表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/121

美女と奇才5

*****



 ここは王宮のとある一室。


 あれから約一時間後、私は夕食をご一緒するため、ララメル女王をこの部屋にお連れした。

 いつもは八人くらいで会食するときに使う部屋なのだけど、王宮にあるかなりの部屋が明後日の行幸で使われるから、空いている部屋がここしかなかったのよ。


 二人での晩餐には広すぎるかなと心配だったけど、広すぎて寒々しい感じはしなくてほっとした。

 部屋全体が茶系の落ち着いた色合いなのと、照明も煌々と照らす感じではなく、暖かい色合いになっているせいだと思う。落ち着いて寛げる雰囲気になっていた。


 お互い席に着くとララメル女王が、


「アレク、聞いてちょうだい……」


 先に口を開かれたのだけど、華やかな声には全く元気がなかった。顔色もあまりよくない。

 タンザ国王と舌戦を繰り広げていたときに比べると、青ざめてると言ってもいいほどだった。


「はい、もちろんお伺いします。どうなさいましたか?」


 どうしたんだろう。貴賓室ではあんなに力強く怒っていたのに。

 怒りすぎて力を使い果たしてしまったのかしら。それとも、ザバイカリエの執務室で何かあったのか……


 心配しながらララメル女王のお返事を待っていると、


「今日という日ほど、忌まわしい日はありませんわ。わたくし、あのような無礼千万な人に出会ったのは、今までの人生で初めてですわ。

 あの異界の建造物は、これまでの人生でどれだけの人に害悪をばらまいてきたのでしょう。考えるだけでもおぞましいですわ」


 ララメル女王はそうおっしゃって肩を落とした。

 誰のことを言っているかはよーくわかるけど、『異界の建造物』って……


 そうだ、そういえばタンザ国王、夕食を食べに行かれるまでにララメル女王に会われてしまったかしら。

 すごく気になるけど、ララメル女王は『異界の建造物』ことタンザ国王のことに触れられたくないだろうから、私から聞くのはやめておく。

 ここはララメル女王をおもてなしする夕食の席。今日の疲れも長旅の疲れも癒して、ゆっくりしてもらいたい。


「ララメル、長旅本当にお疲れさまでした。

 お一人でいらっしゃるのに、よくご無事でお越しくださいました。それがなによりです」


 そう言ってさりげなく後ろを見やると、ディナーの開始を察してくれたウエイターが奥へ姿を消した。

 今日も一日よく働いたからお腹空いたわ。早速美味しいディナーを持ってきてもらおう。


 『異界の建造物』に触れないでおいて正解だった。ララメル女王はセンチュリアへの道中のことを思い出したのか、時を振り返るように天井を見上げた。


「ええ、本当に何事もなくこちらに来られてよかったですわ。わたくし、少し前までは一人お忍びであちこちへ出かけていましたのよ。ですから、一人旅には慣れているのですわ」

「え、そうなんですか!?」


 ララメル女王には、いつもお付きの人がたくさんついてそうなイメージがあったから意外だった。だから、センチュリアまでお一人でも平気だったのね。


「今までどのような国に行かれたのですか?」

「そうね……ローフェンディアには何度も行っているし、南方地域の国々にも、ほとんど訪れていますわ。ホク王子の国にお邪魔したこともありましてよ」


 南方地域は島国が多いせいもあって、世界で一番国家の数が多い。そのほとんどに行ったことがあるなんて。

 私なんて、去年『世界会議』で初めて行ったローフェンディアと、おとなりのサブスカ王国、永世中立国の会議に呼ばれた行ったアクロニム王国……合わせて三か国行っただけで、すごくない? って思ってたのに。


