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理由



 『世界会議』が終わってからというもの、私の執務は落ち着くところを知らなかった。


 帰国して重臣たちにローフェンディア滞在が三日間延びたことを謝ると、早速『中央大陸縦貫道』分岐道建設のために必要な交通調査の準備に取りかかることになった。


 来年……じゃない、もう今年になったけど、祝日明けから、国内の大きな主要道路八本の交通量の調査を始めることになっているの。

 それが落ち着いてきてから…大体二、三か月後になる予定だけど、その他の道路も含めて細かい調査に手をつけることになっている。


 いわく、二十四時間、一週間、一年を通しての交通量の推移を観察したり、道路を何で移動しているかを調べたり、その道路を通って、どこからどこへ移動しているのかを割り出したり……


 するわけよ、やっぱり。


 これは『世界会議』中、ユートレクトにこんこんと説明されたから覚悟はしてたんだけど、実際に進めていくのがこんなに大変だとは思わなかったわ。


 センチュリアは、この手の大規模調査をするのが数十年ぶりらしくて、こういうとき何をどうしたらいいのかわかる人が誰もいなかった。


 もちろん私だって知るわけないわよ。


 集計しやすい調査票の作り方から、国民の皆さんに協力をお願いするための宣伝活動、調査班の編成と人員補充、予算枠の新設、調査結果のわかりやすくて見やすい集計方法なんて。


 けど、センチュリアの宰相閣下は、私と重臣たちの弱音には全く耳を貸さなかった。


「わからんという言葉は物事を調べてから使え、何のための脳と眼だ」


 帰国直後の御前会議できっぱりそう言ってのけると、私を含めて重臣たちみんなに、調べないといけないことを書き出したメモをくださった。

 あのときのうちの最長老、国務大臣のベイリアルの悲壮な顔とつぶやきは当分忘れないと思う。


「姫さま、じいは寿命が千年縮まり申した。今ここにおるのは亡霊ですじゃ。

 宰相閣下は、生きたまま人を亡霊にするお力までおありか……」


 隠居目前の国務大臣に難しい調べものをさせるのは酷だと思ったけど、同情ばかりもしていられなかった。

 私に出された『宿題』の量は、国務大臣の十倍以上あったから。


 無駄だと知りつつ『宿題』の減量を申し出たけど、もちろん取り合ってもらえなかった。宿題を出した当人は、私より更にたくさんの事前調査を抱えていた。


 ただでさえ日常の執務にも追われているのに、こんな巨大臨時業務が割り込んできたら当然押し潰されるわけで、主要道路八本の調査が始められる目処が立つまでは、文字通り不眠不休だった。


 ユートレクトも私とほぼ同じ状態だった。

 数週間前の夜食早食い競争で、私が執務室のとなりの部屋を独占する権利を獲得したのをえらく呪っていたけど、奴も一昨日までは執務室の真上の空き部屋で寝泊りしていた。


 今、奴が一体どんな手を使って、机の上を書類一枚もなく綺麗にできているのかと思うと、本当に信じられない。


 どんな手もこんな手も、私にあらゆる残務処理を押しつけてるからなのよ!


 どうしてくれるのよ、この顔にできてる吹き出物たち。乙女の肌に夜更かしは大敵だって、何度言ったらわかるのよ。まあ、今まで私よりもっと業務を抱えていたから、そんなに強くは言えないんだけど。


 今月『世界機構』という国際的な組織からお客さまが二人来ることになってるんだけど、その人たちとの折衝をしてくれたのも奴だった。


 『世界機構』というのは、永世中立国の組織版みたいなもの。微妙に違うけど、簡単にそう言ってもいいと思う。


 世界を股にかけた犯罪者を捕まえるのに中心となって動いたり、戦争が起きそうになったら間に入って交渉したり、経済的に立ち行かなくなった国にお金を貸してあげたり……その他いろいろしている組織なのよ。


