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皇帝の行幸5

*****



 晩餐会の会場となる『黒い森の大広間』は、センチュリア王宮で一番大きな広間だけど、私が即位してから使われたことはなかった。この広間を使わなくてはいけないほど、多くの人が一度に王宮を訪れることがなかったから。


 重厚な黒ヒルバを敷いた床は、よく手入れされ見事な艶を見せていた。

 黒ヒルバはセンチュリアの山に多く生えている針葉樹で、樹皮から幹の中心までが漆黒なのがとても珍しいらしい。傷もつきにくく長期間劣化しないので、古い建物に多く使われている。


 今日の晩餐会は半立食形式になっている。クラウス皇帝が堅苦しくない夕食をご所望とのことだったので、ローフェンディア側と相談した結果、こういう形にした。

 世界最強の皇帝陛下をもてなす礼儀には反するかもしれないけど、品格を損なわない範囲で充分寛いでもらえると思う。広間の中央に並べてある料理を各々が取り、壁際に用意した席で食べてもらう形式だ。


 座る席は決めていないので、どこで誰と食べても構わない。窓際の席に陣取れば、センチュリア市街地の夜景も楽しんでもらえる。

 きらびやかさではローフェンディアの市街地に到底かなわないけど、雪の積もる市街地が夜の灯りに照らされている様子は、なかなか風情があると私は思っている。


 晩餐会にしてはくだけた形ではあるけど、私をはじめどちらの国の出席者も正装で臨んでいる。ローフェンディア皇帝の行幸という、世界一格式高いご訪問中に行われる晩餐だからだ。


 私は淡い青緑色の夜会服の上から肩に緑色の大綬をかけ、頭にはティアラを載せている。

 普段ティアラは極力載せないようにしているので、いざ身につけると気になって仕方がない。自分で載せたのではなく、その道のプロの侍女につけてもらったのが救いだった。


『ご安心ください、絶対落ちないようにお載せしましたからね!』


 こういうとき、私の衣装やお化粧を担当してくれている侍女のレイラが、しっかりとティアラを固定してくれていた。


 私とセンチュリアの重臣たち、その下の地位にある次官級の官吏たちと、クラウス皇帝とローフェンディアの大臣高官たち、合わせて三十数名が自己紹介を終え乾杯すると、各自が互いに話してみたいと思う人に声を掛け合い始めた。


 私とクラウス皇帝が昼間ララメル女王やタンザ国王と会食をしている間に、双方の重臣官僚たちも一緒に昼食を摂って、ある程度親睦を深めていたようだった。そのせいか、単身で料理に直行する人はいなかった。


 私もクラウス皇帝と他愛もないことをお話ししていると、大広間の扉が開いたのが見えた。

 そういえば自己紹介のとき、ローフェンディア側の出席者が一人遅れてくると聞いたけど、その人かと思って特に気にしないでいたら、クラウス皇帝が、


「ネフレタ教授だ、どこへ行ったのかと思っていたら……来てくれてよかった!」


 安心した様子でおっしゃったので、改めて遅れて登場したおじさまに目を向けた。


 背丈はどちらかと言えば低め……私より低いかもしれない。

 頭のてっぺんから眉までの位置に髪の毛はなく、両耳の上にだけふさふさとした白髪が生き残っている。にも関わらず、顔はとてもつやつや、眼もぱっちりとして、とても愛嬌のある顔立ちだ。

 表情もいきいきとして見える。そのせいか、年齢はうちの財務大臣カルガートと同じくらいに見えた。

 だけど、司法大臣のホルバンの義兄だというから、もっと年上なのに違いない。あのホルバンの義理のお兄さんだから、すごくいかめしくて怖そうな人だと勝手に思っていたので、とても意外だった。


