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手乗りわーるど(仮)

竜帝の花嫁

作者: 若桜モドキ

 どうしてですか、と少女は問う。

 彼女が選んだ竜王子の父、すなわち竜帝に。

 ずっと行方不明になっていた竜王子が、いきなり伴侶にすると宣言した人間の娘。まだ年齢は幼く、成人して間もないと聞くが、その瞳にはずいぶんと強さの光が見える。


 ――まるで、あれの母親のようだな。


 竜帝は、今頃息子を抱きしめながら叱り飛ばしているであろう、妻を思う。見た目はおしとやかそうに見える彼女は、意外と口より先に手や足が出てしまう方ところがあった。

 勝気で、時々無鉄砲で――どうにも放って置けない。

 そろそろ未来の娘を見に来るだろうか、と思いながら、彼は娘に問いを返した。

「どうして、とは?」

「わたしとアウラのことを、どうして許してくれるんですか?」

「……そうだな」

 確かに、それは疑問だろう。

 ただのドラゴン種ならともかく、彼女を見初めた男は竜王子。もっとも高貴で、皆の手本とならねばいけない存在。いくら後継者ではないとはいえ、多種族との結婚など論外だ。

 種の中にあるそんな風潮で、いろいろと痛く、悲惨な目にあったという少女。

 まさか、竜帝自らが認めてくれるとは思いもしなかったのだろう。

 けれども、これは認めざるをえないのだ。

 竜帝だけは認めなければ。

「実はな――」

 語りかけたところで、遠くから一つ、聞きなれない足音がする。十年近く、会わずにいた末の息子アウラが、こちらに向かってきているのだろう。ここにいる最愛の少女を探して。

 どうせなら、息子にも聞かせよう。

 上の子はみんな知っている、遠い昔の思い出話を。



   ■  □  ■



 とある国の、険しい山の奥。

 そこには一匹の、黒いドラゴンが巣を構えて暮らしていた。

 オスである、彼の名はエルディーク。すでに心身ともに成人しきっているが、ドラゴンという枠組みではまだまだ若い。そんな彼が次に求められたのは――伴侶を得ることだった。

 しかし、彼はそういうことにあまり興味がなかった。

 一人でいる方が楽だと思っていたからだ。それに、やたら血の気の多い目で、オスを嘗め回すように見るメスを、心底嫌悪していたというのもある。その対象にされるのは御免だった。

 ――とはいえ。


「はじめまして竜帝様」

 そう言って目の前でお辞儀をする、人間の娘を娶ろうとも思わなかったが。


 リリアと名乗ったその娘は、どういう経緯かは知らないのだが嫁ぎに来たという。この山に住んで長い竜帝であるエルディークの、妻になるのだと言って笑ってみせる。

 花嫁といえば聞こえはいいが、そんなものは要するに生贄だ。

 無論エルディークは、要求した覚えなど無い。

「帰れ、人の娘。我は生贄など要らぬ」

「生贄ではありません。私はあなたの花嫁です。リリア、とおよびください」

 そういって微笑む彼女リリアは、純白のドレスのような衣装を見につけていた。頭にはヴェールをあしらい、見た目は確かに花嫁そのもの。しかしこの場は、婚礼の場所とするにはあまりにも簡素で寂しい場所だった。ここにいるのは彼と彼女、たった一匹と一人なのだから。

 今から帰したところで、よくて娼館送りだろう。普通に殺される可能性が高く、どうせ人間などすぐに死ぬのだからとエルディークはリリアが傍にいることを許した。

 幸いにも住まいとしている場所の近くに、山小屋がある。

 リリアには、そこに住んでもらうことにした。


 ――いずれはどこか、他所の土地に移動させてやろう。

 彼女という存在を知らない場所なら、彼女はきっと普通に暮らしていける。


 そんなことを思っている間に、時間はめぐり、少女と呼べる年齢だったリリアは、実に美しい女性へと成長していた。それこそ、人間など見飽きるほどに見て、その美醜への興味など当の昔に失せたはずのエルディークすら、思わず凝視してしまうほどにまぶしく、可憐に。

 もうそろそろいいだろうと、誰かが言った。

 もうリリアは、一人でも生きていけるだろう。

 すぐにでも家族が見つかる。

 新しい家族が見つかって、人としての幸せを得ることができる。

 エルディークは、とても賢いドラゴンだった。リリアがいない時間を見計らって、人間の世界を人間の姿をとって歩くことでいろいろと知っている。彼女は元はそれなりの家柄に生まれていたことも、いわれの無い罪の前に家族を失い、この山に連れてこられたことも。

