美女と奇才3
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三人の姿を視界に入れたものの、すぐには言葉が出てこなかった。
ララメル女王とタンザ国王の爆弾発言大会に、自分で思っていたよりも動揺していたのかもしれない。
私は精神的に一息つこうと、貴賓室全体をざっと見渡した。
貴賓室には時代を感じさせるものが多い。なのに、古ぼけた風に見えないのは、侍従侍女たちが日頃から調度品を大切に手入れしてくれているおかげだった。
藤色の絨毯はセンチュリア独自の製法で作られたもので、毛足が短いのにとても踏み心地がいい。
テーブルも木の部分は飴色にぴかぴか輝いているし、ソファの布張りの背もたれや座面もへたれていない。
暖炉のとなりには、オーリカルクの鉱石をくりぬいて作られた巨大な置き時計が、どっしりと鎮座して時を刻んでいる。
そして窓際では、何代目か忘れたけど過去の王様が西の森で仕留めたという、大きな鹿の剥製がたたずんでいる。
……鹿さんのつぶらな瞳を見たら、ちょっと心が落ち着いた気がしてきたわ。大丈夫よ、そんなに長々とぼーっとしてないから。
さてと、気持ちを切り替えよう。
私はまずララメル女王とタンザ国王に深々と一礼した。そして憲兵隊長に、
「侍女に、お茶菓子を持って来るよう伝えてちょうだい」
と指示すると、憲兵隊長は心の底からの笑顔を浮かべて、足取り軽く貴賓室を出ていった。
しばらく一人にしてしまったのは申し訳なかったけど、もうここから出ていける憲兵隊長がうらやましい。
罵倒大会はもう終わったと見ていいのかしら。終わったのだといいんだけど。とりあえず、ご挨拶しなくちゃね。
「お二方とも、遠路はるばるお疲れさまでした。
まもなく茶菓子もまいります、どうぞおかけになって、ごゆっくりなさってください」
お二人が『ようこそお越しくださいました』と言える事情でセンチュリアにいらしたわけではないので、こうとしか言えなかったのだけど、もう少しいい台詞はなかったかしら。自分の語彙のなさが悲しかった。
とはいうものの、先ほどまでの喧騒を聞いていないそぶりで、なおかつ冷静に言えたのがよかったのか、二人の君主は暴言戦争を再開させるつもりはなさそうだった。
ララメル女王はタンザ国王に向かって『ふん!』と言いたげな顔をしたけど、おとなしくソファに腰掛けてくれた。
一方のタンザ国王は、ララメル女王の存在自体を無視することに決めたのか、この無礼な態度を全く意に返さなかった。ゆったりとララメル女王の対面に座ると、今まで一人で私を待っていたかのようにのたまった。
「ところで同志よ、この週末、クラウス皇帝がこちらに行幸されるのであったな」
そうなんです、お二人ともよくもまあこの忙しい時におみえになってくださいました……なんて、口が裂けても言えない。
「はい、明後日の昼前にはこちらに到着される予定です」
だから、お二人の来訪がクラウス皇帝の行幸と重なったら四人で会食しましょう、ってローフェンディア側にはお伝えしてあるんです。
お二人を放っておいて、クラウス皇帝だけ盛大におもてなしするわけにもいかないでしょ?
私はララメル女王のとなりに座ると、とりあえず明後日の昼食の件だけお願いすることにした。
実は、まだお伝えしないといけないことがあるんだけど、今はやめておく。私の頭の中が混線しそうだから。
「クラウス皇帝も、せっかくお二人がいらっしゃるのでしたら、ゆっくりお話されたいと思いますので、当日の昼食は四人で摂りたいと思うのですが、いかがでしょうか?」
私がこう告げると、二人とも多かれ少なかれ動揺したように見えた。
そりゃそうよね。ただお昼ご飯を食べて談笑するならいいけど、もしも『宝物庫の鍵の奪い合いをしにセンチュリアたで来ました』なんてことがクラウス皇帝に知れたら……
先に逃げたのはララメル女王とはいえ、タンザ国王もクラウス皇帝に合わせる顔がないもの。
「そ、それはもちろん構いませんけれど、アレク、その」
大きく動揺したララメル女王は、私と同じことを考えたのだろう。おろおろしながら私の手を取った。
だけど、表情はほとんど変えなかったタンザ国王は、
「お気遣いは無用だ、同志。われわれは招かれざる客。
皇帝の行動も把握できぬ、愚かな君主から宝物庫の鍵を奪取すれば、即刻ファレーラ王国に向かうゆえ心配召さるな」
とてもまっとうなお考えとご発言なのに、またララメル女王を焚きつけるような単語を入れてきた。
どうして『愚かな君主』とか余計な一言を放り込まれますか。
「誰が愚かな君主ですって!?」
ああ、また始まっちゃうのかしら。
「わたくしが、クラウス皇帝の行幸先を存じ上げないとでも思っていますの!? 存じ上げているに決まっているじゃありませんか!
