選べるものは・・・
学院(高校)の入学式から始まる1年。 努力家の主人公にとって予想外の始まりは、驚きの始まりでもあったけど、裏には彼女の知らない色々な事情が・・・。
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「やはり・・・。 さて、そろそろ、かな。」
ヴィルナスの花咲く中、1人の少女を見つめて呟く声。
その目が見ていたのは、正門をくぐる新入生が途絶える直前を狙うかのようにやって来て、ふと人波から外れて動いた新入生らしき美少女。
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「さて、先程入って来た新入生、クラスと名前と遅刻理由を述べよ。」
入学式終了間際の講堂で、おもむろに生徒会長が呼び掛けた。
ざわり、講堂内がざわめいて1人の少女に視線が集まる。
入学式半ばに入って来て、それだけでも注目されるには十分だったが、この呼び掛けでハッキリと視線が集中し、彼女を見て、またざわめきが広がる。 太陽のような金髪に新緑のような緑の瞳の美少女だった。
「1年A組、リリアナ・ユーグ。 遅れてすみませんでした。 足取りの覚束ない猫を見かけたので放っておけなくて・・・。」
「その猫はどうした?」
「怪我をしていたので養護の先生に預けてあります。」
生徒会長の視線を受けた養護教諭が頷く。 また講堂内が多くの囁きに揺れる。
「・・・聞きそびれた分の説明を行う。 この後で生徒会室へ来るように。」
落ち着いた声音なのに騒がしい講堂中に響き、一瞬で静まらせたその声に、ため息が波のように広がる。
生徒会長の一声で、入学式の終了へと再び流れが動き出すと思われたが、続きが有った。
「1年B組、ユリアナ・ゲイリッジ、壇上へ。」
いきなりのことに固まる。 思考は停止し体は動かない。 数瞬後、自分が呼ばれたと理解したものの、集中する視線に縫い止められたように動けない。
「こちらへ。」
再度呼ばれ、操られるように壇上に上がると、腕を引かれ生徒会長の横に立たされる。
「コイツは俺の婚約者だ。 両家の親も承認している。 手を出すなよ?」
またもや一瞬で静まっていた講堂が今度は一気に騒がしくなる。 それでやっと思考が動き出したと思ったら目の前に影が差し数瞬後には暗転した。
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話し声と複数の気配に意識が浮上する。 目を開けると見知らぬ天井。
「目が覚めたか。 体調は問題無いな?」
聞きなれた声と見慣れた顔。 それは周りの顔ぶれもそうだったので、思わずホッと息がもれる。
「ここは生徒会室よ。」
「保健室に運ぶのを会長が拒否ったんだ。」
「当然だ。」
くすくす笑いながらの説明に対し、堂々とした反応がなぜか微笑ましい。
「ようこそ、グランディア王立学院へ。」
「新入生として、生徒会新メンバーとして、歓迎するよ。」
「いろいろ大変だろうけど頑張れ。」
「なんてったって会長の婚約者だもんなぁ。」
「両家の親も学校も、さっきので生徒にも公認だからね。」
「それにしても、アレはどうなんだ?」
「これは俺のものだと明確にしただけだ。」
状況を理解し、横たえられていたソファで体を起こすが、聞こえてきた言葉にまた気を失いそうだった。
「え? あの・・・殿下?」
「その呼称は使うな。」
声を掛けたら不機嫌な声で遮られた。
「ユリウス様?」
言い直したら視線で続きを促され、やっといつもの感覚が戻る。
「婚約者ってなんですか! 私が? ユリウス様の? 聞いてませんよ?」
思わず、戻ってきたいつもの感覚のままに叫んだら、周りが噴出した。 なぜ?
