最後の晩餐2
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料理を第三弾まで運び終えると、とうとう食材が尽きたので、私もお酒臭い中に混じって自分の作ったものをいただくことにした。
謎の乾麺野菜あんかけ他、多少怪しそうな食材を使った料理も、えせエリートさまたちには好評だった。
今のところお腹の調子が悪いと訴えていないところを見ると、調理方法も賞味期限も問題なかったみたい。さすがこの二人、胃の丈夫さも態度の大きさ同様半端じゃないわ。
「そういえばおまえ、いつも院祭のときはあちこちに借り出されていたな」
私はアンウォーゼル捜査官の言葉に首を傾げながら、いももちチーズを三つほうばった。院祭って何かしら。
「まともに地元のことを知っているのが、俺だけだったからな。おかげでいまだに商店街を歩いていると声をかけられる」
そういえば、ユートレクトと一緒に繁華街を歩いていたときも、声をかけられたっけ。あれってやっぱり、ローフェンディア皇子時代にお忍びで出歩いてたときに、街の人たちと親しくなったのね。
そう考えながらも、しつこく院祭って何かしら、と首を傾げていると、
「院祭というのは、帝国学士院の学生が、年に一度自分たちで企画した催物を披露する祭りのようなものだ。おまえも学生の頃、この類のことをしただろう」
「うん、あったあった! 恐怖部屋とか、演劇大会とか屋台とか!
学校一の美女を決める美人コンテストとかもしたわよ。もちろん私は出なかったけど。で、最後はみんなで火を囲んで輪になっておど……」
ユートレクトの言葉に、浮かれて学生時代の思い出を語りだしたら、二人の視線が微妙なものになったので、私は自分で自分をフォローすることにした。
「えっと、今のはあくまで平民の通う学校の話よ、帝国学士院ではそんなことしない……わよね。
王子さまや貴族のご子息が、自分たちでたこ焼きとか作ったりするはずないものね、ごめんね、あははは……」
「いえ、そんなことはありませんよ。たこ焼きは作りませんでしたが、似たようなことをしてました」
アンウォーゼル捜査官は、私の硬い笑顔に酔っ払いながらも優しい男前の顔で笑ってくれた。
「ローフェンディア郊外の誰も住んでいない城を貸しきって探検ツアーを組んだり、演奏会やオペラ大会もしましたね。
後は世界中から人間が来ていることを生かして、各国の宮廷料理を来客にふるまったり、院内一の美女を決める大会では、女の争いがそれはもう熾烈で……締めには舞踏会もありましたしね」
丁寧に教えてくれたけど、やっぱり王侯貴族のご子息ご令嬢たちの学校だけあって、やることなすこと規模が違うわ。
「催物をするのも、企画から実行まですべて自分たちの手で行うことになっていたので、お付きの者や家の召使を頼れなかったのですよ。
ですが、宮廷料理を作ろうにも、どこから食材を仕入れていいかわからない。
そこで、昔からローフェンディア市街地をふらふらしていた、地元の不良皇子にみんなで知恵を借りたのです」
なるほどね、それでユートレクトは忙しかったわけね。
確かに、貴族の坊ちゃんお嬢さんたちが、食材をどこで仕入れてるかなんて知ってるわけないものね。
そうなんですかとお礼を言うと、私はザワークラウトとソーセージ、シャシリクにブリヌイをお皿に取り、ペリメニをお椀によそった。少し味が心配だったシャシリクからまず口に入れる。
あ、シャシリク美味しくできてるじゃない! マリネ液に漬けておいた時間がすっごく短かったから、味が染みこんでないか心配だったけど、それなりに美味しくできてた。よかったー!
