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前庭の演説1*



 あれからおよそ一時間後。


 センチュリアとローフェンディア双方の臣下たちの、


『この演説内容、真剣にどうにかなりませんか?

 こんなこと公の場で暴露したら、『世界機構』はともかく、マレイ・アスさん何やらかすかわからないですよ?

 ペトロルチカまで暴れ出したらどうするんですか』


 すごく噛み砕いて言うとこんな意味合いの説得を、私はどうにか、クラウス皇帝はのらりくらりとかわして。


 まもなく共同声明の発表と演説の時刻を迎えようとしていた。


 クラウス皇帝と私は、王宮の前庭に面した吹きさらしの回廊で、椅子に腰掛けて待機していた。


 足元で燃える小さなストーブは、かわいらしい割にとても暖かくてありがたいのだけど、蹴り飛ばさないように気をつけないといけない。

 このストーブをよけた先にある五段くらいの階段を降りて、右に十歩ほど進んだところに、今日演説を行う演台がある。


 前庭には、年始の挨拶の時とは比べものにならないくらい、大勢の人が集まっていた。

 最前列に陣取っている報道関係者たちは昨日以上いるように見えたし、その後ろには、生のクラウス皇帝を一目拝みたいという国民も大勢訪れていて、雪が積もっているはずの前庭の地面は、全く下が見えなかった。

 こういう堅苦しい席には珍しく、若い女の子からおばあちゃんまで、女性の姿も多い。


 振り返ると、回廊からすぐ入れる室内では、ララメル女王とタンザ国王が談笑していた。

 昨日の昼間以来、姿をお見かけしなかったけど、お二人が仲よさそうにしておられるのを見て安心した。


 ララメル女王はこちらに気づかれると、南国の花のように鮮やかな笑顔で手を振ってくれた。

 タンザ国王も、ララメル女王の視線の先に私の顔を見つけると、頑張れというように右の親指を立てて見せた。


 お二人に会釈して元の姿勢に戻ると、今度はクラウス皇帝が後ろを振り返られて、二人の君主に軽く手を挙げられた。そして、


「ほら、やはりあの二人は親しいじゃないか」

「あ、はい、そう、ですね……」


 急に囁かれたので、どうお返事していいか言葉を選べなくて、本心が口からぽろっと出てしまった。

 そのせいだとしたら、ララメル女王にはとても申し訳ないのだけど、クラウス皇帝の仲人魂に火がついたらしかった。


「そうだろう? やはりそうだと思ったよ。出立前に少しララメルに探りを入れてみようか……それとも、ハーラルに聞いた方が早いかな」


 昨晩の対談(多分タンザ国王の建築関係講義)で、クラウス皇帝はタンザ国王をお名前で呼ばれるくらい親しくなられたみたいだった。


 クラウス皇帝には悪いけど、今の私には、お二人の恋仲(?)を取り持つ余裕はないので、やんわりした笑顔でお応えするに留めておいた。


 今日の発表は……まず、国務省の報道担当官が共同声明を読み上げる。その後に私の演説、そして最後にクラウス皇帝に演説していただくことになっている。


 共同声明はともかく、クラウス皇帝と私の演説の後には、みんなたくさん聞きたいことがあるだろうけど、今回質疑応答の時間は設けていない。


 クラウス皇帝が演説後すぐに移動しなくてはならないから、というのが一番の理由だけど、報道各社にはあらかじめ、質問は後日それぞれの王宮に問い合わせてもらうよう、伝えてあった。そうしておいてよかったと心から思った。


 今回の演説で発表することはとてもデリケートなことだ。もし質問を許可していたら、きっと質問は後を尽きないだろうし、収拾がつかなくなるだろう。私もうまく答えられるか自信がなかった。


 年始の挨拶は、今いる部屋の真上にあるバルコニーからしたのだけど、今日演説する演台は、聴いてくれる人たちとの距離が近いこともあって、年始の挨拶のときとは比べものにならないくらい緊張は増していた。

