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伯爵令嬢1*



 二日後。


 今日からアンウォーゼル捜査官が公式に活動を開始する。

 それと同時に『世界機構』からのもう一人のお客さま、国際上級司法官のキアラさんが着任することになっている。


 ということで、前から二人のために臨時の執務室を設けたり、宿泊してもらう部屋を用意していたのだけど、今朝初めてアンウォーゼル捜査官を案内したら、


「おおお、このような立派な部屋を用意してくださるとは!

 かたじけない、これほど大きなベッドなら女性を連れ……いやいや、そのようなふしだらなことは致しませんよ。任務に色恋を持ち込むなど、特別捜査官としてあってはならないことですからね、はっはっは!(以下省略)」


 だの、


「いやあ、陛下の執務室のとなりに、われわれの作業場も設けていただけるとは! 誠にありがたい話です。これでいつでも気軽に陛下とフリッツに会えるわけですね。キアラも喜びましょう!(以下省略)」


 だのと、いちいち明るく浮かれてくださった。朝からこの元気さについていくのは、私には無理だった。


「王宮の施設のご説明は、ピアスカ司法官がおみえになってからお二人ご一緒に受けていただきます。

 ピアスカ司法官はお昼過ぎにおみえになると聞いています。それまでの間」

「ええ、もちろん陛下のお手を煩わせるようなことは致しません。フリッツはどちらに?」


 人の話は最後まで聞いて欲しいんだけど。


「ユートレクトは午前中会議に出席しております。それまでの間、何かございましたらベイリアルか私にお訊ねください」

「そうですか、わかりました。ではベイリアル卿にお世話になりましょう。

 ご老公はとてもセンチュリアの内情に詳しくていらっしゃる。誠に陛下はよき臣下に恵まれておいでですな!」


 こんなことを話しているのは私の執務室の前の廊下なのだけど、官吏たちが私たちの横を通るたびに、私とアンウォーゼル捜査官を見て黙礼をしてくれる。

 それはいいんだけど、どうもその視線に『おはようございます』以外のものを感じてならないのよね、さっきから。

 私が落ち着かないでいると、


「どうしました陛下、具合でも悪いのですか?」

「いえ、大丈夫です、お気遣いありがとうございます」


 アンウォーゼル捜査官が真剣な表情でこちらに顔を近づけてきたから、余計に落ち着かなくなって、失礼に当たらないように気をつけながら顔をそむけた。


 そうしたら。


 確かカルガートの執務室に詰めてる官吏二人が、私たちを見て明らかにくすくすと笑っているじゃないの、しかも何か意味ありげに。


 私は女王権限を発動することにした。とまどう官吏たちを手招きで呼び寄せると、どうして笑っていたのかをやんわり問いただした。


「それはあの、恐れながら、微笑ましいと思いまして」


 確かエルザという名前の女の子が、少し怯えながらそう言うと、


「おいおいエルザ、それ以上は困るなあ」


 なぜかアンウォーゼル捜査官が照れたように笑った。


 ていうか、いつの間にエルザと親しくなってるのよ。

 この人、重臣たちだけじゃなくて、一般の官吏とまで親交を深めてるのかしら。女性限定だろうけど。


 私が少し冷めた眼でアンウォーゼル捜査官を見ると、別の声が加わった。


「いいじゃないですか、アンウォーゼル捜査官。だっておめでたいことじゃないですか、ねえ姫さま?」

「は?」


 エルザの先輩に当たる、セルゲイくんが嬉しそうに言うと、恐るべき真実を教えてくれた。


「姫さまは、アンウォーゼル捜査官とご結婚なさるのでしょう? 宮廷は今そのうわさで持ちきりなんですよ。おめでとうございます!」


 頭の中に白亜の教会と、婚礼用のスーツを着て爽やかぶった笑顔をふりまくアンウォーゼル捜査官が浮かんできて、ぎょっとした。


 冗談じゃないわ、なによその根も葉もないうわさ……って、実は根も葉も大ありなのが恐ろしい。


 確かに私にはアンウォーゼル捜査官との縁談話がある。ほとんど忘れてたけど。

 でも、あれはアンウォーゼル捜査官の兄上であるハーオイレナ国王が勝手に持ちかけた話で、アンウォーゼル捜査官にはその気は全然ないっていう話、じゃなかったかしらね。


 もちろん、私はこの縁談話のことを誰にも話していない。この話を知っているのはあと三人、ユートレクトとベイリアル、それと縁談話の主役だけのはずなんですけど?


