塔の町
深緑の中に、灰色の外壁に囲まれた町が見える。
「でっかいなぁー」
陽が西にだいぶ傾いた頃。腰に刀をさし、肩に風呂敷をかけた燈火は大きくて、高い筒状のものを見上げていた。筒状のものはレンガでできており、直径は30mほど高さは20mはある巨大なものだった。しかし、彫刻などの装飾がなにもないため、ひどく殺風景だった。上から声がする。
「旅人の方ですか?」
声の主は青年だった。茶色の帽子をかぶり、筒状のものの上から顔をだしている。
「今から降りるので、少しお待ちください」
2分後、青年は息を切らしながら、筒状のものから出てきた。
「はぁはぁ。すいません。町にご用ですか?」
「あ、はい。少しの間、泊まりたいのですが」
「わかりました。門を開けますので、お通り下さい」
「この町には、外壁があるんですね」
「はい。昔から、この辺りには盗賊が多くて。そのための用心です」
「それに、この建物...大きいですね」
「そうでしょう‼︎塔っていうんです。見たことがありませんでしたか?」
「はい。初めて見ました」
「町の中にも、たくさんあるので、見ていってください」
燈火は、わかりました。と言って、町に入った。
町の中にある塔は、外壁の間に建てられていた塔とは違い、彫刻なとが刻まれ、レンガではなく金などでできており、とてもきらびやかだった。まず、燈火は宿屋を探した。見つけた宿屋は、小さかったが、ご飯もまずくなく、お風呂もあった。お風呂に入った燈火は、ふかふかの布団をしき、すぐに寝た。
次の日の朝。日の出とともに起きた燈火はお風呂に入り、町に出た。町の中央にある商店街は、まだ人が少なく、開いている店も少なかった。燈火は開いている店を見つけ、中に入った。そこは雑貨屋らしく、いろいろなものが置かれていた。しばらく、商品を物珍しそうに見ていた燈火だったが、本題を思い出し、奥のレジカウンターに座っていた、眼鏡をかけた老人にたずねた。
「すいません。町長さんのお家ってどこにありますか?」
老人は首を重そうに動かし、数秒燈火の目を見つめると、
「旅のお方かね。わしが、この町の長じゃが。何か用かね?」
そう言った。
「……」
絶句。
「用がないのなら帰っておくれ」
「あ、すいません。町長さんですか。ご挨拶が遅れました。昨日から、この町に滞在してます。柊燈火といいます。ボク、この辺りのっていうか、全ての土地や道について微塵も知らないんです。なので、それを教えてくれる方を探しているんですけど。……紹介してくれたりは…」
町長は燈火の目を数秒見つめると、
「わしが教えよう」
そう言った。燈火は目を輝かせて、叫んだ。
「よろしくお願いします‼︎」
町長は、ついてきなさい。そう言って、重い腰をあげた。
約30分後ー燈火は町で一番高い塔の上にいた。町で一番高いというだけあって、周りの山と高さは変わらなかった。そして、そこから見える景色は、雄大で美しいものであったが、燈火の目は虚ろだった。それもそのはず、30分間も階段を延々と登っていれば、目も虚ろになるだろう。
それに比べて、町長は元気だった。景色を見て、目を輝かせながら、綺麗じゃ。と感嘆していた。なんとか気力が戻った燈火が、
「なんで、そんなにお元気なんですか?」
と聞くと
「なんでかのぅ」
と誤魔化された。
町長は本題に入る。
「持ってきた地図を出すんじゃ」
燈火は、風呂敷から地図を出して、広げた。地図には、地名などは何も書いておらず、ドーナツの食べかけのような、土地の形だけが描かれていた。円の穴は、南に向いていた。それを指して、町長は言った。
「大陸は一つしか見つけられておらん。つまり、今、わしたちがおるこの大陸だけじゃ。ここまでは行けるかの?」
燈火は頷いた。町長は続けた。
「この大陸は大きく2つに分けられておる。東側が白国。西側が黒国。と呼ばれておる。」
町長は、地図の中央。つまり、円の中心を手で縦に切りながら言った。
「その2つの国のなかでも、さらに3つずつに分けられる。黒国の中に、北から“水”“金”“地”。白国の中にも、北から“火”“木”“土”。まぁ国同士が、対立しおるわけじゃないんじゃがな。なぜ、そんな区切りがあるのか、わしにはよくわからん」
情報量が急に多くなり、頭を抱えていた燈火だったが、なんとか処理しきれたようだ。燈火はもう一度、地図を見つめると、町長にたずねた。
「これはなんですか?」
燈火の指先は、円の中心を指していた。湾のようになっているところだ。そこには、大陸に比べれば、とても小さな島が浮かんでいた。町長は思い出したように言った。
「あ、忘れておった。それは天ノ島じゃ。人は住んでおらん。住んでおるのは、神だけじゃ。」
それを聞いた燈火の目が、鋭く光った。その視線は、天ノ島に突き刺さっていた。視線を変えずに、燈火は聞いた。
「そこには、どうすれば行けますか?」
町長は空気の重さの変化に気づいたが、先ほどと同じ口調で言った。
「わしらは今ここにおる」
町長は、東の大陸の南の方をさした。
「つまり、北西の方角に進んでいけば、海にでられる。そこからは、舟でいける。わかったかの?」
燈火は町長の目を見て、大きくうなずいた。
「じゃあ、ボクは行きます。色々とありがとうございました」
塔から降り、食料などをもらった燈火は、来た時とは反対の門から出た。少し歩いて振り返ると、町長が手を振っていた。燈火は、手を振り返すと、太陽を見上げて、方角を確認してから歩き出した。
燈火の背中を、ずっと見ていた町長だったが、燈火が見えなくなると、はぁ~~、と大きなため息をついた。
「おしごとしゅーりょー」
そう言って、体の前で手を叩くと、町長の後ろの町は、全てが砂と化し、崩れ落ちた。町長は、首をコキッと鳴らし、
「一人で何役もやるのは疲れるな」
と、つぶやいた。そして、飛び上がり、青白い光になると、燈火の後を追うように、残像を残して飛んで行った。