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紅魔館の引っ越し物語

作者: アル


 某国の某所に、不気味なほどに紅い屋敷が立っている。

 実際に物の怪の類でも出没しそうな深く鬱蒼とした森の中に建つこの洋館に近づこうとする地元民もおらず、そもそも誰がそこに住んでいるのか、あるいは無人の廃墟なのかも分からない。

 ただ、人はこの屋敷をこう呼んでいる……。


         ――レミリア・スゴクアカイ・ヤカタ――


……と。


 「そのまんまかぁぁああああああっ!!!! つか、まだ忍殺語ネタやっとんかこの書き手アホぉぉおおおおおおおおおっっっ!!!!」

 よく手入れされた庭園にキレのいいツッコミを響かせたのは十代前半くらいの幼い少女であった。 お茶会用と思われる白いテーブルに着くピンク色の服を纏った少女は、青みがかった銀髪の頭に服と同じ色をした実際ドアノブめいた形の帽子を被っている。

 「……まあ、いいわ」

 相手にするだけ時間と体力の無駄だとでもいう風に落ち着いた表情へと戻ると、テーブルの上の白い紅茶カップに手を伸ばす少女。 いかにも良家のお嬢様という優雅な仕草でゆっくりとカップを口元へと運んでいく。

 このレミリア・スカーレットという名を持つ少女は確かにこの館のお嬢様ではあるが、実は人間ではない。 何しろ”エターナルに紅くロリなツッコミ”と怖れられる吸血鬼なのだから。

 「アブヴァァアアアッ!!!?」

 琥珀色をした紅茶を口に含んだ直後に、今度は盛大にそれを噴き出すレミリアの姿は良家のお嬢様にあるまじき醜態である。

 「誰のせいだオラ~~~~~!!!!!」

 ここにはいない誰かに向かって咬みつきそうな勢いで怒鳴った直後に、レミリアは不意に立ち上がると同時に右へ跳んだ。 そして勢いで倒れた椅子の背もたれに十字の武器が突き刺さっていた。

 「…………またか……」

 うんざりした口調で呟く吸血鬼少女の眼前にどこからか人影が舞い降りた。 

 体格からすると男であると分かるそれは、全身をニンジャめいた赤い色の装束で包んでいる。 レミリアを睨み付ける鋭い眼光の下にあるマスクには””吸・殺”という不気味な文字が刻まれていた。 

 男はゆっくりと立ち上がり、そして両の掌をパン!と音を立てて合わせる。

 「ドーモ、はじめまして。 バンパイア・スレイヤーです」

 「ドーモ、バンパイア・スレイヤー=サン。 レミリアです」

 男がオジギをすれば、レミリアも同様にアイサツを返す。 どう考えてもこれから殺し合いをするというのに呑気と思われるだろう。 だが、強者であれば決して礼儀は疎かにしないのである。

 「まったく……今週に入ってあんたで三人目よ」

 その紅い瞳で敵を見据えながらとったレミリアの構えは、紅く塗られた鋭い手の爪で切り裂こうという風であった。 対するバンパイア・スレイヤーも少女の姿の化け物を見据えジュー・ジツの構えだ。

 「バンパイア死すべし……慈悲はないっ!!」

 殺気の籠った宣言と共に地を蹴る、その速さはレミリアのキューケツキ動体視力で視えはしたものの、反撃までは出来ずと直感的な判断で彼女に回避を選択させた。

 「……ちっ!」

 舌打ちしつつ今度こそ反撃と右腕を振るったが、バンパイア・スレイヤーも簡単に喰らってくれる程に弱くもなかった。

 「この程度か、レミリア・スカーレット=サン!」

 「小手調べを避けたくらいでねっ!」

 更に二度、三度と斬り付けるが相手の身体どころか服すら傷つけられない、恰好だけ見ればおかしな奴だが、実力は最近次々とやって来たハンターの数倍はありそうだ。

 「どうした、小手調べではなかったのか?」

 「こいつ……っ!?」

 相手も手刀が鼻先を掠めたのにヒヤリとし、一旦間合いを取るため大きく後ろに跳んだ。 それに対し仕切り直しなどさせぬとばかりに追撃をかけようとしたバンパイア・スレイヤーも後ろへ跳んだのは、どこからか飛来し地面に突き刺さった銀色の物体のためだった。