「陛下、申し訳ありません。先日、私が他の重臣の方々に縁談のことでご相談に乗っていただいていたところを、官吏の皆さまにも聞かれてしまいまして。

 エルザ、セルゲイ、だから違うのだよ、まだ結婚が決まったわけではなくて」


 アンウォーゼル捜査官の聞き捨てならない弁明は、とりあえず置いといて。


「二人とも」

「はいっ!」


 私はエルザさんとセルゲイくんの方に向き直ると、穏やかな口調ながらも威厳を漂わせて言った。


「確かに、アンウォーゼル捜査官の国から、彼との縁談の話はいただいているわ。

 でも、まだ結婚が決まったわけではないの。

 もし今後、このことが話題にのぼるようなことがあれば、みなにもそのように伝えてもらえるかしら」


 エルザさんとセルゲイくんは、とても恐縮しているようだった。


「も、申し訳ありませんでしたっ!」


 二人は同時に叫ぶように応えると、一礼して逃げるように去っていった。


 私はとなりにいる人をじとっと睨みつけた。


「困ったものですな、うわさというものは。尾びれ背びれ胸びれくびれがついて、どんどん話が大きくなってしま」

「アンウォーゼル捜査官」

「は」


 官吏たちを諭したものより、倍近く厳しい声を向ける。


「デリケートな話題を、軽々しく話していただいては困ります! 重臣だけでなく官吏にまで!

 王族であるあなたならおわかりでしょう。

 あなたもしばらくはこちらに滞在される身です。ご自身に災難を招くような言動は、慎まれるべきだと思います」


 私の真剣な声に少しは反省したのか、アンウォーゼル捜査官は表情を改めた。


「陛下、申し訳ありませんでした。私の軽挙のためにご不快な思いをさせてしまいました。どうぞお許しください」


 そう言って謝罪するアンウォーゼル捜査官には、軽々しい感じはまるでなくて、礼儀正しい人に見えるのだけど。


 なんで私の縁談のこと、他の重臣にもぺらぺらしゃべってんのよ。しかも、一般の官吏の耳に入るようなところで。信じられないわ。

 私との縁談はなかったことにしてほしい、自分も王配にはなりたくない、なんて言ってたくせに。

 この人、本当に特別捜査官なのかしら。軽く疑っちゃうわ。口に秘密漏洩防止機能がついてないとしか思えない。


 私が深くため息をつくと、アンウォーゼル捜査官は琥珀色の瞳をいたずらっぽくひらめかせて、たいがいの女性なら胸を射抜かれそうな笑顔を浮かべた。


「では陛下、私はベイリアル卿に早速訊ねたいことがありますので、これにて失礼致します。また午後お会いしましょう」


 颯爽と去っていくアンウォーゼル捜査官を見送りながら、ユートレクトが心配しているのとは多分別の意味で、彼に私の身の安全をお任せするのがとても不安になってきた。



**



 執務室に入り自分の席に着くと、各大臣の日報に眼を通しながら冷めたコーヒーをすすった。

 コーヒーはアンウォーゼル捜査官を案内しているあいだに、飲みやすい温度にまで冷めていた。


 どの大臣の日報にも、ここのところずっと『その他』の項目に『臨時会議』の文字が書かれている。『世界機構』からの通達に、どう対応したらいいかをみんなで考えているからだった。


 この会議には、アンウォーゼル捜査官も連日参加してくれていて、一緒に対応策を考えてくれたり、『世界機構』のことを教えてくれている。


 今回は調べものをするにしても、気軽に部下を使って人海戦術で、ってわけにはいかないところが辛い。


 『世界機構』のことなんて、センチュリアでは今まで取り上げられたことがないから、突然『世界機構』のことを調べてくれと命じられた部下が、勝手な想像をめぐらせて変なうわさをふりまかないとも限らないじゃない?

 だから『世界機構』のことは、全部重臣たちが執務の合間を縫って、自ら調べてくれているの。

 私もここ数日は、空いた時間や寝るまでの数時間を王宮の図書室や資料室で過ごしていた。


 ユートレクトのことを考えると、どうしても一昨日のことが頭に浮かんできそうになるのを、必死に防御した。


 まったく、なに考えてるの私ったら。執務中に考えるようなことじゃないわ。こんなこと考えてるときに、誰かに声をかけられたら、すっごく気まず


「姫さま、おはようございます」


 ぎゃあああああ!