 ララメル女王は気を持ち直されたのか、機嫌よさそうに行ったことのある国々を教えてくださった。あの国に、この国に……と次々と南方地域の国名を挙げていかれて、


「南方地域は、気候もいいし物価も安いし、のんびりと滞在するにはとてもいいところよ。世界中の王侯貴族がバカンスに訪れていますわ。

 そういえば、フリッツもわたくしの国に滞在したことがありましたわ。アレクも近いうちにぜひいらしてちょうだいね」

「はい、私もぜひ一度お伺いしたいです」


 そっか、そういえばユートレクトもファレーラ王国に行ったことがあると聞いたことがある。私も会議とか首脳会談とかじゃない旅行がしたいわ。


「あとは、北方地域も行ってみたいですわ。少し寒いかもしれないですけれど。

 安全になったら、東方地域を訪れるのもいいですわね。あちらも独特の文化がありますから、観光のしがいがありそうですわ。それから西方地ほ……」


 楽しそうに話していたララメル女王の口が、不意に止まった。唇が何かに耐えるようにきつく結ばれたかと思うと、美しい瞳から大粒の涙がこぼれだした。


「ララメル、どうなさいましたか!?」


 慌ててララメル女王に声をかけたけど、ララメル女王は両手で顔を覆ってしまわれた。すすり泣く声はすぐには止まりそうになかった。


 少し離れたところに人の気配がして振り返ると、ウエイターが前菜を持って、こちらへ来ようとしていた。

 視線で『緊急事態よ、ちょっと待って!』と念を送ると、ウエイターは一礼してまた下がっていった。


 ララメル女王は、


「あんな……国には、金塊を積まれ、ても、絶対に行き、ませんわ……!」


 と絞り出すように言うと、いよいよ本格的に嗚咽をあげて泣き始めてしまわれた。


 私はララメル女王をお慰めするために席を立つと、空いているとなりの席に座ってハンカチを差し出した。

 ごめんなさいね、とララメル女王はしゃくりあげながらおっしゃった。

 お気になさらないでください、と心をこめて応えると、恐れながらララメル女王の背中に手を当てた。

 そして、不快に思われないよう心をこめて、できるだけ優しくさすった。


 ララメル女王は何度も『ごめんなさいね』と口にされた。

 そのたびに、お気遣いは無用です、と申し上げながらララメル女王の背中をさすった。私も慰められたことを思い出しながら……あの人に。

 そうしているうちに、ララメル女王も落ち着いてきたのか、嗚咽の声も小さくなってきた。


 やがて、顔を上げたララメル女王は、泣き腫らしていても、とても美しい瞳で私を見つめた。

 ララメル女王の瞳を気をつけて見るのは初めてだった。

 こちらが恥ずかしくなるほどお綺麗な、南国の花のように鮮やかな色の瞳だった。


「……ごめんなさいねアレク、年少者のあなたの前で取り乱したりして」


 心から申し訳なく思っている気持ちのこもった声音に、かえってこちらが恐縮した。


「いえ、そんな、とんでもないです!」


 頭を下げた後、言おうかどうしようか迷ったのだけど、お力になれたらいいなと思って、


「私でよければ、お力になれることがありましたら、なんでも致します。もし差し支えなければ、いつでもおっしゃってください」


 と申し上げた。


 『あんな国には金塊を積まれても絶対に行かない』の『あんな国』というのは、西方地方にあるタンザ王国のことだろう。

 タンザ国王のことがお好きでないのはわかるけど、もしかして例のことをタンザ国王から聞かされてしまったかしら。自分の友人をララメル女王に紹介する、っていう話。


 すごく気になるけど、こちらから触れるのは気が引けた。

 ようやく落ち着かれたのに、またいやなことを思い出させてしまっては、それこそ申し訳ない。


 なんて考えていたら、ララメル女王が私の顔を見てくすっと笑った。


「ありがとうアレク」


 私が初めて見る、妖艶さのまるでない、少女のように純粋無垢な笑顔だった。


 突然、身体がふわっと動いて、いい香りに包まれた。


 気がつけば、自分の顔がララメル女王の肩のあたりにあって、ララメル女王に抱きしめているのだと、そこで初めて気がついた。

 あんまりびっくりしすぎて身動き一つできずにいると、ララメル女王は、


「やっぱりあなたは、わたくしのお友達ですわ!」


 そう言って更に力をこめて私をぎゅーっと抱きしめて……次の瞬間にぱっと腕を離した。


「……?」


 えっと…こんなとき、なんて言ったらいいのかしら。


 『ありがとうございます』?

 『恐れ入ります』?

 『どうしてこんなことを』?


