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伯爵令嬢3*

*****



 とりあえず、アンウォーゼル捜査官とキアラさんには、一旦お二人の執務室へお引き取り願うことにして、朝以来顔を見ていなかった臣下に、今日の午前中の会議について聞くことにした。


 今日の会議は『分岐道建設調査班』が発足してから初めての会議で、主要道路調査の途中経過が報告されたりとか、分岐道の建設計画もちらっと話し合われたはずなのよね。だから、


「後で議事録も回るが」


 議事録が回ってくるまでにどんな話が出たのかを聞きたい、って前からお願いしてたのよ。


 これくらい聞く時間くれてもいいわよね。別にお店は逃げないんだし。

 『ラフデンフィア』は高級料理店だからそんなに混まないし、特別な料理じゃない限り予約なしでも案内してもらえるのよ。一応侍女に頼んで、席をおさえには行ってもらってるけど。


 今日はどのコースがいいかしらね。

 『料理長おすすめ・特選季節を味わうフルコース』なんかが、センチュリアらしい料理を楽しんでもらえるかしら。

 ああ、お腹空いてきちゃった。いろいろあって今日はお昼まともに食べてないのよね……っとあぶないわ、報告ちゃんと聞かなくちゃ。


 ユートレクトは席に書類を置くと机の端に腰を持たせかけて、腹が減ったから要点だけにするぞ、と更に前置きしてから本題に入った。


 主要道路調査の途中経過報告では、幸いなことに私の声がうるさいという苦情はあがらなかったけど、飲食店が多く並んでいる道路近くに住んでいる住民からは、夜がうるさいとか、のら犬猫がよく出るとか、もっともな苦情があがっているらしい。


 学校近くの家々からは、行事のたびに学生の声がうるさいとか、通学中に広がって歩いているのが邪魔だとか、これまた私も過去に戻って頭を下げたくなるようなご意見が寄せられているそう。


 こういう意見を聞くと、飲食店は飲食店、学校や学生に関係する施設とかもまとめて、一つの区画に集中させた方がいいのかなあとも思うのだけど、飲食店に勤めている人からしたら、家がお店に近い方がいいかもしれないし、子供がいるお家だって学校に近い方が安心できると思う。


 一口に調査するっていっても、苦情の解決は難しいのね……と考えているうちに、話はひと区切りついて分岐道のことに移った。


 既に調査班は、分岐道の建設方針も議論している。


 昨年の『世界会議』でローフェンディア帝国から提案された分岐道のルートは、オーリカルクの採掘場にあたる場所だったので、変更したい旨をお願いして了承された。

 新たに分岐道のルートとなったのは、現在サブスカ王国との交易路として使っている道路だった。


 この現在使っている交易路を、どのように拡張整備して分岐道にしていったらいいかも、午前中の会議で話し合われたらしいんだけど。


 その議論の中で出てきた意見の一つを聞いたとき、持っていた経済カルテを握りしめて、しわを寄せそうになってしまった。


「現在各地に散在しているオーリカルクの加工所を、全て東十九番街に集約すれば、すぐ分岐道に乗せられて、流通がよりよくなるのではないかという意見が出た。あそこなら潰しても文句は出ないだろうというわけだ」


 私は経済カルテを閉じて脇に置くと、一般の官吏にはとても聞かせられない、感情の制御できていない声でうめいた。


「誰よ、そんな勝手なこと言うの」


 言い方からして、ユートレクト自身が出した意見でないことはすぐわかったし、そもそも、奴がこんな提案をするはずがなかった。


 だから、遠慮なく言わせてもらったのだけど、東十九番街の窮状を今朝聞いたばかりだったから、その気持ちは余計に抑えることができなかった。


 東十九番街は、分岐道となる今の交易路のすぐ横にある。それでこんな案が出てきたんだと思うんだけど。


 現在各地に点在しているオーリカルクの加工所全部を東十九番街に集めたりしたら、ざっくり考えただけでも、加工所だけで東十九番街がいっぱいになって、住民の住む場所がなくなってしまう。

 そうなったら、彼らはどこに行けばいいの?


