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日常との別れ

「あ~あ、いきなり異世界に転移とかしねぇかな~」


 ミーンミーンミーンミミミミン。

 カンカン照りの太陽の中、せみ達が飽きる事なく大合唱を続ける7月7日金曜日。

 俺、馬並天馬うまなみてんまは41度と言う記録的な猛暑の中、クーラーのきいた教室の窓側の後ろから2番目と言う所謂『主人公席』でそんな事を誰に聞こえるわけでもない声量で呟いた。

 

「小生はいきなりテロリストがこの学園を占拠してからの覚醒パターンが好きでござるな」

「それもありだよな。でも現代系だとお前の好きなエルフとラブコメできなくね?」

「なっ⁉ 確かにそうでござった! この大久保おおくぼ清純きよすみエルフの美少女魔法使いとのラブコメ要素を忘れるとは不覚でござる。天馬殿かたじけのうござる!」


 そんな誰に聞こえるはずもない呟きに、耳聡くいつも通り気持ち悪い反応をした隣の席の大久保おおくぼ清純きよすみを俺はジト目で見る。

 デブで眼鏡のもじゃもじゃ天パと言う一昔前のヲタクを絵に描いた様な風体で、喋り方もその喋る内容も残念と言う非モテ要素の役満みたいな奴なのだが、こんな奴でも友達が少ない俺にとって見たら数少ない友達なので会話を続ける。

 ちなみに清純のクラスメイトからのあだ名はオーク(豚のモンスター)。おおくぼなのでオークなのだそうだ。中々に酷いあだ名だと思うが、エルフが好きとか言っている清純を見ていると残念だが否定しきれない。


「気にするな。まぁでも実際は俺達の出来る事なんてそんな妄想を小説にするくらいのものなんだけど」

「それはそれで痛いでござるな⁉」

「ばっかお前、男子高校生の半分以上は授業中そんな事ばっか考えてるんもんなんだよ」

「むむっ、確かに小生もその痛いマジョリティーに入ってるから何も言えんでござる……」


 実際のところ本当にそんなにいるかは分からないがみんな一度は妄想するだろう。それを小説にする奴だって少なくない……はずである(小並感)

 そして軽く教室の中を見渡す。黒板には自習と書かれており、教卓では我等が担任殿がパチスロ雑誌を読みながらくつろいでおられる。そして一部の真面目な生徒以外はお喋りに花を咲かせたり、隠れてスマホでゲームをしたりと自習をする気は薄い。

 俺達の学校は別に荒れているわけではないし、むしろ少し偏差値の高めな私立高校なのだが、テスト前のストレスのせいか、担任がこんな感じだからなのか、金曜日で浮かれているからなのか自習態度はよくはない。


「しかし分らぬでござるぞ天馬殿。今日は七夕。もしかしたら小生の願いであるクラス規模の異世界転移が起きてなんやかんやでチーレム展開になるやもしれぬ」

「そんな事願われても織姫と彦星だってどうしようもないだろ。それよりも現実的に痩せるとかのほうがよくね?お前その腹完全に成人病コースだぞ?」

「小生好きな物を好きなだけ食べれない世の中なら未練はないでござる!」

「お、おう……」


 ツンツン。

 そんなくだらない会話を清純としていると背中をペンでつっつかれる。


「ちょっと天馬。さっきからキモいトークしすぎ。こっちまでなんかキモい気分になるじゃん」

「何でビッチってキモいを使わないと喋れないんだろうな?」

「はぁ? 普通にキモいからキモいって言ってるだけだし! てかビッチ言うなし!」


 後ろの席を振り返るとそこには派手な明るい長い髪をしたギャル系美少女である花畑乙葉はなはたおとはが俺にムスっとした顔でキモいキモいと言ってくる。

 どう考えてもキモいのは俺よりオーク、もとい清純なのだが、こいつの様なスクールカーストの高い女はカースト最底辺の人間には話を振ることすらしないらしい。逆もしかりで清純の方も軽く委縮した顔をし存在感を頑張って消している。まぁ気持ちはわからなくもないが……。


花畑はなはたも美少女でこの席位置なら宇宙人とかが集まる部活を作るとか言ってくれよ。俺もポニーテール萌えだからさ」

「びしょ⁉ まっまぁ? 天馬みたいな冴えない陰ヲタはあたしみたいなびっ……美少女にこっ……興奮してキモくなるのは仕方ないけどほっ……程々にしてよね! てかえっ? 天馬ってポニー好きなの? どうしよ?私似合うかな?」

「う~んこのボケは非ヲタには通用しないんだな……あと恥ずかしいなら自分で言うなよ。ん?」


 花畑は若干顔を赤くすると腕を組みながらプイっとそっぽを向き何やらぼそぼそと呟いている。

 しかしその呟きが俺に聞こえる事はない。何故ならその時に彼女のグラビアアイドル並みの巨乳が腕を組んだ事によりグイッと持ち上がり、第二ボタンまで開けられた胸元の迫力が増してしまったからである。

