共に歩むもの2
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いきなり真正面から切り込まれるとは思わなかったので、心臓が止まりそうなほど驚いた。だけど、回りくどく聞かれるよりこういう方がいい。
「はい」
「あと二週間でフリッツは強制連行される。いや、正確に言えば、『世界機構』がフリッツを強制的に拘束できる権利が発生する……だったかな?」
「ええ」
そこまで詳しい内容をご存知だとは思わなかった。
「この通達の発令者はレイモンド・カーヤル。『世界機構』で武闘派と言われている人物だ。
フリッツがペトロルチカと結託してあなたへのクーデターを企み、『人権議定書』に違反していると因縁をつけてきた」
「おっしゃる通りです」
ちょっと待って、どこまでご存知なの?
ここまで細かい通達の内容を知ろうとしたら、武闘派にスパイを入れていなかったら無理だと思う。
とはいうものの、『さすがローフェンディア帝国ですね! どれだけの工作員を潜入させてるんですか?』と聞くわけにもいかないので、
「『世界機構』の内情にとてもお詳しいんですね」
こう申し上げるに留めておくとクラウス皇帝は、
「私はなんでも知っているんだよ」
さらっと怖いことをおっしゃってから、
「そもそもマレイ・アスが、リースルの暗殺を企てなければよかったんだ。
あのような愚行をするから、退位に追い込まれたのだからね。自分が悪いんじゃないか。まったく逆恨みも甚だしいよ」
優雅な仕草でティーカップを手にされたけど、どうしてここで、マレイ・アス……フォーハヴァイ王国の前の国王と、リースルさま暗殺の話が出てきたんだろう。
「恐れながら」
「なんだい?」
「フォーハヴァイの前国王とリースルさまの暗殺計画が、わが国に出されたあの通達と、どのような関係があるのでしょうか」
通達のことでは、まだわからないことがあった。
クラウス皇帝は私が疑問に思っていることも、既にご存知なんだろうか。
これは聞いてもいい気がする。聞けそうなことは遠慮なく教えてもらおう。
「というと?」
「通達を出したカーヤル氏は武闘派……つまり、フォーハヴァイの前国王の息のかかった人物だということは存じています。ということは、あの通達はフォーハヴァイ前国王の指示で出されたのでしょうか」
「そうだよ」
当然、という口調でクラウス皇帝はおっしゃったけど、
「ですが、そうだとしたら疑問があるのです。
なぜペトロルチカはあの通達を認めたのでしょうか。
自分たちの仇ともいえるセンチュリアの宰相と結託しているなどと書かれていては、彼らもいい気はしないと思うのですが」
私がひそかに気になっていたのはこの点だった。
フォーハヴァイが……じゃなくて、フォーハヴァイの前国王がペトロルチカを援助しているのは、公然の秘密だった。
そういう関係にあるペトロルチカが、ユートレクトと結託しているだなんて、嘘でも通達に書かせると思う?
