取るとは思っていなかった』なんておっしゃらなかったと思うのだけど。


 それでも……もしもの時のために、ネフレタ教授を同伴されたのかしら。


 もしかしたら、私が最後まであの策を取ると言わなかったら、強引にでも使わせるおつもりだったのかもしれない。

 他国の国家元首に高圧的なことをなさる方ではないと思うのだけど、クラウス皇帝も世界最大国家の元首。本気で国内の足固めをされたいみたいだし、自分の国のためにならセンチュリアを……すごく悪い言い方をすると、だしに使うことだってありえる。


 外交って本当に難しいし、それに怖い。

 今回は今のところ、たまたまうまくいっているにすぎないと、つくづく思う。


 たまたまクラウス皇帝が私に厚意を向けてくださって、たまたま私とユートレクトが心を通じ合わせている関係で、たまたまセンチュリアが君主制かつ永世中立国だったから、こんな手段が使えるだけで。


 この策がまだうまくいくと決まったわけではないけど、うまくいったとしても、決して私の成果じゃない。このことは死ぬまで心に刻んでおこう。


 それに、たとえうまくいったとしても、未来の人々がどう評価するかはわからない。それを考えると、また胃がねじれるように痛んできた。


 部屋の外が騒がしくなってきた。


 クラウス皇帝もそう思われたのか、外の様子を伺っているような顔をされた。

 ほどなく扉を叩く音がした。

 誰何の声をかけると、侍従が扉の隙間から顔を出して、至急私たちと話をしたいと言っている人たちの名前を告げた。その人たちはまさに私たちが話題にしていた人々だった。


「陛下、お騒がせしてまことに申し訳ありません! 例の件ですが」


 侍従が扉を更に開けようとした途端、ネフレタ教授とキアラさんが部屋の中へなだれ込むように入ってきた。


「なんだい二人とも、少し落ち着いたらどうだ」


 クラウス皇帝は臣下の前では完璧な主君でいらっしゃるようだった。

 この穏やかなご様子からは、大人方面の話が大好きだとはとても想像できない。


「落ち着いてはおられません。至急女王陛下に、直接ご確認したいことがございます」

「なんでしょうか」


 額の汗を拭いながらまくしたてるネフレタ教授の横で、キアラさんはしおらしいというか、なんとなく悲しげな表情をしていた。


「女王陛下、彼と……貴国の宰相閣下と、既に婚姻関係を結んでいるというのは、まことですか!?」


 あんたか、余計なことを言ったのは。


 私は思わずあからさまにキアラさんへ強い視線を向けてしまった。睨みつけたともいう。


「ピアスカ司法官」


 キアラさんがこんな怯えた顔をしたのを初めて見た。

 クラウス皇帝とネフレタ教授の前だから、しおらしくしているだけだと思う。絶対に私の顔と声が怖いからじゃない。


「私じゃない……ではありません! 教授には先ほど初めてお目にかかったのです! そのときには既に教授はご存知で」


 ということは誰が……


「ネフレタ教授、先走ってはいけないよ。私はあくまで可能性を言っただけだからね」


 あなたですか、クラウス皇帝。


 私、この指輪が誰からもらったものか、一言も申し上げていませんけど。

 仮に、もしも、万が一、別の人からもらったものだったら、どうするおつもりだったんですか。

 ごめんなさいキアラさん、ちょっとでも疑ってしまって。


「そんな! 陛下、憶測でおっしゃってもらっては困りますよ! とても重大なことなのですよ!?」


 ネフレタ教授のおっしゃるとおりです。


「で、女王陛下、いかがなのでしょう、真実のところは。

 恐れながら、例の通達の話はすべて皇帝陛下から伺っております。私で協力できることがありましたら、何でも致しますゆえ、お教え願えないでしょうか」


 爽やかな笑顔でごまかすクラウス皇帝をよそに、ネフレタ教授は私に向き直った。

 ネフレタ教授が今回の行幸に同行された目的は聞いていないけど、この件が一番大きな理由の一つには違いなさそうだった。


 あの通達に対抗できるということは、『世界機構』の武闘派だけでなく、フォーハヴァイのマレイ・アス氏やペトロルチカの勢力も削ぎにかかれることになる。

 この件がローフェンディアにとっても重要な武器になることを、ネフレタ教授もご存知なんだろう。


「これ、キアラ、おぬしも頭を下げぬか」


 師匠に小突かれたキアラさんは、それはもう目も当てられないほどの……この世の不幸と災厄を煮詰めたものを塗りたくった顔になっていた。

 それでも、ローフェンディア臣民であるキアラさんにしたら、皇帝陛下(と師匠)の権威の前にはひれ伏すしかないのか、黙って頭を下げた。悔しいだろうけど、ネフレタ教授のおっしゃったとおり、他の手立てが見つからなかったのだろう。