 そのネフレタ教授が、両国の官僚からの挨拶ににこにこと返礼しながらも、足はまっすぐこちらに向けて近づいてくる。


「アレク、今日は彼の義弟は出席しないのだったね」


 クラウス皇帝の残念そうな声に、


「はい、申し訳ありません、長期療養中で」


 ホルバンが襲撃されて負傷している、なんて絶対に言えない。頭を下げると、


「そうか、では、今回は残念だけど会わせられないね」


 さらっとおっしゃった台詞だったけど、言葉以外に含んでいるものがある気がして、心臓が跳ね上がった。私の思い過ごしかもしれないけど。


 私がもう一度お詫びすると、クラウス皇帝はにこやかに笑って、


「あの人は、自分が会いたい人には、我々が引き止めても会いに行く人だから、気にしなくていいよ」


 とおっしゃった。それはそれで、別の意味で怖い。

 王宮の人の出入りは憲兵隊が管理してくれているから、ネフレタ教授が抜け出すことはないと思うけど。


「行動的でいらっしゃるんですね」

「そうなんだよ、今だってほら」


 私たちの視線の先には、額の汗をハンカチでぬぐいながら、こちらへまっしぐらに近づいてくるネフレタ教授がいた。

 そういえば、どうして遅れて来られたのかしら。今までどこへ行っていらしたんだろう、と思っていたら、


「皇帝陛下! 女王陛下!」


 少し高めの声が明らかに私たちを呼んだ。

 ネフレタ教授はやっぱり私たちの前で足を止めると、肩で息をしながら深々と頭を下げた。


「どこへ行っていたんだい、ネフレタ教授。どこかで雪に埋もれてしまったのではないかと、心配していたんだよ」


 クラウス皇帝が冗談混じりにおっしゃると、ネフレタ教授は頭を上げて額の汗を拭いた。


 王宮内はいつもに比べて暖かくなっている。

 昼間、ローフェンディアの官僚たちがクラウス皇帝のお見送り中ぶーたれてたとき、『この王宮は寒い、暖房費もないのか』ともほざいてたから、あれから暖房を強めにしたのよ!


 だから、なかなか汗が止まらないのかしらとも思うのだけど、それにしてはおかしい気がした。早歩きしていたわりには、ネフレタ教授の顔色はそれほどよくなかった。


「いえ、表には出ておりません。ずっとキアラを探しておりました」

「ピアスカ司法官をですか?」


 聞き覚えのありすぎる名前に、驚いて思わず声を挙げると、


「はい、お初にお目にかかります、アレクセーリナ女王陛下。遅れまして誠に申し訳ございません。ローフェンディア帝国学士院学長代理のネフレタでございます。本日はお目にかかれて光栄至極にございます」


 ネフレタ教授はどちらかというと早口みたいだった。ぼーっとしがちな私なんかは、ちょっと油断すると何を言っているかわからなくなりそうなくらい。

 学長じゃなくて、学長代理なのね。間違えないように気をつけよう。


 そういえば、キアラさんはユートレクトと同じく、帝国学士院時代ネフレタ教授の講義を受けていたと聞いた。調べ物をしているところに、突然ネフレタ教授が現れたら、さぞかしびっくりするだろうな。


「いえ、こちらこそお目にかかれて光栄です、ネフレタ教授。

 もしかして、お一人でピアスカ司法官を探していらしたのですか?」


 そう。

 そのへんの官吏にキアラさんがどこにいるか聞いてくれたら、案内するはずなのに、と思って訊ねると、


「はい、一階の司法省第三会議室にいるというので、行こうとしたのですが……お恥ずかしいながら道に迷ってしまいまして」

「それは申し訳ありません、官吏がご案内しなかったのですね」


 照れ臭そうにおっしゃったのでお詫びすると、


「いやいや、案内すると言ってくれたのですが、なんとなくわかると思って断ったのです。

 そうしましたら迷ってしまいまして。いやはやお恥ずかしい」


 ちょっと待って。


 いくらセンチュリア王宮が小さいからって、どうして初めて訪れた建物の内部が『なんとなくわかる』と思ったの? そう思えるほどこの人は頭がいいってこと?

 それとも、キアラさんみたいに『下々の世話にはならん』とかそういう発想の人なのかしら。


「教授、こんなときに人見知りはいけないよ」


 クラウス皇帝がネフレタ教授をやんわりたしなめるのを聞いて、ネフレタ教授が一人王宮をさまよっていた理由がわかった。


「だって陛下、見知らぬ女性と二人きりですよ? 何分かかるとも知れないところまで二人きりで歩くなんて、そんな恐ろしいこと私にはできませんよ! 妙齢の女性になんて、何をどう話したらいいかわからないじゃないですか。これ以上ストレスに晒されたら死んでしまいます私!」