ペトロルチカにとってセンチュリア……というか私は、恐れ多くも代表者(の替え玉だけど)を殴打して、命を奪う原因を作った元凶とも言える存在のはず。
そんな許しがたい敵である元首が治める国の宰相と、自分たちが手を結んでいるなんて書かれたら、たとえ憎い私を陥れるためでもいやだと思うんだけど……
だから、ペトロルチカや『世界機構』の武闘派、そしてその背後にいるはずのフォーハヴァイ前国王の意図が、いまひとつよく見えずにいた。
この人たちが通達の黒幕である確率は高いけど、何をどう考えてあの通達を出したのかがわからなかった。
私の問いに、世界最高の権力を持つ皇帝陛下は、それはそうだね、とおっしゃると、私にバスケットの中のチョコレートを手渡してくださった。
お礼を言って受け取ると、ご自分もクッキーを手にされた。
「ペトロルチカには『世界機構』の通達の中身にまで関与できる力はない。
そもそも『世界機構』に加盟すらしていないしね。通達が出されたことも知らないと思うよ」
「……そうなんですか?」
言われてみれば、ペトロルチカは『世界会議』に呼ばれてはいたけど、国際的には国家として認められていない、反社会的組織だ。
だからもちろん『世界機構』にも加盟していない……というか、加盟を認められていない。
そんな組織だから『世界機構』に潜り込む術もないし、フォーハヴァイから情報をもらわない限りは、センチュリアにあんな通達が出されたことを知る手段もない、ということね。
「ペトロルチカは利用されたんだよ。マレイ・アスが自分に追求が及ばないようにするためにね。
つまり、カーヤルはただの操り人形で、ペトロルチカは単なる駒の一つにすぎないということさ。卑怯なマレイ・アスのね」
ペトロルチカはフォーハヴァイと対等……とまではいかなくても、もう少し強い立場なんじゃないかと思っていた。ものすごい武装しているイメージだし。
とはいうものの、どうやらあの通達は、フォーハヴァイの前国王の考え一つで出されたものらしい。
なんだか、いいように使われてる感満載なペトロルチカが、少し……ほんのちょっとだけど気の毒に思えた。(武闘派のカーヤル氏は、自分から進んで前国王に使われてるんだろうから、同情の余地なし)
ユートレクトはここまでの情報を掴んでいたのかしら。もう少しで黒幕がわかる、と言っていたけど……
そういえばキアラさんは、武闘派はこの通達を出すにあたって、ペトロルチカが武闘派に軍事力を貸すことを条件にした、みたいなことを言っていたけど、クラウス皇帝のおっしゃることが正しければ、キアラさんが持っている情報は間違っていることになる。ペトロルチカは通達に全然関係してない、とおっしゃっているんだから。
もしかすると、『世界機構』上層部でもかなりいろいろな話が飛び交っていて、その中には間違った情報も紛れているのかもしれない。
キアラさん……というか穏健派のお偉いさんとクラウス皇帝の諜報員、どちらを信頼するかと言われたら、申し訳ないけど今のところは、クラウス皇帝の諜報員さんを信頼する。
それにしても、クラウス皇帝のおっしゃることが本当なら、フォーハヴァイ前国王のやり方には腹が立つ。
私を……センチュリアを困らせるなら、わざわざ『世界機構』とペトロルチカを使って、ユートレクトを悪者にしなくても、嘘でもなんでもいいから、私の悪い噂を立てればいいのに。A国にしたみたいに工作員とか使えばよかったんだわ。
この考えをクラウス皇帝に述べると、世界最強の皇帝陛下は強く同意してくださった。
「アレクには悪いが、確かにそうだね。だがマレイ・アスはそうしなかった。なぜだと思う?」
「……わかりません」
「あの通達は、マレイ・アスの私怨と逆恨みで出されたものだからだよ」
私怨と……逆恨み?
さっきもクラウス皇帝は『逆恨みも甚だしい』とおっしゃっていたけど、よくわからない。でも私怨は……
マレイ・アス氏(この人に氏なんてつけたくないけど、フォーハヴァイ前国王って呼ぶのもいい加減面倒だし、乙女の情けでつけといてあげるわ)から恨みを買った覚えは……あれしかない。
昨年の『世界会議』五日目。
会議が開かれる大広間で自分の席に座っていたら、マレイ・アス氏が私に話しかけてきた。
見え透いたお世辞を言ってきて気味悪かったし、ユートレクトのことを悪く言うものだから、かちんときて、きつく言い返したんだっけ。
でも……それ?
それで、こんなことまでされなくちゃなんないわけ?
それならペトロルチカから恨まれる理由の方が、まだ納得できる。
申し訳ないなんて思わないし、この際はっきり言っていいかしら。
おっさん、肝っ玉ちっこすぎるでしょ。
……だめだ、いくらなんでも、これはクラウス皇帝に言っちゃいけない。でも言いたい、すごく言いたい。
「私はマレイ・アス前国王とは一度しかお話したことがないのですが、そのとき、少々出すぎたことを申し上げました。それで恨みを買ってしまったのかもしれません」
というわけで、まんじゅうの薄皮を八十七枚くらいかぶせて申し上げると、クラウス皇帝はなぜか大笑いされた。
「違う違う、アレクじゃないよ」
私じゃない……どういうこと?