 私はユートレクトから母上の形見である指輪を預かったこと、そして彼がこの指に指輪を嵌めてくれたことを三人の前で認めた。


 ネフレタ教授は、まじめな表情に戻ったクラウス皇帝と、『世界の終わり』という名前の泥パックを塗った顔色のキアラさんを等しく視界に収めてから、もう一度私に問うた。


「それはいつのことですか」

「先週の土曜日のことです」

「それを証明できる人はいらっしゃいますか」

「他に誰もいませんでしたから、おりません」

「そうですか……」


 雲行きのよくなさそうな声音に、クラウス皇帝と先ほど話したことを思い出した。

 やはり、通達の発令より前に婚姻関係を結んでいなければいけなかったんだろうか。


「度々立ち入ったことをお聞きして申し訳ないのですが、お二人の交際はいつから始まったのですか」


 私は今更何を聞かれても平気だったけど、キアラさんのことが心配だった。

 先ほどまでは、冗談混じりに例えられた顔色は、深刻に悪くなっていた。青白いというより土色に近くなった顔には、感情すらなくなっていた。


 とはいっても、今の状況では言葉を濁した返答はしていられなかった。

 望みは薄そうだけど、ネフレタ教授が私の発言から有益なことを見つけてくれるかもしれない。

 それでも、キアラさんを傷つける言葉はできるだけ使いたくなかったから、乏しい語彙の引き出しを懸命に漁って自分なりに言葉を並び合わせた。


「交際していると言える間柄になったのは、ごく最近です」

「ですが、普通なら交際もなくいきなり求婚……もしくはそれに近い行為は、大変失礼ながらあまりないでしょう。交際という形でなくとも、お互いを異性として意識するご関係になられた時があると存じますが、そのような期間もございませんか」

「私が思うには、昨年の十月、そのようなきっかけとなる出来事がありましたが、彼は違うように考えているかもしれません」


 昨年の十月……『世界会議』六日目の夜のことは一生忘れないだろう。

 今になって考えれば、からかうのが目的で自分の腕の内に異性を収める人ではない。

 だから、あの時が私と彼の転機だと言っていいと思うのだけど、彼に確かめてはいないので、違うことをきっかけだと考えているかもしれない。


「十月ですか」


 ネフレタ教授の声色が少し明るくなった気がした。

 十月……この頃には、まさかこんなことが自分の身に起きるなんて、思いもしなかった。『世界機構』からとんでもない通達が来るなんて。

 アンウォーゼル捜査官から通達をもらったのは先月だけど、通達が発令されたのは昨年の十一月だった。


「ということは、お二人が異性として意識を持たれたのは、例の通達が発令されるよりも前ということになりますな」

「そうか、ということは、アレクたちの婚姻を促したきっかけは、通達の発令より前からあったと主張できるな。

 二人の関係が、通達の発令以前からのものであったと裏付けできる要素は、少しでもあった方がいい」


 自分のごく私的なことを、世界最大の国の中枢にいる人たちに目の前で語られるのは、恥ずかしくてどんな顔をすればいいかわからなくなる。

 キアラさんの様子も気になった。全く感情のない顔からは一層血の気が引いていた。


「……遺誡いかいとか」


 そんなキアラさんの口から、縁起でもない言葉が発せられたから、また全身から汗が吹き出した。

 キアラさんが今にもどこか別のところへ行ってしまいそうで。


「なんだとキアラ、今なんと申した?」

「遺誡がどうしたって?」


 ネフレタ教授とクラウス皇帝の問いかけに、キアラさんは唇をぎゅっと噛み締めた。

 次の瞬間、私と畏敬の対象である二人の男性を決然とした眼差しで見据えると、お腹の底から出したような大きな声を張り上げた。


「恐れながら申し上げます!

