神の力
燈火は、山を登っている。周りを見る限りでは、草木は見当たらず、大小様々な石や岩が転がっている。
マキと別れてから、1時間は登ったころ。平らになっている場所に出た。広さは、普通の家が2軒建つほどだ。
少し休憩しようかな、そう言って、燈火が近くにあった、手頃な石に座った。
燈火は悩んでいた。天ノ島に来たはいいが、肝心の仇の神が、誰なのかも、どこにいるのかもわからない。はぁー、と大きなため息をついて、燈火は勢いよく立ち上がった。
何か、決心したような面持ちで、山頂に向かって、歩き出そうとしたその時。山頂のほうから、何かが砂煙をあげて、やって来た。
「わぁぁあぁあぁぁ‼︎」
「わぁぁあぁあぁぁ⁉︎」
燈火と、やってきた物体は、同じ声をあげた。そして、物体は燈火にぶつかると、燈火を巻き込んで、麓に向かって、そのまま転がっていった。
「いたたたた…」
燈火が目を覚ますと、そこはマキと別れた砂浜だった。
「やっと起きたべか」
声の主がわからず、燈火は身構える。
「後ろだべよ」
ハッとして、振り返るとそこには、ボロ切れのような服を身にまとった黒髪の少年がいた。
「誰ですか?」
燈火が聞くと、
「誰って言われてもなぁ。強いて言うなら、神だべ。あ、さっきはすまなかったべ。坂道でつまずいて、止まらなくなったんだべ」
と答えた。神という言葉に、戸惑った燈火だったが、悪そうな人ではないと思った。少年に、
「あんた、どこの神だべか?」
そう聞かれた燈火は、
「ボクは……人です」
そう答えた。その瞬間、燈火は宙に浮いていた。先ほどいた場所とは、10mほど離れた所にドサッと落ちた燈火は、わけがわからぬまま立ち上がった。
「すまないべ。おらぁ人間が嫌いなんだべ。だから、島に来た人間は、全員殺すことにしてるべだよ。そんなに、人間は来ねえけどな」
少年は直立したまま言った。燈火は抜刀した。
「てことは、ボクはあなたを殺さないと、死ぬってことですか?」
「まぁ、そうなるべな。だけど、人間に、神は殺せないべ」
「じゃあ、やってみましょう」
燈火は、地を蹴って、少年との間合いを一気に詰めると、足払いを繰り出す。
少年は、軽く飛んで避けると、着地したと同時に燈火の頭に、蹴りをいれた。
燈火は、左腕で防いだが、腕がメキッと嫌な音を立てる。
チッと舌打ちをして、燈火は少年を右下から斬りあげた。
少年は、蹴った反動で動けなくなっている。殺れる、燈火がそう思った時、少年が呟いた。
「硬化」
刀が肉を割き、血が噴き出す…はずだった。しかし、実際はキンッという高い金属音が鳴り響いただけだった。燈火は目を見開く。刀で斬れないものを燈火は初めて見た。とっさに、少年と距離をとる。
「どうしたべか?そんなに驚いて」
少年はおどけたように言う。
「な、なんで斬れないんですか?」
動揺しながらも、燈火は聞いた。
「ははっ。しらねぇべか。神なら、誰でもできる技だべ。身体の『気』を集めて、部分的に硬くすることができるんだべ。おらより上位の神なら、全身を硬化させる事だってできるべ」
さっ、と燈火の血の気が引いた。勝てない、そう燈火は悟った。体が動かなくなった。恐怖で硬直しているのだ。少年は、砂を踏み鳴らして、近づいてくる。
「何ぼーっとしてるべか...!」
ボゴッと燈火の鳩尾に少年の拳がはいる。一瞬、息が止まる。続けて、顔面に右から蹴りがはいる。波打ち際まで飛ばされた。少年が呟く。
「斬」
すると、少年の右腕が銀色に輝く、刃物のようになった。少年は、燈火の首を掴むと、持ち上げた。
「もう、殺してもいいだべか?人間はやっぱり弱いべ。人間の世界で、少し強いからって、すぐに調子に乗って神だって倒せる気になるべ。人間と神との間にある、圧倒的な力の差も知らずにいい気になる人間が、おらは大っ嫌いだべ。人間は、神の道具にすぎないんだべ。神からすれば、人間の代わりなんて、いくらでも作れる。つまり、使い捨てだべ。だから、人間は神に何をされても、文句は言えないんだべよ。」
そう言って、燈火を真上に放り投げると、刃物のようになった右腕で、燈火の胸部を貫いた。口、鼻、胸から血が噴き出す。砂浜が血で染まった。少年は、右腕を燈火から抜いた。ドサッ、と地面に燈火が落ちる。
「おらが気に入らないお前は排除するべ」
それから、しばらくの静寂が訪れた。