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来訪者1



 年始の連休が終わると早速、主要道路八本の本格的な調査が始まった。


 『分岐道建設調査班』の本部になっている王宮の大会議室は、暖房と人の熱気で、冬なのに汗がにじむほどの暑さだった。


「始まったわね」

「調査には長い時間がかかります。こちらもそのつもりで見守らなくてはなりません。

 この方法が最も効率的だとは思いますが、初の試みではなにが起きるかわかりませんから、気は抜けません」


 私がハンカチで額の汗を押さえると、この調査班の統括者になっているユートレクトは、『主要道路交通実態調査 手順書』と書かれた冊子で自分の顔を扇いだ。


 道路調査をするとき算出しないといけないことは、いろんな本に書いてあったのだけど、調べ方となると、そういったことをまとめた書物は今のところまだないのよ。


 他の中央大陸の国々にも問い合わせしてみたのだけど、調査方法は国によってみんな違ってて、センチュリアみたいにこんな調査長年したことない国も多かった。


 というわけで、こういったことに一番しっかりしているローフェンディア帝国の調査方法を基礎にして、国家の規模が小さいセンチュリア風に改造した調査方法を作ったのよ。


 重臣たちと何度も模擬調査試験はしたのだけど、机と頭の上で考えるのと実際現場で調査するのでは、全然違うと思う。やっぱりね、現実世界では何が起こるかわからないもの。


「同時にこれだけの調査をするなんて、センチュリアだからできるけど、ローフェンディアだったら絶対無理よね」

「帝国でしたら、各領地に調査を委託するでしょう。あの広大な国土すべてに帝国直轄の役人を派遣させていては、どれだけ役人がいても足りませんから」

「そうね、調査方法さえ統一できていたら、誰が調べても同じ結果が出るものね」


 主要道路八本の調査、実は交通量の調査だけじゃ済まないのよ。


 確かに、交通量の調査が人員的には多くを占めるし、ご近所の住民の皆さんの目にもつくのだけど、他にも調べないといけないことがたくさんあった。


 例えば、その道路をどれだけ利用しているかとか、道路が近所にあることで助かったり迷惑していることや、不便なことはないかとか。どんな施設がこの道路の近くに欲しいかとか。