 ここは『世界で最も優れた人間の宝庫』とも言われていて、各方面に優れた人たちのエリート集団でもあるの。


 そんな『世界機構』が、この前のフォーハヴァイ国王の醜態を目の当たりにして何か思うところがあったのか、活動を強化することになったんですって。

 それで世界の生の現状を把握するために、『世界機構』の中でもわりと偉い方たちが各国を視察することになったそうなんだけど……


 話が少しそれたわね、ごめんね。


 センチュリアの外交は宰相が見ることになっているから、ユートレクトが『世界機構』と交渉したのは仕方のないことだったんだけど。


「あいつら、なんだってこの忙しい時期に来るのだ、いやがらせか」


 『世界機構』から私宛に届いた書簡を見せると、どう優しい目で見ても、家の窓ガラスにボールをぶつけられて怒っているおっさんにしか見えない形相で毒づいたので、私は訊かずにはいられなかった。


「その方たち、知り合いなの?」

「ああ、帝国学士院時代のな、食えない奴らだ。レシェクはともかく、キアラがセンチュリアになんの用だ」


 レシェクとキアラ、というのは、『世界機構』から来るお客さんの名前だった。


「キアラさん、名前からすると女性よね。

 すごいわ、女性なのに『世界機構』の第一線で働いているなんて。国際上級司法官、って肩書きに書いてあったと思うけど」

「国際司法官がセンチュリアで何を調べるというのだ」

「永世中立国の法律でも調べたいのかしら」


 私はふと思いついたことを言っただけだったのに、


「……永世中立国に関しては、決定権は全て永世中立国自身にあるだろうが。『世界機構』が永世中立国の法律を調べたところで、変更の要請等ができるわけではない。

 だから国際司法官がセンチュリアに来るのはおかしいと言っているのだ。その程度のこともわからんのか、たわけが」


 この頃のユートレクトはかなり機嫌が悪かった。私の心を刺すような、こんな言い方を何度もされた。

 私も書類の積まれ具合がピークに達してたから、うまく頭の切り替えができないことが多くて、ますます彼をいらだたせたのだと思う。


 このときも、突然の冷たい物言いにただ心が怯えてしまって、どう答えていいかわからなくなってしまった。


「そ、そうね、ごめんなさい。だとしたらどうして」

「もういい、それよりもう少し自分の身辺に気を配れ」

「え……」


 いつもの私だったら考えつけることが、動揺しているせいで全く思い至れなかった。


「国際警察の特別捜査官が来るということは、ペトロルチカになんらかの動きがあったということだろう。既にスパイが潜入しているとも限らない。

 守ってもらえるという気持ちでいてはやられるぞ。女王だろうと自分の身は自分で守る、くらいの緊張感を持て」


 もう一人のお客さま……レシェクさんは、国際警察の特別捜査官という肩書きだった。


 この前の『世界会議』で私は、ひょんなことから世界的過激派集団ペトロルチカの代表者(実は本人ではなくて影武者だったんだけど)の頭を殴打して、気絶させてしまった。

 それが引き金ではないらしいんだけど、ペトロルチカの代表者(の影武者)はその後、以前から飲んでいた薬物の中毒症状が悪化して亡くなってしまった。


 このとき、その場に居合わせた世界各国の首脳たちの間で、私だけでなく他の首脳たちも、ペトロルチカに狙われることがあったらお互い協力して守りましょう、という誓約書が取り交わされていた。

 誓約書には、もしものことがあったときはまず『世界機構』に動いてもらうよう依頼する、と書いてあった。


 だから、『世界機構』の国際警察の人が、こちらが呼んでもないのにセンチュリアに来るということは、私の身に危険が迫っていると考えないといけないのは当然のことだった。


 あのとき……ペトロルチカの代表者(の影武者)が亡くなったと聞いたとき、心から自分のしたことを悔いて、身の危険にも怯えたはずだったのに。


 ささいなことで大切なことを忘れてしまった自分を、とても疎ましくみじめに感じた。




 開け放たれたままの執務室の扉を見つめながら、心によみがえった重い気持ちを吐息にこめて静かに吐き出した。


 執務室の扉は開けたままにしてある。いつも中には私とユートレクトしかいないから。


 防犯上よろしくないのでは、と重臣たちから言われたのだけど、なぜか二人とも閉める気はないみたいだった。

 少なくても、私はこのままでいいと思っている。

 私が安心して執務できない環境だったら、みんなも楽しく暮らせないと思うから。


 まだ胸に残るよどんだ気持ちと開けたままの扉にこめた思いのうち、一つだけでも彼に届いているのか、それともどちらも届いていないのか……今の私には自信を持って断言することができなかった。