 クラウス皇帝にまくしたてているところを見ると、ネフレタ教授は世界最大の帝国君主とは親しい間柄みたいだった。


 そして、ネフレタ教授はかなりの人見知りらしい。

 いまだに汗が止まらない様子なのも、ここまでの道中、妙齢の女性官吏と会話し、今も初対面の私に挨拶しなくてはいけないからみたい。


「何を言っているんだ、あなたがその程度で死ぬわけないだろう。アレク、ネフレタ教授をキアラに会わせてやってもらえないかな?」


 というクラウス皇帝のご希望に応えるため、私は二人の前からちょっと失礼すると、大広間の隅で待機している侍従長に声をかけに行った。

 人見知りの賓客をキアラさんのもとに案内できる人選を頼むと、自分がお連れします、と申し出てくれたので、ありがたくお任せすることにした。


 この侍従長は、職務的には男版マーヤなのだけど、見た目はマーヤとは全く逆だった。すらっと背が高くほっそりしていて、トゥリンクスが憧れてやまないロマンスグレーの持ち主だ。

 細身だけど力仕事もきっちりこなすし、細かいところにもよく気がついてくれる。

 よくマーヤや侍女たちと世間話に花を咲かせているところを見ると、人見知りさんにもうまく対応してくれるだろう。


 侍従長がなれなれしくない程度のほどよいにこやかさで、ネフレタ教授をエスコートしていくのを見送ると、クラウス皇帝が、


「腹が空いてきたな、アレクはどうだい?」


 とおっしゃったので、もちろん、


「はい、私もです」


 淑女らしく直接的な表現は避けて応えると、少し食べ物を取ってきて一緒に食べようということになった。


 お互いに好きなものをお皿に入れると、恐らく臣下たちが気を利かせて空けておいてくれた、窓際の二人用席に身を落ち着けた。高官たちも食べ物やお酒を囲んで談笑する姿が増えていた。


 私もクラウス皇帝も、乾杯のお酒には手をつけていなかった。

 私はお酒が弱いし、これからまだクラウス皇帝との非公式な会談もあるから、何があっても飲むつもりはないけど、クラウス皇帝はどうして一口も飲まれていないんだろう。お酒に弱いという話は聞いたことがないけど。