「お、おはよう、カルガート。一昨日はお疲れさま。二日酔いはしなかった?」

「はい、おかげさまで。姫さまにもザバイカリエにも、お手数をおかけしました」

「いいのよそんなこと、気にしないで」


 ええ、ほんと、気にしないでほしいわ、私の今の挙動不審さも。


 カルガートは気恥ずかしそうに一礼すると、早速本題に入ってくれた。


「実は、東十九番街でまた難題が起きまして。街の復興費用がまた跡形もなく消えたと、今朝連絡があったそうなのです」


 事の重大さに、頭が勝手に女王モードへ切り替わった。


「なんですって? あそこは今日ようやく復興工事が始まるのに、お金がなかったら工事してもらえないじゃない」

「そうなのです、それで姫さまにお願いがございまして……」


 カルガートはとても言いづらそうにしているので、私が言葉を継いだ。


「業者に払うお金を立て替えてあげないといけないわね。

 わかったわ、特別予算の変更書類は私が書いて決裁しておくから、すぐに手配してあげて。このことは今度の御前会議でも話し合いましょう」

「はい、ありがとうございます」


 安心した表情で出て行くカルガートを見送ると、私はやや深刻なため息をついた。


 東十九番街は、センチュリアで一番生活条件のよくない地区だった。


 一昨年の鉱山事故で土砂崩れが起きたとき、いくつかの街に被害が出たのだけど、その中で一番ひどい被害を受けたのが東十九番街だったの。


 他の地区はとうの昔に復興を終えているのだけど、この地区だけは、二年経った今でも復興が進まなくて、私たちも困ってるのよ。


 もともと生活水準が低い地区だったこともあって、東十九番街には災害当時から支援の手を惜しまなかった。物資も復興に必要な資金も十分なものを援助していた。


 センチュリアは、大昔から街のことはそこの住人たちで解決する慣習になってて……えっと、いわゆる自治が進んでいるから、こういうときは、お金は国が出すけど直に災害復興工事はしないの。

 自分たちで直すか、業者さんにお願いするのもその地区の住人でするのよね。


 話が少しそれたけど。


 こちらは確かに支援しているはずなのに、その物資が届けられていなかったり、今日みたいに渡した資金が消えたり盗まれたりする事件が度重なって、そうこうするうちに、東19番街の人たちの復興への意欲も薄れてきたりして….…


 いったい誰の仕業なのよ、って感じなんだけど、憲兵たちに調べさせても全然手がかりが出てこないの。


 いい加減災害から二年も経つし、渡しているお金も高額だし、物資だってただじゃない。


 経済力に乏しい自分たちだけではどうすることもできなくて、国からの援助を待ってることしかできない東十九番街の人たちに、『自分たちで泥棒も捕まえられないのか』とか、『税金どろぼう』とか、悪口を叩く人もちらほら出てきているらしいから、そろそろ真剣になんとかしたいのだけど。


 やっぱり直接こちらで復興工事をした方がいいのかしら。

 古くからの慣習は破ることになるけど、そうでもしないと復興が進みそうにないものね。

 だけど、そうしたらそうしたで、他の地区の住民から文句が出るかもしれない。東十九番街だけ特別扱いするのか、とか……


 早速特別予算の変更書類を作りながら考えていると、また私を呼ぶ声が聞こえてきた。週明けはいつも忙しいのだけど、今日は人が多いわね。


「あら、おはようベイリアル。一昨日はお疲れさま。どうしたの?」


 私に声をかけたのはベイリアルだった。困ったような、それでいて少しあきれたような顔をしているのに合点がいかない。

 何があったのかしら。もしかして、早速アンウォーゼル捜査官に無理難題をふっかけられたとか。ありえるわ、十分に。


「朝からお騒がせして申し訳ありません、姫さま。今憲兵隊より連絡がありまして」

「?」

「キアラ・ピアスカと名乗るご婦人が、商店街でひと悶着起こしたそうなのですじゃ。名前からして間違いないと思いますれば。『謁見の間』にお通ししておりますが、いかが致しましょう」


 帝国学士院を卒業した人たちが超エリートだという認識は、ぜひとも改めなくちゃいけないと思った。

2019.11.25内容を一部修正しました。

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