**



 私とユートレクトがその……いわゆる男女の仲になろうとすれば、その機会は山ほどあったと思う。

 もちろん、立場とか何も考えなくてよければの話だけど。


 『世界会議』最終日も、閉会式の後は特にすることがなかったし、皇族審判に出席するためにローフェンディアに三日間滞在したけど、朝から晩まで開廷されているわけじゃないから、することがないときもあったのよ。


 少しまとまった空き時間ができると、ユートレクトは私をあちこちに連れ出してくれた。


 世界で一番大きな図書館とか、帝国学士院の講義に紛れ込んだりとか。その講義を聴いた後の帰り道は、私の口述テストみたいになったっけ。

 一応女王なだけのことはあって、聴くだけで講義の内容わかってよかったと思ったもの。


 『世界会議』の六日目に行った『居酒屋 北の限界』とはまた別の居酒屋さんや、昼間には他の食べ物屋さんにも連れて行ってくれた。


 市街地を歩いているときでも、店先に飾られているかわいい服とか素敵な靴に目をやると、立ち止まってくれた。『自分の年を考えろ』『おまえには似合わん』みたいなこと言われっぱなしだったけど。


 連れて行ってくれたのは、そんな奴らしいところばかりだったけど、一度だけ……『世界会議』最終日の夜は違うことが起きた。


 クラウス皇太子とリースルさまのお誘いを受けて夕食をご一緒した後、あたりを散歩することになったのだけど、最初は四人で仲良く歩いていたのに、途中でクラウス皇太子ご夫妻とはぐれてしまった。


「どこではぐれちゃったのかしら」

「あの夫婦は、やることが本当に子供だな」

「え、じゃあわざとってこと?」


 クラウス皇太子ご夫妻の遊び心に、私たちはまた振り回されたみたいだった。

 ユートレクトはいつも通りの冷静すぎる顔で、あたりを見回すと、


「ここなら兄上のところに戻らず、直接おまえの部屋に向かった方が早いな、行くぞ」

「いいのかしら、顔を見せないままおいとましても。また勘違いされるんじゃ……」

「させておけばいい、何か言われるのは今戻っても同じことだ。いちいちつきあっていられるか」


 この男は、他人にどう思われるかというのを、本当に気にしないらしかった。

 前々からそう思っていたけど、『世界会議』に来てそのことがつくづくわかった。


 私はいつも、他人を傷つけることを言ってないかなとか、こんなことしたらどう思われるだろうとか、あれこれ考えてしまう性格だから、こういう奴の性格……強いところはとても羨ましく思っている。