 人々の気配がすぐそばに感じられるせいで、心臓の鼓動が早くなっていた。演説の原稿を持つ手にも余計な力が入っている。


 ちなみに、クラウス皇帝は演説の原稿を持っていらっしゃらない。

 ここに移動しながらお話していたときに気づいて、原稿をお持ちにならないのですか、とお聞きすると、


『原稿……ああ、演説の原稿か。もう内容は覚えているよ。

 今日は常日頃から思っていることを吐き出すだけだし、楽しみで仕方ないからね』


 ということらしかった。私には演説を覚えることも楽しむことも、絶対に無理だった。


 そんなことはさておき、ただでさえ、大勢の人の前で演説をするのは緊張するうえに、今回発表する大切なことにも言い知れない不安と重圧を感じていた。

 何度も決心したはずなのに、いざその場所に来たら怖気づいてしまっている、自分の弱さがつくづく情けない。


「緊張するかい?」


 一方、となりに座っていらっしゃるクラウス皇帝は、緊張とはほど遠い場所におられるように見えた。

 皇太子時代から人前にたくさんお出になっていらっしゃるから、これくらいのことは朝飯前なんだろう。


「はい、ですが、最善を尽くします」


 だけど、クラウス皇帝ほど経験のない私は、こうとしか申し上げられなかった。

 喉がからからに乾いていたけど、サイドテーブルに置いてある水に手を伸ばす余裕すらなかった。


 クラウス皇帝がまた何か言いたそうにされたとき、前庭から歓声と大きな拍手の嵐が沸き起こった。

 いよいよ共同声明発表の時刻が来たらしい。

 国務省の報道担当官が緊張した面持ちで前庭に出た。


 演台の後ろには、ローフェンディアとセンチュリアの国旗が飾られている。

 報道担当官は二つの国旗に一礼してから演台に上がると、よく通る声で宣言した。


「これから、ローフェンディア帝国とセンチュリア王国の共同声明を発表致します」


 前庭は水を打ったように静まり返った。


「ローフェンディア帝国とセンチュリア王国による共同声明


 世界歴一四七七年二月十日、センチュリア王宮国賓室で開催されたローフェンディア・センチュリア首脳会談において、クラウス皇帝とアレクセーリナ女王は、両国が注目している問題について、真摯かつ率直な意見を終始友好的に交換した。

 その結果、次の共同声明を発表することに合意した。


 一.

 オーリカルクの採掘量及び各国への供給量は、両国だけでなく全世界の関心事項である。

 現在、オーリカルクは今後五百年以上使用可能という試算が出ているが、昨年の各国へのオーリカルク供給量は十年前の五倍になっており、試算より早く枯渇する恐れもある。

 今後、オーリカルクの代替資源の発掘を世界的に進めるよう、引き続き各国に協力を求めていく。


 二.

 『中央縦貫道』の開通は、両国のみならず中央大陸の流通を著しく促進させるだろう。

 よって両国は、昨年の『世界会議』においてローフェンディアより提案された経路での建設に向けて、速やかに調査を進め、早期に着工できるよう努力する。


 三.

 両国の輸出入は均衡が取れているが、今後はオーリカルクの技術面を中心とした、人的な交流を進めるよう検討に入る。


 四.

 昨今、世界には大きな紛争はないものの、情勢が安定しているとは言い難い。

 両国は世界最大の国家と永世中立国である地位のもと、全世界に軍事力の抑制と平和を訴えていくものである。


 以上


 世界暦一四七七年二月十日


 ローフェンディア帝国 皇帝クラウス・フェルディナント・ハイドレイツ

 センチュリア王国 国王アレクセーリナ・セシーリエ・タウリーズ


 ……以上が、共同声明の全文でございます」


 文面が難しいせいか、すぐに拍手は聞こえなかった。

 だけど、共同声明の内容は、とても友好的で平和を宣言するものだった。

 国民の皆さんもしばらく考えるとわかってくれたのか、徐々に拍手があがった。


 長くはない時間の後、拍手が収まると、報道担当官が次の一言を述べた。


「続きまして、両国の国家元首による演説をお聴きください。

 まずはわが国のアレクセーリナ女王陛下より、皆さまに向けてお話がございます。陛下、どうぞ宜しくお願い致します」


 心臓が胸から飛び出すかと思うくらい、大きな鼓動が全身を襲った。

 クラウス皇帝に一礼して立ち上がると、前庭に出た。

 歓声と拍手の渦に圧倒されて後ずさりしたくなったけど、国民の皆さんの寒さにほてった頬と、私を見つめるきらきらした瞳が勇気をくれた。


 クラウス皇帝がお目当てなんだろうけど、私までこんな嬉しさにあふれた目で見てくれるなんて……ありがたくて、申し訳ない思いでいっぱいになった。


 私はみんなの期待に応えられる? みんなの幸せを守れる……?