 やっぱりこれからの非公式会談では、クラウス皇帝がお酒を飲んでいられないほどのことを話し合うのかと考えると、ますます心が重くなった。ということは……


「今回は本当にありがとう、アレク。どれほど感謝してもしきれないよ」


 クラウス皇帝の優しい声がテーブルの向こう側から聞こえてきて、われに帰った。


「いえ、こちらこそ、わざわざわが国にお立ち寄りくださり、ありがとうございます。国民を代表してお礼申し上げます」


 日中、沿道でクラウス皇帝を待ちわびていた人々や、小旗を振ってくれた子供たちの姿がまぶたの裏によみがえった。


 クラウス皇帝が冷たい柑橘水の入ったグラスを掲げ直されたので、私もフルーツジュースでお応えして乾杯した。重なったグラスが奏でた澄んだ音が、少し心を和ませてくれた。


 柑橘水を一口飲まれると、クラウス皇帝はクラッカーを一枚口にされてから、恐ろしいことをおっしゃった。


「ララメルとタンザ国王は、いつから交際を始めたんだい?」


 喉が渇いていたので、一息に飲み干そうとしていたフルーツジュースを危うく逆流させそうになってしまった。


「……そういったお話は、聞いておりませんが」


 あれだわ、昼食会場に向かう途中の二人の会話を覚えていらしたんだわ。さすがクラウス皇帝。でも、事情は少し違うんです。


「そうか違うのか、ではタンザ国王が一方的にアプローチしているだけか」


 その通りです……だけど事情を知っているだけに、全面的に肯定しづらいので、


「そう……でしょうか」


 とぼかしてみた。


「でしょうか、ではないよ。帰路を送ってやるだとか、一緒の部屋で寝てもいいだとか、あのようなことは、好きでなければ言えないだろう?」


 いえ、あの人は恋愛感情がなくても、そういうこと言えてしまう人なんです多分……なんて言っちゃいけない。


「そう、ですね」


 タンザ国王みたいな考えの男性、同性のクラウス皇帝はどう思われるんだろう。


「なんだい、あまり乗り気じゃないみたいだね」

「いえ、そんなことはないのですが」


 私はもちろん、ララメル女王のお気持ちの方が圧倒的に共感できる。

 だからどうしても、二人を後押しする気になれなくて、こんな生返事しかできないのだけど……クラウス皇帝からすれば、私の態度は煮え切らないように見えるんだろうなあ。


「こう言ってはなんだが、ララメルも年を重ねてきているし、そろそろ身を固めた方がいいだろう。

 ララメルがああいう感じの……どちらかと言うと個性的な男性と交際したという話は、今まで聞いたことがないが、意外と彼のような面白い男が合うのかもしれないな」


 似たようなことを誰かも言っていなかったかしら。ああカルガートだわ。


『個性のお強い方々のようですねえ。

 そういう方同士こそ、何かのきっかけで和解できれば、親しい関係になれると思いますがねえ』


 って。


 今日の昼食会では仲良さそうにお話されていたけど、結婚まで考えているタンザ国王はともかく、そんな簡単にララメル女王の心境が変わるわけがない。なんて思っているから、


「そうだといいのですが……」


 また生煮えの返事になってしまった。


 私がこんな調子だからだろう。クラウス皇帝は、『アレクは冷たいなあ、ララメルの幸せを願ってやろうじゃないか』と冗談ぽくおっしゃると、またクラッカーをつままれた。

 そして、どうやらこの話題は終わりにしてくださるのか、料理のおかわりを取ってくる、とおっしゃって席を立たれた。


 それは、タンザ国王とララメル女王が結ばれたら(もちろん恋愛感情込みで、よ!)いいと思うけど、あの暴言大戦を目の当たりにした身としては、昼間ちょっと仲良く話していたくらいで、『あの二人くっつくかも』とはとても思えない。

 二人とも、絶対クラウス皇帝がいらしたから、おとなしくしていたんだと思うのよね。特にララメル女王は。


 いつもの私なら、もうちょっとましな返答ができたかもしれない。

 だけど、この後の非公式会談が頭をちらついているせいもあって、気の利いた会話ができなった。

 その点ではクラウス皇帝に申し訳ないと思うんだけど、今の私の関心は、ララメル女王とタンザ国王のことよりも他のところにある。


 この晩餐会が終わったら、クラウス皇帝は何を私に突きつけてくるんだろう。そして私も……


 昨日今日と、心がずっと何かに追いかけられ、追い詰められているような気がして落ち着かない。

 冬なのに顔はほてるし、背筋にはずっと汗をかいている。胃もきりきりと痛む。

 お皿に盛ってきた大好きなオードブルを口にしても幸せな気分になれないし、味もいつもより美味しく感じられない。


 でも、何か口にしておかなくちゃ。非公式会談、どのくらい時間がかかるかわからないけど、熱源を補給しておかないと身がもたない。


 つとめてお皿の上の料理に意識を向けて、もう一つカナッペをつまむと、少し美味しくなったような気がした。どんな時でも食事は美味しく食べた方がいい。料理に罪はないもの。


 お皿の上の料理を大体胃に収めたところで、クラウス皇帝がお戻りになった。焼きたての白毛牛のステーキを入手されたようだった。


「白毛牛は柔らかくて美味しいらしいね。実はひそかに楽しみにしていたんだよ」


 そうおっしゃると、一口大にカットされたステーキをほおばられた。


「そうでしたか、それはよかったです。

 たくさん用意してありますので、どうぞお好きなだけお召し上がりください」


 クラウス皇帝が白毛牛を食べたいと言われているのは、ローフェンディア側から聞いていて知っていた。

 双方の官僚たちが円満に情報をやりとりしてくれたおかげだろう。焼きたての白毛牛を出席者の皆さんに振る舞う実演コーナーを設けていた。今もローフェンディアの官僚たちが、白毛牛を焼いている料理長の前に列をなしている。