 これが漫画やアニメならツンデレヒロインとのテンプレなちょっとラッキースケベな日常風景的ラブコメなのだが俺にとっては違う。

 試練。いや拷問に近いレベルだ。


(やばいやばいやばい! 落ち着け落ち着け! これは母親のおぱーいこれは母親のおぱーい……)


 ふぅ……落ち着いた。どうやら危機は去ったみたいだな……。

 俺はとある理由から外にいる時は性的に興奮してしまわないように自らを戒めている。あの時の悲劇をもう二度と起こさないようにするために……。

 

「てか天馬さ、あんたもうちょい社交的に明るくしてみたら? 確かにヲタかもしれないけど見た目は悪くないし運動だって本当はできるしコミュ障でもないんだから、そんなキモいオークとずっといるのやめて聖守ひじりもり君達と一緒にいた方がよくない? このままだと灰色の青春送る事になるし周りからの目も痛いしで良いことないじゃん」


 花畑は教室の真ん中付近にいる聖守ひじりもりかなでを目線で指してそんな事を言う。

 そこには爽やかすぎるイケメン聖守ひじりもりかなで君と、見るからに私達リア充ですと言わんばかりの見た目の男女が仲睦まじく夏休みの予定なんかを話している。

 そこは俺達のクラスの最上位カーストグループであり、花畑のグループでもある。席替えで一人だけ離れてしまってさぞ残念な事だろう。そして勿論俺なんかが入れる場所ではない。まぁ入りたいとも思わないが。


「ばっかお前そんなん言ったらこいつ死んじゃうだろうが。いいんだよ俺は。それに今更俺がそんな事できるわけないのはお前だって知ってるだろ?」

「昔の事じゃん! ほら何だっけ? 人のうわさも765日だっけ? そんな感じでいけるって!」

「75日な? 2年以上続くとか登校拒否になるわ! つーかそれに青春なんてのは結局自己満足だろ? 他人の目をまったく気にしないとは言わないがそれに振り回されるなんて俺は勘弁だ」

「天馬……」


 青春か……花畑にはああ言ったが本当に俺はこのままでいいのだろうか? 確かに清純とのヲタライフは中々に楽しいし、スクールカースト上位になりたいとは思わない。

 だが高校二年の夏は当たり前だが一度しかない。このまま大人になっていつか自分をかえりみた時はたして俺は後悔しないだろうか? 何か特別な体験をしたくはないか?

 そこで異世界に行きたいとか言ってしまうのだから俺は末期なのかもしれないな。

 普通なら。


「彼女でも作るんだろうな……」

「ブッファァ! ゴホゴホ! えっ⁉ 天馬今なんて言ったの⁉」

「夏だし海とか祭りとか行くんだろうな……」

「えっ⁉ 海? お祭り? いや嬉しいけどいきなりそんな恥ずかしいよ!」

「とかそんな感じで始まるエロゲとか超ありそうだよな~ってエロゲかよ⁉ って何で一人ノリツッコミしてんだ俺……疲れてんのかな……」

 

 俺が一人の世界に浸かってでそんな寂しい事をしても花畑は水着がどうの浴衣がどうのと一人でわちゃわちゃとしていてキモいのツッコミすら貰えないとはこれいかに。 

 まぁなんにしても俺のような宇宙船地球号の60億分の1の乗組員がどんなに異世界に行きたいと思おうがそんな事は絶対に起きるわけがないのだ。



 今この瞬間までは。



 シュワシュワシュワ。

 突然教室に巨大な七色の輝く巨大な魔法陣が出現したかと思うと、その魔方陣から膨大な光の粒子が沸き上がった。

 生徒たちは口々に声を大にしながら叫び、いつも道理の日常は一気にパニックへと変わる。

 それは使い古された物語の始まり方で、きっとこれからとんでもない事がおこるプロローグ。それはもしかしたら俺が思ったものより過酷なものなのかもしれない。だが俺は確信する。


「とびっきりの青春がおくれそうだぜ」

「うっうん! そうね! あっでもエッチな事とかはダメだかんね? キスとかならぎりぎりデートの別れ際にするとかなら考えてあげてもっ」


 プチューン…………。


 クラスメイト達の喧騒と花畑の言葉はいきなり途切れ、俺達2年B組の教室から全ての人間が消える。

 織姫と彦星は俺の願いを叶えちまった。

 異世界に行きたいと言う俺の願いを。

 しかし俺の考えていたとびっきりの青春とやらはそんなに甘くないと言うことにその時の俺はまったく知りもしなかったのだ。

なるべく更新していきます

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