最後の晩餐1
*
どうしてこの家には、アルコール類があんなに大量にあるのかしら。
それにひきかえ、氷室の中味のおそまつなこと!
こんなことなら、さっきミンチを全部使うんじゃなかったわ。
ていうかね、どうして私が、奴の家の氷室の中味を嘆く立場に追い込まれなきゃなんないわけ?
「申し訳ありません、陛下! ですが陛下の手料理を頂けるとは光栄至極、お身体の具合は本当にもう宜しいのですか?」
「はい、お気遣いありがとうございます、アンウォーゼル」
酔っ払い女好き
「捜査官」
そうよ、誰しも思うことは自由なのよ。心の中でくらい自由なこと言わせてほしいわ。
「なんですか陛下、今の奇妙な間は?」
「いいえ、べつに! なんでもありません!」
私は台所で乏しい食材と格闘する手を止めると、今や新年会の三次会会場と化した応接スペースにいる、上機嫌な帝国学士院卒のエリートさまたちを睨みつけた。
三十分前。
私たちは、妙な節をつけてユートレクトの名前を呼んでいたアンウォーゼル捜査官を、家の中に保護(したくなかったけど!)した。
アンウォーゼル捜査官は、家にあげてもまだ機嫌よさそうに鼻歌を歌っていたけど、とりあえず冷水を五、六杯与えて、まともに話せるようになったところで事情を聞くことにした。
アンウォーゼル捜査官の台詞をそのまま書くと、とんでもなく長くなるから、多少まとめるわね。
重臣たちを乗合馬車で順番に屋敷まで送り届けた後、まだまだいける! という若者(?)二人……アンウォーゼル捜査官とザバイカリエは、よほど気に入ったのか、また『マロ食』に戻ってしっぽり(!?)飲んでいたらしい。
だけど残念、閉店時間がきて、ぎりぎりまで粘ったけど、ついに店を追い出された二人は、仕事を終えたフランシスカたちとばったり表で会ったんですって。
フランシスカ→ザバイカリエの図式を知っている他の給仕娘たちの後押しもあって、一同は飲みに行くことになったみたい。
フランシスカお勧めの、今どきの若者の間で流行しているおしゃれな居酒屋に着くと、当然楽しく飲んだり、お店の女の子を口説いたりしてたら(アンウォーゼル捜査官限定)、いつの間にか時間が過ぎて、気がつけばアンウォーゼル捜査官は一人になっていた。伝票と一緒に。
仕方がないから会計を済ませようとしてびっくり! とんでもない金額だったから、センチュリア宮廷につけようとしたらしいんだけど(それも失礼な話だと思う)、うちはお酒が入った飲食代はつけられないことを国中にお触れで知らせているから、お店の人にあっけなく断られて。
泣く泣く自腹を切ったアンウォーゼル捜査官は、宿に戻ろうとして、宿代すら払えない財布の中身になっていることに気がついた。
これはまずい、いずれ『世界機構』に費用請求できたとしても、まずは自分で払わなくては領収書ももらえない。『世界機構』もつけ払いを認めてないらしいのよね。
なんとか宿代を工面しなくてはと考えて、自分に素敵な友がいることを思い出したんですって。
「それでなぜ俺の家に来るのだ」
「当たり前ではないか、この国で一番金持ちな独身貴族が友だというのに、使わない手はあるまい。
な、頼む、宿代を貸してくれ。もしくは今夜明日と私をここに泊」
「断る」
ユートレクトの返答は、それはもう。
早かった。
「ここまで来るのに、何度怪しまれ、どれほどの憲兵に道を訊ねなくてはならなかったと思っているのだ。
男に自ら話しかけるなど、私の矜持に反することをしてまでここを訪れた私の勇気を、おまえは無下にするつもりか」
以下省略。
けどね、私がお手洗いから戻ってきたときには、なぜか二人して、ここで飲み明かすことになってたのよ!
おまけに、どうして私が奴らの酒の肴を作らなくちゃなんないわけ?