 何か言わなくちゃいけないんだろうけど、どれも違う気がする。

 それに、あーあーあーーと心の中で発生練習をしても、口が動いてくれる気配がまるでない。

 予期しない美女の抱擁に、口だけでなく身体も固まったまま動かせなかった。


 そんな私をよそに、ララメル女王はまたにっこりと微笑んだ。今度はいつもの妖艶な微笑みだった。そして、


「聞いてくださいます!? あの異界の建造物、とんでもないことを言ってきましたのよ!」


 いつもの南国の鳥のように華やかな声でおっしゃった。

 そこにいたのは、目はまだ腫れていたけど、私のよく知っているララメル女王だった。


 だけど、ララメル女王は続きを話し出さなかった。

 自分では自覚がなかったけど、よっぽどどうしていいかわからない顔をしていたんだろう。

 ララメル女王は私の顔を覗き込むと、少し恥ずかしそうに微笑んで、


「昔、悲しいことがあると、父さまがよくしてくれましたの。先ほどあなたがしてくださったのと同じように」


 ララメル女王の艶やかな髪が、部屋の温かな灯りを受けて優しくきらめいた。


「わたくし、それを思い出して、余計涙が止まらなくなってしまったのですけれど、とても……とても嬉しかったのですわ」


 そして、本当にありがとうアレク、と言うと、美しい唇を私の頬に寄せた。


 ……こっ。


 これも更にどうしたらいいですか?


 私の頭では気の利いた言葉が思いつけない。それならもう、余計なこと言わない方がいい気がしてきた。


 ララメル女王の様子が落ち着いたと見たウエイターが、表面上は涼しげな顔で前菜を運んできた。ララメル女王も本格的に立ち直ったのか、ウエイターと前菜の到来を手を叩いて喜んでいる。


 ちょっと待って、私は全然落ち着けてないんだけど。


 この……恐らく南国独特の友情の表現方法は、あまりに刺激的すぎた。

 亡くなられたお父上と同じお慰めができてよかった、ってせっかく心を温めさせてもらったのに、その思いが消え失せてしまうほどの破壊力だった。


 鼻の奥に残る香りと頬に受けた柔らかい感触に、内心まだかなり動揺しながらも、私は自分の席に戻って前菜をいただきながら、華やかな南国の女王のお話を伺うことにした。




 ララメル女王との会話通りに書くと、話がとてつもなく長くなるから、ちょっとだけまとめさせてもらうわね。


 貴賓室を出てからララメル女王は、あちらへふらふら、こちらへひょこひょこと……話を聞く限り三十分近くさまよってたみたいなんだけど(このへんの話がすごく長かったのよ)、かなり移動したところでザバイカリエに会ったんですって。


 ザバイカリエは、私が見せた絵姿でララメル女王を知っていたから、お一人で歩いているのを見て、心配して声をかけたみたい。

 ララメル女王も行くあてもなかったし、うろうろしないで『重臣なのに若くて男前』のザバイカリエと一緒にいた方が私に見つけてもらいやすいと思ったらしく、見学がてら産業省までついて行くことにしたみたい。


「あの方、お若いのに産業大臣なのね。うちの産業大臣と交換してもらいたいですわ。

 だって、うちの産業大臣ったら、顔はしわくちゃでげっそりしているのに、お腹だけは酒樽みたいなんですのよ」


 ララメル女王はそう言って笑いながら、前菜『冬のセンチュリア三種盛り合わせプレート』の料理をお口に運んだ。

 ザバイカリエを男前とは認めるものの、個人的なおつきあいの対象とまでは考えてなさそうな口ぶりだった。

 私は心の中でわが王宮の『ザバイカリエさまファンクラブ』メンバーのために安堵のため息をついた。


「あなたに再開した後も、わたくし、ちょっと油断していましたら、また迷子になってしまって。

 ですけど、わたくしがこの王宮で知っているところといったら、先ほどの産業省しかなかったものですから、その辺を歩いていた官吏に産業省まで連れていってもらったのですわ」