 移設してくるオーリカルク加工所に雇ってもらえるならまだしも、加工所だって、今雇っている熟練度の高い従業員を手放しはしないだろう。新たな雇用が生まれる期待はあまりできないと思う。


 私は今朝カルガートから聞いたこと……東十九番街の復興費用がまた消えたことを伝えた。


「……うまく言えないけど、そういうところで一生懸命暮らしている人たちこそ、守らなくちゃいけないんじゃないかしら。

 だって、東十九番街の人たち、あそこを追われたらどこで暮らしていけばいいの? 提案した人は、そういうことまでちゃんと考えてるの?」


 ユートレクトは私が感情的になっていても怒らなかったけど、自分はいつもの冷静すぎる口調で私の疑問に答えた。


「発案者が言うには、立退金は無論払う、他の地区の住民より生活水準が低い分、安い金額でも満足するのではないか、という論理だったな」


 私は今日の会議のメンバーに入っていなかったことを感謝した。もし出席していたら、そんな提案をした官吏をどなりつけたかもしれなかった。


 東十九番街に住む人の中には、職にもつけず生活保護を受けている人も多い。

 西の森で野宿する人はいなくなったけれど、以前野宿をしていたような人たちが、東十九番街にはたくさんいた。


 他の地区に移住させる、言うのは簡単だ。

 でも、今のところより当然家賃は高くなる。

 そうなったら、立退金をもらったって、それがなくなったら暮らしていけなくなるかもしれない。

 立退金はあくまで一時的なものだし、移住のときにだって何かとお金がかかる。


 それに、他の地区で東十九番街の人たちのことが悪く言われ始めていることも心配だった。

 今のままだったら、立退金をもらって移住したとして、移住先でいやがらせをされないとも限らない。


 だけど……


 しばらく頭を回してから、私はようやく感情を控えた声を出すことができた。


「それはあくまで提案の一つに過ぎないわよね」

「ああ」


 ユートレクトの返答は短かったけど、私が言いたいことをわかってくれているような気がした。


「現状で特に不都合がないなら、東十九番街に加工所を集中させることはできないわ。

 今の加工所で働いている人たちだって通勤に不便になるのだし。

 第一、加工所の移設費用を誰が出すの、って話よね。国庫にそこまでの余裕はないもの」


 私は女王としての見解を出すと、机の上に視線を落とした。


 飴色に輝いている机は歴代の国王が使っているものだった。

 私で何代目の持ち主になるかはわからないけど、今までの国王たちが背負ってきた重圧の多さを物語っているように見えた。


「東十九番街は、近いうちに視察しなくてはならんな」


 やや深刻な声がして、私は頭を上げた。

 私も少し考えていたことだけに、嬉しい提案だった。


 私は予定帳を開きながら、再来週なら予定を調整できることを伝えると、再来週の某日午後から、二人で東十九番街に行くことになった。

 ユートレクトはこういうことを決めるのがいつも早い。

 身分は隠して東十九番街の実情を見てこよう、ということにすると、お互い予定帳に隠密に行動することを示す記号を書き加えた。


「わめき散らすと思ったがな」


 身分を隠して行動するときは私の護衛役も兼ねる宰相閣下が、予定帳をしまいながらつぶやいた。

 東十九番街のことで、私が辛うじてどならなかったのが奇跡に思えたらしかった。


「それは頭にきたわよ。

 でも、ここにいない人たちに怒っても仕方ないし、みんなにはみんなの立場があるんだもの」


 そう。


 確かに東十九番街の人たちのことを考えると、私には認められない意見だったけど、『分岐道建設調査班』の人たちは、せっかく予算をかけて整備する分岐道を、いかに最大限に活用するかを一番に考えているはずだった。

 それは、回りまわって国民と国全体のためにもなることだから、頭ごなしに非難しかけた自分を恥じた。


 でも、なるべくなら、力のない人たちのことも考えてもらいたいと思う。

 そういう姿勢を見せてみんなの考えを変えていくのが、主君としての役目なのかなと思い至ったとき、感情を収めることができた。


「みんなにそういう考え方をさせないようにするのは、主君の務めなのよね、きっと。やっぱり私はまだまだ未熟なんだ……」


 思いを声にすると、改めて少し落ち込んだ。

 女王の道は、私にはとても険しくて、終点の見えない長い旅をしているようだった。


 私の考えていることを見抜いているのかいないのか、今もわからなかったけど、ユートレクトは私の自答には触れずに全く別の恐怖へ私を誘った。


「そろそろ行くか」

「やっぱり行かなきゃだめ?」


 無駄と知りつつ抵抗してみたけど、私の机の前にやって来た偉大な臣下は、前回と同じくまた私の机を勝手に片づけながら、


「おまえが行かないで、誰があの二人を連れて帰るのだ」


 敵前逃亡するようなことを言ってくださった。


「あんたまさか、今回私を巻き込んだのは、あの二人を連れて帰らせるためじゃないでしょうね?」


 返事がないだけに、絶対そうに違いなかった。


 どうして私が、あの騒がしい人たちを一人で連れて帰ってこなくちゃいけないのよ!