 ここにつれてこられた理由は、エルディークにあった。

 同族すら寄せ付けない彼に花嫁として近づき、その怒りを買うのが目的だったのだ。

 自分達の手を汚したくないという、くだらない浅知恵。

 連中が、もしもリリアが生きていると知ったら、どういう行動に出るのか。人間を高みから眺め続けたエルディークには、まるで我が事のように理解できた。


「お前は遠くに行け」

「竜帝様?」


 だから、もういいのだ。

 その笑顔も要らない、ここにはいてはならない。きょとん、とするリリアを、エルディークは人間の姿をもって抱きしめる。人間の姿になれることを知らない彼女は、驚いていた。

「ここにいたら、きっと殺されるぞ」

「……知って、いるのですか」

「我はお前を殺さない。殺させたくもない。だからこそ、ここを離れろ」 

 ようやく腕に抱いたその温もりを、手放さなければいけない。

 守るために。

 あぁ、だからどうかその腕を、背中に回さないでほしかった。服を掴んで、抱きしめ返してほしくなど無かった。これ以上彼女の温もりを、香りを、記憶にとどめたくなかったのに。

 エルディークは長く生きたドラゴンだ。

 一族では若いが、人間よりずっと長く生きている。

 そして、精神的な年齢もそう老いているわけではなくて、人間でいうと彼女と同年代程度の成長しかまだ遂げていない。まだ、若い。だからこそ、抗いきれるわけがなかったのだ。


 たった一人を求め。

 愛しい、と願う心に。


「それとも、俺と共に生きるのか」

「……はい」

「人間であることを捨て、俺と共に生きて死ぬと、いうのか」

「だって、そういうものでしょう?」

 少し身体を離して、エルディークを見上げるリリアが笑う。

「夫婦とはそういうものだと、私はお母様に教わりました。だから二人は、最後までずっと一緒にいたのです。手を繋いで一緒に。私は、そんな夫婦になりたい。あなたと、一緒に」

 涙を流し微笑むリリアの前に、エルディークは負けを認めた。



 数年後。

 竜帝と呼ばれる黒いドラゴンがすむ山を持つ、とある小さな国。

 その王城周辺では、新しい王の誕生に国民が喜びの声を上げていた。

 前国王はひどい愚王で、悪女と呼ばれた王妃と共に国民を虐げていた。ゆえに数年前に革命が起こされて、その座から引き摺り下ろされたのだ。国王夫妻は城の中で自害し、残されたのはまだ若い王女リリアンヌ。周辺諸国から引く手数多だった、実に美しい姫君だけだった。

 彼女を残していては、後の面倒になる。

 革命を起こした将軍達は思案して、彼女を竜帝と呼ばれるドラゴンが住まう山に、花嫁と称して置き去りにすると決定した。社交界にすら出ていない姫を、彼らは殺せなかったのだ。


 どうせ、ドラゴンが始末してくれる。

 殺されなかったとしても、この場所にもどってくることは無い。


 そう思ったゆえの行動だった。

 将軍は新たな王となり、彼の一族は王族となった。元々は貴族で、公爵の位を持つ国内でも一番の家柄で、彼の末の弟は王女リリアンヌと許婚でもあったのだが、それは過去の話。

 圧制を振りかざし国民を苦しめ、好き勝手し放題だったのは国王でも王妃でもなく、もちろん王女でもなく。そこから開放された民衆が、褒め称える将軍達であったことも過去のこと。

 まんまと大義名分をもって成り代わった彼らだが、その道行きに暗雲が生まれた。

 即位を祝うその良き日、遠い山に住まう黒いドラゴンが現れたのだ。

 しかし国民にとってかのドラゴン――竜帝は、ある種の神のような存在。かつてこの地に存在した国のすべてが、この竜帝の加護を受けていたとされていた。国民が愚王だと信じきっている前国王は、実は王子だった頃に竜帝に直接会ったこともある稀有な存在でもある。

 そして、竜帝より鱗を賜った、歴代唯一の存在であった。

 ドラゴンの鱗は、その加護を最も強く発揮するもの。

 はがすのにはそれなりの苦痛が伴うゆえ、賜るのはこの上ない誉れだった。

 もし下に将軍達さえいなければ、彼は稀代の名君としてその名を残しただろう。

 無論、そんな『都合の悪い情報』は、隠されているわけなのだが。国民は前国王は竜帝の加護を失ったと思っているし、将軍一派――新たな王族も、そういう方向に話を広げている。

 ゆえに人々は、こう思ったのだ。

 竜帝が新しい王を祝いに来てくださった、と。

 しかし。


「花嫁はありがたくいただいた」


 長身の、黒髪の青年へと姿を変えた竜帝は、そんなことを新国王に言う。

 なんのことかわからない国民だったが、竜帝は構わず続けた。

「彼女を連れて、我はこの地を離れる。ここは彼女を受け入れぬ土地ゆえ。そして我が友もすでに亡き人。これからは彼らの冥福を祈りつつ、彼らの孫となる子を育てねばならぬのだ」

