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女王生誕祭1



 翌日。


 今日は女王生誕祭……私の誕生日なので、センチュリアはお祭りムードに包まれている。


 お昼どきの市街地は、いつもの休日に増して賑わっていた。

 『姫さまおめでとうございます!』という歓声に応えながら向かっているのは『マロ食』。今日はここで夕刻まで羽目を外そうと、みんなも楽しみにしてくれているらしい。


 私の護衛をしてくれている憲兵隊員たちには、この時期に仕事を増やしてとても申し訳ないのだけど、今日の集まりはクラウス皇帝の行幸が決まる前から予定していたので、どうか勘弁してほしかった。


 あまり……というか、ほとんど浮かれた気分にはなれないのだけど、友人たちに会えるのはやっぱり嬉しかった。チェーリア以外の友人には、もう何年も会っていなかったし。


 『マロ食』によく行っているらしい憲兵隊員たちと、どのメニューが好きかという話で盛り上がっているうちに、目的地に到着した。


「では陛下、我々は周辺におりますゆえ」

「何かありましたら、大声で叫んでくださればすぐ馳せ参じます」

「ごゆっくりお楽しみください」


 憲兵隊員たちの敬礼に、私も軍の最高責任者として(女王だから一応そうなのよ!)返礼をしてから、店内に入ったのだけど。


 憲兵隊員の皆さんも呼んでくださったわね、私のこと陛下って。

 ベイリアルに陛下と呼ばれてからまだ一日しか経ってないのに。


 ベイリアル以外の重臣たちは、昨晩の集まりがあるまで私を陛下とは呼んでいなかったと思う。国務省以外の官吏にも呼ばれなかったし。

 みんな、あの席でベイリアルが私を陛下と呼んだのを聞いて、初めて呼んだのだと思う。

 それなのに、私を陛下と呼ぶのに抵抗があるようには聞こえなかった。

 でも、年長者のベイリアルに合わせただけかもしれないし、重臣たちは私よりずっと年長だから、たとえ私を陛下と呼びたくないと思っていても、感情を表に出さないだけなのかもしれないし……


 って、しっかりしなさいよ、アレクセーリナ・タウリーズ!


 なにまだぐちぐち言ってるの?

 この調子だと、王宮の全員が明日からあんたのこと陛下って呼び出すわよ?

 あんたのこと好きか嫌いかなんて、関係ないの。

 好きだろうが嫌いだろうが、上からの命令だろうが何だろうが、あんたを正式に『陛下』として仰ごうって、みんなが腹を決めるってことなのよ?

 そのとき、仰がれるあんたがしっかりしなくてどうするの!?


『君主が自分に自信を持てないということは、自分の治める国や民に対して、自信を持てない、信頼をおけない、と言っているのと同じことだ。

 それは、国や民に対する侮辱以外の何物でもない。

 もし、おまえが信じて身を任せている人間に、おまえが信じられていないとしたらどう思う。そんな人間に、身を預けられるか?』


 あの人を宰相に任じてからしばらくしたとき、病床でくれた言葉が胸を刺した。


 私のしつこく思い悩んでしまう癖は、全然治っていなかった。自分に嫌気がさしてくる……


「いらっしゃいませ!」

「あ、姫さま、お久しぶりです!」

「お誕生日おめでとうございます!」


 給仕娘たちの明るい声が、私を『マロ食』の店内に引き戻した。


 ここに来る途中声をかけてくれた人たちからは、まだ陛下と呼ばれていないけど、官吏たち全員が陛下と呼びだしたら、一般の国民たちも私を陛下と呼ぶんだろうか。


 それなら余計しっかりしなくちゃいけないじゃない。

 さあ、今から心を入れ替えるわよ、がんばれ私!