それもこれも。
「おい、まだか」
なんて、偉そうにソファにふんぞり返って、こちらを見向きもせずにのたまう輩のせいよ。
男二人の宴会が決定したと知って、私はここをおいとまする旨を家主に伝えたのだけど、
『一人で帰るなと言っただろう、何度言わせれば覚えるのだ。
俺たちはこれから朝まで飲み明かす。おまえはここにある食材で、酒の肴を作れ』
と言われて、帰るに帰れなくなったうえに、厨房係まで命じられちゃったのよ。
まったく……ああもう、部屋中酒臭いったらありゃしないわ。玄関開けて、空気の入れ替えしたい気分。
「まだよ、そんなに簡単にできるわけないでしょ!」
私は家主に背を向けて、正体不明の乾麺に首を傾げながら叫んだ。
これ、どうやって調理するのかしら。あの二人なら、多少変なもの食べさせても大丈夫だろうから、野菜あんかけにでもしてみようかしら。
暖炉の前の三次会会場からは、帝国学士院時代の思い出話に花を咲かせる声が聞こえる。しばらくえせエリート二人の会話を楽しんでね。楽しめるかどうかは微妙だけど。私は酒の肴作りに没頭するから。
「あのとき私がいなかったら、おまえとハーラルは確実に退学になっていたぞ」
「それを言うなら、おまえが無事卒業できたのは、俺たちのおかげだと言うべきだ」
「違いない。試験のたびにおまえたちには世話になったものな。試験といえば覚えているか、ハーラルの?」
「あいつは、ああいうことを考える頭はよく回ったものだな」
「おまえたち、『世界会議』で顔を合わせているのだろう、元気かあいつは?」
「相変わらずだ、毎回喧嘩を売られて困っている」
「あいつらしいな、そうだ、思い出したぞ! 奴が考案した奇妙な語呂合わせ。確か、かっかる……なんだったかな」
「おい、知っているだろう」
って、え、私? いきなりふらないでよ。
ていうか、かっかる……って、タンザ国王が『世界会議』のとき、私に教えてくれた『語呂合わせで覚える・道路建設いろはの歌』じゃない。それをどうしてこの二人が知ってるの?
「かっかるかっぱめるけっちょ?」
「そう、それです陛下! よくご存知で」
私が首を傾げながら答えると、アンウォーゼル捜査官は嬉しそうにグラスを掲げてみせた。
「にしても、なぜ陛下がハーラルの極意をご存知なのですか?」
**
私は去年の『世界会議』で、タンザ国王に教えてもらったことを話して……この話の流れだと、ハーラルさん=タンザ国王みたいなので、訊いてみることにした。
「もしかすると、タンザ国王と親しくされていらしたのですか?」
「ええ、悪友も悪友です! 第百二十七期生で四人組といえば、私とフリッツ、ハーラル……タンザ国王と、キアラを指すくらいで。フリッツからお聞きになっていらっしゃらないのですか?」
「はい、何も」
あれで仲良さそうには見えないんだけど。
「俺は奴と仲良くした覚えは一度もない」
ユートレクトは不快極まりないというように吐き捨てた。
にしても、タンザ国王がこの二人のご学友だったなんて。
『世界会議』でユートレクトと話しているのを見た限りでは、ちっとも全く全然仲良さそうには見えなかったわ。
むしろ、お互いに嫌ってるみたいだったのに。ひょっとして、愛情の裏返しかしら。
でも、私が『かっぱるかっぱめるけっちょ』を教えてもらったそもそものきっかけは、ユートレクトがタンザ国王を助ける発言をしたからなのよね。本人は助けたなんて認めないだろうけど。
それを思い出すと、なるほどねという気もするのだけど、実のところはどうなのかしら。
この場合は、アンウォーゼル捜査官が正しくて、ユートレクトがひねくれた意地を張ってるように見える。
そういえば、あのとき……
タンザ国王に『かっぱるかっぱめるけっちょ』を教わった後、ユートレクトに会ったときは、すごく怖い顔をしていたっけ。
どうしてあんなに怖い顔をしていたのか、いまだにはっきりとした理由がわからなかった。
やっぱり、私が何も言わないでタンザ国王に教えを請うたことを怒っていたのかな。
そう思ってもう一度ユートレクトの顔を見たのだけど、冷静すぎる表情からは、何も窺うことはできなかった。
「ところで、あの古ぼけた鐘楼は、まだあのまま残っているのか?」
ぼーっと考えているあいだに、話題が変わってしまったみたいなので、私はまた酒の肴作りに没頭することにした。
