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美女と奇才4

****



「……は?」


 思いもつかなかった提案に頭がついていけなくて、非礼な返答になったけど、タンザ国王は全く気にしていない様子だった。


「そうだ、さすればあの女も私に恩を感じて、即刻宝物庫の鍵を差し出すだろう。そうだ、それがいい!」


 そう言うと、タンザ国王は扉の方へ歩いていく……ってまさか、今からララメル女王に話をしにいくつもり!?


 あの怒り状態のララメル女王に、怒りの根源(!)がそんな話を持っていって、ララメル女王が喜んで聞くと思う?

 どう考えても、おとなしく聞くとは思えない。それどころか、二人がまた暴言の応酬を再開させる未来しか見えてこない。


 とにかく今すぐは無理だわ。

 いや、今すぐじゃなくても無理だと思うけど、とりあえず、思いとどまってもらわなくちゃ!


 私は慌ててタンザ国王を追いかけた。


「お、お待ちください陛下」


 タンザ国王は、今まさにドアノブに手をかけようとしてたところだった。間に合ってよかった。


「なんだね同志、そんなに心配そうな顔をして」


 いやそりゃ心配もするわよ。


 タンザ国王もタンザ国王だわ。

 あれだけララメル女王と舌戦を繰り広げておいて、よくけろっとした顔で恋人を紹介してやる、とか言えるわね。


 まさか、とんでもない男を紹介して、ララメル女王に仕返しするつもりじゃないでしょうね。

 もしそうなら、全力で止めるからね!


「陛下はその、失礼ですが、ララメル女王の先ほどのご発言に、お怒りではないのですか?」


 どうやってタンザ国王を引き止めたらいいかわからないけど、これは気になったので聞いてみた。


 すると、タンザ国王はあれほど激しく罵り合いをしておきながら、それを忘れたかのようにしばらく考えこんで、


「先の……ああ、あばら家だの、木材の虫だののことか」


 どうしてさっきの悪口は忘れて、ホーンアイル公爵のことは思い出せるんだろう。タンザ国王の頭の中がよくわからない。


「いや、あれは私も、女性相手に好き放題罵倒したからな。喧嘩両成敗というやつだ、同志よ」

「そうですか……」


 私が目撃した範囲では、どう見てもララメル女王の方がよくないと思うのだけど、タンザ国王がそうおっしゃってくださるなら、よしとしよう。


「そんな些細なことより同志よ、現在の私に必要なのは、あの女の国の宝物庫の鍵なのだよ」


 私を見据えるタンザ国王の目には、よからぬ策をめぐらせている影は微塵もなかった。それどころか、自分の名案に喜んでいるように輝いていた。

 タンザ国王にとって、ケケなんとか寺院の設計図はよっぽど見たいものなんだろう。

 私にはさっぱりわからないけど、ケケなんとか寺院ってそれほど価値の高い寺院なのかしら。


「私は一刻も早くあの女の国の宝物庫に入り、ケケアラクワナ寺院の設計図を見たいのだよ。

 あの女の機嫌がさっさと直って、私に鍵をよこしてくれさえすれば、それでいいのだ」


 タンザ国王は、既にケケアラクワナ寺院の設計図を手にしているかのように、嬉しそうな顔をしている。


 だけど、よ。


「ですが陛下、ララメル女王は才色兼備のお方です。相手の方にも、それなり以上のものをお求めになるかもしれません」


 そう。

 仮にララメル女王が怒りを収めて、タンザ国王の話に耳を傾けたとして。

 いくらタンザ国王にお友達がたくさんいらしても、ララメル女王のお好みに合わなかったらねえ……


「おや、同志は私の友人たちの質が低いとおっしゃるか?」


 しまった、ちょっと気が抜けて、発言をオブラートに包むの忘れてた!


「い、いえ、そのようなことは決してございません! そのようなつもりで申し上げたのではございません、言葉が足らず申し訳ありません!」


 慌てて平身低頭する私に、タンザ国王は明るく笑って、


「案ずるな同志よ、類は友を呼ぶというでないか。

 私の友人は気もよければ頭もいい、見目もいい男が多いのでな、心配は無用だ。

 では、善は急げだ、早速あの女を探してこよう」


 とうとうタンザ国王が扉を開けてしまったところへ、なんと間の悪いことだろう。中堅どころの侍女が息せき切ってやってきて、至急お耳に入れたいことが、と懇願してきた。

 どうしたものかと思っていると、タンザ国王は、


「私のことはよい。寝起きする場所などはまた聞きに伺うゆえ。同志もおのれの職務を全うされよ」


 この状況でさえなかったら、とてもお優しいことをおっしゃって、すたすたとララメル女王を探しに行かれてしまった。

 恐れ入ります、とタンザ国王の背中に向かって申し上げたものの、いやな予感以外のものが頭に浮かんでこない。

 かといって、悲壮な顔の侍女を放っておくわけにもいかず、私はタンザ国王阻止をあきらめて、侍女の話を聞くことにした……




 五分後。


 侍女からの訴えを聞いた私は、産業省のザバイカリエの執務室にいた。

 そこで優雅に寛いでいるララメル女王の身柄を確保するために。




 それから更に三十分後。


 私は執務を再開させていた。


 さっき産業省でつかまえたララメル女王が、私がちょっと官吏と話をしている隙に、またどこかへ行ってしまったのよ!