 そっか……でもだったら、どうして私の執務室に戻って来てくれなかったんだろう。

 そう考えて、ふと思い出した。

 ララメル女王からの手紙に、こんなことが書いてあったのを。


 『もちろん迷惑はかけませんわ、あなたの公務の邪魔は致しません』


 私に迷惑をかけたくないと思ってくださっていたなら、私の執務室に留まるおつもりもなかったのかもしれない。

 ララメル女王の奔放さを装った優しさが身に染みるのと同時に、目上の方に気を遣わせてしまったことが悔やまれた。


「ララメル、せっかくお越しくださいましたのに、満足な歓迎もできず、まことに申し訳ありませんでした」


 私が頭を下げると、ララメル女王は茶目っ気たっぷりに笑った。


「またそんなことおっしゃって。

 産業省でザバイカリエ卿とお菓子を頂きましたけれど、あの方は本当にいい方ね。部下の官吏たちも、わたくしの質問に丁寧に答えてくれましたわ。

 おかげで、センチュリアのことに少し詳しくなりましてよ。フォルキノコロッケというものが流行っているんですって?」


 今のララメル女王は、間違いなく私が知っているララメル女王だった。


 先ほど泣かれたときも驚いたけど、タンザ国王との舌戦にはもっとびっくりした。

 ホーンアイル公爵との関係を壊されたのが、それほど無念だったのかしら。それとも、タンザ国王と根本的に合わないとか……よく女子が言う『生理的に無理』っていうやつ?


 そう考えながら冗談半分に、フォルキノコロッケお召し上がりになりますか? と聞くと、


「そうなんですのよ、私も話を聞いて食べたくなってしまって。

 食べてみたいと申しましたら、産業省の官吏が、明日の朝一番に買ってきますと言ってくれたんですのよ。ですから、明日をとても楽しみにしているんですわ」


 ララメル女王は早速センチュリアでも信奉者を作ったらしかった。


「……あら、話がそれましたわね、ごめんあそばせ。それで、なんの話でしたかしら?」

「再び産業省まで行かれたところまで伺いました」

「そうでしたわ。聞いてちょうだい、その後とんでもないことが起きたんですのよ!」


 ここでスープとパンが運ばれて来て、私たちの注意はそちらへ向いた。


 センチュリア名産の赤かぶのスープは、以前『ラフデンフィア』で飲んだものとは違って、うっすらピンク色をしていて、乙女心が刺激された。

 その中にはリボンを形取った小さな赤かぶがいくつも浮いていて、これまた貴婦人仕様だった。

 今夜の料理長は遊び心満載ね。もしかして、早速ララメル女王のファンになったかしら。


 ララメル女王も赤かぶのスープにとても喜んでくださった。

 まあなんて可愛らしんでしょう! それに美味しい、身体が温まりますわ! と舌鼓を打ちながら、話を続けてくれた。


「産業省にまたお邪魔してしばらくしたら、侍女の子が来て、てきぱきとわたくしを部屋へ案内してくれましたわ」


 侍女の子……『ザバイカリエさまファンクラブ』のカタリーナね。ララメル女王をザバイカリエから遠ざけたい一心で、必死だったんだろう。


「その前に、荷物を取りに憲兵隊の詰所に寄ったのですけれど……そのときですわ!」

「は、はい、なんでしょう」


 ララメル女王が声色を大きくしたので、びっくりして慌てて相槌を打ったのだけど、頷いた後で気がついた。


 まさか。


「あの男、とんでもないことを言いましたのよ!」


 あああ、やっぱり出会ってしまわれましたか……

 タンザ国王がキアラさんと『ラフデンフィア』に向かおうとしてたときに、ばったりと。


 またララメル女王が泣き出されるんじゃないかと心配になったけど、お顔を見る限りでは、怒ってはいるものの、不安定ではなさそうな気がした。


「と、とんでもないこととは」


 だから、心配しつつもそのままお話を聞くことにした。

 自分の心に貯めておくより、吐き出した方がストレス発散になるときもあるし。


 なのだけど、私が話の水を向けると、そのときのことを思い出してしまったんだろう。ララメル女王の瞳にまた涙が浮かんできてしまった。


 話をそらせた方がよかった、と後悔したけど遅かった。

 ララメル女王はスープスプーンを持つ手をわなわなと震わせながら、美しい声を張り上げた。


「自分と結婚しろと!」


 ……はい?


 誰が、誰と、結婚しろですって?


「やはり私の友人にきさまを押し付けることはできぬ、それなら私がきさまを引き取ればいいと!」


 ……??


「そうすれば、私はきさまの国の宝物庫の鍵を手にすることができ、きさまも、これ以上世の男たちに害悪をまき散らさずともよくなる、悪い話ではなかろう、と!」


 ……???


「あの男の頭の中身は、人のものではありませんわ! 女を人とも思わぬ扱い、情けのかけらもない物言い! あの建造物こそ女の敵、この世の害悪ですわ……!」


 そう叫ぶとララメル女王は、スープスプーンを手にしたまま、テーブルに突っ伏してしまわれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