わたくしが丁重なお断りの文を出しましたのに、わが国に土足で入り込んだのはどちらですの、そちらではありませんか!」
ララメル女王には申し訳ないのだけど、いくらタンザ国王がお嫌いでも、『世界機構』の公的な要請に応じないのはどうかと思う。
多分だけど、ララメル女王の『丁重なお断りの文』は、そもそも『世界機構』に送られなかったんじゃないかと私は考えている。
今のララメル女王のご様子を見ると、きっとご自分の王宮でも、タンザ国王への怒りをあからさまにしていたんじゃないかしら。重臣たちもそれを目にしていて……
『丁重なお断りの文』とはいえ、そんな気持ちが手紙に反映されていたら、受け取った『世界機構』はファレーラ王国をどう思うだろう。
ララメル女王が私に送ってくれた手紙には、『それはもう激しく抗議した』って書いてあったし、どこまで丁重に書かれたのかもわからない。
その『丁重なお断りの文』に、『世界機構』からお返事が来たともララメル女王からの手紙に書いてあったけど、それも重臣たちがお返事の内容を口裏合わせて作って、ララメル女王に伝えたんじゃないかと思う。
そもそも、君主のごく個人的な感情で『世界機構』からの要請を断るなんて、普通できないのよ。
ララメル女王なら、そんなこと百もご承知のはずなんだけど……
「文だと? そんなものが送られたことなど、全く聞いていないが。
きさまのことだ、あまりに無礼な文をしたためたゆえ、重臣に送らない方がよいと判断されたのだろう。
そもそも『世界機構』の調査に応じないなど、加盟国として許されるとでも思ったのか、たわけが」
タンザ国王は、ララメル女王からの『丁重なお断りの文』が『世界機構』に届いていないという現実と、私の想像を何倍にも辛口にした推測を述べた。
『たわけが』の口調が、どこかで聞いたことがある気がしてはっとした。
友人同士って話し方も似てくるものなのかしら。本人たちは全力で否定するだろうけど。
この『たわけが』には、言われた人をかなり深い谷底に突き落とす力がある。あの人の口調に似ていたから、なおさらその威力は凄まじかった。
「……おまえの方が」
低くて凄みのある声が至近距離から聞こえた。
思わず身震いしてとなりを向くと、ララメル女王がソファから身体を起こして、ゆらりと立ち上がった。
南国三大美女と謳われる美しい容貌は、落ち込むどころか怒りに燃えたぎっていた。
いつもは陶器のように艶やかな頬はますます紅く染まり、瞳には見据える相手を射殺さんばかりの力がこもっていた。
「『世界機構』などの要請を蹴るより、わたくしの幸福を踏みにじった、おまえの方がよほどのたわけ者じゃ!」
怒りに震えていても華麗な声でどなりつけると、ララメル女王は私の制止も聞かず貴賓室を出ていかれてしまった。
外で短い悲鳴のような声が聞こえた。
お茶菓子を持ってきた侍女が、ララメル女王にぶつかりそうになったんだろう。申し訳ございません! と怯えた声の謝罪が後に続いた。
その侍女が、少し青ざめた顔で貴賓室に入ってきて、元気なさそうにお茶菓子を置いて出ていくと、タンザ国王があきれ果てた顔つきになった。侍女にあきれたわけじゃないのはわかる。
「私がいつ、あの女の何を踏みにじったというのだ。踏みにじるも何も、今まであの女に関わったことなどないのだが」
あなたがララメル女王にした仕打ち(と言っていいか謎だけど)を知ったら、なんとおっしゃるでしょうか。
たとえ知ったとしても、『そんなこと知るか、ホーンアイルを引き止めておけないあの女が悪い』で片付けられそうな気もしますけど……
私はタンザ国王にお茶菓子を勧めると、さりげなくララメル女王との接点を聞いてみることにした。
「陛下はララメル女王と会談などなさったことは、おありですか?」
まさか去年の『世界会議』の大舞踏会でのことは言えないから、こういうふわっとした質問にしたのだけど、タンザ国王の返答はきっぱりしていた。
「一切ない。数年前、私が国王として初めて『世界会議』に出席した折、挨拶はしたが。
あとは昨年の『世界会議』の初日、『各首脳担当分野会議』で初めて同じ担当分野になったが、個人的な会話は一切していない。あのときは、同志も同じ担当分野だったな」
「そうですね」