「あはは、やられたわね?」
「もしかしてと思ったが・・・。」
「さすがというか、なんというか。」
「やっぱりかぁ。」
「諦めろ。」
そんな中、ユリウス様に『当然』という顔で見つめられたと思ったら、またもや視界が暗くなる。
「え?! なに?! キ・ス?!」
今度は暗転はしなかったが、あまりの衝撃に固まる。 次の瞬間、思わず相手の頬を張っていた。 そして、爆笑された。
「私のファーストキス・・・」
「講堂でのがファースト(最初)でコレはセカンドだろ?」
呆然と呟くと即座に返ってきた答えに、頭に血が上ってつい手を振り上げたが、その腕を引かれて抱きしめられる。 強く、でも苦しくないギリギリの絶妙な力加減に、懐かしさを感じ怒りを削がれた。
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あれからは嵐のようだった。
グランディア王国第2王子で、グランディア学院2年生にして生徒会長のユリウス・ガイアード殿下。 ゲイリッジ侯爵家の末っ子で長女の私ユリアナ・ゲイリッジ。
私達はいわゆる幼馴染みだった。 生徒会のメンバーはユリウス王子の昔からの親友で、私にとって姉や兄も同然だった。
で、私だけがまだ知らされてなかったのが、第2王子と侯爵家筆頭ゲイリッジ家の娘の結婚は生まれた時から決まっていたという驚きの事実。 しかもコレ、第1王子と公爵家筆頭アポロネア家の娘の結婚とともに代々受け継がれる伝統なのだというから、知らなかった自分にも自分で驚いた。 ちなみに、第3王子が居たら伯爵家筆頭令嬢になったし、次の世代はそれぞれの爵位2位、その次は3位、そして筆頭と巡っていくらしい。 王位継承権と勢力バランスと血の濃さの調整のためだとか・・・。
そして、王族と学年トップのメンバーで構成される生徒会に、会長補佐という立場で私が任命されていることも知らされた。 これは会長の独断らしく、どうなることやら・・・。
自分の教室に入ると、あっという間にみんなに囲まれた。 驚きや羨望や嫉妬や様々な感情とともに、好奇心にあふれた質問と祝福の言葉が掛けられ、先生が来るのが遅かったらもみくちゃにされて押し潰されそうなほどだった。 廊下には他のクラスどころか上級生まで溢れてた。 予想以上で対応しきれず焦ったわ。
日程終了で解散直前にユリウス様が来たときはすごい騒ぎだった。
「ユリアナに害を成す奴と手を出す奴には容赦しない。 だが、今以上の特別扱いはする気はないから普通に接してやってくれ。」
このセリフには、女子の多くが黄色い声をあげるのさえ忘れて陶酔してた。 ホント、すごい。 さりげなく、生徒会長補佐への任命を黙認させてるとか、策士だね。 しかも、あのセリフだけで、クラスメイトの妬みも敬遠も回避されたのがハッキリわかったから、いろんな意味でもう何も言えない。
と、思ってたんだけど、例外は居た。 リリアナ・ユーグさん。 例の、入学式に遅刻した新入生。 ユリウス様のあの(・・)セリフは、あの後ユリウス様に連れられて生徒会室に着くまでには学校中に浸透していた。 だから悪意とかの視線は無かったので私は安心してた。
でも、生徒会室に入った途端、リリアナさんにさりげなく睨まれた。 入学式当日は、気を失った私が隣室で休んでる間に説明が済んだらしく、初対面なのに・・・。 入学式に遅刻したとはいえ、彼女は入学試験2位だったので、自動的に生徒会に所属、書記になっていた。 ちなみに、1位も書記で、彼は旧知の相手なので問題無い。 王族と入学試験10位以内のみが集まるA組にも入れなかった私が生徒会に所属しているのが納得いかないのだろう。 睨み方も態度も一見普通なのはユリウス様たちに気付かれないためかな?