 道路自体のことじゃないのだけど、その道路が周りに住んでいる人たちとどう関わっているのかも調べないといけないのよ。


 私がしたいと思っている、街の区画整理とか施設の増設に関係することも多いから、その点ではいい機会になってよかったのだけど。


 この調査は、住民台帳からランダムに選んだ皆さんのところに、調査班がお邪魔して調査票を書いてもらうもの。

 無記名でいいから、皆さんがなんて答えたのかはこちらにわからないし、プライバシーの保護もばっちりよ。


 それはさておき、こういうことも調べてから、分岐道を建設するときの具体的な問題を考えるってわけ。


 実はセンチュリアは、分岐道を新たに建設しなくてもいいことになったのよ。

 既におとなりのサブスカ王国との交易路になっている道路があるので、それを新たに拡張整備して分岐道にしようって、去年の『世界会議』で決まったの。

 これなら、一から道路を作るよりはるかに費用が抑えられるから、とてもありがたい。


 だから、センチュリアは交通調査とかしなくてもいいんじゃない? とちょっと期待したんだけど、残念ながらそういうわけにはいかなかった。

 分岐道として各国とつながる新しい道路ができるっていう扱いになるらしくて、交通調査は必ずしてください、と釘を刺されてしまったのよね。


 道路一つ作るのにも、いろいろ調べないといけないことがあるってことがわかったのはいいけど、ここまで来るのは本当に大変だったわ。


 暑そうにしている調査班の皆さんを見て、ユートレクトは大会議室の窓を開けた。冬の寒さも、この熱気のなかでは心地よく肌を刺してくれた。

 私もほてった頬に適温を聞きながらいくつか窓を開けた。


 そろそろ姿を消すことにして、後の窓の開け閉めを事務の女の子に頼んでから、この部屋の責任者に声をかけた。


「そろそろおいとまするわ、今日は一日こちらなのね?」

「はい、定時後執務室に参ります」

「わかりました、お疲れさま、こちらの皆さんにもよろしくね」

「お心遣い感謝します」


 重臣たちの前ではともかく、一般の官吏の前では、言葉を崩さないようにしていた。

 それは暗黙のうちに了解してくれているみたいで、ユートレクトも私をおまえ呼ばわりすることはなかった。


 さてと……


 私は執務室に戻りながら、今日の予定を頭の中で確認することにした。


 もう少ししたら、オーリカルクを採掘している労働者の代表さんや商店街の役員さんたち、その他各団体のお偉いさんが年始の挨拶に来るはずだから、その応対と……

 そういえば年末、国務大臣が年明けで構わないから報告したいことがあるって言ってたわね、それも聞かなくちゃ。何かしら、厄介なことじゃないといいんだけど。


 それが終わったら、各大臣の日報と年末年始の経済カルテに眼を通して、このへんでお昼になるかしらね。

 ご飯を食べたら、すぐ侍医のところに行ってこなくちゃ。後は…


「ひ、姫さま、こちらにおいででしたか!」


 後ろから切迫した声が近づいてきたので振り返ると、腰の曲がった臣下が息を切らせてあえいでいた。


「どうしたのベイリアル、そんなに息を切らせて」


 重臣最長老の国務大臣ベイリアルが、今にも倒れそうになっていたので、労わるように声をかけたのだけど、それでもベイリアルの動揺は収まらなかった。


「お、おみえになったのです、アンウォーゼル卿が!」

「何を言っているの、アンウォーゼル捜査官がセンチュリアにおみえになるのは、まだ先のことでしょう?」


 アンウォーゼル捜査官というのは、『世界機構』から視察に来る予定になっている、国際警察の特別捜査官だった。センチュリアに入るのはまだ先のはずなのに、前もってこちらに連絡もせず、のこのこ来たっていうの?


「それがたった今、憲兵から連絡が入りましてな」

「憲兵? どうして憲兵から」

「それが、商店街で騒ぎを起こされたそうで、姫さまに身柄の保証をお願いしたいとおっしゃっているというのですじゃ」


 私はすぐに言葉が継げなかった。

 なんで『特別捜査官』なんて肩書きの人が、商店街で騒ぎを起こすのよ。騒ぎを取り締まらなきゃなんない立場じゃないのよ。


 あきれる気持ちを抑えながら、


「アンウォーゼル捜査官は今どちらに?」

「謁見の間にお通ししておりますが、その前に姫さま、お知らせしておかねばならぬことが」


 『謁見の間』と聞いてすぐ、私はそちらに足を向けて歩き始めたのだけど、その足をベイリアルが引き止めた。


「なあに、年末聞いていたことなら後で聞かせてもらうわ。アンウォーゼル捜査官のことを早く済ませた方がいいでしょう?」

「はい、それはおっしゃる通りですじゃ、姫さま。ですが、じいめが年末申していたことは、そのアンウォーゼル卿に関わることなのです」

「どういうこと?」

「アンウォーゼル卿のお国から、卿を姫さまの伴侶にとの、その……縁談の話が参っているのでございます」



**



 レシェク・アンウォーゼル……恐らくペトロルチカから私を守ってくれるために、今回『世界機構』から派遣されることになった、国際警察の特別捜査官。

 南方地域のハーオイレナ王国の出身で、現国王の弟君、ユートレクトの帝国学士院時代のご学友でもあるらしい。


 それはいいんだけど、私との縁談を望んでいる人が私の国で騒ぎを起こして、しかも厚かましいことに、私に身柄の保証をしてほしいなんて。

 どういうことなのよ、この年明けのばたばたしているときに。こんな突発事で他人の手を煩わせるなんて、常識はずれもいいところよ。


 私はまだ会ったことのないアンウォーゼル捜査官に、申し訳ないけれど負の印象を持ってしまった。


「縁談のことはわかったわ。知らないふりをするわけにもいかないから、アンウォーゼル捜査官には私から直接聞くわ。何か気にかけておかないといけないような、あちらの事情はない?」