「と、おっしゃいますと」
「アレクが言っているのは、去年の『世界会議』の五日目……くらいだったかな、私と別室で朝食を摂った後のことだろう? 大層堂々とマレイ・アスに啖呵を切ったそうだね」
「お恥ずかしいです」
あの騒ぎがクラウス皇帝にまで知られていたのかと思うと、頭でパンが焼けそうなほど恥ずかしくなった。
でも、そうなると、マレイ・アス氏の私怨って誰に向けてのものかしら……と思っていたら、
「その後だよ、アレクが啖呵を切った後、どうなったかな」
クラウス皇帝はヒントをくださったので、考え込むまでもなくわかった。
「ユートレクトですか」
私の確認めいた問いかけに、クラウス皇帝はそう、とおっしゃると紅茶を一口飲まれた。
あのとき……私がマレイ・アス氏に啖呵を切った後、ユートレクトが来てくれて……忘れもしなかった。
彼はあの公衆の面前で、自分にマレイ・アス氏のスパイがつけられていたことを暴露した。
だからあのおっさんは面目を潰されたと思って……それで、ユートレクトを攻撃対象にしたっていうの、通達で?
にしたって、肝っ玉小さいわよね。
あの翌日、ローフェンディアの衛兵さんたちに連行されていったときだって、ユートレクトに向かってひどい悪態ついてたくせに。あれで満足してなかったのね。
「フリッツとマレイ・アスのいさかいは、あれに始まったことではないんだ。昔からでね。ライムントを覚えているかな」
えーと、ライムントさん。どちらさまだったかしら。
「申し訳ありません、今少々頭から出てこなくて……」
あまりに覚えてなくて変な謝り方になってしまったけど、クラウス皇帝は笑って許してくださった。本当に心の広い方でよかった。
「思い出したくもないだろうね。私の弟の元第三皇子で、あなたの誘拐を指示した男だよ」
そういえばいたわね、そんな人が。
昨年の『世界会議』のとき、その人の指図で私、暗殺者集団の皆さんに誘拐されたんだったわ。
直接会った時間が長くなかったから忘れかけていたけど、あれは覚えてるムチプレイ。
自分が雇った暗殺者たちに、八つ当たりで棘のついた鞭を何度もふるっていた。
その後、この私を誘拐した暗殺者さんたちは、リースルさま暗殺の実行犯を教えてくれたということで、私を襲った罪を許されて、今ではユートレクトの部下になっている。
「思い出しました、失礼致しました」
改めてクラウス皇帝に記憶力の悪さをお詫びすると、
「忘れるのも無理はない。あんな男、むしろ忘れた方がいいさ。
皇族審判のときも、終始下を向いていて、私たちと顔も合わせなかったしね。ローフェンディアの皇族ともあろう者が背中を縮こませて、恥ずかしいことこの上なかったよ」
クラウス皇帝はまたクッキーをつままれた。もしかして甘いものがお好きなのかしら……ってそうそう。
このムチプレイ皇子の罪を裁くための皇族審判に、私とユートレクトも出廷したのだけど、ムチプレイ皇子は被告席で私たちに背を向けていたせいもあって、ほとんど顔が見えなかった。
判決が下って法廷を退場するときにも、私たちの方には一度も顔を向けなかったし。
というわけで、私の中でムチプレイ皇子の顔は、白い四角形の中に『ムチ』と書いてある状態だった。
「ライムントは母親がフォーハヴァイの出身、マレイ・アスの娘だ。これでわかるかな」
「……マレイ・アス氏は、孫の皇位継承のために、ユートレクトが邪魔だったということですか」
「正解」
そう言ってクラウス皇帝は、今度はマカロンを一つ口に放り込まれた。
「当時ライムントは皇位継承第三位、フリッツは第四位だったから、まともに対抗しなくともよかったのに。
もっとも、フリッツも以前からライムントにいやがらせを受けていたし、相当な仕返しもしていたようだけどね」
頭の中に、ムチプレイ皇子のくだらないいやがらせに、ため息をつきながらも嬉しそうに倍返しの報復をしているユートレクトの姿が浮かんできて、少し笑えた。