 お二人の関係を裏付ける、確たる証拠のようなものということでしたら、遺誡を探してはどうでしょうか!

 宰相閣下は何事にも周到なお人柄であると承知しております。

 女王……陛下に、多大なる信頼を置かれていたのでしたら、ご自分の身に何かあった時のために、遺誡を用意しておられるのではないでしょうか。

 もしかすると、そちらに女王陛下のことなども、書かれておいでかもしれません!」




 そこからは、時間が矢のように過ぎていった。


 ユートレクトの遺誡は私が預かっていた。

 彼のお母上は亡くなっており、父上……ローフェンディアの上皇陛下やクラウス皇帝に託すもの大げさだといって、無理やり持たされていた。


 急いで私室に戻ると、鍵をかけている引き出しから白い封筒を取り出した。

 これが彼の遺誡だ。蝋で厳重に封印されている。

 私の遺誡は添削してもらっていたものの、彼の遺誡の内容は知らなかった。


 すぐに国賓室に戻ると、クラウス皇帝に遺誡をお渡ししようとしたのだけど、あなたが最初に目を通すべきだよと言われて、震える手で封を解いた。


 中には白い便箋が一枚入っていただけだった。




『私亡き後、すべての財産等私の所有物は、フェアラスルインたる第四十五代センチュリア国王アレクセーリナ・セシーリエ・タウリーズ陛下に託す。


 世界暦一四七六年十月二十五日

 フリッツ・ユートレクト・ローフェンディア』




 その数行を目にした途端、また重いものがこみ上げてきて、読み上げようとしたのだけど、声が出せなくて口元を手で押さえた。クラウス皇帝が手を差し出してくださったので、遺誡をお渡しした。


 クラウス皇帝がユートレクトの遺誡を読み上げてくださると、ネフレタ教授とキアラさんの表情が変わった。世界最強の皇帝は不敵な笑みを浮かべたのち、遺誡を丁寧に折り畳んで私に返してくださった。


「あいつはずっと私に嘘をついていたわけだ。まあ、とうの昔にばれているけれどね」


 ネフレタ教授も嬉しそうに、


「女王陛下、こちらを拝見しますと、女王陛下と宰相閣下の見解はほぼ同じということになります」


 と言われたのだけど、私には意味がわからなかった。


 確かに、この遺誡には、私の名前が出てきてすべてを託すと書かれているけど、それがどうして、私と彼がお互いを異性として見るようになった時期が一致する、と言えるんだろう。

 どこにもそんなことは書かれていないのに。

 日付は昨年の『世界会議』最終日……帝国学士院の鐘楼であの出来事があった翌日になっているけど。


「恐れ入ります、ネフレタ教授。おっしゃることがわかりかねるのですが……なぜこの文面で、私と彼の考えが同じだと言えるのでしょう。ここには、私に対する彼の私心は一切書かれていないように思えるのですが」


 私がまだ言い終えるか終えないかのうちだった。


「女王陛下、フェアラスルインの意味をご存知ないのですか?」


 キアラさんが言葉遣いだけは丁寧に私に尋ねてきた。

 顔色が少し戻っているように見えて安心したのだけど、切れ長の目はどう見ても明らかに私を睨みつけていた。


「はい」


 余計なことを口にしたら、キアラさんの感情を逆撫でしそうな気がして、短く返答した。


 そういえば、私の遺誡にもフェアラスルインという単語を書かされたのを思い出した。

 これは一体どういう意味の言葉なんだろう。ローフェンディアの法律用語か何かかしら。


 キアラさんは一呼吸置くように深呼吸した。クラウス皇帝とネフレタ教授がここにいなかったら、この深呼吸の代わりに、深い深いため息をついていたに違いないような息遣いだった。


 キアラさんが、先ほど以上の絶叫に近い大音量でのたまったのは、


「……フェアラスルインとは、ローフェンディアの古い言葉で、『共に歩むもの』という意味を持つ言葉です!

 法律界では、対等の立場、同盟者という解釈もされていることから、婚姻関係を表す言葉としても使われているものです!」

2019.12.19.遺誡の年を訂正しました。

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