 アンウォーゼル捜査官(酔いどれモード)だけでもお守りが大変なのに、キアラさんまでついてたら……

 あのキアラさんが酔っ払ったところなんて、恐ろしすぎて考えたくもない。素面しらふでも十分強力なのに。


「行かないわよ、絶対に行かないから!」


 だけど、必死の抵抗にもかかわらず、私はまた個性的な人たちに巻き込まれるはめになった。



******



 『ラフデンフィア』のディナーは、新年会同様とても美味しかった。


 キアラさんは、食にもうるさいだろうなあと思っていたのだけど、『料理長おすすめ・特選季節を味わうフルコース』をおとなしく召し上がってくださっている。


 センチュリアの料理が珍しいのもあるみたいで、『あら』とか『まあ』などと、感嘆の声を何度もあげていた。


 絶対文句言いそうなのに不思議でしょ? 勝因は、料理の注文をユートレクトにさせたことだと思う。


「今日はこれだ」


 席に通されてからすぐ、ユートレクトが有無を言わせない様相で、メニューの『料理長おすすめ・特選季節を味わうフルコース』を指したとき、最初キアラさんは目をつり上げたんだけど、


「わ、わかったわ、兄上がそうおっしゃるのなら」


 と、矛先を収めてくれたのよ。


 だって、私が『今日のお料理はこれにします』って言ったら、きっと文句言われると思ったんだもの。

 だからこっそりユートレクトに注文役をお願いしたのよ。われながら知恵が回るようになったわね。


 梅の実の食前酒から始まったコースは、『毎日が違う顔 お楽しみ前菜』に『赤かぶのスープ 真紅の彩り』、センチュリア伝統の白黒パンと続くにつれ、キアラさんの瞳が輝きを増していったのを私は見逃さなかった。


 魚料理は『海の幸の饗宴壷焼き 西の森の白い香草仕立て』。


 海の幸盛りだくさんのシチューをパイ生地で包んでから、オーブンで香ばしく焼き上げたものなんだけど、膨らんでるパイを崩してシチューの中に入れて食べるのが、これまた美味しいのよ!


 肉料理は『白毛牛のポワレセンチュリア風 オーリカルク粉を散りばめて』。


 とろとろに煮込まれた白毛牛、それだけでも美味しいのだけど、添えてあるサワークリームと一緒にいただくと、こってりした味が和らいで、濃い味つけが苦手な人でも食べやすくなるの。

 白毛牛の上に散らしてあるオーリカルクがゴージャス感たっぷりで、外国の人には見目も珍しいと思うわ。

 オーリカルクは金と同じで、お腹に入っても大丈夫なのよ。


 そしてオレンジのソルベ、鴨のローストときて、今は『料理長のまごころサラダ』と『チーズ五種味わい比べ』までを無事堪能したところだった。


 けど、本日のケーキとフルーツ、食後の飲物を待っていたら、キアラさんがだんだん不満そうな顔になってきた。グラスに残っていた赤ワインをぐびっと空けると、


「失礼だわあの巨人。私を上級司法官と知っての所業かしら。今度会ったら、あらゆる法を駆使して訴えてやるわ」


 ホルバンに執務室から追い出されたことを根に持っているらしい。

 食べ物が切れたせいで、いやなことを思い出したのかしら。早くデザート来ないかな。


「申し訳ありません、ピアスカ司法官。ホルバンにはよく言って聞かせておきます」


 キアラさんはお酒が強いらしかった。さっきから何杯もワインを飲んでいるのに、顔色が少しも変わってない。

 いっそ酔っ払ってへべれけになってくれた方が、余計な文句言われなくていいかも。


 キアラさんは、丁重に頭を下げた(つもりの)私をきっと睨むと、全くお酒に濡れていない、嫌味をきかせた涼やかな声で、


「臣下の不始末は、主君の罪でもあるのよ。その自覚はあるのかしら?

 実際に臣下の責を主君が負って、五百兆の賠償金が支払われた記録があることを知らないようね」


 ごひゃくちょう?