「そういう因縁が溜まっていたところへ、リースルの暗殺を企ていたことがばれた。あなたを誘拐した暗殺者集団の告発がきっかけでね。
奴にしたら孫だけでなく、自分にまで火の粉をかけられた気になったのだろう」
それはそうだけど、悪いことをしたのはマレイ・アス氏の方なんだから、仕方ないと思う……と言っても、マレイ・アス氏には通じないんだろう。
「実際に奴を捕らえたのは私なんだけどね。だが、奴はなぜか私ではなく、あなたに通達を発令した」
クラウス皇帝はなぜだと思う? とにこやかに問われたけど、私の背筋にはいやなものが走った。
リースルさま暗殺を命じられていた人たちの名前を、暗殺者集団のボスに教えてもらったのは私だ。
そのリースルさま暗殺実行犯の皆さんが、雇い主のマレイ・アス氏の名前を吐いたのだから、私もユートレクトと一緒に恨まれてもおかしくはない。
でも、そこまでマレイ・アス氏に知られていたとなると、フォーハヴァイの工作能力はかなり高いことになる。
フォーハヴァイの工作員がローフェンディア軍に紛れ込んでいなければ、あの情報はマレイ・アス氏にまで届かない。
「それは……彼が雇った暗殺実行犯たちの身元を割るきっかけを作ったのが、私だからではないでしょうか。マレイ・アス氏はそれを知って」
そこまで考えると、とても恐ろしくなってきて、声が震えてしまったのだけど、
「それはないよ! そこまで向こうは把握できない。
万が一、フォーハヴァイの工作員がわが軍にいたら、とうの昔につまみ出されているよ。
わが国は……特に軍にはフォーハヴァイ嫌いが多いんだ。工作員が入り込んでいたら、臭いだけですぐに気づくさ。私もだけどね」
クラウス皇帝は、明るい笑い声で私の不安を打ち消してくれた。
だけど、次の言葉にはマレイ・アス氏への強い軽蔑の思いが込められていた。
「だから私怨と逆恨みと言ったんだ。不出来な孫の対抗勢力に返り討ちに遭ったことを、ねちねちと恨み続け、自分より力の強い者からの攻撃には反撃せず、その腹いせに弱い立場の者を攻撃する……国王の称号に値しない、唾棄すべき卑怯者だよ」
どちらかというと、優しいお顔立ちのクラウス皇帝だけど、このときの表情はとても厳しかった。
世界の頂点に立つ国家元首としての誇りと覚悟を、一身に背負っていらっしゃるように見えた。
「話が少しそれたが、要するにマレイ・アスは、以前から孫にされた仕打ちでフリッツを憎んでいた。
それが今回……リースルの暗殺を企んだことで退位に追い込まれた。
このことが原因で今までの恨みが爆発して、通達を発令させるに至ったと断定していいと思うね」
つまり。
あの通達にはペトロルチカは一切関係なくて。
マレイ・アス氏のユートレクトに対する私的な恨みと、退位に追い込まれた腹いせで発令されたものだった、ってわけね……
ペトロルチカからすぐにテロ的なものを受ける可能性は、下がったと見てよさそうだった。
その点は少し安心できたけど、ユートレクトの身柄は危険にさらされたままだ。
それにしても、世界の皇族王族さまたちの恨みつらみって、はた迷惑なことこの上ないわね。
よその国に(センチュリアのことよ)厄介ごとを振りまくのは、本当にやめていただきたい。
こんなくだんない理由で発令された通達になら、あの『手立て』を使う権利くらいあるんじゃない? って、開き直りたい気分にすらなってくる。
マレイ・アス氏にいいように使われた『世界機構』にも、米粒一粒くらいは同情してあげるけど、権力者のいいようにされるなんて、国際機関の名前が泣くわよ。もうちょっと……いやほんと真面目にしっかりしてよね!
やっぱり、一度綺麗に上層部を洗い流した方がいいと思うわ。
暖炉の上の時計の長い針は、もう一番下まで降りてきていた。今夜も長い夜になりそうだった。