ペリメニは、パトリシアさん(注:この家の家政婦さんよ)が冷凍しておいてくれたおかげで、スープに浮かべるだけで済んだし、ブリヌイも、ケフィールがあったおかげで美味しくできたわ。
この家にはチョコレートソースとかいう乙女向けのものはないから、デザート風に食べられないのが残念だけど、シャシリクでも巻いて食べようかしら。
横からずいっと小皿が出てきて、何かと思ったら鶏皮宰相の小皿だった。どうやら、ザワークラウトとソーセージに手が届かないので、私に取れということらしい。
そうよ、野菜も食べなきゃ。いい年なんだから、栄養バランス考えた食事しないと病気になるわよ。
ソーセージはよけて、ザワークラウトだけをてんこ盛りにして小皿を返してやると、鶏皮宰相は顔には出なかったけど嬉しそうに受け取って美味しそうに食べ始めて、二、三口してから何かを思い出したようににやりと笑った。
「三年の院祭で、レヴァルキムーゼ城探検のときのおまえは傑作だったな」
「おいおい、あのときの話はやめてくれよ。あれは私も被害者じゃないか」
アンウォーゼル捜査官の顔が、いやなものを見たようにしかめられた。
レなんとか城探検のとき何があったのかしら。女の人に盛大にふられたとか。
「何を被害者づらしている、いい迷惑だったのは俺たちだ。あれは実生活のなかで考えられる限り、一番の悪臭だったのだからな」
どんな臭いよ。
私の貧困な想像だと、お酒にまつわるものとお手洗いに関係するものしか思い浮かばないけど。
実生活っていうくらいだから、血なまぐさい話ではないと思うけど、食べ物の出てるところではしてほしくない話題よね。まったく、この男にはデリカシーというものがないのかしら……と思いながらユートレクトを見ると、
「あれを思い出したら、この酒臭い空間に耐えられなくなってきた。
おい、窓を開けて換気をしておけ。俺はその間に湯を浴びてくる」
おいこらちょっと。
なんであんたはそう私に命令形なわけ!?
それに、自分で話振っておいてなんなのよその態度。
と反論しようとしたときには、ユートレクトは既に脱衣場に入ってしまっていた。
私が男だったら、絶対脱衣場から引きずり出してやるのに。あいつ、いつか必ずあごで使ってやらなきゃ気が済まないわ。
こんなに酷使されるんなら、奴専用の料理作って、そのなかに下剤でも仕込むんだった。
いいえ、今からでも遅くないわ。あいつだけ、謎の乾麺野菜あんかけでお腹壊せばいいんだわ。
私は度重なる酷使に怒りを燃やしていたけど、アンウォーゼル捜査官は細かいことは気にしない性格なのか、それとも単に酔っ払ってるだけか、姿の見えなくなった学友にひらひらと手を振ると、またグラスを空にした。
はあああああ……この人、よく飲むわねほんと。
確かにずっと前から空気の入れ替えはしたかったから、まあいっか。
私は一階の見えているところの窓を全部開けると、空になったお皿とお酒の瓶を片付けることにした。
テーブルと流し台を行ったり来たりしているうちに、アンウォーゼル捜査官はソファに転がって宙を見つめる体勢になっていた。あと数分で眠りの森に連れて行かれそうな感じだったので、そっとしておくことにした。
そういえば忘れかけてたけど、アンウォーゼル捜査官、本当に今晩はどうするつもりなのかしら。
ていうか、私もどうなるのかしら。
ユートレクトはまた湯浴みしてるし、このままだと三人で雑魚寝させられてもおかしくなさそうな勢いなんだけど。
口では速攻アンウォーゼル捜査官の宿泊を断ってたけど、いざとなったら見捨てたりしないだろうし。雑魚寝も楽しいかな、なんて思ってしまう。
今日の二人は、最初『マロ食』で飲んでたときと同じ雰囲気で、通達発表のときに見た緊迫した雰囲気は微塵も感じられない。
もしユートレクトから何も聞いていなかったら、通達発表のときの敵対心をあらわにしていた姿も忘れてしまいそうなほど、今日の二人は楽しそうだった。
アンウォーゼル捜査官がユートレクトの……恐らく心的外傷になっている過去に関係していて、しかも、私がペトロルチカに狙われていることにも関わりがあるかもしれないなんて、本当に本当なのかしら。
さっきは甘い時間の壊滅に腹を立ててしまったし、王宮での振る舞いには気になるところも多々あるけど、もっと仲良くなれたら理解できるかもしれないし。それに、やっぱりユートレクトの友達である人なら、いい人だと信じたい。