 いらだちを抑えてベイリアルに確認した。

 もし、ハーオイレナ王国に特別な事情があったら、そういうことは事前に知っておかないと、話が噛み合わなかったり失礼なことを言ってからでは遅いから。


「それはご安心くだされ。あちらさまには、何も後ろ暗いところはありませなんだ。

 ハーオイレナ王国は、以前よりわが国と交流を持ちたいと考えておられたようですが、機会に恵まれず、今回アンウォーゼル卿が姫さまと年がつりあうということで、婿にどうかと、国王陛下よりお申し出を頂きましたのですじゃ」

「そう……」


 ベイリアルの返答に、私は少しがっかりした。いっそのこと何か裏があれば、それを理由にお断りできるのに。


 それにしても、一つ不思議な点があった。


 私の縁談話は、大抵宰相であるユートレクトのところに最初に話がいくので、ユートレクトを通らない外交ルートできた縁談話も、全て彼を通して私の耳に入ることになっているのだけど、この話は初耳だった。

 ベイリアルが報告し忘れているとは思えないけれど、念のために聞いてみる。


「この話、ユートレクトは知っているの?」

「はい、宰相閣下には年末お知らせしております。

 ですが、調べたいことがあるとかで、自分から姫さまにお知らせするのはまだ先にしたいから、姫さまには、じいめから伝えておいてくれと頼まれましてな。

 何かお考えになることがあるのかと思いますがのう」

「調べたいことね」


 奴が『調べたいこと』と言うからには、あまりいいことだとは考えにくい。

 いくら奴のご学友だからって、無条件にアンウォーゼル捜査官を信用できないってことかしら。


「わかったわ、それはそれとして今は置いておきましょう。

 それより、オーリカルク採掘者労働組合の代表や商店街の役員たちが、そろそろ年始の挨拶に来ると思うのよ。あちらには申し訳ないけど、少し遅れると伝えておいてもらえる?」

「かしこまりました」

「それから、ユートレクトに謁見の間に来るよう伝えてちょうだい。忙しいだろうけど、こういう機会がないと旧友ともなかなか会えないでしょうから。もちろんじいも謁見の間に入ってね」

「承知致しました、姫さま」


 親しみをこめて、ベイリアルをいつものように『じい』と呼ぶと、ベイリアルはようやく安心した顔になってくれて、それを見ると私も少し気持ちが持ち直したけど。


 ……どうして自分で私に言ってくれないの?

 それも私がしっかりしていないせいなの?


 頭の片隅のそんなつぶやきに、聞こえないふりをしながら、ベイリアルと別れて謁見の間に向かった。


 謁見の間の玉座に着くと、憲兵隊長とセンチュリアではあまり見慣れない銀髪が頭を垂れた。

 顔を上げるように言うと、まず憲兵隊長が事の次第を説明した。


 どうやら、センチュリアでは稀少種になったならず者とアンウォーゼル捜査官との口論が発展して、力ずくの騒ぎになったらしかった。

 最近、暴力騒ぎなんてなかったから、国民の皆さんも野次馬根性が満たされたんじゃないかしら。困ったもんだわ。


 憲兵隊長が説明を終えると、となりの男が口を開いた。


「アレクセーリナ女王陛下、初めてお眼にかかります。レシェク・アンウォーゼルでございます。

 新年早々、お手を煩わせて申し訳ありませんが、陛下に身柄を保証していただかなくては、私の今後の任務に差障りが出ますので……」


 耳あたりのいい声が謁見の間に響いた。


 これがレシェク・アンウォーゼル捜査官……私は御簾の向こう側にいる人物を、私目線で観察してみた。


 顔はいわゆる男前なんじゃないかと思う。

 親しみやすさと高貴さに精力的な感じも加わって、仕事もプライベートも充実した日々を送っている印象を受ける。

 細身に見える体格も均整は取れていて、きっとこの人は運動全般が得意なんだろうなあと思う。

 髪型は長めで、少し遊び人風に見えるけど、琥珀色の瞳は、何事も見逃さないような光を放っていて、敏腕捜査官であることを物語っているように思えた。


 でも、女性にもてる要素満載なのに、『女性に人気あります』っていう顔をしていないところは、印象アップだわ。


 いるのよね、ちょっと顔がいいから、身長が高いからって、『俺もてるぜ』みたいな顔してたり、頭のいい学校出てたりお給料のいい仕事してるだけで、『俺っていい男』とか勘違いしてる人。

