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プロローグ

 私は、また待っていた。


 今日は今年最後の日。


 外を見やると、夕日と暖を取るための焚き木の色に染められて、あたりは橙色に輝いている。

 そのせいか、冬の寒さは少し和らいでいるように見えるけど、センチュリアの年の瀬は思う存分寒い。


 私のいでたちもかなり寒々しいけど。


 どうしてこの寒いのに、肌を露出するドレスが正装なのかしら。こういうとき女っていうのは大変よね。


 毎回思うのだけど、別に私の挨拶なんてなくても年は越せると思うのよね。

 みんな、振る舞い酒とおつまみさえあれば、私の姿なんて見なくても十分満足すると思うのよ。


 そうでなくても『世界会議』から帰ってきてから、猛烈に忙しいっていうのに。

 お昼だって、今からみんなに食べてもらうおつまみの試作品みたいなのだったし。

 美味しかったからいいけど、揚げチョコバナナはんぺん。


 重臣のみんなは、私の挨拶が済んだらどんちゃん騒ぎに混じれるけど、私はまだ執務が残ってる。

 何が悲しくて、年の瀬にうら若き乙女が仕事しなくちゃいけないのよ。私もお腹空いてるのに。


 それもこれも……


「陛下、ご準備はお済みですか」


 なによ、喧嘩売ってるの? 済んでるからこうして待ってるんじゃないの。


 それに誰よ、最近学校の先生みたいに『五分前行動』ってやたらやかましいのは。

 私はもう児童でも生徒でもなくて、れっきとした妙齢の淑女なのよ。学生みたいに扱わないでほしいわ。


「ええ、今参ります」


 でも、女王だからって、思っていることをなんでもかんでも口にできるわけじゃない。特に公の場所では。

 私の忍耐心って、ここ数か月で飛躍的に成長したと思うわ。


 私は相変わらず冷静すぎる臣下に短く答えると、口はつけないけどお酒の入ったグラスを受け取ってバルコニーに出た。


 振る舞い酒の樽が置かれている王宮の前庭に出ると、人の熱気に頭がくらくらした。

 王宮の門の外にまであふれかえっている国民の皆さんが、バルコニーに現れた私に上機嫌な歓声を挙げた。

 その声が私の挨拶を妨げるくらいの大きさになって、警備の兵士たちがみんなを制した。


 やがて前庭が静かになると、下にいる国務大臣が私に合図を送った。

 私は庶民な女王の顔……つまり、全然作っていない顔のままで口を開いた。


「皆さん、今日はたくさん飲んでくださいね」


 再び国民の皆さんから歓声があがったけど、私が制するように手を上げるとすぐに静かになってくれた。


「長い挨拶はなしにしましょう。今年も一年、お疲れさまでした。

 来年が皆さんにとって素晴らしい年になりますように。

 皆さんの幸せと健康を願って……乾杯!」


 たくさんの歓声とグラスが鳴り交わされる音がして、年をまたいでのお祭り騒ぎが始まった。


 私はグラスだけ掲げて、みんながお酒やおつまみに飛びつくのを見届けると、手を振って奥に引っ込んだ。

 どんちゃん騒ぎのときは、偉い人っていうのはいない方がいいものだものね。


 酔っ払った人たちが喧嘩とかしませんように……それが今年最後の私の願いになりそうだった。




 『世界会議』が終わって、ローフェンディアの皇族審判もつつがなく終わって。


 私は無事にセンチュリアに帰ってきた。


 帰ってきたのはよかったんだけど、断言されて予想もしてた通り、帰国してからおぞましい量の執務に囲まれて、私は毎日机の上で戦っているかのような忙しさに追われていた。


 おっさんエキスも増量するばかりで、ここ数週間ずっと、執務室のとなりで寝泊りをしている。


 今日くらいは自分の寝室に戻りたいわ……ていうか、戻ってもいいわよね、年の瀬くらい。


 寒いのにまだ続いてる宴会騒ぎを背景音に、着替えるのが面倒なので、さっきのドレスにストールを羽織って残務処理をしているところへ、


「なんだ、まだ終わらんのか」


 おつまみが山盛りになったお皿とワインの入ったグラスを手に、私の教育係ともいえる臣下が入ってきた。


 書類の山に埋もれている私を見て、無表情な顔の口元が心なしか緩んだように見えた。確実に私の不幸を楽しんでいる顔よ、これは。


 私は臣下が持っているお皿の上のおつまみたちにひかれて、思わず立ち上がった。


 何も知らなければ、『少し冷たくて怖そうだけど男前』にも見えるかもしれない顔に、黒髪と鋭い水色の瞳が余計に近寄りがたそうな印象を強くしている。

 おまけに、頭一つ分くらい上から独特の不敵な眼光でもって見下ろされると、ばかにされてる感が水増しされて身に染みる。


 今まできちんと紹介していなかったけど、残念ながらこれが私の最強の臣下、センチュリア王国宰相フリッツ・ユートレクトです。


 もうすぐ31歳になるのを心の底からいやがってたから、誕生日には絶対何かしてやろうと思ってるんだけど、何がいいかしらね。


「見ればわかるでしょ。誰かさんのせいで回りに回ってきている執務よ。

 ところで、ローフェンディアにはいつ発つの?」


 それはさておき、私は見慣れた意地の悪い顔にうんざりした声で答えると、お皿にそびえるおつまみ山が崩れないように気をつけながら、から揚げを一個つまんで差し上げた。


「一週間後だ。式が終わり次第すぐ帰途につく。

 『世界機構』の奴らが来るまでには戻っておきたいからな」


 ユートレクトは年明け早々、世界最大最強の国家ローフェンディア帝国に行くことになっている。

 異母兄のクラウス皇太子の戴冠式にご招待されたのよ。


 私も招待して頂いたのだけど、昨年の『世界会議』から間もないうちに、女王と宰相が二人して国を空けるのはあまりよろしくないということで、今回は辞退させていただくことにした。


 というより、辞退させられた。

 空腹にから揚げを堪能させている私を、小ばかにしている目つきで見ている目の前の男に。


 私が戴冠式に出席して、奴がセンチュリアに残ってもよかったのに、『そろそろ一人で国政を見てみろ』なんて言われて。


 あんたが帰ってきたときセンチュリアがめちゃくちゃになってても、私、知らないから。ええ知りませんとも。

 私が国庫使いまくって国が破綻したらあんたのせいなんだから、ちゃんと責任取ってよね。


 ……え、どうしてそんな無責任なことを言うのかって?


 もちろん、本気でこんなこと思ってないわよ。

 でもね、思うくらい思ってもいいかしらって気分にもなるのよ。


 遠くで寺院の鐘が鳴り始めた。新年が始まった合図だった。


「始まったわね、新年……今年もよろ」

「もうこんな時間か、では俺は帰るとしよう」


 ってちょっと、どこ行くのよ!

 女王たるこの私が新年の挨拶をしているのに、なんなのその態度!


 山盛りのお皿とグラスと一緒に、最悪な臣下は執務室を出て行った。

 私の胃の中にから揚げだけ残して。




 そう。


 私たちはあれから、ちっとも少しも全く進歩していなかった。

 主君と臣下としてでなはく、それ以外の方面で。

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