片付いたテーブルを拭いてお皿を洗い始めると、背後で人の気配がした。アンウォーゼル捜査官だった。
「手伝いましょうか?」
「いえ、大丈夫です、お気遣いありがとうございます。お加減はいかがですか?」
とは言ったものの、アンウォーゼル捜査官の顔色は青くも赤くもなくて、今まで飲んだくれていた人とは思えないほど、しっかりした顔つきをしていた。
「いやあ申し訳ありません、少し落ちてしまいましたが、もう平気です。
こう見えても私も一人暮らしですから、食器ぐらい拭けますよ。お手伝いしましょう」
精悍な顔に光る琥珀色の瞳は、お酒に淀んでいることもなく、かといって『マロ食』で二人きりのときに見た怖いものでもなくて、私の緊張を解いてくれた。
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しばらくは二人して黙ってお皿を洗ったり拭いたりしてたけど、半分ほど洗い終えたところで不意にアンウォーゼル捜査官がつぶやいた。
「フリッツはいい奴ですよ、愛想はないし偉そうだし、言葉も人使いも荒いですが」
「……そうですね」
『いい奴』という言葉に恥ずかしくなったのは、きっと私が史上初にして最大級の恋愛モードに入ってるからに違いなかった。どうも忘れがちだけど。
「私は生涯で友と呼べる人間はそういないと思っているんですがね、帝国学士院時代に出会ったあの三人は、親友と言っていい、私の一番の宝なんです」
帝国学士院時代に築いた友情と思い出が、アンウォーゼル捜査官にとって、本当に楽しくて得がたいものだということが、誇らしげな声からも伝わってきて自然と顔がほころんだ。
「そうですか、充実した学生生活でいらしたのですね」
「ええ、できることなら、あの頃に戻ってもう一度人生をやり直したいものですが……失礼、詮ないことを言いました。申し訳ありません」
アンウォーゼル捜査官はそう言って、お皿を拭きながら私に頭を下げた。
だけど、その口調も表情も、過去だけに囚われて今を見ようとしない人のものではなかったし、たまにはそんな風に思うのも悪くないと思う。
アンウォーゼル捜査官の顔が、自分の弱さをさらけ出したことを後悔しているように見えて、胸が痛んだ。弱いだなんて思っていないことを伝えたくて、私は言葉を寄せ集めた。
「誰でもそう思うことはあると思います。無益だとわかっていても、後ろを振り返ってしまうこと……私だってそうです。もっとも私は、後ろ向きすぎなんですけど」
アンウォーゼル捜査官は何も言わなかった。
私の言葉を待っているように見えて、うまく言えていないと思うけど続けることにした。
「あなたは立ち止まるのはよくないことだと、ご存知なのですもの。
そんな方こそ、時には足を止めて、過去を思い出して心を休めることも必要なのではないかと思います」
「……フリッツがなぜあなたのもとにいるか、わかるような気がしましたよ」
私が言いたいことをわかってくれたかどうか、自信はなかったけど、アンウォーゼル捜査官は琥珀色の瞳を笑顔で細めると、開けている窓の外に目を向けた。いつの間にか雪が降り始めていた。
「あいつはね、私の恩人なんです」
「何かあったのですか?」
私の問いかけに、アンウォーゼル捜査官は少し長くなりますが宜しいですか、と断った。
もちろん構いません、と私が答えると、アンウォーゼル捜査官は静かに語り始めた。
「私が学士院二年生のときでした。
繁華街を歩いていると、女性が不貞な輩にからまれていたので助けたんです。
そうしたら、不貞な輩の頭がローフェンディアの皇子さまでね。名前はあえて伏せておきますが。
おまけに皇位継承権も上位ときている。
奴は権威を傘に、私が退学しなければ、このことを私の国との国家問題にすると脅してきましてね。
そこまで言われたら仕方がない、私は退学することにしたのです」
窓の外、漆黒の闇の中、雪が家の灯りに照らされてひらひらと舞っている。
「そのことは誰にも……無論フリッツたちにも知らせずにいたんです。
ですが、国に帰る前日、部屋を片付けているところに、フリッツが血相を変えて乗り込んできましてね。説教を食らいました。
おまえが悪いわけではないのに、負け犬のように尻尾を巻いて逃げるのかと。