 そういう男に限って性格がとんでもなかったりしない? 食堂に勤めてるとき、つくづくそう思ったわ。


 ……悪かったわね、どうせ私の目線なんて小市民乙女よ。


 だけど、口にのぼらせた声は、最高位の淑女らしく威厳を備えたものにした。


「アンウォーゼル捜査官、初めまして。私がアレクセーリナ・タウリーズです。遠路はるばるお疲れさまでした。

 貴殿の任務の詳細は後ほど伺うとして、まずは商店街での騒ぎについて、憲兵隊長の報告につけ加えることがあればぜひお聞かせください。

 国際警察の特別捜査官であるあなたが、腕力で解決を図ったのです。相当の事情があったと思うのですが」


 私がそう言うと、アンウォーゼル捜査官は表情を明るくして、待ち構えていたかのように話し始めた。


「ありがとうございます陛下、それではお言葉に甘えて申し上げます。ぜひともお聞きください、私の騎士道精神を。この頭の固い憲兵隊長に言っても、全く信用してくれんのです。

 実は今から四時間前のことです。

 私はセンチュリア市街地に到着したのですが、朝日が出たばかりとあってか、いまだ商店が開いていなかったので、寂しい商店街を悄然と歩いていたのです。

 すると、一人の女性がほうきを持って、店のなかから現れたではありませんか!」

「はい……」


 いやな予感警報が私の頭のなかで鳴り始めた。


「女性の名前はエリクシア・フォルキノ、21歳。白金色の頭髪とつぶらな瑠璃色の瞳、こまどりのように素朴で可憐な声を持つ女性で、祖母と両親と弟の五人住まい、近所の評判も良好です。

 彼女の家は代々精肉店を営んでおり、その新鮮な肉を使った惣菜『フォルキノコロッケ』は、センチュリアの隠れた名物とも言われているほどです」

「そうですか……」


 『フォルキノコロッケ』かあ、知らなかったわ。今度街に出たら買い食いしなくちゃ….じゃなくて!


「そんな彼女……エリクシアと私は一目で恋に落ちました。私は情熱のおもむくままに愛を打ち明け、ほうきを持つ彼女の手を握りしめると、彼女との逢瀬を約束したのです」

「……」


 憲兵隊長から、『実は私もこれ聞かされました。止めればよかったです、申し訳ありません』と訴える視線をひしひしと感じる。


 うん、これは止めてほしかったわ。冗談抜きで、オーリカルク採掘者労働組合の代表さんとか待たせてるし。

 ていうか、朝っぱらから『情熱のおもむくままに愛を打ち明け』るって、どうなのよ。


「そこへ、私たちの恋路を阻む悪党が現れたのです! その数十人。

 彼らは『センチュリア悪道連盟』の旗を掲げ、『悪すなわち正義』と書かれたたすきを肩にかけた、いかにも悪者といったいでたちでエリクシアを取り囲みました。

 そして、陛下の耳にするのもはばかるような、およそ紳士的とは思えない、性的侮辱とも取れるいやがらせを始めたのです!

 私は今こそ立ち上がらなくてはならないと確信しました。そして『センチュリア悪道連盟』の首領と思しき男に、正義の鉄槌を下したのです……!

 おお、これはフリッツじゃないか! 帝国学士院以来じゃないか、元気だったか?」

「おまえ、また何かやらかしたな」


 『センチュリア悪道連盟』っていうのは、現在センチュリア唯一のならず者集団なんだけど、深刻な被害をふりまいているわけじゃなかったし、なにより極少数……アンウォーゼル捜査官が目撃した十名が構成員の全員だったから、気長に取り締まることにしてたのよ。