それからは、リリアナさんの件を除いて平穏だった。 終業後にユリウス様が、彼が無理な時は生徒会の誰かが迎えに来て私を生徒会室に連れて行く。 仕事を手伝い、帰りは副会長で女子寮の寮長のソレイユ・アポロネア様に寮まで送ってもらう。 しばらくは、休み時間も寮への往復もすごく注目されてたけど、だんだん落ち着いて、今では気にしないように出来る程度になっていた。
それにしても、生徒会のみんなはホントに優秀。 王子のユリウス様はもちろん、未来の王妃ソレイユ様(第1王子にして王太子ソレス様の婚約者)も、他のみんな(ユリウス様の側近候補)、大量の書類や相談を次々捌いていく。 当然、リリアナさんも、彼らほどではなくとも充分手際良く片付けている。 私は、彼らの仕事の補佐なんだけど、忙しくて能力差を嘆く間もないのは幸せなのかも・・・。
ちなみに、私の入学試験の順位は15位で、30位より落ちると来年はC組になる。 もともと読書が好きなので、机に向かうのは苦にならない。 でも、勉強は好きではないので、この成績。 試験前には生徒会のみんなが勉強を見てくれる。 羨ましがられるけど、実際の彼らの指導は容赦が無い。 スパルタではないし教えるのが上手だから耐えられるだけで、結構キツい。 私と同じく1年生のリリアナさんたちも教えるより教わる側だけど、私より理解は早い。 気にしても落ち込むだけだから開き直ったけどね。
そうして日々が過ぎていった。 学校にも慣れ、クラスにも馴染み、友達も出来て、行事も楽しくて思い出がたくさん出来た。 そんな中、状況が一変したのは、年度終わり直前だった。
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「1年A組、リリアナ・ユーグ。 来年度から隣国メイカ王立コウシェ学園に移籍とする。」
終業式の最後に理事長から告げられた言葉に、講堂は一気に騒がしくなる。
「なんでっ? そんな話、聞いてません!!」
リリアナさんの叫びが響くと、ユリウス様が壇上中央に進み出る。
「お前の言動は我が校にふさわしくない。 自らを高めずに他者を陥れることで優位に立とうとし、周りに不快な想いをさせながら自らを省みることも無い。 あの学園で反省するんだな。」
「なんで私がこんな目にあうのよ! 有り得ない! 何かの間違いよ。 撤回して!」
「ここは現実、状況の変化は無限。 各自が自らの人生の主人公として生きて死んでいく。 その言動には平等に責任がともなう。 お前は自分の都合だけで周りを乱して傷つけた。 当然の処置だ。」
「そうよ、私は主人公なの。 私の為に全てが進むのは当然でしょう? こんなの変よ!」
「各自の人生の主人公ではあっても、世界の中ではただの1個人だ。 誰かや何かを傷つける権利など無い。 なおも不満なら後で聞こう。」
それを聞いて、リリアナさんは少し落ち着いたようで、なんとか終業式は終わった。
「・・・・・・・・・。」
「まだわからないか。 ここはお前の思っているのとは似て非なる世界で、現実だ。」
「嘘よ。 こんなに色々そっくりで、入学式には猫も居たのに・・・。 なんで話の進み方だけが違うの? 誰も、友達さえ手に入らず、あんな罰みたいなことを言い渡されて・・・。 コウシェ学園って全寮制のスパルタ校で問題児が入るところでしょ? あんな学校無かった。 あんな学校に入れられるエンディングなんて知らないもの、嘘よね? だから、こうして話してるのよね?」
「現実だ。 退学ではなく移籍としたのはせめてもの情けだ。」
落ち着いたと思ったけど、生徒会室でメンバーの様子を見てから、またリリアナさんの様子がおかしくなった。 泣くような叫ぶような懇願するような・・・でも、誰も動じた様子は無い。 みんな、すべてわかってるようで、私だけが話が見えずにいる。
「・・・。 今日は帰って頭を冷やせ。 現実として、事実をじっくり考えろ。 続きは明日だ。」
疲れを滲ませた声でユリウス様が解散を告げ、今日はソレイユ様がリリアナさんを寮の部屋まで送っていくことになった。 2人が退室した後、他のメンバーも解散し、私はユリウス様に寮まで送ってもらった。
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「ここはゲーム世界ではない。 『グランディア物語』と共通点は有るが、それだけだ。」
「!!! なんで、まさか転生者? (生徒会の)みんな信じたの?」
「信じたんじゃない。そう(・・)なんだ。」
「え?」
「とは言ってもプレーヤーではないけどね。」
「プレイヤー以上に『グランディア物語』は知ってるよね。」
「あのゲームにとっては神、つまり製作者だからね。」
「???」
「俺があらすじと設定を考えた。 当然、分岐と選択肢と条件も、な。」