 私は心の中で自分に平手打ちを食らわせて喝を入れると、どうもありがとう、今日はお世話になるわね、と迎えてくれた給仕娘たちに笑顔で応えた。


 そうやって給仕娘たちと雑談していたら、フランシスカよりも若い給仕娘が、にこにこしながら小走りでやってきた。


「姫さま、お待ちしてました。お誕生日おめでとうございます! 今日担当のマリーカです、お部屋までご案内しますね」

「どうもありがとう。ごめんね、きっと騒がしくなるから先に謝っておくわ」


 私のあらかじめの謝罪に、初々しいマリーカは、


「いえとんでもないです! いつもお忙しいんでしょう? 今日はゆっくりしてらしてくださいね」


 裏のない笑顔で応えてくれた。


 私もこんな時期があったのかな……これほど純粋な笑顔を他人に向けていた時が。


 マリーカの後ろを歩きながらそんなことを考えていると、


「チェーリアさんや他の皆さんも、もうおみえになってますよ。皆さん姫さまが来られるのを、とても楽しみにしてるみたいでした」


 マリーカがこちらを振り返って、またにっこり笑ってくれた。

 その表情には、心から『マロ食』での時間を楽しんでもらいたいという気持ちが現れていた。この子は給仕の仕事が好きでたまらないんだろう。


 よかった、チェーリアが『マロ食』を辞めても、こんな子がいてくれたら、女将も安心だろうな。


「そう……今日は祝日だし、特に忙しいだろうけど頑張ってね」

「はい、ありがとうございます! ではごゆっくりどうぞ!」


 精一杯の気持ちを込めてお礼を言うと、マリーカが個室のドアをノックして開けてくれた。


「あ、アレク、お疲れ!」

「さっ、本人からゆっくり話を聞きましょうか」

「どんな人なのかしら宰相閣下って、楽しみ!」


 席に着いていた友人たちが一斉に声をかけてきたので、少しびっくりしたけど、懐かしい面々に私の顔もすぐほころんで……ってちょっと待って。


 なんかいきなり不穏な台詞が聞こえたわね。

 誰から、ゆっくり、どんな人の話を聞くですって?


「アレク……」


 とりあえず空いていた席に座ると、となりから悲痛なうめき声が聞こえてきた。チェーリアだった。


「どうしたのよチェーリア、この世の終わりみたいな顔して」

「しゃべっちゃった……」

「え?」


 蚊の鳴くような声でうめくチェーリアに問い直すと、


「だめじゃないチェーリア、自分から言っちゃ」


 かわいらしい声がチェーリアをたしなめた。


「そうよ、あんたが暴露しなくても、どのみちレオナがアレクから聞き出すんだから、気にしない気にしない!」


 肝っ玉母さんみたいな豪快な高笑いがその後に続いた。


「というわけだからアレク、チェーリアを責めちゃだめよ」


 眼鏡の奥で切れ長の目をきらめかせたレオナが、私に釘を刺したのだけど。


 いやだからちょっと待って、落ち着いて状況を整理させてくれる?


「……えっと、つまり、チェーリアがあんたたちの誘導尋問にひっかかって、私の秘密をしゃべったけど、どうせ私からも直接聞き出すつもりだったから、チェーリアを責めないで、ってこと?」

「そうよ、宰相閣下とおつきあいしてるんでしょ?」


 ぼとっ。


 レオナのあまりに直球どまんなかストレートな一言に、使っていたお手拭きを落としてしまった。


 いやこら待て待て待て!


 チェーリアにいろいろ聞いてもらってたときは、間違いなく、確実に、おつきあいなんてしてなかった。

 それが、どこをどうしたらそんな話になるのよ。


「チェーリア、あんた、みんなになんて言ったの」


 私はとっても冷静に言ったつもりなんだけど、チェーリアの顔がすごく怯えているのはどうしてだろう。


「だってだって、最初あんたたちを見た時、本当に仲良さそうだったし、うまくいくと思ったから、つい、そのっ、お付き合いしてるも同然って」


 あのね。

 先日のデート直前までは、それはもう危機的な状況だったんです。


 しかも今、ユートレクトはセンチュリアにいないし。

 私も急に陛下なんて呼ばれたりして、さっきまで精神的に動揺してたし。


 そんなこんなでね。


 張り詰めていた気持ちの糸がついにぶち切れてしまった。


「勝手に話を盛るなあああ!

 ぅうううまくいってなかったら、どーーーするつもりだったんだあああああんたはあああああ!!」


 私は女王にあるまじき絶叫をあげると、チェーリアの前に積まれていた生クリームがたっぷり乗ったパンケーキをむさぼり食べた。




 五分後。


 ようやく落ち着いた私は、旧来の友人たち……レオナとカミラ、そしてサーシャに、今まで何も言えてなかったことを謝った。そして、改めて例の人との交際が始まったばかりなことをみんなに伝えた。


 レオナたちは、気分を害してる様子は全然なくて、女王である私の事情をよく理解してくれていた。

 むしろチェーリアから私のことを聞き出すのを、心底楽しんだみたいなのでほっとした。かなり尋問されたらしいチェーリアには申し訳ないけど。


「アレクの周りにいる男の人って、おじさんばっかりなんでしょ? なら、おじさんじゃない人しか相手にならないもんね。

 さすがレオナ、よく気づいたわよねー! 私は全然わかんなかったけど」


 二児の母とはとても思えない、かわいらしい容姿のサーシャが、これまたかわいらしい声でのたまった。


「あんたのところに来る縁談は、たいがいクズだって聞いてるよ。オーリカルク目当ての結婚なんて冗談じゃないっての!