しばらくまた、おっさんたちの懐古の情を楽しんでね。楽しいかどうかは、相変わらず謎だけど。
「ああ、改装もされずに残っている」
「おまえ、帝国学士院に入ったのか?」
「去年の『世界会議』の折、空いた時間で寄ってみたのだ」
……調理に没頭するつもりだったけど、ちょっといいかしら。
ユートレクトの口調は、その鐘楼で何があったかなんてことは、これっぽっちも感じさせなくて、私にはかなり憎たらしく聞こえてしまった。
鐘楼と聞いてどきっとした乙女心、どうしてくれるのよ。
「懐かしいな、おまえはあの鐘楼の主みたいなものだったからな。
まず一時限目が始まると、五分もたたないうちにおまえは教室から消えていたな。
二時限目で私がおまえの後に続き、しようもないことを話していると、時間などあっという間だったな」
そう語るアンウォーゼル捜査官の声は、当時のことをとても大事にしているように聞こえて、今のアンウォーゼル捜査官は、間違いなくユートレクトの友人だと思えた。
「今にして思えば、くだらん話ばかりだったな。よくあんなことで大笑いしていたものだ」
「それだけ、私たちも若かったということさ。昼休みになってハーラルとキアラが飯を持って来ると、よた話に拍車がかかったな」
「キアラの飯は食えたものではなかったがな」
「伯爵令嬢が手ずから作っていた点だけは、褒めてやろうじゃないか。それもすべておまえのためだったのだしな」
私の巨大になった耳が、アンウォーゼル捜査官の発言に反応した。
キアラさんって、ユートレクトのことが好きだったの? 今はどうなのかしら。
「キアラの飯がまともに食えるようになったのは、本当に卒業直前だったな」
私が聞き耳を立てていることがばれてるのか、ユートレクトは話をそらせるように、キアラさんの料理の歴史を振り返り始めた。
「一番最初に食わせられた、謎の物体の味は忘れられん。極彩色のくせに焦げ臭く、それでいて異様に甘かった。何を作りたくてあんなものができたのか、いまだにわからん」
その言葉はそっくりそのまま、あんたが受け取るべきだわ。ボウルとおたまの違いもわからない鶏皮宰相閣下。
「あれの正体をわかろうと思うのが、無謀というものだ。キアラは認めなかったが、あの後の昼飯はしばらく召使に作らせていたな。味もそうだが、見た目も臭いもまるで普通だったしな。
キアラがハーラルに料理を教わるようになったのは、いつからだったかな?」
「一年の秋ぐらいからではないか。あれからまた、俺たちの地獄が始まったのだ」
「ハーラルも、よくあのわがまま姫につきあってやっていたな」
「持ち上げられると、断れん性格だからだろう」
「はは、違いない」
しばらく沈黙が続いた。私が正体不明の乾麺にかけることにした、野菜あんかけの野菜を炒める音だけが響いた。
「……あの頃は、怖いものなど何もなかったな」
つぶやいたアンウォーゼル捜査官の声には、酒気が感じられなかった。その分だけ、言葉に心が映っているように聞こえた。
「ああ」
「年は取りたくないものだな、守るものばかりが増えていく」
「だが、守るものがあるからこそ、人は強くなれる。そうすれば、怖いものなど何もない」
声の調子はいつもの冷静すぎるものなのに、ユートレクトの言葉は、私の中にすうっと入り込むと心を温かくしてくれた。一般論を言っただけなのかもしれないけど、今日の私には心に響く言葉だった。
「おまえからそんな言葉を聞く日が来るとはな。さては女でもできたか」
驚きとからかう気持ちが半分ずつくらいの、アンウォーゼル捜査官の声に、心拍数が上がったのは、ユートレクトよりむしろ私に違いなかった。
「いたら今頃おまえを家にあげていない」
ユートレクトは全く感情のわからない口調で返すと、アンウォーゼル捜査官は、それで納得したのかはわからないけど、少し寂しそうに、
「そうだな、お互い縁遠いな……いや、待てよ。ハーラルもキアラもまだ一人身だったな。
ということは、俺たちは揃いも揃って寂しい身の上か! いやあ、持つべきものは友だなあ!」
「……」
ユートレクトの沈黙の意味を知っている私は、このへんで酒の肴第一弾、謎の乾麺野菜あんかけ乗せ(他数品)を三次会会場へ供給することにした。