あのとき……去年の『世界会議』の初日の会議では、タンザ国王の印象はかなり悪かったのだけど、今はこうしてお話できるようになった。それは本当によかったと思う。
それなのに。
ほんとまじめに真剣に切実に、ララメル女王とタンザ国王がこのまま険悪ムードだったら、安心してクラウス皇帝をお迎えできない。
お二人とも、ご自分のお立場はわかっていると思うのだけど、特にララメル女王の憤激ぶりを見たら、クラウス皇帝の御前でもああなってしまうんじゃないかと、少し心配になってしまう。
なので、お二人にはこの際仲良くなくてもいいから、せめて普通にしていてもらいたいなあ、と思っていたらタンザ国王が、
「あの女、私を恋敵か何かと勘違いしているような剣幕だったな」
なんて言うもんだから、ほおばっていたクッキーを喉に詰まらせそうになった。
「まさか、そんなことはないと思いますが」
ある意味そうかもしれません、なんて言えるはずがない。
タンザ国王はこの考えが気に入ったのか、パウンドケーキをつまみながら、
「私も学生時分には、劇などで女の役をさせられたことがあるほどでね。本物の女どもより美しく変装したものだ」
「そうですか」
話が微妙に怪しい方へずれた気もするけど、過去の美女ぶりを明かしてくださった。
改めて、失礼にならないようにタンザ国王を拝見する。
背丈はユートレクトやアンウォーゼル捜査官ほど高くないし、体格も筋肉隆々とか骨太という感じではない。
もちろん、女性にしては大柄で体格もいいララメル女王や私より背は高いし、体つきもしっかりしていらっしゃるけど。
お顔も細面で、中性的な感じがしなくもない。
これなら、女性に変身させても綺麗なお姉さまになれたかもしれない……十数年前なら。
今はだめよ、三十前後のおっさんにそんな格好させたら、犯罪以外の何物でもないわ。
「もしかすると……」
私が空想上で現在のタンザ国王を女装させて、ひそかに気分を悪くしている間に、タンザ国王も何やら考えていたらしかった。
「私が『世界会議』で親しく話をしていた者の中に、あの女の意中の男がいたのだろうか」
のど自慢で満点を取った人に鳴らす鐘の音が、私の頭の中で高らかに響き渡った。
タンザ国王、もしかして妙に鋭いのかしら。
よし、ここは目の前にきた船に飛び乗る気持ちで、タンザ国王の話に乗ってみよう。
もしかしたらもしかすると、ララメル女王からホーンアイル公爵を奪って(?)いったことを、少しは後悔してくれるかもしれないし……無理だろうけど。
「陛下がご親密にされている方々とおっしゃいますと、どのような方々なのですか?」
他の君主の交友関係に純粋な興味もあったし、気楽な感じで尋ねたのがよかったみたいで、タンザ国王は不審がる様子もなく話してくれた。
「西方大陸に限らず世界中に友はおるぞ。建築がらみが多いが、みな気のいい連中ばかりだ。
コキタバナル王国のカイエナ国王に、ユヴァキス連邦のグラン・オルタ大統領、おお、同志と同じ永世中立国の弁当箱閣下も建築仲間だ」
「そうだったんですか、存じ上げませんでした」
今度弁当箱閣下……じゃなくて、フォレイト連邦共和国のブローラ首相にお会いしたら聞いてみようっと。
あ、コキタバナル王国とかユヴァキス連邦とか、覚えなくていいからね。
ちなみに、タンザ王国は西方大陸地域の国だから、私もララメル女王も、普通ならタンザ国王とお話する機会はあんまりないはずだったのに、どうしてこうなったんだか。
タンザ国王は、あとは……とつぶやくと、お菓子をほおばりながら『世界会議』のとき会った人たちを指折り数え始めた。
「昨年の『世界会議』で話した面子といえば、一日目はあの方とあいつとあいつの奥方と、あいつとあいつとあの方とあの御仁と……」
そうして、二日目、三日目、四日目、五日目……とご丁寧に一日ずつ記憶をたどっていたタンザ国王の指が、六日目の途中でぴたりと止まった。
タンザ国王はうんうんと納得するように首を二回縦に動かすと、テーブルに両手をついてずいっと私の方へ身を乗り出してきたので、申し訳ないけど、親指一本分くらい後ろへのけぞってしまった。
「同志よ」
「はい」
「わかったぞ」
「な、何がですか」
「あの女の意中の男だ」
「はい?」
まさか。
去年の『世界会議』で話した相手の記憶をたどっていって……思い出してしまわれましたか?