 憲兵隊にララメル女王の捜索と警護を頼み、同時にララメル女王を探して姿を消してしまったタンザ国王の安否確認もお願いすると、幸か不幸か自由の身になったっていうわけ。

 お二人とも、本当は女王の私が、しっかりおもてなししないといけないんだけど。


 でも、まずはお二人がどこへ行かれたのかわからない。

 それに、突然おみえになったから執務の調整ができてなくて、今日中に肩をつけないといけないことも何件かあった。


 だから、今のうちにそういったことを済ませておいて、執務が完全に片付いてから、ゆっくりお二人をおもてなしさせてもらうことにした。


 せめて夕食はお二人とご一緒できるといいのだけど、あの二人が同じテーブルについてくれるかしら。

 可能性は果てしなくゼロに近い気がする。

 でも、社交辞令上お誘いしないわけにもいかないから、声はかけなくちゃ……


 あああああ、女王ってめんどくさいわねーーー!


 心の中でどなり散らして、頭をかきむしりながら壁を幾度となく蹴りつける……そんな妄想でストレスを紛らわせつつも、私にしては賢明なことに執務の手は止めていなかった。


 あ、ちょっと余裕ができたら思い出したわ。


 明後日クラウス皇帝がおみえになったら、お昼に四人で会食するっていう話、したわよね?

 それにすっごく気を遣ったのはね、


『クラウス皇帝が行幸されるってわかってるはずなのに、なんでララメル女王とタンザ国王は、そんなときにわざわざセンチュリアに来るの?』


 ってことよ。


 ローフェンディアからしたら、うちの皇帝が行くって言ってるのに、どうして他国の君主が同じ時期に来るんだ、ローフェンディアを軽んじてるのか、って思うかもしれないわよね。


 だけど、クラウス皇帝がおみえになっているあいだ、お二人に隠れててもらうわけにもいかないから、ローフェンディアにはあらかじめ事情を説明したのよ。

 でもまさか、


『ララメル女王が宝物庫の鍵を持って逃げてこられるのを、タンザ国王が追いかけてくることになりました』


 とは、とてもじゃないけど言えないでしょ。

 だから、お二人がこの時期にセンチュリアを訪れる理由を、申し訳ないけどこっちで勝手にこしらえたの。


 ララメル女王が来られるのは、昨年の『世界会議』で親しくさせていただいたとき、センチュリアに大変興味を持たれたので、『世界会議』の会期中に訪問して頂く日程を決めてしまっていた、ということにした。


 タンザ国王が訪問されるのは、『中央大陸縦貫道』の分岐道建設のことで教えていただきたいことがあるのと、センチュリアにある建造物をご覧になりたいということで、お越しいただくことになった、という理由にした。


 そして、お二人ともこの日程しか空いておらず、どーーーしても変更することができませんでした、申し訳ありません! ってことにしたのよ。


 こんな超陳腐な理由しか思いつけなかったんだけど、ローフェンディアは快く了承してくれた。

 しかも、こちらこそセンチュリアを行幸先に決めたのが遅くなって申し訳ないと言ってくれた。


 クラウス皇帝がララメル女王と親しくて、タンザ国王も全く知らない仲じゃないから快諾してくれたのかもしれないけど、クラウス皇帝がお優しくて本当によかった……と思ったもの。