 庭園を歩くより、整備されてはいないけど林みたいになっているところを抜けた方が早く着く、というので、月の光を頼りに朽ちた落ち葉を踏みしめながら樹林の中を歩いた。


 そんなにかさ高いものではなかったけどドレスを着ていたし、ハイヒールも履いていたから、思うように足が進まないでいると、


「おまえがドレスに慣れていないのを忘れていた。落ち葉に埋まるなよ、焼き芋にされるぞ」

「し、失礼ね、焼き芋ってなによ!」

「あの黒くこげた皮の裏側がうまいな」


 そう言って私の手を取ってくれた。


 月明かりが差す樹林の中はとても幻想的で、今にも森の精霊か何かが顔を出しそうな雰囲気だった。

 そんなところであんまり騒ぐのは、なんだかよくないことのような気がして、しばらく黙って歩いていると、突然声がした。


「おまえ、薬はまだ飲んでいるのか」

「え?」


 一瞬、何を訊かれているのかわからなかったけど、私が隠していた薬のことを、奴はやっぱり知っていたことがこれではっきりした。

 ここでとぼけても仕方ないと思って、私は観念して認めることにした。


「う、うん、今は朝に一錠だけしか飲んでないけど」

「一錠か……その程度なら止めてもいいのではないか」


 自分で薬を飲むのを減らすことは考えていたけど、減らすどころか止めることを勧められるなんて考えてなかったから、驚いてしまった。


「自分では勝手に飲むのを止めたりできないから、今度侍医に相談してみようと思ってるの。少しずつでも量を減らしていけたらいいなと思って」

「そうか」


 私は考えていることを正直に言ったのだけど、頷いた彼の表情は明るくなかったので、少し不安になった。


 月明かりが冷たい雨のように私の心を濡らし始めて、やがてユートレクトが口にした言葉は、私の心のとばりを力づくで払いのけるようなものだった。


「その薬がどういうものか、知っているな」


 もちろん知っていた。

 長い間飲み続けていると、身体によくないらしいこと。

 特に女性は、子供を産むとき、胎児によくない影響が出るかもしれないということ。


 彼も同じことを知っていたなんて。


 この人は私のことをなんでも……知られたくないことまで知ってる、知ってくれている。


 でも、例え彼にでも入ってきて欲しくないこともある。

 あってもいいと思う。

 知られたくない理由が、私のちっぽけな自尊心だとしても。


 私は恥ずかしいのといらだつような気持ちを抑えながら、


「知ってる……」


 つぶやいて目を伏せた。

 月明かりの清らかな光をまともに見られなくなった。


「だから、早く治りたいって思ってるよ」

「いつまでも飲み続けているわけにはいかないことも」

「わかってる!」


 私の暗い部分を容赦なく照らすような言葉に、思わず声が高くなった。

 私の声のせいで、樹林の中の清らかな空気が汚れてしまったような気がした。


「で、でも、止めたら症状がぶり返すかもしれなくて、前にもそんなことが何回もあったから……」


 本当はそれが一番怖かった。


 以前にも何度かこの一錠を飲むのを止めたことがあったけど、その度に次の日は激しい頭痛と弱い心に襲われていた。

 今度ももしかしたら……と思うと、心がすくむのを奮い立たせるのが難しかった。


 逆にそれだけ、私はこの薬に頼っていることになる。

 それは間違いなく私の身体にとってよくないことだった。


 『世界会議』の六日目、薬を飲むのを忘れてしまっても何事もなく済んだのは、あまりに驚くことが多すぎて非日常にとらわれていたせいだと思う。


 これから先、毎日そんなことが起きるはずがないし、薬を飲まなくて済むようにするために、厄介ごとに巻き込まれるわけにもいかない。


 けど、知られていることがわかったからには、この病気と薬と、本当に正面からぶつからなくてはいけないと思うと、自分の覚悟の足りなさを思い知らされた。

 それがまた悔しくて、そんな気持ちも知られたくなくて、私は少しおどけて言ってみせた。


「それに、薬を止めてもし私がまた臥せったら、私の代わりに誰か執務をしてくれるの?」

「おまえの代わりなど誰もおらん。いてたまるか、一人でも面倒見きれんというのに」


 その声音は、弱気な私を叱っているのか、世界に一人しかいない私を認めてくれているのか、動揺していた私にはにわかに判断できなかったけど、


「だからこそ、早く治せと言っている。おまえの身体は、おまえだけのものではないのだぞ」


 そう言われて、また怒られたと思った。

 この身体はセンチュリア女王として、世継を残さなくてはいけない大切なものだった。

 薬なんかにやられるわけにはいかないのに……


「ご、ごめんなさい……」


 自分の弱いところというのは、どうして自覚するよりも他人に指摘される方が痛いんだろう、と思った。


「わ、私、女王としての自覚、全然足りてないね……帰国したら、すぐ侍医に相談するから」


 けれど、私の言葉を聞いている彼の表情は、少しも柔らかくならないどころか、かえって厳しい……というよりも傷つけられたような顔になっていた。


 また私はよくないことを言ったのかと思うと、それだけで心が震えたけれど、次の言葉を聞いて更にわからなくなってしまった。


「噛み合わないな」

「え?」

「なんでもない」


 ますますわけがわからなくて、怖くなった。

 震える声で彼に追いすがった。


「か、噛み合わないってなに、私、また何か悪いこと言った?」

「気にするな、今はもういい、おまえは悪くない」


 繋がれたままの手だけが、そのときは心の支えだった。




 斜め左前にある片付いた席を見て、いつもそこに座っている人のことに思いを馳せていると、今まで思いもよらなかった考えが不意に浮かんできた。


 やっとわかったのかもしれない、あのときユートレクトが何を考えていたのか。


 私は女王として見られることに慣れすぎていて、女性として接してもらうことなんて考えてもいなかった。


 私の身体は、私だけのものじゃない。

 センチュリア王国のみんなのものだけど、それだけじゃなくてあなたの……そう思ってもいいの?