 ここだけは除雪されている、石畳の上を滑らないようゆっくり進むと、両国の国旗に一礼してから演台に立った。


 先ほど報道担当官が共同声明を発表するときよりもっと、前庭は深くて揺るがない静寂に支配されていた。

 自分の地位が……女王という称号の持つ力がそうさせていると思うと、恐ろしくなった。

 だからこそ、私はいつまでも私であり続ける。初めて王冠を頭上に戴いたときの、あのときの私のままで。


 原稿を演台に置いて再び一礼すると、改めて前庭にいる国民の皆さんの姿を瞳に映した。


 原稿は持ってきたけど、みんなの顔を見たら、原稿に目を落として話すのが失礼なことのように思えた。

 内容を一字一句までは覚えていないけど、言わないといけないことは頭に焼き付いている。ここにいる全員の顔を、眼を見て、心をこめて話そうと決めた。


 大きく息を吸い込んで……吐き出すと同時に私の演説が始まる。

 もうあれこれ考える余裕はない。


「……国民の皆さん、並びに報道関係者の皆さん、本日はお集まりくださりありがとうございます。

 昨日より、クラウス皇帝陛下がわが国にお越しくださっているせいでしょうか。

 皆さんのお顔が、いつもより少し高貴な顔立ちに見えるように思います。

 先ほど報道担当官が読み上げました、ローフェンディアとわが国の共同声明ですが、お聴きいただいておわかりのとおり、わが国とローフェンディアの関係はとても良好で平和的です。

 ですが、世界全体を見渡せば、他国に対して、経済的または軍事的に侵略を進める国家や過激派組織もあり、決して公正と平和が保たれているわけではありません。

 永世中立国の国家元首として、世界平和のため、このような国家や過激派組織には断固として抗議し、更生を促していきます」


 ここからの演説が、世界と未来を変えるかもしれない……


 不意にそんな思いが頭をよぎると、昨晩の非公式会談や、先ほどまでの首脳会談とは比べものにならないくらい身体中が震えてきて、その場に座り込んでしまいそうになった。

 演台の前庭からは隠れている部分を両手で握りしめて、崩れ落ちそうになるのをどうにか耐えた。


 喉の奥も震えてきて止まらなくなった。

 国家元首としての声を出せるようになるまで、しばらく口を閉ざした。一国の君主が情けない声を出すわけにはいかない。どうにか落ち着けたと自覚できてから、再び演説を始めることにして口を開いた。


「……ところが現在、世界の平和を脅かしているのは、特定の国家や過激派組織だけではありません。

 公正中立の立場で世界を守るべき国際組織の職員と、その背後にいる人物が、私心からわが国に矛先を向けたと言わざるを得ないことが起きています。

 本日はその事柄とこれに対する私の対抗措置を、この場を借りて公表したいと思うのですが……皇帝陛下、少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」


 振り向いた先で、クラウス皇帝が大きく頷いてくれた。

 その笑顔がとても暖かくて、頼もしくて、あらかじめ打ち合わせていたことなのに、涙が出そうなくらい心強かった。私は自分で思っているよりも、この演説に負担と重圧を感じているのだと初めて気づいた。


「ご快諾くださりありがとうございます、感謝致します。

 今から申し上げる私の判断に対しては、国民の皆さんだけでなく、世界各国からも賛否が数多くあると思います。多くの声を拾い集め、今後のセンチュリア統治に活かしたいと思います。

 では、わが国に向けられた『矛先』についてお話しします。長くなりますが、よろしければこのままお聴きください」

2019.12.8.声明の年を訂正しました。

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