 ひょっとしてアンウォーゼル捜査官、この十人全部のしたんじゃあ……それはそれで、手間が省けていいと言えばいいんだけど。


 ここでユートレクトとベイリアルが入ってきてくれなかったら、私はまだまだアンウォーゼル捜査官の騎士道物語につき合わなくちゃいけなかったに違いなかった。

 アンウォーゼル捜査官の神経は、どうやら私より旧友の方に向いたようだった。


「聞いてくれフリッツ、私はまた正義の拳を不当に虐げられたのだ。それで今女王陛下に、私の騎士道精神の全てをお話申し上げていたのだ」

「今回、おまえの正義の拳を浴びたのは誰だ」

「おまえがいながら、『センチュリア悪道連盟』という輩がのさばっているとは……情けないことだ、私は到着早々涙が止まらなかったぞ」


 私はベイリアルと憲兵隊長を小声で近くに呼び寄せて、エリクシア・フォルキノさん(21)の身元照会と、『センチュリア悪道連盟』に厳重な注意を与えること、そして、アンウォーゼル捜査官の所業は不問にすることを命じて、ここから速やかに脱出するように勧めた。

 もちろん、私自身もその後謁見の間をこっそり抜け出した。



***



「いやあ、まことに申し訳ない!」

「いえ、王弟殿下ともなればいろいろと事情もおありでしょうから、お気になさらないでください」

「そう言っていただけるとありがたいです、陛下。まったくうちの兄ときたら、とんだおせっかいで困ってしまいますよ、ははははははは!」


 アンウォーゼル捜査官は赤い顔で上機嫌に笑った。

 まだお酒一杯しか飲んでないはずだけど、私と同じで弱いのかしら。


 時は進んで今は夜。


 ここは以前私が看板娘(自称)として働いていた、『めしと酒の楽園 マロース食堂』。


 『マロ食』の愛称で市民の皆さんに親しまれているけど、仕事初め早々から宴会をしようと思う人は少ないのか、店内に人は少なかった。


 おかげで私たちは予約していなかったにも関わらず、いつもは人気が高くてなかなか空いてない個室に入ることができた。

 お店のみんなも相変わらず元気そうだし、食べ物も美味しいし、久しぶりにここに来られたのはすごく嬉しいのだけど。


「つまり、おまえは今回の縁談に乗り気ではないのだな」


 ユートレクトは三杯目のお酒を空けると、センチュリアの名物料理にもなっている『マロースじいさんの越冬焼き』をつつき始めた。

 『世界会議』のとき、食べに来る約束をしてたけど、お互い忙しくて時間が取れなかったから、この機会に来られてそれもよかったんだけど。


「そうだ。陛下には大変申し訳ないが、あれは兄上が勝手にベイリアル卿にお願いしたもの。私の全く知らぬところで進んだ話なんだ。

 だから、できれば陛下にも、聞かなかったことにしてもらいたいと思っていたのだ。

 私は今の仕事に満足しているし、大体、王配などという地位が私に務まるとは思えんしな……おお、この口のなかにほとばしる肉汁! そして肉と脂の層が織りなす、大胆かつ繊細な舌触り! これが『越冬焼き』か!」


 アンウォーゼル捜査官は、ユートレクトが満足げに食べている様子を見てひかれたのか、『越冬焼き』を一口ほおばると、ますます声のトーンをあげた。


 どうやら、私とアンウォーゼル捜査官の縁談話は、兄上のハーオイレナ国王が勝手に進めたものだったらしくて、アンウォーゼル捜査官には全然その気がなかったのも、正直安心したんだけど。


 ……なんだってこの忙しいときに定時で執務を切り上げて、男同士の飲み会につきあわなくちゃいけないのよ。絶対私への腹いせとしか思えないわ。


 私はとなりで『越冬焼き』に舌鼓を打っている臣下に、ここの代金を全額払わせようと決意を固くした。もちろん私費で。




 あれから、こっそり謁見の間から抜け出すのに成功した私は、何事もなかったかのように、オーリカルク採掘者労働組合の代表さんたちとお会いしたり、各大臣の日報や年末年始の経済カルテに眼を通したりして、本来の執務に戻った。

 お昼には侍医のところにも出向いて、薬を二日に一回の服用にしてみることにもなった。


 午後からも、憲兵隊長からアンウォーゼル捜査官の『騎士道物語』が、あらかた事実だったという報告が入った以外は(事実と違っていたのは、エリクシアさんはアンウォーゼル捜査官に恋心までは抱いていないことだった)、何事もなく時間が過ぎて執務もはかどった。