 青ざめて震える新国王に背を向けた竜帝は、再びドラゴンとなって空に舞う。

 そして二度と戻ることは無かった。

 彼が去ったかの国は、数年もしないうちに王族が変わった。愚王と呼ばれた王に心から仕えていたある魔法師が、元将軍らの悪事をすべて暴き立てて見せたのだ。

 魔法師は周囲に背を押される形で王となり、生まれた国の名はドラゴンを紋章に描くメルフェニカ王国。かの国は魔法大国としての道を歩み、賢き一族であり続けている。



 一方、住み慣れた土地を離れたエルディークは、渓谷と呼ばれる場所に住まいを構えた。

 それなりの家が建つ頃には長男が生まれ、エルディークは『仲間』を作ることにした。

 世界を巡り、同族に提案してみたのだ。自分達だけの世界を作るのではなく、世界に少し目を向けてみるのはどうかと。もしかすると、素晴らしい出会いがあるかもしれないから、と。

 エルディークとリリアに影響され、人間とかかわりを持つ若いドラゴンが増えた。交流だけで終わった場合もあれば、彼らのように番となって子を得たものもいた。

 次第に人間との間に生まれた子は数を増やし、ついに渓谷に集落が生まれる。

 それが今日、ドラゴン種と呼ばれる種族の、母体となった。

 彼らの中心に立ったのは渓谷の竜帝と呼ばれていたエルディークと、彼のように人間を伴侶にした数人の同族。彼らは今も渓谷の権力者、名家の長として、伴侶と共に過ごしている。



   ■  □  ■



 一通り話し終わり、竜帝は満足げに前を向く。

 ミーネという名前の娘は、ぽかんとした様子だった。しかし、だんだんとその頬が赤く染まっていく。目がキラキラとする辺り、すでに他所に嫁いだ娘達と同じような反応で愛らしい。

 けれどすっかり大きく育ってしまった息子は、冷ややかな視線を父に向けた。

「……なんで、親のノロケ話を聞かなきゃいけないんだよ」

「後にお前に繋がる、大切な話だが?」

「いや、そうだけど……」

「えっと、つまり、リリア様……アウラのお母さんが人間だったから、わたしとのことを認めようと思ってくれたわけ、ですよね。人間を娶ったからこそ、認めなきゃダメっていうか」

「その通りだ」

 そもそも、ドラゴン種は人間無しには存在も出来なかった種族だ。

 そして、代を重ねるごとにその力を失っていく運命を背負う。

 なぜならば人間と番おうと思うようなドラゴンは、ここ長らく出現していない。彼らは完全にヒトの世とは違う場所に住まい、竜帝もずいぶん長く同胞以外には出会っていなかった。

 ドラゴンそのものとの『交配』ができない以上、この種はいずれその力を完全に失うことになるだろう。この世界はきっと、この種族の存在を認めていない、考えもしなかったのだ。

 他の種が精霊と人間の狭間に生まれている以上、それが世界の選択。


 けれど、竜帝は後悔などしていない。

 リリアが己の花嫁として差し出された運命。

 それもまた、世界の選択だったと信じているから。


「要するに、だ」

 竜帝は、心底幸せそうに微笑んで。

「長く生きるからこそ、最愛と共に歩くことが大切ということだ」

「あら、嬉しいことをいってくれるんですね、エル」

 ぎゅう、と背後から腕が伸びる。

 やわらかくて華奢なそれが、竜帝をしっかりと抱きしめる。

 振り返るまでもなく、それは彼の最愛の妻リリア。見た目はずいぶん幼いが、これでも末息子のアウラを含めて何人もの子を産んだ、立派すぎるほど立派な母親だ。

 竜妃などと呼ぶものもいる、竜帝エルディーク最愛の伴侶である。

「ねぇ、もう夜も遅いのだし……話はそろそろ切り上げたらどうです?」

「そうだな」

 妻を抱き寄せ、その頬に唇を寄せる。

 恥ずかしそうに身をよじるリリアだったが、そこに浮かぶのは明確な喜びだ。互いの背に腕を回しあって、身体を密着させる。腕の中に納まる愛妻の、首筋に顔をうずめたところで。


「……」


 ため息が聞こえた。

 視線を向けると、半目になった息子が睨んでいる。

「付き合ってられるか。いくぞミーネ」

「え、あ……うん」

 ひょい、とミーネを抱えて立ち去るアウラ。

 残された万年熱々夫婦は、にこにこと息子の背中を見る。

「少し刺激が強すぎたか」

「さぁ、私はわからないですね……ふふ」

 ぴっとりと寄り添う二人も、そのまま自分達の部屋へと消えていった。

『些細な裏話』


・アウラは末っ子、でも両親らぶらぶだから、そのうち下の兄弟が増えるんじゃないかな……。

・竜帝と奥さんの出会いは、だいたい千年以上前。

・アウラ以外はみんな結婚済み。

・アウラよりずっと年上の甥や姪がゴロッゴロ。

・アウラの失踪(本人曰く花嫁を得るための修行)は家族にとっては周知の事実で、むしろ生暖かく見守られていた系。

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