 「何奴……むっ!?」

 いつの間にいたのか、レミリアを守ろうかとでもいうように彼女の前にメイドの少女が立っていた。 短い銀色の髪のサイドを編んだ少女はその青い瞳で眼前の敵を見据えていたが、やがて手を合わせてオジギをした。

 「ドーモ、十六夜咲夜です」

 「ドーモ、咲夜=サン。 バンパイア・ハンターです」

 両者はアイサツを交わすや否や同時に腕を振るうと、次に金属音を響かせて衝突した物が地面に転がる。

 「銀のスリケンですか……」

 「銀のナイフだと? お主もバンパイア・ハンターとでも言うか?」

 咲夜は三本のナイフを投擲しつつ「だとしたら?」と答えた、対してバンパイヤ・スレイヤーは今度は回避行動を取る。

 「ハンターが吸血鬼を守る……どういう冗談だと言うっ!?」

 「冗談ではなく本気ですよ?」

 次の瞬間に、バンパイヤ・スレイヤーは真横から飛んできた三本のナイフをギリギリで交わした。 彼のハンター動体視力をもってしても、いつのまに投擲したのか分からない。

 「面妖なジツを使う……」

 そこへ今度は背後からのナイフの襲撃である、回避出来たのは彼の戦闘経験の多さと技量の高さ故だ。 

 内心で手強い相手だと感じながらも「……ただの手品ですよ?」と余裕があるという風に言ってみせる咲夜である。

 「そうかっ!」

 ならばと間合いを詰めよと跳んだバンパイヤ・スレイヤーは、しかし次の瞬間には少女の姿を見失った。 「何っ!?」と驚く彼の背後から「こちらですよ?」という声にギョッとなって振り返る。

 「背後にテレポテイシヨンだと? 貴様……スペース恐竜のゼトンかっ!?」

 「いえいえ、ただのメイドですよ?」

 すっかり蚊帳の外のなってしまったレミリアが「……何でもかんでも忍殺風にしゃべらせればいいわけじゃ……」と小さくツッコミを入れた。

 ちなみに種明かしするまでもないとは思うが、瞬間移動めいたものの正体は咲夜の有する”時間を操る程度の能力”によるものである。

 「よくも言う……むっ!?」

 不意に両腕を交差させて防御の構えを取った次の瞬間に、空中から落下してきた中華装束のキックがバンパイア・スレイヤーにヒットしが、頑丈そうな手甲を嵌めた腕で受け止められていた。

 炎めいた赤い髪のその少女は蹴りの勢いを利用し大きく後ろに跳ぶと、空中で一回転してから着地し、「ドーモ、紅美鈴です!」とアイサツした。

 「ドーモ。 門番の小娘か……」

 そこへ更に薄紫の髪の少女が姿を現す、左手に十数ページくらいしかなさそうな薄い本を持っている少女も「……ドーモ、パチュリー・ノーレッジよ」と抑揚のない声でにアイサツ。

 ちなみに彼女の手の薄い本は、表紙のイラストからレミサクのお子様厳禁な本だとレミリアには分かったが、流石にこの状況でツッコミしようとは思えなかった。

 それでも表情には表れていたのだろう、パチュリーの横に立つ小悪魔の少女が苦笑いをしていた。

 「ドーモ! フランドール・スカーレットです!」

 更に現れたのはレミリアの妹である少女だ、姉と違い金髪を持つフランドールは何故か全長八メートル程の白と赤で塗装された人型ロボットの肩に乗っている。

 「……って! あんたのレーバテインはそっちじゃないでしょうぉぉぉおおおおおおおおっ!!!!?」

 その姉のツッコミの声にフランドールは「細かい事はいいのよ、お姉様?」と小ばかにしたような表情で言う。 それにムッとならないでもなかったが、今は姉妹喧嘩をしている時ではないと堪えた。