「彼はだめだ」
「彼とは……」
ホーンアイル公爵ですか、と言いたい気持ちを抑えて聞くと、タンザ国王は他言無用に願うぞ、と念を押してから話してくれた。
「スコットには国に婚約者がいるのだ。本人が乗り気でないゆえ、あまり公にはなっていないが。ファレーラ王国の女王が相手でも、あの縁談は断れぬだろうな」
スコットさん……意に沿わない結婚を求められているのはかわいそうだけど、どなたかしら。
各国の君主のファーストネームを覚えていないなんて、不勉強な自分が恥ずかしいわ。
どうしよう、恥をしのんでタンザ国王に聞こうかしら、と迷っていると、タンザ国王は自分の考えが確信にたどり着いたことを喜ぶような声で叫んだ。
「彼だ、彼しかいない。『世界会議』の六日目、大舞踏会のときだ。あの女が嬉しそうに彼と歩いているところへ、私が声をかけたのだ、間違いない!
私があの女に恨まれる接点は、あのときしかないはずだ!」
気づいてくださいましたか……
スコットさん=ホーンアイル公爵には婚約者がいらしたのね。こればかりはどうしようもない。ご本人が乗り気でない婚約をされているのは、とてもお気の毒だけど。
ララメル女王でも敵わない女性となると、お相手はかなり大国のお姫さまなのかもしれない。ララメル女王の恋は、タンザ国王に邪魔(!)されなくても、前途多難だったってことね。
だけど、ララメル女王が知ったらどんなに悲しまれるか。
ホーンアイル公爵のこと、とてもお気に召していらしたもの。
こう申し上げるのはとても厚かましいけど、私にとってララメル女王は大切なお友達。
だから、ホーンアイル公爵のことはとても残念だけど、せめてタンザ国王にとって、ララメル女王の印象が少しでもよくなってくれると嬉しいのだけど.…どうしたらいいかしら。
私は紅茶を一口飲むと、思い切って口を開いた。
「恐れながらララメル女王は、真剣に生涯の伴侶を探しておいでだとお見受けしております。
ホーンアイル公爵とどのような間柄かは存じ上げませんが、もし誠実な交際を望んでおられたお相手だったとしたら、とても残念に思われるでしょう」
私なりに考え抜いた台詞に、タンザ国王は心底驚いたようだった。
「なんと、同志はあの女がまじめに夫を探しているとおっしゃるのか!?」
ええそうなんです。
ララメル女王はああ見えて、とても乙女なところがあると思う。
私なんかよりずっと前から、『理想の殿方探し』をしているララメル女王に、早くふさわしい男性が現れてほしい。
「はい、ララメル女王は、外見はとてもお綺麗で華やかで、社交的でいらっしゃいますが、心では一人の殿方と結ばれたいと考えておいでではないかと……出すぎたことを申し上げますが、そう推察しております」
これは嘘や偽りなく思っていることだから、私の口調も熱の入ったものになった。
それがかえってよかったのか、タンザ国王はそうか、とつぶやくと、何か考えるみたいに腕組みをしてしばらく口を閉ざした。
タンザ国王のお菓子のお皿が空になっているのを見て、自分がまだそれほどお菓子を口にしていないことに気がついた。失礼にならない程度にパウンドケーキをつまみ、また紅茶を飲もうとしたとき、
「そうか!」
唐突にタンザ国王が大声とともに立ち上がったので、危うくティーカップを落としてしまいそうになった。
「ど、どうなさいました、陛下」
平静を装ってティーカップをお皿に置くと、タンザ国王は『いいこと考えた!』というときの子供のような顔でこうのたまった。
「あの女に新しい男をあてがってやればよいのだ」