 ユートレクトを宰相に登用してから、外交は彼が担ってくれていたけど、今は国務省が担当している。

 ベイリアルは最新の国際情勢を読むのは得意ではないけど、賓客のおもてなしは文句のつけるところがなかった。

 ララメル女王やタンザ国王の突然の来訪にも、侍従侍女と協力して対応してくれている。本当に私は臣下に恵まれた。


「そういえば、私の弟があなたに失礼なものを送ったらしいのだが、目にしてしまったかな?」


 クラウス皇帝のお皿の上には、もう白毛牛の姿はなかった。


 ローフェンディアから届いた失礼なもの……と言ったら、確かハンスなんとか殿下とかいう方からの縁談話しかない。

 本当に冗談じゃありません、なんなんですかあれ? とは言えないので、


「最近、貴国からいただいたものといえば、弟君からのご縁談のお話のことでしょうか」


 とだけ答えた。


 クラウス皇帝はご存知ないだろうと思っていたのだけど、知ってたんなら止めてくれたらよかったのに。

 まあ、ローフェンディアも皇帝陛下のもとに一枚岩というわけじゃなさそうだから、クラウス皇帝を責めても仕方ない。


 ていうか、たくさんいるうちの弟の一人が誰にどんな手紙を出すかなんて、クラウス皇帝が知るわけないだろうし、そこまで把握してなくてもいいと思う。

 クラウス皇帝の目の前には、そんなことより難しい問題が山盛りに違いないんだから……と考えていると、


「あれは取り下げさせてもらう」


 思いも寄らない厳しい声でクラウス皇帝がおっしゃった。


 それはすごくありがたいのだけど、どうお返事しようか迷っていると、


「不快な思いをさせてすまなかったね。

 知っていれば、あのようなこと絶対に許さなかったのだが……大変失礼した」


 世界の皇帝陛下が頭を下げられたので、慌てて頭を上げてくださるようお願いすると、こちらもあの縁談はお断りするつもりでいたとお伝えした。


「そうだろうね。あんな条件を出されて、誰が結婚してやろうと思うものか。私が女でもお断りだね。

 自分の魅力ではなく、国の力で脅して女性を得ようとするなど、恥ずかしいことだと思わなかったのか」


 クラウス皇帝の口調は、私が聞いたことないほど怒りにあふれていた。

 だから少し……ほんの少しだけハンスさんをフォローしてあげようと思って、


「恐れながら、絵姿を拝見したところ、弟君はとてもお優しい方のようにお見受けしました。

 ですから、あのお話は、ご本人の意思ではないのかもしれないと考えていました」


 と申し上げてみたのだけど、


「それならそれで、こんな恥ずべき縁談は許さない、と止めるべきだったよ彼は。

 彼はローフェンディアで皇子殿下と呼ばれた身分だ。それが母方の国の利益のために動き、わが国の品位を落とす真似をしたんだ。私は絶対に許さない」


 クラウス皇帝の意思は硬かった。

 もう一度私にすまなかったね、とおっしゃったので、私もとんでもないです、と頭を下げたのだけど、目線を上げた先にあった皇帝陛下のお顔には、なぜかいたずらっ子のような笑みが浮かんでいた。


「というわけで、皇族の席が一つ空いてね。

 フリッツには、私の治世下でも、ローフェンディア皇族として生きていってもらえることになったよ」


 私はこの場にいない臣下のため、そして私に縁談話を振ったことで皇族の席を奪われてしまったハンスさんのために、心の中で弔いの鐘を鳴らした。


「そうですか、彼がこちらにいないのが残念です」


 ユートレクトが聞いたら蹴り飛ばされそうな台詞だけど、本人がいないので気兼ねなく言える。


「そうだね、本当に残念だ。先日送った文にも書いたが、あいつに渡さねばならないものもあるんだが、今回は持ってこなかったよ。だが、近いうちに渡す機会もあるだろうけどね」

「それは彼が引き続きローフェンディア皇族であることの、証になるようなものですか」

「ああ、私の代で皇族であるという証だからね。こればかりは私から渡さねばいけないんだ」


 渡すものがあるってことは、皇族から離れられないんじゃないかと思っていたけど、やっぱりね。

 ユートレクトにとって私の予想は悪い方に当たってしまった。


 それにしても、今回ユートレクトに会えなかったら、次に会う機会なんてそうそうないと思うんだけど。

 ユートレクトはともかく、クラウス皇帝はお忙しいだろうし。

 奴が無事戻ってきたら、すぐローフェンディアに向かわせなくちゃ。


 私がお皿に残っていた最後の料理、生ハムメロンをフォークに刺そうとしたときだった。


「その指輪より立派なものが、左手の同じ指につく日もそう遠くはないだろう?

 式には是非招待してくれよ。そのときに渡そうと思っているしね」


 生ハムメロンに気をとられていたのと、その他頭を渦巻いているもろもろの事情のせいで、クラウス皇帝からの爆弾は、何倍もの威力で私に突き刺さったのだった。


 それから晩餐会が終了するまで、私はクラウス皇帝の『異母弟のちょっといい(?)話』に付き合わされるはめになった。


 クラウス皇帝の異母弟推しは、昨年『世界会議』のときリースルさまに聞かされたものよりもはるかに刺激的……つまり、かなり大人の方面に力を入れた内容で、私たちの周囲に人がいないことを心から感謝した。

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