 いくら男前でも、そんなクズの国の男となんて絶対結婚しちゃだめだよ!」


 オーリカルク鉱山の現場で働くカミラが迫力のある声で私に迫った。当然、私だってそんな政略結婚はお断りだから、


「もちろんよ、そんな国の人とは結婚しないわ絶対に。女王として約束する」


 まじめに応えたのだけど、


「というわけで、ね」


 切れ長の目をすうっと細めてレオナがつぶやいた。


「日々接するのはほぼおやじばかり。縁談の男にもロクなのがいない。

 更に悲しいことに、復縁できそうな過去の男もいない。

 そうなると、あんたの環境で恋愛対象になりえる男は、どのみち一人しかいないのよね。相手が一般官吏とかでない限りは」

「まさかと思ったけどねー。あの人、アレクの好みじゃないと思ったんだけど」


 レオナの恐ろしい分析を受けて、サーシャがいまだに驚きを隠せないというように言った。


「そう? 私はあの人いいと思うよ。体格も脱いだらしっかりしてそうだし、武芸全般得意なんだろ? アレク、あんたなかなかいい男つかまえたよ」

「やだカミラ、あんたマッチョかどうかだけで判断してるでしょー」

「あの人はそこまでマッチョじゃないよ。私からしたらまだまだ筋肉が足りないね。それに顔がもっといかつくないと」

「えー? 私はもっと優しそうな人がいいなー」


 鉱山女子にかかると、わが最強の臣下はもやし扱いになるらしい。

 サーシャとカミラの話が、自分たちの異性の好みに変わってきたところで、


「……アレク」


 顔面蒼白なチェーリアが私の手を弱々しく握った。


「本当に、本当にごめん……勝手にしゃべっちゃって」


 だけど、チェーリアを責めるつもりは全くなかった。昔からレオナの追求を逃れられる人間はこの中にいなかったから。それに、


「いいよ、みんなに話せてなかったのも心苦しかったから、ちょうどいい機会になったよ」


 そう。

 チェーリア以外の友人には会う機会がほとんどなかったこともあって、ずっと話ができないでいた。

 一番の友達はチェーリアなのだけど、他のみんなに話していないのが心苦しくもあったから、結果こうなってよかったと思う。


 今日は私のそっち方面の話をするつもりは全くなかったんだけど、ここまで話が進んでしまったら止めようがなかった。

 みんなが私のプライベートを口外する人たちじゃないのは、私が一番よく知っている。それを信頼しよう。


 先ほどおたけびを挙げまくり、パンケーキを食べまくったせいか、心はだいぶすっきりしていた。

 人間、どこかで発散しないとだめなのね。自分をさらけ出させてくれるみんなに会えてよかった、ありがとう……と、友人たちに感謝していると、


「それじゃあもしかして、この週末は初デートだったとか?」


 株式取引所に勤めるレオナの頭の切れ味は、いまだに衰えることを知らないらしかった。

 私ががっくりと頭を垂れると、


「当たりみたいだよ、レオナ」

「やったね、とうとう卒業したのね、おめでとうアレク!」


 カミラとサーシャが嬉しそうに手を叩いた。


「何からの卒業だってのよ」


 思わず何も考えずにつっこんでしまったのだけど、


「えー、それ、ここで言っちゃっていいの? それはもちろんし」


 サーシャがとんでもない単語を口にしそうになったので、私はあらん限りの声を出してそれを阻止した。


「そういえば、あんたここに来るとき、あの人といること多いわよね。

 今日は一緒に来てるの? もしかしてカウンターにでもいる?」


 本日のチェーリアは、どうしても私の地雷を踏んでしまうらしかった。

 だけど、さっきのおたけびとどか食いで、私は冷静さを取り戻していた。なにより、みんなに余計な心配や迷惑をかけるつもりはない。


「今日は一緒に来てないの。一昨日から出張みたいなのに行っちゃって」

「そっかー、せっかくお付き合いし出したのに、寂しいね」


 サーシャが残念そうに言ってくれた。


「いつ帰ってくるの?」

「うーん、ちょっと長いこと戻らないのよ」

「そうなんだ……でも、それなら、なおさらよかったね、お付き合いすることになって。早く帰ってきてくれるといいね!」

「うん」


 視線を落とした先で、肌身離さずつけている指輪が光った。


 そっか、ベイリアルや重臣たちも、もしかしたらこれに気がついて私を陛下と呼ぶことにしたのかしら。

 だとしたらマーヤとほぼ同じ理由になるから、とてつもなく恥ずかしんだけど……なんてぼーっと考えていると、


「あーーーっ、その指輪!」


 しまった、と思った時には遅かった。

 サーシャが鬼の首を取ったような勢いで私の右手をつかむと、薬指についているものを凝視した。


「まさかこれが婚約指輪!?」


 から始まって、


「いつの間にそんなとこまで話が進んだのよ、聞いてないわよ!」

「そうだよ、そういえば、そもそものきっかけとか、まだ全然知らないしね」

「さあ、洗いざらい白状してもらうわよ、覚悟なさい」


 と、友人たちの間で勝手に話が進んでいった結果、聞き役と食べ役に徹するはずの私は、本格的に尋問されるはめになった……

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