 私がこんな不安定で、彼の思っていることにも気がつけないから……だから距離を置かれているのかもしれない。


 立場を考えるのも大切だけど、それ以前に、互いの気持ちをわかりあえることができなくて、どうして距離を縮めることができるだろう。できるわけがなかった。




 たとえ冗談でも、彼を責めるようなことを考えてしまったことを、私はまた深い心の底で後悔した。



***



 私の考えは間違っているのかもしれない。

 けど、もしも私を真剣に女性として見てくれているなら、本当は立場なんて無視してその気持ちに応えたい。先に異性として意識したのは私のはずだから。


 でも、今の私にはそれができない。

 応えるにしても、彼の気持ちを推し量ることもできなければ、身体も健康な状態じゃない。


 こんな心のまま、身体のままでは、受け入れてもらえないこともわかったし、たとえ受け入れてもらえたとしても、それに甘えてはいけない。

 何に対しても後ろ暗いところのない、あの人にふさわしい女性になって受け入れてもらいたかった。


 薬はあの後、侍医に相談して、三日に一回だけ飲まないようにしていた。


 本当は二日に一度にしたかったのだけど、帰国して早速試してみたら、翌日ひどい頭痛がして執務がままならなかったので断念しなくてはいけなかった。

 去年はとても忙しくて、一日でも休んではいられなかったから。


 今は残務処理の書類が机に散乱しているけれど、これでもだいぶ執務は落ち着いたから、もう一度侍医に相談して二日に一度にしてみようと思う。


 だけど……たとえ私の病気が治ったとしても、私が彼と結ばれるなんて、おおやけにはあってはならないことだった。


 二人が結ばれるとしたら、方法は四つある。


 彼が宰相を辞めて、私の夫『王配』と呼ばれる身分になるか。


 あるいは、私と彼が共同統治を執ることにして、彼を『国王』にするか。


 彼の地位はそのまま、いわゆる『愛人』としてひそかな関係を持つか。


 私が退位して彼の妻になるか。


 『王配』は、国王の妻『王妃』と同じ立場の身分で、国政に関わることはできない。

 今のセンチュリアで彼を国政から外すことはとても考えられないから、最初の方法はありえないことだった。


 女王と国王の共同統治は、センチュリアではまだ例がない。

 彼は才覚も人格も国王にふさわしい人だと思うけど、私が作る先例が後の世で悪用されないとも限らない。

 私の後で女王となる人に好意を装って近づき、共同統治を勧めて国を乗っ取ろうとする輩が現れるかもしれない。

 それを考えると、彼を国王とすることも難しいと思っている。


 『愛人』は私の気がすすまない。

 私以前の女王たちは愛人を複数持っていたらしいけど、私は一人だけと結ばれればよかったし、彼を下賤な噂話の種にされるのはもっといやだった。


 最後は、四つのなかで一番不可能なことだと思う。

 今のところ私にその意思がないというのもあるけど、この理由で退位宣言書に署名するなんて、誰より彼が許すとは思えなかった。

 今の……女王である私と共に歩くと誓ってくれた人だから。


 どれも、女王としての私には難しい選択だし、第一、今の私のままでは、彼が首を縦に振るかどうかもわからない絵空事でしかない。


 これくらいのこと、彼が考えていないわけがなかった。

 なのに、どうして私を受け入れようとしてくれているのか、それがわからなかった。

 『世界会議』に出席しているあいだ、だいぶ彼を理解できるようになったと思っていたのに、またその背中が遠くなったような気がした。


 でも、確かにわかったことがある。


 早くこの身体を病気の沼から救い上げること。

 そして何物にも揺るがない自分になること。


 そうすればきっとまた近づける。

 彼の考えていることがわかれば、もしかしたら新しい道が開けるかもしれないし、私にも全く別の考えが浮かぶかもしれないと思った。




 今夜くらいは自分の寝室で休みたいと思っていたけど、今自室に戻ってただの私になったら、思い返してはいけないことに心をはためかせてしまうのが目に見えていたから、もう少し執務に専念して、またとなりの味気ない部屋で眠ることにした。

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