逃げるわけではない、事が国家問題にまで発展すれば、国民にも迷惑がかかるではないか、と言ったのですが、あいつは聞く耳を持ちませんでした」
窓の外の景色は夜の闇、雪の白しか色がないはずなのに、見飽きることがなかった。
「何のためにローフェンディア皇族の自分がいる、自分を使って戦え、ここを去るのはそれからでも遅くはない。人の上に立つ王族が悪に屈することこそ、王族を信頼し、国を任せている国民を裏切ることになる、おまえが王族ならば国民に恥じぬ行動を取れ…というようなことを言われましてね。おかげで国に帰れなくなってしまいました」
アンウォーゼル捜査官が私と同じようなことを言われていたことに、思わず顔がほころぶと、アンウォーゼル捜査官も笑ってくれた。あいつは昔からそうだったんだ……
「翌日登校したら、教室の前でフリッツが待っていました。私が院長に出したはずの退学届を手に持ってね。
放課後、ハーラルやキアラも集まってくれて、どうするべきかを一緒に考えてくれました。
フリッツはともかく、ハーラルも他国の王子、キアラはローフェンディア皇族に服従しなくてはならない臣下の立場だというのに、彼らまで巻き込んでしまったことを、申し訳ないと思う気持ちはもちろんありましたが、困難なことに知恵を出し合って過ごした時間は、本当に楽しかった」
アンウォーゼル捜査官はそのときの情景を思い浮かべるかのように、愛おしいそうに雪のひとひらひとひらを目で追っていた。
「その帰り道のことです、例の皇子の手の者が、私たちを襲撃してきたのです。策を弄するまでもなかったわけです。
すぐさま返り討ちにすると、フリッツの提案で、奴らをそのまま皇帝陛下の御前に突き出しに行きました。
私の身の潔白は証明され、某皇子からの脅迫もなくなったのですが、あれには驚きましたね。
天下のローフェンディア皇帝に約束もなしに会いに行くことなど、私にはおよそ考えられないことでしたから。皇帝陛下も突然訪れた私たちに、よく会ってくれたものです。
おかげで私も、私の国も、難を逃れることができました。
王族として、一人の人間としての誇りは、あのとき初めて自覚したのかもしれません」
だからフリッツは私の恩人なのです、と少し照れたようにつけ加えると、アンウォーゼル捜査官は真剣な眼差しを向けた。
「陛下、一つお願いがあるのですが、宜しいですか?」
「はい、なんでしょうか」
「あいつを……フリッツを宜しくお願いします」
この言葉に対する答えを、私は一つしか持っていない。
「はい」
おや、即答されましたね、と言うとアンウォーゼル捜査官は後を続けた。
「陛下にとっても彼は貴重な人材……いや、大切な存在なのですね」
その声は以前『マロ食』で聞いたものとは違って、心からそう感じてくれているような温かい響きで私を包んでくれた。
「彼は私にたくさんのことを教えてくれました。その恩に報いたいと思っています」
彼の親友である人に、こんな女王ぶったことしか言えない自分と立場が厭わしかった。
「あいつは本当に、よきパートナーにめぐり合えたようですね」
アンウォーゼル捜査官は、感情を制しきれていない私の顔を見つめると、雨上がりに射す太陽の光みたいに爽やかに笑った。私もその笑顔につられることにした。
ユートレクトとアンウォーゼル捜査官のあいだに何があったのか、本当のことはまだ知らない。
けど、今疑ったりしていることが全部誤解で、また心から楽しく過ごせますように……二人のために。
「雪が降り始めていたか」
私が殊勝に願いをこめていると、鶏皮宰相が気持ちよさそうに脱衣場から出てきた。
鶏皮宰相は、強くなってきた雪に少しだけ眉間にしわを寄せると諦め口調で、
「レシェク、今日はもういい、泊っていけ。
但し、酒臭い奴はベッドでは寝かさん。温かい床に就きたければ、湯を浴びて清潔にしてからにしろ」
「わかったよ、そう目くじらをたてるな。
だが陛下は……なるほどそういうことか! 聞いた私が悪かった、いやわかった、よくわかったぞ」
そうよ、そういえば私はどうなるのかしら。
ちゃんと考えたいんだけど、これ以上思考を働かせると、アンウォーゼル捜査官のいかにもな発言に触発されて、変な想像しか出てこなさそうだからやめとこう。
「客室は二つある。内から鍵もかかる、安心しろ」
ユートレクトの冷静すぎる台詞に、私は安心して頷くとお皿洗いを再開したのだった。