 まあ、センチュリアが行幸先に決まったのも、確かに遅かったけどね。新皇帝の威信をかけた行幸なら、もっと以前に決まっていても早すぎることはない。

 クラウス皇帝も純粋に忙しかったんだろうし、行幸先を決めるのにも気を遣ったのだと思うから、責めるつもりは全然ない。


 それはいいとして、問題はララメル女王とタンザ国王に、


『お二人は、これこれこういう理由でセンチュリアに来られました、とローフェンディアには説明してますので、口裏合わせよろしくお願いします』


 ってことを、どういう風に言ったら角が立たないかなあ、と思って。

 私、こういうの考えるの苦手なのよね。だから言い出しづらくって。


 でもいずれはお願いしないといけないんだもの、まじめに考えなくちゃね……と頭を悩ませていたら、


「同志よ、聞きたいことがあるのだが」


 私の中で旬の人が、とある人と一緒に執務室にやってきた。


「陛下……ピアスカ司法官、お疲れさまです」


 急いで立ち上がって挨拶すると、タンザ国王は機嫌よさそうにしていたけど、キアラさんは、


「本当にお疲れさまだわ。この国には、あの一軒しかまともなレストランはないのかしら」


 何の話かわからなかったので、返答に困っていると、


「同志、これからわれわれは、少々早いが夕食を摂ってこようと思うのだ。

 どこぞに適当なレストランはないかとこやつに尋ねたら、同志がご存知だと言うのでな。執務中すまぬが教えてくれぬか」


 タンザ国王の台詞でようやく事態が飲み込めた。

 そういえば、タンザ国王も帝国学士院の出身で、キアラさんたちと同期だったっけ。旧知の仲だもの、二人で食事くらいしたいわよね。


 で、キアラさんが言ってる『まともなレストラン』というのは、先日お連れした『ラフデンフィア』よね。


 私は侍女を呼ぶと、急ぎ『ラフデンフィア』の予約をしてくるよう申し付けた。

 そして、いつの間にかタンザ国王を見つけて警護してくれていた憲兵さんたちにも、お二人を護衛がてらレストランまでご案内するよう命じた。


 タンザ国王は、


「かたじけない、同志とはまたゆっくり語り合わせてくれたまえ。

 今日はとにかく、こやつが相談したいことがあるとうるさくてかなわんのだよ。ご存知かもしれぬが、私とこやつは学生時代の知己でね」


 申し訳なさそうにおっしゃってくださったけど、その横でキアラさんが、


「うるさいとはなによ、早くこんなところから出て行きましょう」


 とやかましいので、


「いえ、こちらこそ、また後日晩餐の席を設けさせてください。お気をつけて行っていらっしゃいませ」


 なるべく手短に申し上げると、二人は慌ただしく執務室から出ていった。さあ、執務に戻ろうかしらね。




 そうして、小一時間ほど執務に没頭していると、先ほど悲壮な顔で貴賓室に現れた中堅どころの侍女が、ララメル女王がようやく動きを止めて落ち着いたと報告をくれた。


「つまり、今まであちこちうろうろされていたわけね」


 はいそうです、ほぼ王宮全てを回られました……と力なく答えた侍女の息は、かなりあがっていた。

 憲兵隊員の人手も足りないのだろう。私への伝達係として、ずっとララメル女王について回っててくれたらしかった。


「どうもありがとう、お疲れさま。で、落ち着かれた先はどこなの?」


 私が問うと、私より年上でベテランなはずの侍女は、心なしか悲しげな顔になった。そして何かを諦めたようにうなだれて、


「はい、また産業省のザバイカリエ閣下の執務室にお入りになりました……」


 そういえば、この王宮には『ザバイカリエさまファンクラブ』というものがひそかに存在していて、うちの侍女たちも何人か入会してるんだっけ。この侍女も実はそのうちの一人かしら。

 ていうかララメル女王、王宮中をくまなくチェックして、結局ザバイカリエが一番お気に召したってこと?


 時計を見ると、まもなく定時の鐘が鳴りそうな時刻になっていた。

 タンザ国王はキアラさんと夕食に行かれてしまったし、今夜はララメル女王をおもてなししよう。

 ただ、執務はもう少しかかりそうだから、それまでこの侍女にララメル女王のお世話を頼むことにする。


「カタリーナ、ララメル女王陛下に今晩の夕食をご一緒したいと伝えてきてくれる?」


 私がそう言うと、中堅侍女カタリーナは少し明るい顔になった。


「はい、ひ……失礼しました、陛下」

「姫でも陛下でもどちらでも構わないわ、気にしないで。

 そのついでに、こちらにご滞在の間お泊まりいただくお部屋に、ララメル女王をご案内しておいてほしいの。

 私がお迎えにあがるまで、そのお部屋でお待ちくださるように伝えてもらえる? 今から一時間以内にお迎えにあがるようにするから」


 つとめて気さくな口調で話すと、カタリーナも自分の本分を思い出したのか、中堅侍女らしい冷静さを取り戻した。


「かしこまりました。

 ですが、大変申し訳ないのですが、ファレーラ女王陛下にご滞在いただくお部屋がまだ決められていなくて……わたくしたちと憲兵隊の方々で決めてよろしいでしょうか?

 先ほどタンザ国王陛下も外出されたようですが、国王陛下のお部屋も……」


 侍従侍女たちも憲兵隊も、クラウス皇帝をお迎えする準備に忙しかったんだろう。

 お二人に寝泊まりしてもらう部屋をいまだに決められてなかったみたいだけど、とがめる気はなかった。普通ならクラウス皇帝の行幸だけで手一杯なはずだもの。

 そういう意味では、お二人が気ままに振る舞われているのは、不幸中の幸いだった。その間にこうして準備ができる。


「もちろんよ、お願いね。タンザ国王陛下のお部屋もお任せするわ。

 今はピアスカ司法官と外出していらっしゃるから、お戻りになられたら、ご案内して差し上げてね」

「はい、承知致しました陛下。では失礼致します」


 『ザバイカリエさまファンクラブ』会員に違いないカタリーナは、足取り軽く執務室を出ていった。


 カタリーナはじめ侍女たちはきっと、ララメル女王の部屋は、極力ザバイカリエの執務室から遠いところがいいと主張するわね。

 そして、その部屋にララメル女王をお通ししたあかつきには、『決して部屋から出ずに! こちらでお待ちください!』と念押しすること間違いないわ。

 まあ、その方が私も探す手間が省けていいんだけど。


 さあ、あと一時間以内にこの『本日中』と書かれた箱の中の書類を全部片付けなくちゃ。


 私はまた書類の海へと戻っていった。

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