 平穏が破られたのは、定時五分前のことだった。


 疲れのにじみ出た顔で執務室に現れたユートレクトは、自分が今日いかにアンウォーゼル捜査官に振り回されたかを主張し始めた。


 いわく、王宮内の案内をさせられた。

 いわく、他の大臣にも挨拶しておきたいというので、重臣全員に引き合わせた。

 いわく、最近国内で物騒なことが起こっていないか、過去三年間の犯罪記録をしらみつぶしに確認するのを手伝わされた。

 いわく、不審人物(ユートレクトいわく『あいつが一番不審人物だ』だけど)がセンチュリアに入り込んでいないか、ここ半年の入出国リストの洗い出しも手伝わされた……うんぬんかんぬん。

 あと三つくらい何か言ってたけど、忘れちゃったわ。


 そして私に『アンウォーゼル捜査官歓迎の酒宴』への出席を求めてきた。


「それって、あんたたちが旧友として飲むだけでしょ。いいわよ、私は遠慮しとくわ。せっかくの機会なんだから、二人でしんみり飲んできなさいよ」


 断ったのは、言ったとおりの理由もあるけど、純粋に忙しかったからだった。

 それに、昼間侍医と話したことが胸につかえていて、楽しく飲み食べする気分じゃなかった、というものあった。


 けど、旧友に今日一日をだいなしにされた臣下は、聞く耳をどこか遠くに捨ててきたみたいだった。

 無言で私の書類を片付け始めたので、さすがに抵抗の声をあげると、


「一人で謁見の間から消えおって。そんな芸当ばかりうまくなる……」


 いや、消えたのは私だけじゃなくて、ベイリアルと憲兵隊長も一緒に消えました….(それも私が手引きしたんですけど)

 とは言えない怨念が肩口のあたりから漂っていたので、それ以上何も言えず、こうして予約なしでも入れて美味しい空間に、帝国学士院卒のエリートさまたちをご案内したってわけよ。

 飲み食いしている姿だけだと、とても帝国学士院卒のエリートさまには見えないんだけど。


「おまえの任務は、やはりあの組織がらみということだな」

「ああ、だから今年『世界機構』が力を入れている各国の情勢を調査するのと、私の任務は違うんだ」


 この会話だけならすごくエリートっぽいのに。

 ここが一般市民御用達の食堂で、食べているものが名物料理だけど庶民の味っていうのは、本当にいいのかしら、って思う。


 でもね、ここを希望したのはユートレクトなのよ。だからアンウォーゼル捜査官も、多分満足してくれてると思うんだけど……


「しばらくしたらキアラが来るだろう。あいつは普通に視察のはずだ。私も長いこと会っていないから、楽しみだな、どれほどいい女になっているか」

「それだ、気になっていたんだが、上級司法官がセンチュリアの何を見るのだ。センチュリアの法を見たところで、文句をつけることもできんはずだ。

 確かにキアラがどれだけいい女になったかは、気になるところだな……おい、『越冬焼き』がなくなったぞ」


 ちょっと。

 なくなったぞ、ってなによ。

 そりゃあね、そんだけ食べればすぐなくなるわよ。ひょっとして、私に注文しろっていう意味?


「キアラの具体的な任務はわからんが、ある国が永世中立国の宣言を出そうとしているという話なら聞いた。

 もしかするとキアラは、その国の法体系の整備に係わっているのかもしれんな。

 それなら、永世中立国の宗主国であるセンチュリアの法を詳しく見てみたいと思うだろう。『世界機構』にしても、永世中立国のことを詳しく知るいい機会になる……

 陛下、この『越冬焼き』はまことに絶品です。冬の厳しいセンチュリアにあっては、このくらい味のある食べ物を摂取しなくては、冬を越せますまい。

 『越冬焼き』とはうまいことを言ったものです。酒も進みます、もうグラスが空いてしまいました」


 そりゃあね、お酒だって飲めばなくなるわよ。

 空になったグラスを嬉しそうに振ってるけど、それも私に注文しろってことなの?

 『類は友を呼ぶ』ってよく言ったもんよね。


 まあいいわ、今日はあんまり食が進まないし、友達に会いついでに注文してきてあげようかしらね。


 私は上機嫌な男たちから、『越冬焼き』とお酒だけでなく大量の追加注文を受けると、個室を出てここで働く友人のところへ向かった。

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