 「むぅ……これは流石に分が悪すぎるか……」

 油断なく身構えながら数歩後さずりするバンパイア・スレイヤーのマスクの下の表情が険しいものだとは容易に想像出来る。

 「おやおや? 降参しますか?……とはいえ、こうなっては命の保証はしかねますけど?」

 いつでも投擲出来ますよという風にナイフを構えた咲夜が言うと、ロボットの上のフランドールも「まあ、ハイクくらいは詠ませてあげるわ!」と惨忍な笑顔で男を見下ろしている。

 「今回は私の負けか……だが、私はまた必ずやって来る! 必ずだ!」

 それから「はっはっはっはっ!!」と笑いだすのと同時にバンパイア・スレイヤーのつま先から消失し始め、一秒と掛からずに彼の姿と笑い声は消え去ってしまった。

 残された少女達は予想外の事態に唖然となってしまう、やがて十秒近く続いた沈黙を破ったのは……。

 「あんたはどこぞの悪質な宇宙人かぁぁあああああああっ!!!!」

 ……というレミリアのツッコミの叫びであった。

 


 そんな事件のあった日の夕食後のティータイム中、レミリアは同席している親友の魔法使いに「……やはり引っ越し時かしらね?」と相談してみた。

 「……引っ越し?」

 「そうよ、最近少し騒がしくなってきたしねぇ……」

 今のところ勝てないような相手が来ているわけでもないが、偶に程度ならともかくほぼ連日となると面倒くさいというのがレミリアの本音だ。 それに以前からこの土地にいるのも多少は飽きてきていたというのもある。

 「……そうねぇ……」

 パチュリーは思案顔でレミリアの後ろに控える銀髪のメイド長を見やった。

 「はい……すでにバンパイア・ハンター関連のツイッターなどをチェックいたしましたが……」

 咲夜が答えながらスカートの中に手を入れて、そして取り出した物は銀のナイフ……ではなく、愛用のスマート・フォンだ。

 「ちょっと待て! 何でスマフォだのツイッターがあるの!? 年代的におかしくない!?」

 驚愕の表情を従者に向けたレミリアに、「細かい事を気にするとマケグミになりわよ?」とパチュリーが言えば、咲夜も「はい、どうせこれはあの書き手アホのいい加減な小説セカイですよ、お嬢様?」

 そう言われてしまえば、レミリアもそれ以上は何も言う事は出来なかった。

 「……それですね……”胸に七つの傷を持ったハンター”や”世紀末覇者を目指すハンター”とか、”鋼のバンパイア・ハンター”に”赤い彗星のハンター”等々……有名どころのハンターがお嬢様を狙っているようですわ」

 「…………」

  一見すると凄そうな二つ名だが、レミリアからするとツッコミどころしかなかった。

 「私がギュ〇イ・ガスなら彼らはアム□・レイやシャア・ア〇ナブルくらいの差がありますので……正直、襲撃されたら太刀打ち出来るかどうか……」

 深刻な表情で言う咲夜である、それでそいつらの実力の程は伺えたものの「……どういう例えなのよ……」と言わずにはいられなかった。 そして、それはつまりレミリアも逆襲のシャ〇は視聴済みという事である。

 「な……違うわよ! 暇だった時に偶々テレビでやってたから視ただけよっ! このレミリアがアニメなんて視るようなお子様なわけないでしょうがっ!!」

 いきなり訳の分からない事を口走る親友に「……?」と怪訝な顔になる魔法使いの少女。

 「そういうわけですので、引っ越すというのもいい案だと私も思いますわ」

 この屋敷で唯一の人間であるメイドの少女は、主人である吸血鬼少女に対して笑顔を見せた。

 


 数日後の夜、二階のテラスで夜空を見上げていたレミリアは「……お嬢様」という声に振り返ると、十六夜咲夜が穏やかな顔で立っていた。 満月の月明りに照らされた銀髪が神秘的に輝いているように見えるのに、多少ドキリとなった。

 「何の用かしら?」

 「パチュリー様が引っ越し先についていい場所を見つけたとの事です」

 地下にある大図書館の実質的な主であるパチュリーはあらゆる知識も豊富で、調べ物の時には彼女に頼る事も多い。

 「そう、分かったわ。 少ししたら行くからお茶でも用意していて頂戴」

 まだ決めるわけでもないが、それでもおそらくはその場所に自分は決めるのだという予感はあった。 この小説セカイでは趣味に多少難ありであっても、レミリアにとって信頼出来る親友には違いないからだ。