 あのですね、私の小さな脳は、大変無念なことに天文学的な数字には対応できないんです。

 いまだに予算編成のとき、桁の大きな数字を見るのが苦痛でならないんだから。


「八七三年、ロスノープ公国が隣国のファイカル王国に、実際にこれだけのお金を支払ったのよ。

 現在の価値に直すと一千兆……いいえ、それ以上になるかもしれないわね」


 えっと……


 八七三年っていったら、今年が一四七七年だから大体六百年前の話よね。

 ロスノープ公国もファイカル王国も、今は世界地図にない国だし。


 そんな昔のことを覚えてらっしゃるのはさすがですけど、仕事の邪魔になるほどやかましくして、執務室を閉め出された人に払う金額じゃないと思うのは私だけでしょうか。


「キアラ、ホルバン卿にはたてつくな」


 心の中ではあれこれ言えるんだけど、実際に言葉にはできなくて、どう返したらいいものか悩んでいると、ユートレクトが口を挟んだ。


 ホルバンにはたてつくな?


 そういえば、ユートレクトはホルバンが苦手というか、センチュリア貴族に推挙されているのも、強く断れないでいるみたいだけど、やっぱり何か弱点でも知られてるのかしら。


「なぜなの兄上、あんな礼儀を知らない人、許せないわ」

「彼はネフレタ教授の弟だ、義理ではあるが」


 キアラさんは不服いっぱいの顔を兄上に向けたけど、兄上の一言を聞くと、まるで眼の前に幽霊でも現れたかのように、灰色の瞳に恐怖の色を浮かべた。


「し、仕方ないわね、そういうことなら、今回だけは、か、勘弁してあげるわ。あああああなたも、ありがたく思うことね」


 最後の一行は私へのご厚情だったので、私はおとなしく頭を下げておいた。


 ネフレタ教授って誰かしら。

 多分帝国学士院の先生だと思うけど、その人の弟っていうだけでも恐れられるなんて、よっぽどすごい先生なのね。


「そうだったのか。私はネフレタ教授の講義は取っていなかったが、あの教授の弟君とあっては、おまえたちには怖い存在だろうな」


 アンウォーゼル捜査官が気楽な口調で言うと、キアラさんは白目を血走らせて、


「人ごとみたいに言わないでちょうだい!

 あなたはネフレタ教授の恐ろしさを知らないから、そんなのん気な顔をしていられるのよ!

 思い出すだけでも恐ろしいわ……」


 などとわめき立て始めた。


 けど、アンウォーゼル捜査官は、キアラさんの言うことには全く耳を貸さずに、


「ところでフリッツ、おまえがセンチュリアの貴族に、という話があるのは本当なのか?」


 キアラさんのペースに巻き込まれないのは、さすがご学友だと思うけど、その話はどこから仕入れたの? まだ重臣たちしか知らないはずなんだけど。


 ユートレクトは聞くのがいやそうな顔をしながら、しぶしぶといった感じで口を開くと、


「どこでその話を聞いた」

「もちろんホルバン卿だ」

「あの御仁は……余計なことを」


 得意げなアンウォーゼル捜査官の答えに、ため息混じりの声を出した。


 『謹厳巨大魔王』のホルバンから、何かを聞き出すのは結構大変だと思うんだけど、こんなことまでホルバンにしゃべらせるなんて、アンウォーゼル捜査官、伊達に捜査官やってるわけじゃないのね。


「なんですって、兄上がこんなせせこましい国の貴族になるですって?

 断ってちょうだい兄上、そんなばかげた話!

 兄上は世界に冠たるローフェンディアの皇族なのよ!」


 感心してたら、キアラさんがまた涼やか……というには、あまりに頭に響く声でわめき立てた。


 この声、何に例えたらいいかしら。

 ああ、コオロギなんていいかもしれない。元気がよすぎて、『風情がある』を通り越した鳴き方のコオロギ。

 夜な夜なずうっとりんりんりんりん鳴き続けてて、眠りの妨げになる感じの。


「無論断っている。皇籍返還も願い出ている」

「まあ、なんてこと! そんなもったいない話、私が許さないわ。すぐに皇帝陛下に書状をしたためて」

「デザートがきたぞ」


 ユートレクトがコオロギのりんりん声にも動じない冷静すぎる顔で、ワゴンを押してやってきた給仕さんたちを見やると、キアラさんの表情がぱっと明るくなった。

 やっぱり、食べ物が切れたのが機嫌が悪くなった原因っぽいわね。


「こんな僻地でも、デザートはわりと種類があるのね」


 ワゴンに乗っておでましになった、数え切れないほどたくさんの種類のデザートに、キアラさんは大変ご満悦の様子だった。

2019.12.8.話中の現在に当たる年を訂正しました。

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