「キャラクターデザインは王妃様よ? 気付いたときは全てが信じられなくなりそうで、王様が信じて支えてくれなければ壊れていたとおっしゃっていたわ。 王太子ソレス様が生まれて、現実だと受け入れて生きる決心をしたそうよ。 ちなみに、私は原画と、ガイド役のセリフ決めと声。」
「背景や美術、グラフィック担当。」
「音楽や効果音、声優のキャスティング。 メインは製作陣で経済的に(笑)。」
「プログラミングをほとんど1人でやったから、しんどかったよ。 誰かさんの条件って鬼も悪魔も逃げ出す鬼畜さだからね。」
「お前、攻略対象を落とすとき、他人のデータ利用しただろ。 ネットでも気付いた奴はわずかだったが、みんな仲良くのノーマルエンドとソレイユとの友情エンドをクリアしなければ男キャラは落とせないんだぞ?」
「ノーマルエンドの条件は全キャラと校内全体の友好値、そこに私の友好値が加わって友情エンドだし?」
「つまり、3周目から、なんだけど、現実の人生には2周目もそれ以上も無いんだよね。」
「しかも、掛け持ち(二股以上)は絶対不可能で。 あ、コレは現実も同じか。」
「3周目では隠れキャラ(ユリウス)は落とせない。」
「男キャラ全員(ユリウス除く)のクリア後で、友情エンドの条件にユリアナの友好値を加えた親友エンドが有って」
「それもクリア後に親友エンドの条件に複数の選択肢が加わってユリウスのスペシャルエンド。」
「ノーマル・友情・攻略3人・親友、そしてスペシャルだから7周目、鬼畜だよね。」
「だから前世で俺を落とせた奴は居なかったからな。」
「攻略本も公式攻略サイトも無く、どこにも条件を明かさないし、プロフラム解析の防止機能を持たせ、警視庁でもハッキングは難しいほどのセキュリティー組んでたら、当然よねぇ?」
「国外追放や完全孤立、誰かの恨みを買って転地療養、相手と喧嘩したまま終了、とかバッドエンドも多かったし、他のエンディング集めだけでも大変だったはずだしね。」
「その分、ヤンデレは居なかったし、死ぬようなエンディングも無かっただろ?」
「そんなの、現実に有ったら怖いから、無くて良かったわよ。」
「ゲームと違って、現実なら逆に、ノーマルや友情・親友となら攻略かスペシャルの両立は有り得たんだけどね。」
「初っ端に選択を間違えるんだもんなぁ。」
「会長が入学式で君を呼んだときに選択はわかったし」
「自分の優しさをひけらかすようなセリフは不愉快だったな。」
「あの猫だけは仕組んだんだよね。 ホント、会長ってイイ性格。」
「逆ハーレムを狙って探さなきゃ猫には気付かない。 つまり、あの時点で俺の信用が無くなるから、現実世界ではバッドエンド以外はノーマルエンドしか残らない。」
「バレてないと思ってたようだけど、さりげなくユリアナを苛めてたのはみんな知ってるのよ?」
「だから彼女の関係者の友好値はマイナスのまま固定されてたし」
「苛めに気付きながらも放置した生徒でさえ、君には近づかなかっただろ?」
「君の態度も悪かったしね。 つまり、ノーマルエンドさえも消えていたわけだ。」
「俺に見限られ、ユリアナを傷つけ、周りを不快にし、バッドエンドしか残るわけないよな?」
「退学ではなく移籍という温情を残したのは、苛めが命にかかわるほど悪質ではなかったことと、厳しすぎる処置は理由説明が面倒なのと、ユリアナがお前をかばいかねなかったからだ。」
「ユリウスは、最初から伴侶はユリアナだけと決めてたし、溺愛してるからね。」
「あの婚約はヤンデレの一歩手前だと思わなくもないんだけどね。」
「逃がさない為、手を出されない為、だ。」
「・・・・・・。」
「君も、王太子ソレス・王太子妃ソレイユ、第2王子ユリウス・婚約者ユリアナ、って組み合わせで察して退けば普通に卒業できたかもしれなかったのにね。」
「・・・・・・。」
「まぁ、そういうことで、移籍か退学か、自分の人生をじっくり考えて選ぶんだな。」
「エンディングみたいな選択だけど、人生は続くのよ? よく考えなさい。」
「極力抑えるよう配慮はするけど、君次第で家族とかへの影響も変わるだろうしね。」
「・・・失礼します。」
その後、リリアナが移籍したのか、どうしたのかは校内でも社交界でも知られることはなかった。
「それにしても、ここまでメンバーが揃うとは・・・。」
「続編でもシリーズでも作れちゃうわよ? やってみる?」
「で、また、そこへ転生? もう嫌だね。」
「今度は原作(?)の無い世界がいいね。」
「そこで前世(今世)を一生知らないまま友人として揃うとか・・・。」
「それは有りだな。」
「「「「同感。」」」」
********** 完 **********
主人公には(婚約について)選択肢『選べるもの』は無かったり・・・(笑)。
最後に設定お詰め込んで種明かし。 ただし、登場人物達の後日は想像にお任せします。
毎度のことですが、未使用の設定が山盛り。 だからと言って、これの続きを書くなら後日談か別視点で番外編かスピンオフなんですが、今のところネタが有りません(泣)。 ユリウスからは恋愛成就させろと怒られそうですが・・・。