 咲夜が「承知致しました」と恭しくお辞儀をして立ち去ろうとするのを、「あ、待ちなさい」と引き留めるレミリア。

 「そこがどこなのか、あなたは聞いている?」

 意表を突かれたという風の咲夜は主人である少女の顔を見つめた、自分の何十倍も生きてるはずの少女の好奇心を刺激されていると分かる表情は、今は見た目通りの幼い子供のそれに感じられた。

 「……はい、名前だけですが……確か”幻想郷”とおっしゃっていました」

 どんな所なのかまでは教えてくれなかったが、どこであれ自分はこの少女に付いて行くのには変わりはない。 未知の土地に不安もないわけではないが、命ある限りレミリア・スカーレットと共にあると、”十六夜咲夜”となったあの日に決めたのであるから。

 「幻想郷……か」

 自分でも口にしてみたその名前からどんな所なのかは想像出来ない、それでもパチュリーが選んだのであれば、少なくとも住み心地の悪い土地ではないであろうとも分かるレミリアである。 それにどこに行っても自分達が変わるわけではない、この紅い館の主人として仲間達とツッコミ溢れる日々を送る……それだけの事なのだから……。

 「そうそう……ん?……って!! ツッコミ溢れる日々ってなんじゃぁああああああああっ!!!? つーか、せっかくシリアスしてたのにぶち壊すんじゃねぇぇぇええええええええっっっ!!!!!!」

 月の奇麗な夜空の下、そんなオジョー=サマの叫びが響き渡ったのであった……。



 一週間後、レミリア・スゴクアカイ・ヤカタこと紅魔館は、緑広がる土地の広い湖の畔にあった。

 その紅魔館へ一人の男が近づいていくが、すぐにどこかおかしいと分かるであろう。 

 何しろ”それ”は、胴長で足がやや短い歪な体格で衣服のようなものを身に付けておらず、生殖器のようなもの見られない。 しかも周囲の木々と比較すると身長はゆうに十五メートルはあるであろう。

 そして、紅魔館から三人の少女が出撃し巨大な男へと向かって行く。

 巨人の身長と同じくらいの高さを飛行する彼女らの左右の手には、超硬質なブレードが握られている。

 「今日は一体とはいえ油断しないように!」

 先頭を行く十六夜咲夜が激を飛ばすと、彼女の後に並んでいる紅美鈴に小悪魔は「「はいっ!!」」と気合の入った声を上げた。 

 そして開始された戦闘を、レミリアとパチュリーはテラスで観戦していた。 ちなみに妹様ことフランドール・スカーレットは、地下の自室でスパロボXの真っ最中である。

 「……つーか、何で人類と巨人が戦うセカイいるんじゃぁぁあああああああああああああっっっ!!!!?」

 思わず耳を塞いでしまうくらい大音量のツッコミに対し、「……うっかり座標を間違っただけよ」とパチュリーが淡々と答える。

 「いや、どう考えても座標を間違ったとかいうレベルじゃないでしょう!?」

 そう、パチュリー・ノーレッジの魔法の儀式により紅魔館ごと幻想郷へと転移したはずが、何をどう間違ったのかまったく関係のないセカイへとやって来てしまったのである。

 しかも、再び転移する準備を終えるのにあと一週間はかかるらしく、それまではこうして襲い来る巨人達を撃退しなければならないのだ。

 親友に答えずに「……終わったわね」とパチュリーが呟いた直後、大きな音を立てて巨人は大地に倒れた。 するとすぐに巨人の身体が発光し、「サヨナラ~~~!!!!」と爆発四散した。

 「そこは忍殺かぁぁああああああっ!!!!!」

 当然の如く響き渡るレミリアのツッコミは、一週間後にこの紅い館が消え去るまで毎日絶えることなく響いたという。 

 


  そんなわけで、レミリア・スカーレットらが幻想郷に到着し”紅霧異変”を起こすまでは、まだ少し先の話になるのであった……。

 


 


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